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010 Rion 「気配」

「さて、まずはあなたのお名前から確認しようかしら」


 そう言って私はウェイトレスの少女との会話を始める。


「はい、私はリゼ・ファニングスと申します」


 まるで紅茶に詳しくなるのを運命付けられたような名前だ。この子はきっと、自分のこの名前も、自分の事も、そして家族の事も大好きなのだろう。

 よく見ると、彼女の目は僅かに青みがかっていた。

 青い目をしている人間には召喚士の素質があると言われており、実際に帝国に仕えている召喚士は皆青い目をしている。

 だが、これほど僅かな青みではその才能が芽生えることはないだろうし、何も知らずにこうして大好きな紅茶の事を考えながら生きていくのが彼女にとって一番良いだろう。

 私も彼女に続いて自己紹介をした。

 白魔術を使った商売をしていることと、今日は早くも売るものがなくなった事を伝える。


「リオンさんと仰るのですね! 前々から綺麗な方だと思っておりましたので、白魔術師となればイメージもぴったりです!」


 そこまで良いイメージを持たれていると、今日の実演販売の内容は口が裂けても言えないなと思った。勿論客と店員だからお世辞で言っている部分は大きいのだろうけれど。

 お世辞がお上手ね、と言って頬杖をつきリゼを見詰める。勿論彼女はそんな、お世辞だなんてと言うがこの関係上信用出来ないのも仕方がなしだ。

 じゃあ本音ということで受け取っておくわ、ありがとうと言ってその場を収めた。

 席に座らせたはいいものの、話題が見つからず困ったため、私は特に意味もなく少し前に耳にした話をリゼに振ることにした。


「リゼ。占いは好きかしら?」


 私は微笑んで言う。

 はい、大好きです、なんて大声で言うもんだから他の客に少々迷惑になった。

 それとほぼ同じタイミングでお師匠こと店長が紅茶とクッキーを持ってきて、ついでにリゼの頭を軽く叩いて叱った。


「私、クッキーなんて頼んでないわ」


 彼女はいつも来てくれるからサービスよ、と言ったのだけれど、こんなことは初めてだったためなんとなく気恥ずかしい気持ちになった。

 クッキー代はリゼの給料から天引きしておくわという冗談を残してカウンターに戻ったため、その後のリゼの焦りようも見ものであった。

 話を戻しましょう、と言って軌道修正を行う。


「占いが好きなあなたに、少し気をつけて欲しいことがあるの」


 数日ほど前、ライアが傭兵の仕事で城下町に来た際に風の噂で聞いたらしい。

 なかなか現実味のある話を何度も耳にしたからと言って私に教えてくれた話だ。


「最近、深くフードを被った背の低い女が、占いをしてあげると言って色々な人間を何処かに連れ去っているという噂があるの」


 顔を見たものは居ないが、少女のような若くて高い声をしていると耳にした。

 胡散臭いと思いながらも相手は小さな女。いざとなったら逃げられるという甘い考え方で付いていってしまう人もいるそうだ。

 そして付いていったが最後、彼らの姿を見たものは居ないという。

 城下町はいろいろな魔術師の集う町だ。占術を生業としている人間は何人もいる。

 彼ら占術師は明るい場所で魔術の使用が出来ず、蝋燭の光や月の光からエネルギーを得るしか方法がない。

 そのため大体の占術師は日が昇っているうちに商売をする際は光の届きにくい路地裏に場所を構えたり、広い場所にテントを張って客を寄せている。

 だからこそ、客引きをして路地裏で占いをする、というのも珍しい風景ではないのだ。

 リゼのプライベートな部分を知っているわけではないが、彼女は人を信じやすい傾向にあるとなんとなく話していて思った。

 疑心しない。親切の心の裏にあるものを疑わない。優しさは善であると思う純真さを秘めている。

 それはきっと、リゼ自身がそうだからなのだ。

 人に親切にすることに理由は必要ない。助け合って生活するものなのだと考え――――そう、自らに疑心しないのだ。それは純真無垢の表れであり、同時に自分自身への自信の表れでもある。

 ライアとはまた違う、無意識の自信なのだろうけれど。

 リゼの話によると、彼女は本当に占いが好きらしく、占術を行っているテントを見かけるたびに飛び込んでいるそうだ。

 恐ろしい。目をつけられたが最後、彼女は"帰らぬ"人となるだろう。


「本当にあなたは危ないことをしているのね。ただでさえ占術は能力の証明が難しいと言われている分野なのだから、詐欺やぼったくりだって多いのよ?」


 私が軽い説教をするとリゼは少し縮こまった。新しい表情だ。面白い。

 これ以上言っても彼女の人格に対しての叱咤になってしまう可能性があったため、私は知り合いの占術師を紹介してその占術師以外の占いを受けないようにと忠告した。

 占術師を紹介してくれたことに対してリゼは結構舞い上がっていたが、お師匠の目もあってかとても控えめな喜びであった。


「ねぇ、あなたのお家って――――……」


 妙な気配が気がして話題を投げかける途中で私は黙る。

 どうしたんですか? とリゼが問いかけてくるが、応えている余裕は無かった。

 何だ、この気配は。魔術の雰囲気にも近い気配。

 しかし、間違いなく白魔術のそれとは全く違う。黒魔術の尖った気配も僅かに感じるが、尖り方が全く違う。

 黒魔術が針の様に細く洗礼された気配だとするならば、これは毛虫のように気色悪く蠢く無数の毒針。

 これは、召喚魔術に近いものだ。生物を使役するような、そんな命令中枢に直接働きかけるような複雑な魔術。

 ただし、召喚魔術のように機械的ではなく、有機的で生臭い、泥のような感覚。

 べとべととした気配が、近くに一箇所。城下町の外に何箇所か、私程度の魔術師でも感じ取れる。

 私は可愛らしいバスケットに入った小さなクッキーを何枚か口に放り込み、紅茶を飲み干して言う。


「ごめんなさい、急用を思い出したわ」


 立ち上がって荷物をまとめ、代金をテーブルの上に置く。


「リゼ、お釣りはいらないからチップだと思ってとっておきなさい」


 先程まであまりにもゆったりした時間が流れていたのに私の表情が打って変わって焦りになったのに唖然としながらも、リゼは返事をした。

 あ、それから、と玄関前で扉に手をかけた時に振り向く。


「今日は早めに店じまいをした方がいいわ」


 リゼに、そして店長にも聞こえるように少し声を張って言う。


「え、な、なんでですか!?」


 唖然としていたリゼが今度は大げさに驚くが、説明している暇も説明できる情報もない。杞憂だった場合二人には申し訳ないが、念のためという言葉がある。


「私の占いの結果!」


 そう言って店を出て、私は走り出した。



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