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04 バグと奇跡。


三人称。







 魔人の王であるレックスリオは、住みかの城に比べたらみそぼらしい宿の部屋にいた。

 されども、一番広い部屋。大きめのベッドと、テーブルやチェアが置かれているだけ。

 上半身裸でベッドに寝そべり、横ですやすや眠っている女性を眺める。

 女性と言うより少女に近い、幼い寝顔が白金の髪に埋もれていた。輪郭が丸く、そして小さいせいか。

 昨夜は取り乱すことに疲れたのだろう。朝陽を浴びていても、起きる気配はない。

 こうして見ていても、世界を変えるほどの力を持つとは思えない。

 もぞ、と枕に顔をすり寄せたルベナが、漸く青い瞳を開いた。

 まだ眠たそうな目が、レックスの上半身を見つめる。隅から隅まで、逆三角形の美しい上半身を見つめた。腹筋をなぞるようにじっくりと。

 やがて、大きな目は見開かれる。

 レックスの上半身裸を観賞したルベナは、レックスと目を合わすなりベッドから転がり落ちた。


「痛い!? っ夢じゃなかった!?」


 シーツに絡まったルベナは、昨日の出来事を思い出して頭を抱える。

 【ラクムルナ】から、ログアウトが出来ないと知ってから、ルベナは放心してしまった。

 そんなルベナを街の中に戻して、この宿の部屋をとってやったのはレックスだ。服もレックスが貸した。

 緩いシャツ一枚姿で、レックスと同じベッドに眠ったことを知り、ルベナは顔を真っ赤にする。

 レックスはルベナが今心の中で何を叫んでいるのか、簡単に予想ができて笑いながら起き上がった。


「ほら、早く着替えろ。戦いに行くぞ」

「うー……」


 昨日約束した通り、レックスは戦闘エリアに行くことを急かす。

 ルベナは呻いて顔を伏せた。


「レックス……約束は、破りたくないけど……本当に行かなきゃだめ?」


 ログアウトが出来ず、この【ラクムルナ】にプレーヤーが閉じ込められた。

 約束を守りたいが、ルベナは気が引けている。


「ログアウトが出来ないのは、支払う代価がないからだ。今はログアウトに見合うものを手に入れればいい。この世界で勇者が稼ぐ方法は、戦うことだ。金、素材、アイテム。戦って手に入れた方が、ログアウトの近道になるだろう?」


 レックスは、淡々とルベナを説得する。

 ルベナは代価を支払い、欲しいものを手に入れた。だから文無しになったのだ。

 冒険をして、戦い、金を稼ぎ、アイテムを手に入れる。

 プレーヤー達を全員ログアウトさせるほどの対価が手に入れば、問題は解決する。


「……貴方って、本当に冷徹で素敵な王様」


 感激のあまり惚けながら、レックスを見上げてしまうルベナ。

 レックスは、満更でもない賞賛に機嫌よく鼻で笑う。


「感心していないで、早く着替えろ」

「あ、はい」

「……それとも」


 ニヤリとレックスは笑うと、床に座り込んだルベナを見下ろして言う。


「着替えずに、俺とベッドにいるか?」


 ポンポン、と隣に来るようにベッドを叩いた。

 すぐに意味が理解できなかったルベナはきょとんとしたが、誘われていると気付き、耳まで真っ赤にする。


「着替えてきますっ!!」


 バスルームに飛び込んで、ルベナは着替えることを選んだ。

 レックスは、クスクスと笑う。


 ルベナが世界を変えるほどの特別な力を持っていると、理解することに時間はそうかからなかった。

 生まれて初めて召喚で呼び出された時、レックスは驚きよりも怒りを強く抱いた。

 王である自分を召喚した、身の程知らずの召喚士を食い散らかすつもりだったのだ。

 召喚士は、小柄な女性。

 気圧されたみたいにぽかんとしていた彼女が、一体何故自分を召喚できたのかわからず困惑した。

 それはたった一瞬だけだった。


「貴方を感じる」


 頬に触れて、感動したように微笑んだルベナの手の柔らかさ。そして温かさ。

 人の手とは、こんな感触だっただろうか。

 記憶を振り返ると、曖昧だった。全ての感覚が、錯覚のようにはっきりしない。

 その瞬間、初めて感じたのだ。

 今まで気にもしなかった事実を、心地のいいルベナの温もりが教えてくれた。

 召喚できるはずないレックスを呼び出したこの召喚士が、欠けていた感覚を与えたのだ。

 この世界に、奇跡を与えた。

 だからレックスは、ルベナに仕えることにしたのだ。王でありながら、プレーヤーのルベナに仕えた。


「……ふん」


 昨日のデートを反芻し、レックスはまた機嫌よく鼻で笑う。

 それから、自分も着替えた。

 着替え終わる頃に、踊り子のようなコスチュームを着たルベナが部屋から出てきた。

 昨日と違い、髪は三つ編みにしてはおらず、ブラシでとかしながら窓を覗く。

 窓から見えるのは、途方に暮れて道端に座り込んでいるプレーヤー達だ。

 ルベナが罪悪感を抱いていることは、安易に予想が出来た。

 レックスはそんなルベナに触れて、髪をとかしながら昨日と同じ髪型にセットしてやる。


「気に病むな。永遠に閉じ込められるわけではない。お前が戻してやればいい」

「……うん」


 レックスの励ましに、ルベナは安心感を覚えたように息をつく。


「レックスがいてくれて、本当によかった……。私もあんな風に草原で踞ってたと思う……」


 レックスに顔を向けないが、力が抜けたルベナの小さな肩を見て、心から感謝していることが伝わる。レックスは笑みを浮かべた。

 ルベナの髪を三つ編みにし終えると、部屋のドアが叩かれた。

 両親が経営する宿で働いている娘、プリムだ。質素なドレス姿で挨拶しながら入ってきた。


「おはようございます。食堂が開きましたので、朝食をどうぞ」


 宿の一階は食堂。

 朝食を食べる準備ができたのなら、すぐに食べて出掛けようとレックスは考えた。


「今日は帰らない予定だ。前払いをしたのだから部屋を他の者に渡すなよ。掃除をしておけ」


 数日分の宿泊代は既にレックスが払ったため、プリムに念を押す。

 レックスの王様らしい言い様の指示を受けたプリムを気にするルベナだったが、慣れている様子のプリムは笑顔で「かしこまりました」と返した。

 プリムと目が合うとにこりと微笑みを向けられ、ルベナも笑みを返して「おはようございます」と挨拶をする。


「大変ですね。勇者の皆さんは」

「あ、はいっ」


 この世界の住人も、プレーヤーの身に起きたことを把握している。元々消えては現れる余所者だと認識していた。


「バグ、と呼ぶ現象が早く収まるといいですね。私達としては宿を利用してもらえて嬉しいのですが、ふふっ」

「あはは。そうですね」


 プリムの冗談に、なんとか笑って相槌をするルベナ。

 プリムは上機嫌な足取りで、ベッドメイキングを始めた。その様子を見ながら、レックスとルベナは部屋を出る。


「バグ、とはなんだ?」


 歩きながらレックスは、聞き慣れない単語の意味を問う。


「ああ、えっとぉ……システムやゲームとかの中にある……あ、誤りや不具合のこと!」


 ルベナは答えたが、理解できたか不安で見上げた。

 レックスは不機嫌そうに顔をしかめる。


「この奇跡をバグと呼ぶとは……不快なやつらめ」


 プレーヤーに対する嫌悪を露にするレックスを見て、ルベナは慌てた。


「の、望んでないから、私やあなたみたいに楽しめないから……そう怒らないで」


 プレーヤー達を庇い、俯くと呟く。


「巻き込んだ私が悪いの……」


 また罪悪感を感じている様子のルベナを見て、レックスはますます顔をしかめる。

 同じことは言いたくない。だから、代わりにルベナの頭を撫でた。

 少しだけ、ルベナは微笑んだ。

 階段を下りていくと吹き抜けのため、レックスは食堂にプレーヤーがいることに気付く。ルベナの手を引いて、二階へ戻る。


「なに? レックス」

「勇者がいる」

「そこら中にいるよ、私のせいで……むにゃっ!?」


 またもや罪悪感で俯きかけたルベナの頬を摘まんで、レックスは阻止する。それから顎で一階を見るように指示した。

 階段の手摺から身を乗り出す。そうしなくては下が確認できないほど小柄なルベナが落ちないように、レックスはしっかり腕を握る。

 食堂にいるプレーヤーは僅かだが、一番先に目に留るのは最強ギルドと名高い【月の覇者】だ。彼らがテーブルを囲っていた。

 ルベナが目を輝かせたため、レックスは頬を引っ張る。面食いのルベナは、【月の覇者】も好みらしい。


「痛い……」


 引っ張られた頬を擦りながら、ルベナは戻る。レックスが言いたいことを理解して、困った顔をした。


「流石にレックスと同じ食堂にいたら……バレちゃうよね」

「魔人の王と一緒にいるお前が、何者かと問い詰められるぞ。そっちを心配しろ」

「……袋叩きにされる」


 想像をして、ルベナは青ざめる。

 混乱したプレーヤー達が、どんな行動するかはわかったものではない。ルベナが原因だとは隠すべきだ。

 レックスも隠れるために、仮の姿になることにした。猫のような体型の蝙蝠が、レックスの代わりにそこに立つ。


「!?」


 ルベナは目をかっ開く。

 レックスの顔が大好きなルベナにとって、ショックだったかもしれない。と思いきや。

 蝙蝠モンスターになったレックスを、ルベナは抱え上げてぎゅっと抱き締めた。

 ちょうどルベナの露出した胸元に、顔を押し付けられたレックスは元の姿に戻る。

 たちまち、レックスの頭を抱き締めるような形になって、ルベナは悲鳴を上げて離れた。


「な、な、なんで戻ったの!?」

「チッ。……別に」


 舌打ちを残してレックスは、再び蝙蝠モンスターの姿になる。

 びくびくと警戒しながらも、今度はそっと腕に抱えたルベナは一階の食堂に向かった。


(アール)って、呼ぶねー」


 仮の姿の間の呼び名を決めて、ルベナは上機嫌に朝食をとり始める。

 レックスも同じ朝食を食べながら、【月の覇者】を横目で見張った。

 【月の覇者】は食事を楽しみながら、相談をしている。この事態に順応しているようだ。

 その一人である神父姿のプレーヤーが、ルベナに気付いて見ていた。

 背を向けているルベナは、パンにかぶり付く。

 呑気なものだとレックスは眉間にシワを寄せながらも、神父を注意深く見た。

 昨日のデートの際も、神父はルベナを見ていた。そしてレックスも見ていた。

 魔人の王とよく似た男を連れたプレーヤーを見たあとに、ログアウトが出来ないと知った。

 この事態の元凶はルベナにあると、いち早く気付くならばこの神父だ。

 レックスは、ルベナの代わりに警戒した。

 しかし、神父がルベナに近付くことはなく、【月の覇者】は先に宿を出ていった。


「……あの人達はなんだか楽しそうだね……」

「……」


 ルベナは【月の覇者】が出ていった扉をいつまでも見つめる。

 【月の覇者】は食事をしながら笑っていた。現状に困惑していなかった彼らを気にしている。

 それが気に入らなかったレックスは、ルベナの手にかぶり付くのだった。



 

20151214

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