4
『@サクラ 東館到着。気配濃厚とのこと。とりあえず俺は東1方面へ』
『@ヤスオ こちらも東へ向かう。随時報告頼む』
『@ヌルポ 東6方面に来ましたがそもそも破壊魔暴走少女が見当たりません』
『@ミソノ 東館広すぎ。人も大杉』
『@ヤスオ わかり切ったことをツイートをするな』
『@サクラ 右が123で左が456ね』
『@ミソノ 間の通路にいる。コス多いけど目的のはいない』
『@サクラ 通路はガレリアって言う』
『@ヌルポ コスプレいましたが新でした残念』
『@サクラ 1にはいなさそうなので2へ』
『@ヤスオ 東館到着。俺は東4方面へ行く』
『@ミソノ 幽霊と会いたくないからって』
『@ヤスオ だから余計なツイートを流すな!』
『@ヌルポ 余計ついでにすみませんなのですけど、幽霊さんをひとっとびさせることはできないのでしょうか』
『@サクラ 彩花は俺に憑いてるから、無理みたい』
『@ミソノ こっち男多くない?』
『@ヌルポ 男性向けジャンルが割と集中しているのです』
『@ミソノ ヌルポ大丈夫?』
『@ヌルポ 悪党を捕まえるためならこれくらい平気なのです……』
『@サクラ 無理するな』
『@ミソノ てかマジでカメコうざい』
『@ヤスオ だから関係ないことを呟くなと』
『@ミソノ 朗報。カメコから旧の情報ゲット。ちょっと見てくる』
『@ヤスオ 位置情報を書け』
『@ミソノ ガレリア』
『@サクラ 移動してるのかも。こっちもちょっと出てみる』
『@ヤスオ いろんな意味で外れしかいないな』
「ん?」
ガレリアに出てきた歩佳は、おかしな二人組を見つけて首をひねった。柱の影で向こう側を伺っているのは、どう見ても知っている二人、ヌルポと康臣だった。これだけ人がごった返す中、視線が引き寄せられるように悪目立ちしている。しかし気にして目を向けているのは歩佳だけのようだ。
「妖しいよな……」
「ええ。ものすごく妖しいのです。私の腐センサーがビンビンなのです。異常事態です」
「分かるぞ、その気持ち。俺もこんなに解せない思いは初めてだ。ううむ、どうなっている。センサー壊れたか?」
「何やってんの?」
「あ、御処野さん」
歩佳が声をかけると、ヌルポは相応の反応を返したのだが、康臣は目に見えてうろたえた。挙動不審なぐらいにビクついて、まるで背後から「わ!」と思いきり脅かされたような顔をしている。
「な、なななななん」
「怪しいのはあんたたちじゃないの。何見てたのよ」
「あれです、御処野さん」
あわあわしている康臣は放っておいて、歩佳はヌルポが指さす方向に目を向けた。そこにはまさに目的の、破壊魔暴走少女の旧バージョンコスプレがいた。大きなアニメ柄の紙袋を下げている。
「え、ちょっとあれじゃないの? ダサダサコサージュ女。何やってんのよ、捕まえないと」
「いや、まだ確証がつかめない。それに」
立ち直った康臣が、よく見てみろと手振りで示す先にはもう一人男がいた。コスプレイヤーのすぐ側で、何やら話し込んでいる。
「共犯かもしれないし、鴨かもしれない。後者なら現行犯逮捕できる」
「それで様子見? ふうん。鴨かもしれない奴、なかなかのイケメンじゃない」
「そうなのです……それに、悪党のくせになかなかの美人なのです。おっぱいも大きいのです」
「なのに」
「なのに、です」
康臣とヌルポが同時に悔しげにこぶしを握りしめたため、空気についていけない歩佳は思わず一歩退く。
「な、何よ」
「腐センサーが反応してしまうのです! 男女なのに!」
「そうだ、男女なのに! これはゆゆしき事態だ」
「ふせんさーって何よ?」
疑問を呈する歩佳の前に、妙な気迫を持ってずいとヌルポが進み出た。
「イケてる男子が二人でそろっていると、いけない妄想が思わず展開してしまう腐女子の罪深い標準装備です! あの二人ができてるんじゃないかと思うと、動悸息切れめまいニヤニヤその他の症状が出てしまうのです!」
「……病気?」
「ある意味。業の深い種族なのです、私たち」
気高く、そして重々しく、ヌルポが頷く。ついていけないと思ったが別についていく必要などどこにもないことに気づき、改めて目的の二人を眺めた。不純な熱いたぎりは、特に湧き上ってこない。
と思ったのだが。
「あれ……?」
ある不自然さを見つけて、見間違いかともう一度よく見ようとしたところで、後ろから肩を叩かれた。こんな時に誰だカメラ小僧だったらぶっ飛ばすと思いながら振り向いた先にいたのは、幸運なことに佐倉だった。
「もう見つけたみたいだね」
「じゃあ、やっぱりアレがそうなの?」
「彩花はそう言ってる」
「ふうん。まあ、その彩花とやらが本当にいるなら、足止めに呪ってほしいものだけど」
「やめろ! 不用意にディスるな! めっちゃ睨んでくるだろうが!」
「だから見えないんだって」
「あ! 行ってしまいます!」
それらしいところは見せないまま、二人は別れてしまったようだ。しかし振り向いた歩佳の目には、くっきりはっきりと、それが映った。
「あ、今……」
「え? なんですか?」
「掏った」
「ええっ!?」
歩佳以外の目には、にこやかにイケメンから離れていく姿しか映らなかった。掏られたというイケメンにそれに気づいた様子もなければ、当然コスプレイヤーの方が戦利品をどうこうした場面もない。
「同業者ながら鮮やかな手つきと言わざるを得ないわね。でもあたしの目はごまかせない」
称賛したいような悔しいような、ある種の感動に大きな胸がぷるぷる震えるのを感じつつも、歩佳は去って行こうとしている旧バージョンをひたと見据えた。
「あの乳、偽物よ」
「え……えええええっ!?」
「マジでか」
「マジも大マジよ。あんな詰め物で巨乳を気取られても迷惑だわ。しかも貧乳なんてレベルじゃない」
「わ、私気づきませんでした……」
同じ女なのにとひっそり落ち込むヌルポの肩を、歩佳はターゲットから目を離さぬままそっと抱いた。
「気づいたじゃない。ふせんさーとやらが反応してたんでしょ? あの詰め物の下にはおよそ何の役にも立たない男の乳首が埋もれてる。間違いないわ」
「待て、その決めつけは早計だ。役立たずではない」
「そうです、男の乳首は飾りじゃないのです。エロい人にはそれがわかるのです」
「え、じゃああれ男?」
何やらおかしなところに反応する二人は蚊帳の外へ追いやって、常識的なレスポンスを示した佐倉に、歩佳は頷いて見せた。
「男なら、あたしの出番ね」
あいにくノースリーブの衣装なので腕まくりはできなかったが、歩佳はにやりと自信たっぷりの微笑みつきで、豊満な胸元を寄せてあげた。
「すみませーん、これ落としましたよ?」
にこやかに歩み寄った歩佳が差し出したものを見て、振り向いた女装男はぎょっと目をむいた。それはどう見ても男物の財布で、女を貫く彼の持ち物としてはありえないからだ。
案の定、戦利品を落としたかと紙袋の中を一瞥するのを、歩佳は何食わぬ顔で眺めていた。
「あれ? 違いました?」
「……いいえ、私のものです。ありがとうございます」
この小芝居のために借りた康臣の財布は、あっさりと悪党の手に渡って行った。話が違うという喚き声が後ろから聞こえたような気がしたが、無視する。
「あなた、声、どうかなさったの? まるでカラオケでぶっ通しで歌った後みたい」
「え? い、いえ。も、もともとこういう声なんです」
「あら、ごめんなさい、あたしったら」
さっさと去りたいとありありと書いてある顔を微妙にひきつらせる女装男に、歩佳は名案が思いついたと言わんばかりの朗らかな笑顔を向けた。
「あなた、その衣装すごくレベル高いわ! よかったら一緒に写真撮ってくださらない? さっき撮ってくださるっていう方と知り合いになったばかりなの」
「え? え、ええ……あ、でも、ちょっと急いでいて……」
「そんな! せっかく会えたのに、ここで離れたら次はいつ会えるかわからないわ」
歩佳は縋りつくように、女装男の腕を捕まえた。そしてここぞとばかりに、腕を内側に寄せて胸を押し上げる。
自分も相当でかい胸を作っているくせに、視線が一気に谷間へと集中した。歩佳は、逃げる隙を失った女装男の肩越しを横切ろうとしている男を目ざとく見つけ、声を張り上げた。
「あ! カメラの方じゃないですか! 偶然ですね!」
「あ、あなたは、破壊魔暴走少女の新バージョンの人! そしてさらに旧バージョンの人も!? な、なんと、これはすごい偶然!」
開場早々に財布を掏られた男とも思えないほどのハイテンションで、そのカメラ小僧は近づいてきた。歩佳は目ざとく、その男の尻ポケットに財布が戻っていることを確認する。
「ねえ、写真撮っていただけるかしら?」
「そそ、それはもう喜んで!」
「じゃあ、早速コスプレ広場へ行きましょう! ね!」
「え、ええ……」
馴れ馴れしく腕を組んで胸を押し付けてくる歩佳を、女装男は振り切ることはできなかった。油断しきった男が歩き出そうとしたところを、歩佳の足が思いっきり引っかかった。
「ぎゃんっ」
「きゃ! 大丈夫? ……あら?」
無様にすっころんだ女装男の、肩にかけていた紙袋からころころと転がり出たものを、歩佳は不思議そうに拾い上げた。
「かわいい。これ、あなたの?」
「あっ、それは!?」
カメラ小僧が驚愕の声を上げる。その反応と、自分の荷物から他に何も零れていないことを確認した女装男は、思わず決定的な言葉を口走ってしまった。
「それは私の財布じゃない」
もちろん、そう言うより他はないだろう。『財布』は先に歩佳が渡してしまっていたし、それ以上財布を持ち歩いているとは言えないからだ。
逆に、紙幣と小銭を分けているとでも言えば、この局面を逃れることもできたかもしれない。しかし『転ぶ』という想定外のアクシデントを経て動揺が収まっていない状態にあっては、それも無理というもので。
おしとやかな演技をはぎ取った歩佳が、にやりと口の端を持ち上げた。
「しっぽを出したわね」
「な、なんのことかしら」
気づいた時にはもはや、後の祭り。青ざめながらも白を切る女装男の目の前に、歩佳は今しがた拾ったそれを突きつける。
「あなた、このかわいい熊の形のポーチが、財布に見えるの? 中を見てもないのに?」
「……」
「こうしてぺっちゃんこになってるけど、引っ張って中に空気を入れれば、化粧ポーチに見えるわ。あたしには」
「そ、そ、それは僕の財布だ! ど、どういうことだ!?」
どういうことかと問いながらも、激昂するカメラ小僧も紙袋からそれが転がり出てきた瞬間を見ている。通路の真ん中でうずくまったり騒いだりしているので、自分のことしか興味の湧かない通行人も、さすがに何事かと足を止めて、ちょっとした人だかりを作っていた。
騒ぎを聞きつけて、スタッフが飛んでくるのも時間の問題だった。
「ねえ、その紙袋、他に何が入っているのかしら?」
女装男はしゃがみこんでいたのが嘘のような反射神経で立ち上がると、脱兎の勢いで逃げ出そうとした。しかしその前を通せんぼする影があった。
「逃がさないよ。僕の財布も返してもらおう」
「な、なんのこ………ひっ、ひゃああああああっ!」
これ以上なく穏やかに、盗まれた者の恨みなどまるで皆無の様子で立ちふさがった佐倉を見て―――正しくはその横に視線を滑らせて、女装男は断末魔の悲鳴を上げた。盛大に尻もちをついて、ばたばたとみっともなく佐倉から遠ざかろうとする。
弾みで、紙袋の中身が盛大にばらまかれた。ざざあっと音がしそうなほどの戦利品が広がるのを見るともなしに見ていた通行人が、驚愕の声を上げる。
「あ! 俺の財布!」
「え? お前、財布掏られたとか言って本部に届けてたよな……」
声を聞きつけて、やじ馬たちの間にざわめきが広がった。互いに見知らぬ者同士なのに、連帯感にも似た感情が伝染していくのが、顔を見れば明らかだった。
結界を張るようにじりじりとスクラムを組んで、包囲網を狭めていく。もはやどこへも逃げることのできなくなった女装男は、血の気をすっかりなくして半泣きだったが、同情する者はいなかった。