表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

ー6−

 家に帰った慎也は、もう一度冷静になって考えてみた。

 みゆきとは幼なじみだ。

 以前タイムリープしたとき、彼女の庭のプールでふたりで遊ぶ姿を目撃している。

 だから、あれは間違いなくあったことだろう。

 じゃあ、いつ彼女に出会ったのか?

 その記憶は、慎也の中で、鮮やかだった。忘れもしない幼い頃。そうあれは……

 慎也はまず、それを確かめようと思った。


 見慣れた住宅街。けれど、どこかしら懐かしさを感じる通りに慎也は立っていた。

 その時にタイムリープしてきたのだ。

 つきあたりの道の右側から、小さな男の子が、幼稚園の制服姿で歩いてきた。

「俺だ!」

 慎也は一人呟いた。

 男の子は道をあっちに行ったり、こっちに来たりしながら、なにがおもしろいのか、遊びながら歩いていく。

 慎也はその姿に、我ながら苦笑してしまった。

 子供の姿を追いかけて、通りを曲がった。

 その道の先、幼い自分のさらに向こうに、一人の女の子の姿が見えた。

 その姿は、まるで天使のように見えた。

 ふわっとしたワンピースから、細い腕が覗いている。短めの髪にピン留めのリボン。小さな赤いイヤリングが耳を飾っていた。

 しかし、その顔は涙に濡れてくしゃくしゃになっている。

 少女は、立ちつくして、泣いているのだった。

 その姿をようやく目に止めた幼い慎也は、口をぽかんと開けて、少女を見つめていた。

 ああ、そうだったな。といまの慎也は思い出していた。

 あの時俺は、どこかのお姫様がいるのかと思ったんだ。童話で読んだお姫様。

 それが、どうして泣いているのか不思議だったんだ。だから……。

 幼い慎也が、少女に声をかける。

「どうした?なんで、泣いてる?」

 少女が話しかけられたことにびっくりして、顔をあげた。そうして、目の前の男の子を見つめた。

「帰れ……ないの」

「え?」

「どこだか、わからないの……」

 そういって、少女は嗚咽をあげる。

「どこから来たんだ?外国か?おとぎの国か?」

 少年が訊いた。少女は首を振ると、

「わかんない。わかんない」

 と繰り返した。

 すると少年は、なにを思ったか、少女の手を取った。ビクッと少女の肩が揺れる。

「一緒に……」

 少年は言った。

「え?」

「一緒に探してあげる。君のおうち」

 少女は一瞬驚いた表情をして、それから、

「ほんと?ほんとに、探してくれる?」

「ああ。まかせとけ」

 その言葉を聞いて、少女がほっとしたように、笑った。

 慎也の心臓がドクンと鳴る。いまの慎也も、子供の慎也も同様だった。

 その少女の泣きあとの笑顔。慎也の脳裏に鮮明に刻みつけられていた。

「俺、慎也。君は?」

 少年が尋ねる。少女は恥ずかしそうに言った。

「みゆき」

 

 ふたりは、そのまま手をつないで、歩いていく。

 幼い慎也に何か当てがあったわけではない。お巡りさんの所にいけば?と言うことも、気がつかなかった。

 ふたりは当てもなく歩き、やがて、疲れて道ばたに腰掛ける。少女が、再び泣きべそをかきだした。

「大丈夫。絶対見つけてやるから。泣くなよ」

 幼い慎也は、気持ちだけは、お姫様を守る王子になっていた。

 並んで座りながら、少女の手を握りしめていた。そして、

「大丈夫だから」

 と繰り返した。

 ふっと、視界に黒い影が被さった。

 慎也は、顔をあげてその影を見る。目の前に、自分の母親ぐらいの若い女の人が立っていた。

「あ、透のおばさん」

 それは、慎也の近所の友達のお母さんだった。

「どうしたの、慎也くん?」

「えっと」

「その子は、どこの子?」

 おばさんの声に、少女が顔をあげた。

 その時、少女のイヤリングが、キラリと光を発した。

 一瞬の出来事。

 しかし、次の瞬間、おばさんは、少女を抱き寄せていた。

「みゆき!どこ行ってたの。心配したわよ」

 え?

 なんだ?どうした?

 物陰に隠れて見ていた、いまの慎也が、驚きの声を上げる。

 だって、さっきまでおばさんは、みゆきのこと知らないふうだったぞ。それが、一体、どういうことだ?

 混乱する慎也を残して、幼い慎也とみゆきは、手を振って別れていく。

 みゆきのもう一方の手は、おばさんにしっかり握られていた。


 慎也は混乱する頭で、考えていた。

 これって、みゆきは迷子だったって言うことだよな?透のおばさんの子供……じゃない?もしかして、違う?

 でも、急におばさんは、みゆきをわかったようだった。それって、どうなってるんだ?

 慎也の頭の中を、はてなマークが乱れ飛ぶ。

 あ〜、わかんねえ。慎也は頭を抱えた。

 ただ、どういう経緯やからくりがあるにせよ、みゆきが幼なじみであることは、確かなようだった。

 それなら、中学のアルバムに載ってないのは?あの時、彼女が忘れられてたのは、どうしてだ?

 もしかして、いつかいなくなったのか?現れたときと同じように?

 突然、慎也の脳裏を何かがフラッシュバックした。

 叫ぶみゆきの幼い姿。自分が声を上げて追いかける記憶。足元に投げ出した、自転車が倒れて……。

 くっ!

 慎也の頭が痛みに歪む。

 くそっ!なんだ、これは?いつの記憶だ?

 断片的な記憶は、意味をなさなかったが、なぜか、胸が騒いだ。

 慎也は、訳も分からず、だけど、何か大切なものを感じた。胸が苦しくなってくる。

 たぶん、これだ。これが鍵なんだ。

 慎也は、そう思った。そして、それを確かめるべく、ラベンダーの香水を開いた。



 夕暮れ時の鮮やかな夕焼けで、空が染まっていた。

 公園から、子供たちの元気な声が聞こえている。

「さよならー」

「またね」

「また、あした」

 公園の入り口から、自転車に二人乗りして、子供がでてきた。

 小学校3,4年ぐらいだろうか?少年がハンドルを握り、少女が荷台に腰掛けている。

 少女は膝小僧をすりむいているようだった。

 幼い慎也が背中に声をかける。

「みゆき、痛いか?」

「ううん。だいじょうぶだよ」

「おまえさあ、もうちょっと女の子らしくした方が、いいんじゃないか?」

「なによ、それ」

「いや、なんていうか、生傷が絶えないっていうかさ……」

「だって、そんなの……」

「あん?」

「慎也が、危ないことばっかりして遊ぶから……」

 少女の頬に、怒りとも、照れともわからない赤みがさした。

「いや、だから、無理して俺に会わさなくても……」

「なによ、わたしが、邪魔?」

「いや、そういうわけじゃ……」

 幼い慎也は困ったような声を出した。

 その姿をいまの慎也は、少し離れたところから、歩きながら見ていた。

 自分の言い分に、ちょっと複雑な感情が湧く。

 このころ、俺って、素直なのか?素直じゃないのか?あははは。

 そう思いながら自転車についていっていたとき、突然、複数の人影が、前方の自転車を取り囲んだ。

 幼い慎也が、ブレーキをかけて止まる。

「なんだ?」

 彼は、訝しげに、前に立ちはだかった男たちを見た。

 なにやら時代がかったスーツ姿に、夕暮れ時だというのに、サングラスの大人が3人。

 彼らは立ちはだかったと思った次の瞬間には、一人が自転車の後方に回る。そして、少女を抱え上げた。

「きゃあー」

 みゆきが足をばたつかせながら、叫んだ。

「なっ!」

 幼い慎也は、自転車を投げ出し、みゆきを抱える男にくってかかろうとする。

 しかし、その体が、もう一人の男に押さえつけられた。

「くっそ〜。離せ!この野郎!」

 慎也が悪態をつく。

「慎也!」

 みゆきが手を伸ばして、慎也を呼んだ。

「みゆき、待ってろ!」

 慎也は男を振りほどこうと体を激しく揺すった。

 しかし、その時、男の手の平が幼い慎也の口を被った。途端に慎也がぐったりする。

 見ると、みゆきも同じように意識を失っているように見えた。

 それが、ほとんど一瞬の出来事だった。

 後ろで見ていたいまの慎也が、ハッとして我に返った。

「な、なにしやがる!」

 慎也は、そう叫んで、駆け出そうとした。

 ところがいつの間にか、3人目の男が、慎也の傍に来ていた。

 あっと思ったが、とっさに体を離して、男を避けた。

 かわした、と思ったとき、後頭部に衝撃が来た。うっと、意識が薄くなりかける。

 手に持っていた、ラベンダーの香水が滑り落ちる。

 地面にぶつかった香水が、飛び散った。

 どうして?という想いが消える意識の中で浮かび上がる。

 その時、慎也にラベンダーの香りが届いた。

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ