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アニメ版「時をかける少女」を観たら、ずっと昔に観た知世ちゃんの映画を思い出しました。
そうしたら、自分でもそんな話を書いてみたくなってしまいました。
だから、これは、Mu版『時かけ』です。
どうぞ、よろしく。
ホームルームが終わって、朝倉慎也は鞄を引っ掴むと、クラブに行こうと腰を上げた。
その時、教壇を下りかけた担任が、メガネの端をあげながら、こういった。
「ああ、日直の人、このノート俺のところまで持って来てくれ」
教壇の上には、クラスのみんなの連絡ノートが積み上げられている。
「今日の日直、誰だ?」
誰かが声を上げる。
「慎也だよ」
近くで声をかけられた。
朝倉慎也が振り返ると、にこにこしながら、女の子が慎也を指差している。
「まじかよ?!」
「もう帰る時間なのに知らなかったの、慎也?」
「うっ」
「あ〜、日直の仕事しなきゃダメじゃない」
「悪い、みゆき、幼なじみのよしみで、やっといてくれ」
「え〜、やだよ。かよわい女の子に、荷物持たすつもり?」
そこで慎也は、改めて少女を見た。
ボーイッシュなショートヘヤーで、健康的な小麦色の肌をした少女。
幼なじみの紺野みゆきは、バスケットボール部のエースである。
「誰が、かよわい女の子だって?」
言ったとたん、慎也のお腹に衝撃が走る。みゆきの鞄が容赦なくぶつけられていた。
「痛って〜!なにすんだよ」
「幼なじみに対して、言っていいことと悪いことがあるでしょ」
「いや、事実だな…」
みゆきが鞄を振り上げる。
「うわ、暴力反対!」
慎也が両手を上げた。
「なによ。つべこべ言ってないで、日直の仕事しなさい。わかった?慎也」
慎也は、ヘーイと返事をして、
「じゃあな。クラブ終わったら、またな」
とみゆきに告げて、教壇に向かって歩き出した。
みゆきは、その後ろ姿をしばらく見つめてから、教室をあとにした。
「せんせ〜。持ってきたぞ〜」
慎也は両手にうず高いノートを持って、理科室の扉を足でこじ開けた。
がらんとした理科室には誰もおらず、返事は帰ってこない。
「え〜と、いないのか?」
そこで慎也は思い出した。
「そうか、準備室だったな」
そのまま理科室を通り抜けると、苦労して理科準備室の取っ手を回して、部屋に入った。
入った途端、部屋に漂う香りに、慎也は一瞬動きが止まる。
「あれ?この匂い?」
それは、慎也の記憶によく覚えがある香りだった。
脳裏に、幼なじみのみゆきの家の庭に咲く、薄紫色のラベンダーの花が広がった。
幼い頃はよく遊びに行って、春の庭でその香りに包まれながら、みゆきと遊んだ。
そんな忘れていた記憶が、慎也の中に蘇る。
でも、なんで、こんなところで、ラベンダーの香りなんだ?
慎也は不思議に思いながら、準備室の中に歩を進めた。
ごちゃごちゃとして見通しの悪い準備室の中を少し奥にはいると、テーブルの上でなにやらガラス器具の中の液体から、ぷくぷくと泡が上がっている。
ラベンダーの香りは、そこからするようだった。
「なんだ〜?」
慎也は、少し興味を持ったのと、両手に抱えたノートをおくために、そのテーブルに近づいた……時だった。
つるっと足が滑った。やべーと頭の中で思った時には、体制が崩れていた。
慌てて手を使おうとして、ノートを持っていたことが災いした。
ノートが派手に宙に舞い、目の前の視界を遮る。
慎也は闇雲に腕を振って、何かに当たったと思ったときには、ガチャーンという派手な音が聞こえた。
掴まるものもなく転ぶ慎也の体に、テーブルの上の液体が容赦なく降り注いだ。
「うわあー」
勘弁してくれよ。
と心の中で叫んだその時、慎也は奇妙な感覚に陥った。
背中から転んでいって、すぐに床にたたきつけられるはずなのに、いつまでたっても床に着かない。
自分がいつまでも落ちていく感覚。視界が歪んで、いつの間にか、ホワイトアウトする。
呆気にとられる意識の中で、慎也は信じられないものを見た。
いつの間にか自分は屋外の土の上に横たわっている。
目の前で、信じられない速さで、高層ビルが何本も何本も立ち上がり、また崩されていく。
かと思うと、いつの間にか大平原のただ中で、遠くに雷鳴のような音を聞いたと思うと、瞬く間に音は大きくなり、大地をとどろかす歓声と共に、甲冑を身につけ馬に乗った何千人という人々が駆け抜けていく。
まるで、戦国のどこかの合戦のようだった。
これは、夢か?慎也は思った。
俺、頭うって、気を失って、夢を見てるんだな。そうに違いない。
ただ、耳に届く歓声が、頬を撫でる風が、鼻に匂う大地の香りが、夢とは思えない臨場感を伴っていた。
ほら、騎馬の後ろから、無数の徒武者が近づいてくる。みんな殺気立った興奮した表情で……
飲み込まれる!
と慎也は思った。
その時、急にホワイトアウトした背景が戻ってきて、どすんと床にたたきつけられた。
わああ。
徒武者を避けようとして顔の前に交差させた腕に、バラバラと、何かが落ちてきた。
さっき放り投げた、ノートだった。
「痛って〜」
強打した背中と、ノートで打った腕から胸が、酷く痛んだ。
慎也は背中をさすりながら体を起こすと、あたりの床を見回す。床には、ノートと割れたガラス器具が散乱していた。
「やっべー」
慎也がそう呟いたとき、がたんという音が聞こえた。
ハッとして振り返った先で誰かが準備室の扉から駆け出していくのがチラッと見えた。慌てて慎也は、声をかける。
「あ、これは、事故だから。わざとじゃねえよ…」
しかし、誰も戻っては来ない。やれやれと思って立ち上がった。
「しかたねえ。片づけるか」
そう言いながら、慎也は、さっきチラッと見えた姿を誰だろうと考えてみた。
しかし、男だったのか女だったのかさえも、思い出せなかった。




