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ー2−

 クラブを終えて、肩に鞄を提げながら、慎也は駐輪場に向かっていた。

 校舎裏に抜けると、大半の生徒たちが帰宅して自転車もまばらになった駐輪場で、誰かがうずくまっているのが見えた。

 あれ?と慎也は思う。

 チラッと見えた横顔。みゆきか?

 慎也は近くまで行って声をかけた。

「なにやってんだ?」

 少女が顔をあげる。

 驚いたような、ほっとしたような、複雑な表情になった。それから、急に顔をしかめる。

 慎也は、少女が押さえている足首に白い包帯を見つけた。一瞬、顔を曇らす。

「どうした?怪我か?」

「うん。クラブでドジっちゃった」

「へえ。珍しいな、おまえがドジるなんて……」

 少女が眉を上げる。

「どういう意味よ?」

「いや、いつもは沈着冷静だからなあ、おまえ」

 みゆきはふんといって、横を向くと、小さな声で呟いた。

「誰のせいだと思ってるのよ……」

「うん?なんか言ったか?」

 慎也が訊く。みゆきは慌てて、

「なにも……」

 と首を振って立ち上がりかけた。

「痛っ!」

 その顔が苦痛でゆがみ、もう一度しゃがみ込んでしまう。俯く少女の顔の前に、手が差し出された。

「みゆき。掴まれよ」

 え?と少女は顔をあげた。そこに心配そうな慎也の顔があった。

「あ、あ、あの……」

「それじゃ、帰れないだろ。俺のチャリの後ろに乗れよ。送って行くから」

「慎也……」

 みゆきが怖ず怖ずと指しだした手を慎也は優しく取った。そして引っ張り上げる。それは男の子の力強い腕だった。


「ちゃんと掴まってろよ」

「う、うん」

 みゆきの腕が慎也の腰に回っていた。

 荷台に横座りした少女は、ショートの髪を軽くかき上げる。ほんのり上気した頬を手で隠すように。

「なあ、みゆき」

 揺れる自転車が風を追い越しながら走る。住宅街の街路樹が、青々と輝いている。

 みゆきは足の痛みも忘れ、心地よさに、その光景に見とれていた。

 慎也の声で我に返る。

「なに?」

「前にもこんな事あったっけ?」

 少女が少し緊張する。

「いつ?」

「さあ、いつだろう?」

 慎也は考えながら、

「中学生……?いや、違うか?小学生の時……?あれ?違うか」

 彼の思案が続く。

「そんなことあったっけ?」

 みゆきが言うと、慎也は自信なげな口調になり、

「あったと思うんだけどなあ。わかんねえや」

 そう言って口をつぐんだ。みゆきが小さく息を吐いた。


「じゃあな」

 少女の自宅の前で慎也は声をかける。玄関に立ったみゆきに言った。

「あした、迎えにきてやるよ」

「え?」

 みゆきがびっくりした表情をする。

「なんだよ。うれしくないのか?」

 慎也は、ちょっと視線をはずすと照れながら、そう言った。

「いいの?」

 みゆきが訊く。

「ああ」

 慎也がぶっきらぼうに答える。

「あ、ありがとう!待ってる」

 みゆきのうれしそうな、元気な声が聞こえた。


「さて、帰るか」

 慎也はそう呟くと自転車に跨った。

 しかし、ふと、思い出して、

「そういや、今頃かな?」

 と声に出した。

 みゆきの家の庭に、今頃ラベンダーが咲いてるはずだ。

 放課後、理科準備室でかいだ香りを思い出した。

 ちょっと覗いていこうか?懐かしくなって、そんなことを考えた。

 慎也は、道を回って庭が見える方に出ようとした。

 そこは小道から少し大きな通りに出るあたり。

 庭を覗き込みながら、何気なく飛び出した慎也の目の前に、大型のトラックがスピードを落とさずに突っ込んできた。

 え?

 その光景が、慎也にはまるでスローモーションのように見えた。

 そのくせ、頭の中は真っ白で、素早くよけることもできない。

 トラックが目の前に迫った。脳裏に、ぶつかる!という確信が広がる。

 同時に、恐怖がわき上がる。

 刹那、慎也は、ラベンダーの香りを嗅いだ気がした。



「あ、ありがとう!待ってる」

 みゆきが少し頬を染めて嬉しそうにそういった。

 あ、あれ?

 そこは、彼女の家の玄関。慎也は、みゆきに手を振っていた。

 あれ?これって、さっきの……

 え?え?なんだ?なにが起こったんだ?

 慎也が呆気にとられている間に、「じゃあね」といってみゆきは家の中に消えた。

 俺、どうしたんだろう?

 混乱した頭で、慎也は考えた。

 さっきのは夢か?それともこれがデジャブーなのか?

 そう思いながら、無意識に確かめようとして、同じようにみゆきの家を回り込んだ。

 小道から出る場所に来て、ビクッと足が止まる。

 恐る恐る先を覗き込もうとしたとき、風を伴ってトラックが横切った。

 ドクンと大きく心臓が鳴って、背筋を冷たい汗が流れ落ちた。

 ほ、ほんとだったあ。と慎也は思った。

 じゃあ、これって、予知したのか?

 いま来た道を振り返ったとき、みゆきの家の庭から、ラベンダーの香りがした。

 ふっと、視界が白く染まる。


 気がついたとき、目の前にみゆきがいた。

「あ、ありがとう!待ってる」

 さっき聞いたはずの言葉。見たはずの表情。これは!と慎也は思った。

 このあと、みゆきは手を振って家に入っていって……ほら、その通りだ!

 目の前で、みゆきが玄関に消える。慎也は、信じられない表情で、それを見送った。

 信じられないけれど、信じずにいられなかった。

 これって、さっきの場面だ。そう、3回目だ。つまり、俺は、3回同じ時間を繰り返したって事か?

 それって……時間を戻った?時間移動?タイムトラベル?

 信じられねえ。でも、確かだよな。

 慎也はハッとして、小道の先を見つめた。その出口の先を、大型のトラックが横切った。

 サーと鳥肌が立った。

 や、やっぱりだ。さっき見たとおりだ。慎也はそう思った。

 でも、なぜだ?

 疑問が浮かぶ。

 なんでこんな事が?

 そう考えたら、一つ気づいたことがあった。

 ラベンダーだ。ラベンダーの香り。さっきから、ラベンダーの香りがしたと思ったら、時間を戻っていた。

 理由はわからない。けれど、原因は、もしかしたらあれなんじゃないか?と慎也は思った。

 そう思うといてもたってもいられなくなり、慎也は、みゆきの家の玄関を入ると、今度は直接、庭の方に回った。

 建物の影を越えて、恐る恐る庭に近づいた。

 角を回って庭に出た。

 そこに綺麗な紫色のラベンダーが咲いていた。

 ああ、と慎也は思いだした。

 この庭で、幼い頃みゆきと遊んだな。夏には、庭にビニールプールを出して、水遊びしたっけ。あれは、いつだったかな?

 そんな追憶にとらわれていたとき、庭に面した部屋の窓が開いて、不審気な声がかかった。

「慎也?慎也なの?」

 振り返るとみゆきが驚いた表情でこちらを見ている。

「そこでなにしてるの?」

「あ、俺……」

 言いかけた慎也の鼻に、風に乗ってラベンダーの甘い香りがとどいた。

 あっと思ったときには、慎也の視界はホワイトアウトしていた。

 やっぱりという想いと、まただ、という想いが同時に浮かんでいた。

 

 

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