011 Lia 「慟哭」
目も慣れてきた頃だ。こいつのスピードくらいであれば、もう目で追うことが出来るだろう。最初からあの速度が出るわけもない。
化け物が懲りずに先程と同じ動きで飛び込んでくる。
私は正面で受け止めて体液が飛んで来ると危険だと判断し、横に飛んで躱した。
――――肉を切り裂く音が響く。
私は奴の体当たりを往なすと同時に、靭やかな動きで奴の胴体を斬りつけた。
どうやら肉体が特別硬いというわけでも無さそうだ。背中から生えている巨大な昆虫の脚のようなものには用心したいところだが。
こいつはまともな声帯を持っていないのだろうか。体制を崩して倒れると共に、空気を過剰に吐き出した時に出るような歪んだ声で呻き、気色悪い脚をばたつかせる。
斬りつけた時に小烏丸に付着した奴の青黒い血液は、黒い刃を灼くようににして蒸発していく。
きっと小烏丸でなく通常の武器であれば、その刃は完全に熔けていただろう。
運が良かった。私にダメージはない。
血液も強酸のような性質を持っているとなると、次からは返り血にも気をつけなければならない。
この化け物を近接で倒すとなると、身体が灼けるのは必至。
もはや自己犠牲を伴った撃破しか私には術がない。
こいつは跳躍力も走行速度もかなりのものだが、その動きは全て歩行に使用している四本の脚のみによって行なわれている。
背中に生えた多数の脚や翼は、動く気配こそあるものの奴の意思によって動いているものとは思えない程に規則性がなく、時にはぴたりと止まり、時には激しく動いていた。
やがて奴が体勢を立て直し、私を警戒するかのようにゆっくりと周りを歩いて隙を伺っている。
私から無理に攻めると体液によるカウンターを受けかねない。
――――だから、わざと隙を見せた。相手の策略を警戒できるほどの知能は持ち合わせていないだろう。瞳を閉じて、目で追うのをやめた。
奴のぺたぺたという足音と、涎が零れ落ちて蒸発する音、そして隠そうともしない殺気を頼りに、奴の場所を把握する。
奴は間違いなく私の真後ろに到達した瞬間に襲い掛かってくる。
背中が狙いやすいことは、生物の本能で理解しているだろう。
さあ、来い。あと三歩、あと二歩、あと一歩。
――――来る。化け物が背後で地面を蹴り上げた音が私の耳に届いた。
それと同時に、私は身を翻して低く構え、その"手のような脚の肘"を狙って、ひと振りで後ろ足を二本とも切り落とした。
切り落とした時の返り血が、僅かに私の二の腕を灼いたが、軽く火傷した程度の傷で済んだ。
ただし、痛みは尋常じゃないため、悲鳴を噛み殺した事に違いはない。
勢いはそのままに、化け物は私の上をそのまま飛び越えて向こう側に転げ落ちた。
先程よりもさらに耳障りで歪んだ慟哭が響き渡る。
そいつは全身をばたばたと動かしてのたうち回っていた。
足を切り落とされたのだ。激痛も相まって、もうまともに動けないことだろう。
動くことによって更に出血が増し、でろでろと脚の断面から青黒い血が流れ続け、それとともに地面の砂を灼いて異臭を放ちながら多量の煙を発生させていた。
私は警戒を解かずにゆっくりと歩み寄る。
私を睨む多数の目が、ひとつ、またひとつと光を失っていく。
側面から斬りつけた腹部の傷と併せて出血量が限界に到達し、意識が遠のいるのだろう。
……やがて化け物の本体はぴくりとも動かなくなり、絶命した。
ただ、背中の混沌とした物体達が元気に蠢いているのが不気味だ。まるでこいつを養分にでもせんばかりに、ぞわぞわと不規則に動いていたのだ。
気味が悪いことに変わりはないが、私は返り血に気を付けながら、この背中に取り付いた物体をひとつひとつ切り落とすことにした。
体液に警戒をしていたが、もう強酸のような成分は失われているのか、切り落とすとただ青黒い血が吹き出し、蜥蜴の尻尾のように暫くのたうち回ってから絶命する。
化け物から生えている全ての翼やら腕やら脚やらを切り落とし、暫く観察して全く動きがないことを確認してから、私は勝ったのだと認識した。
力が抜け、後ろに何歩かバランスを崩して下がってから、尻餅をつく。
そして、胃からせり上がってくる感覚を抑えきれず。
――――嘔吐した。




