表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/20

02 現実化の奇跡。




 【ラクムルナ】を始めて三日。仕事をしつつも、なんとかレベル30へ到達。

 その道のりはしんどかった。

 始めのようにレベルはひょいひょい上がらなくなったせいか、飽きを感じ始めてきてしまう。


 街で見掛ける召喚士が、使い魔として戯れている姿を見掛けると羨ましくなる。

 可愛い立て耳をした小さく白い子猫みたいな獣と頬擦りしていて、女性のプレイヤーは嬉しそうだった。

 スライムのようにねばねばした生物に絡まれていた男性プレイヤーは、別に羨ましいとは思わないけど。

 召喚士を楽しむための、道のりは長い。美しい光景を見ては物足りなさを感じる。

 決して、満たされない。


 人間は欲張りだ。貪欲に、満たされようとする。私も貪欲な人間だと、自覚していた。

 貪欲さが人を生かすのか、貪欲さが人を殺すのか……。


 人間はちょっと頑張れば、装置に頼らずとも仮想世界に入れると思う。

 仮想世界は出来ている。あとは自分からアクセスして入り込む。

 私は、SFのような超能力を人間は秘めていると信じている。

 人間の脳は10%しか使われていないという説には、可能性を大きく秘めていると期待していた。その説は間違っていたと知った時は、ショック。

 でも、私には未知の力ってあると確信している。

 私は何度か予知夢を見たことがあった。漫画やドラマのシーンを見ただけだけで、しかもデジャブを覚えるだけの程度だけど。

 例えば、毎週買っていた週刊雑誌で連載している好きな漫画があった。

 まるでその場にいるように、漫画の中のキャラと行動する夢を見た。その一週間後に、その内容と酷似した内容が掲載されていたのだ。好きでもない漫画の予知も見たこともあったけど、それは忘れた。

 好きなドラマのシーンも同じだ。好きな海外ドラマのキャラ達が夢に出たと、その時はその程度に思っていた。

 でも数か月後、新しいシーズンが放送されたそのドラマを観てみたら、夢に出た内容と同じシーンがあった。

 ただのアルバイトの私が、公開前の内容を知りようもないにも関わらず、夢の中でそれを観た。

 脳科学者でもないけれど、超能力は絶対にあるはずだ。


 自分からこのゲームに入ることが出来たのならば、きっと感じられる。

 夢の中で温かさとか冷たさを、錯覚するみたいに。こんなに鮮明な光景のあるゲームならば、きっと。

 杖のざらついた感触や重み、冷たい風や草の匂い、もっと楽しめるはずだ。


「人間超えてみましょうか」


 仕事を終えた私は、試してみることにした。

 人間を超えてみることを。

 先ずは仕事の疲れを癒すために、お風呂に入った。温かいお風呂に浸かり、瞑想用のアロマでリラックス。

 ピリピリしていては、なにも出来ない。なにも考えず、ただ深呼吸した。

 すっかり疲れも取れて、まったり気分で食事をする。

 そのあとは、また瞑想。

 なにも考えないことは脳を活性させるらしい。美しいものを見ることもだ。まぁそれはここ数日で十分。

 電源をつけて、ヘルメットを被る。

『ログインしますか?』の文字を見つめて、枕に頭を置いた。

 呼吸はそのまま。自分からアクセスするイメージをする。脳からオーラが出て、ヘルメットに入り込む感じだ。

 呼吸に合わせるように、次第に力が抜ける。

 そして私は――――眠ってしまった。


 眠るにはヘルメットは邪魔だったから脱いで、寝返りを打つ。すっかり人間を超えたログインをすることを忘れ、夢を見た。

 魔人の国の【月の王】が召喚される夢だ。あり得ない。敵の大ボスである魔人の王は、召喚対象ではないのだから。

 それから、何度か街で見掛けていた最強ギルドと会う夢を見た。


「むにゃ……」


 よだれが気になり、目が覚める。口元を拭きながら、リラックスのあまり寝てしまった私は、自分にうんざりした。

 まぁ、人間を超えるという発想をしてしまう辺り、羞恥心を覚えるべきかも。


「あぁ……ゲームつけっぱなしだ」


 ゲーム本体がつけっぱなし。

 電気代、困ることにならないといいけど……。ゲーム以外で節約してみようか。

 5月13日の金曜日だけれど今日は仕事が休みだから、一日中チャレンジしてみよう。人間を超えること。

 飽きたら、普通にプレイだ。

 一人暮らしは、快適。眠りを妨げられることはないし、買いためしたお菓子を食べられることもないし、散らかされることもないし、平穏で静寂だ。

 寝間着のまま午前を過ごして、いざゲームをやろうとした時に、夢の内容を思い出した。

 最終目的の【月の王】と夢の中で会った。ちょっとにまけてしまう。

 彼を召喚することは、ゲームの設定上は不可能だ。


 でも、どうだろう。

 もしも予知夢を見るような能力でログインが出来たのならば、多少は自在に変えられるかもしれない。コスチュームや、職業変更や、敵ボス召喚とか……。

 魔人の国の城に乗り込んで【月の王】の顔を拝む道と、人間超えて【月の王】を召喚する道。

 どっちが近道か……。


「……人間超えてやる!!」


 人間超えたら、イケメン魔人の王に会える! 私は人間を超えてやる!


 モチベーションがグンッと上がった。

 美麗なイケメンに会うためならば、人間超えられる。

 昨日と同じく、瞑想をしてリラックスをしたあとに、ソファーベッドに横たわりヘルメットを被った。

『ログインしますか?』を見つめて、また自分からログインするイメージをする。

 すると、眠りに落ちる感覚がして、目の前が真っ暗になった。

 また、眠ってしまったのかと思った。


「……!」


 でも目映さを感じて、目を開く。

 そこは、通い詰めている【黄昏の草原】だった。

 うっかり「ログインします」と言ってしまったのかもしれない。そう考えたけど、すぐに違うと知る。

 草原を揺らす冷たい風が、私を通り過ぎたのだ。湿った草の苦い匂いがして、冷たい空気が肺に入り込んだ。

 途端に身体の中から燃えるように熱さが沸き上がってきた。

 感じる。

 求めていたものを、感じている。

 今まで欠けていた感覚だ。

 真っ先にしたことは、あの丘に行くことだった。窮屈なブーツで草原を走ったら、すっ転んだ。

 手には湿った草と泥がつく。少しツンとして、フレッシュな香り。思わず、辺りの草を撫で回した。


「嘘っ……嘘っ! ……本物だっ!」


 人間の能力を超えて、自ら仮想世界にログイン。可能にした。

 求めていたものを、手に入れられた。

 立ち上がって、草原を駆ければ、蹴り上げてしまった草が舞う。

 丘を上がると息が辛くなった。それが嬉しい。

 丘のてっぺんに辿り着いたら、後ろに押し飛ばしそうなほど強い風を受けた。

 風がローブと髪を吹き上げる。目が開けていられないほど強い風だけど、澄んだ青い大空を視界一杯に入れたかった。

 大きな三日月と、そばにいる小さな二つの三日月。三つ月は淡い白だ。

 綿あめのように大きく広がる白い雲が、いくつもあって風で流れていく。

 三つ月を見上げながら、グルグルグルグルとその丘で回る。ローブは重くて邪魔。絡み付く風は気持ちいい。

 目が回ってきて、感覚までぐるりと回り出してきたから、私は回ることを止めて背中から倒れた。

 ドンッ、と背中に衝撃を感じる。頭も打ってしまったけど、柔らかい地面だからそんなに痛みを感じなかった。


「なんて素敵な世界……」


 はぁ、と息を吐く。

 これこそ、異世界の体験だ。本物の異世界にいるみたいで、本当に最高。

 空気も清々しくて、風が気持ちいい。ああ、土の匂いもする。

 額に触れて、髪を掻き上げた。指が入り込む髪の感触がいい。

 でも、その髪を見ると黒かった。明るい空に透かすと、少し茶色に見える。もっと違う色がいい。もっと長い髪がいい。

 何色がいいかな? 赤毛? 白銀? 白金がいいな。

 現実では、前髪はないから、挑戦してみよう。長さは腰に届くぐらい。少しウェーブする方がちょうどいい。カチューシャの代わりに三つ編みをしよう。

 新しい髪を思い描きながら髪を撫でていく。ふと気付けば、左手に絡み付くのは長い白金髪だった。

 歓喜の悲鳴を上げて、足をじたばたさせる。

 自由自在だ。


 自由だっ!!!


 両足を空に向けて上げながら、ブラウンのブーツを見る。何色に変えようかな。とりあえず白のニーハイブーツに変えてみた。

 絶対領域が見えるように前開きのスリットのスカートにしようか。ドレープデザインがいい。

 コルセット風のデザインが好きだから、柔らかいインナーとコルセットにしよう。現実では出来ないへそ出しにしてみた。せっかくだから胸元を露出するものもいい。胸が大きく見えるように胸を包むのも、ドレープデザインにしてみよう。肩も露出して、手が隠れるくらいのドレープデザインの長袖の上着。

 なんだか踊り子みたいな格好に出来上がり。

 立ち上がって、自分の格好を確認する。

 うん、なかなか! 少々露出が多いけれども、現実じゃないから挑戦できる!

 まだ首が空いている。襟風のチョーカーをつけてみた。三日月と青い宝石。

 ふわりと、蛍より淡い光が浮かび上がり三つ月へ向かう。さっきから変身する度に、この光が出ている気がする。

 今まで着ていたコスチュームの残骸が、まるで三つ月に吸い込まれるようだった。

 不思議だと思いながら、くるくるりと回ってみる。さっきより軽い。袖の中に入り込む風が気持ちいい。スカートも軽々と舞い上がり楽しい。

 白金髪はきらきらと光るし、しなやかで嬉しい。

 目が回ってきたけれど、倒れずに踏みとどまる。地面に置いた杖を拾ってから、ステータスを表示した。


 【ルベナ・ギルバ レベル30】【魔法使い】

 変わらない表示だ。

 ワクワクしている私は、顎に手を当ててどうするかを考えた。


「召喚士になるには、レベル50にならなくちゃいけない……」


 先ずはレベルを50。

 表示されたレベルをすっと上に向かって撫でると、数字が変わり出した。少し肉キュウみたいな柔らかさと弾力を感じた。

 31、32、33、34……。

 そして50で止まった。

 するとレベルアップの表示が現れ、習得した魔法が複数一気にパパパッと表示されてビックリする。視界一杯に埋め尽くされて、ちょっとパニクった。


「できたできた!」


 すぐに嬉しさが上回って、子どもみたいにその場で跳ねて、一回転。

 それから私は、職業に手を翳した。


「職業、召喚士にチェンジ!」


 ピカン、と職業が【魔法使い】から【召喚士】に変わった。

 また子どもみたいにバタバタ跳ね上がったあと、堪らず私は。


「人間を超えたぁーっ!!!」


 と叫んだ。あまり木霊はしないけど、声を張り上げた感覚も楽しい。

 ぴょんぴょんぴょん。髪もコスチュームも舞い上げて、跳ねた。

 ひとしきりやってから、私は杖を両手で握り直して深呼吸した。

 新たに表示されたコマンド。【召喚】に杖の先をつける。

 ポンッと軽く弾かれれば、右に【フェンリル レベル30】。左には【ガーゴイル レベル30】が表示されていた。

 名前からしてなんか強そう。試しに使ってみたいけど、待ちきれない。


「【月の王】を召喚!!」


 杖を両手で握り、地面に叩き付けた。瞬時に赤黒く光る魔法陣が現れる。

 パンッ! と杖は粉砕して、消えてしまう。

 ブォオオッ、とその魔法陣から溢れてくる黒い霧が、暴れるように撒き散らされた。

 渦を巻いて大きな塊になったかと思えば、それが大きな黒い翼によって引き裂かれる。蝙蝠のような大きな翼だ。

 その持ち主が、私の目の前にいる。

 翼とは真逆で、髪は神秘的な光を放つ白銀だ。瞳は血のような赤。鋭利に尖った瞳孔が、私を鋭く見据えていた。耳は先端が尖っている。


 私を魅了した美麗イラストに描かれたあの【月の王】だ。

 ゾッとするほどの美しさに見惚れた。

 赤と黒の鎧と漆黒のコートを身に纏う彼は、禍々しさを放つ。魔人の王だけある。

 ああ、今朝の夢と同じだ。全く同じ光景を見ている。予知夢だったんだ。

 ぼんやりと頭の隅で思った。


「――――我が名は【月の王】レックスリオ。小娘、この俺を呼んだのは貴様だな?」


 魅惑的な艶のある唇が動き、鋭利で白い牙が見えた。その声はとても低くて、何故かゾクッとしてしまう。

 私が見惚れていると、彼は口を閉じてただ私を見下ろした。

 睨むような鋭い眼差しの彼に、そっと右手を伸ばす。

 その手に疑問を抱いたように見たけれど、彼は拒まない。

 レックスの白い頬に、私の右手が触れる。頬は冷たかった。少し、柔らかい。小指で輪郭をなぞって、頬を撫でた。

 レックスは黙って、私を見ている。

 彼の呼吸を感じた。右手に息がかかるからだ。

 白銀の睫毛を揺らして、瞬きをした。触れた毛先は、ちょっとチクッとする。


「……あなたを感じる」


 ほんの少しだけ、私の体温で彼の頬の冷たさが消えた。

 本物だ。全てをリアルに感じることが出来る。

 嬉しくて嬉しくて嬉しくて、しょうがないけれど、跳ね回るより彼を見つめていたかった。

 口元が緩んで、ただ彼の頬を撫でる。

 少し目を見開いた彼が、やがて私の手に顔を寄せるように首を傾けた。


「――――……俺もだ」


 静かにレックスは微笑んだ。

 想像と違う優しげな微笑と肯定に、私は嬉しくなった。

 思わず、敵ボスの魔人の王【月の王】に抱き付いた。甲冑は冷たいしごつい。でもちょうど露出した首元に顔が当たった私は、耳にする。

 レックスの呼吸と、鼓動。

 仮想世界なのに、温もりを感じて、鼓動を感じて、生きているように思えた。


 全てが、現実のように思えた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ