寂しがり屋の雪女とごく普通の俺の恋の話。
「結婚して下さい。」
「お断りします。」
こうして、俺の人生は初プロポーズは散った。
20歳の男としては、ごく普通にショックな出来事である。
敢えて変わった点を挙げるなら、相手が初対面の雪女だったと言うことだけだ。
そもそもこのお話は、俺が珍しくスキーに行ったことから始まる。
実家とは絶縁状態の俺は、長期の冬休みに暇を持て余していた。
高校時代バスケに打ち込んでいた影響で、大学でもスポーツマンの友達が多かった俺は、その中でも特に親しい奴に誘われて、のこのこと真冬の雪山に行ったわけだ。
結論から言おう、俺はその雪山で一人遭難したのだ。
どうしてそうなったのかって?
俺にもよくわからない、ただ一つ言えるのは俺とスキーは絶望的に相性が悪かったと言うことだ。
そこで助けてくれたのが雪女さん(仮名)だったと言うわけである。
彼女は今にも消えそうな儚い美しさと優しさを持っていた。
だから、思わずプロポーズをしてしまったのだが、そういえば名前も知らなかった。
未来の嫁に何と言う無作法をしてしまったんだろうと思い、呆れている彼女に声をかけた。
「俺は幸雄。貴方の名前は何て言うの?」
「あかりと言います…。じゃない、貴方どうして平然としてるの?」
「あかりね。可愛い名前だね。」
にっこり笑って俺は、彼女の冷たい手を取った。(即座に振り払われたが。)
あかりは確かに、銀色の長い髪に石榴のような赤い目を持っていたし、
着ているものは白い色の薄い着物だった。
ひょっとして誰かに、酷い言葉を投げられたことがあるのかも知れない。
それでも、見ず知らずの俺を助けてしまう彼女はお人よしだと思った。
やさしくて、うつくしい彼女と俺の長期に渡る攻防はここより始まった。
あかりは雪女なので、冬の間しか会えない。
なので、毎年冬になると彼女のいる山に行った。
大学時代は、単位の取得の容易そうな授業を選び、どうにかやりくりして通った。
「あかり、久しぶり。結婚して下さい。」
「まだ、そんなこと言ってるの?熱に浮かされているだけよ。」
「あかりが恋したら、熱で溶けちゃいそうだよね。ちょっと心配かも。」
「馬鹿じゃないの…。私のことを何だと思っているの。」
「雪女。」
そう言うと彼女は、少しうつむいて寂しそうな顔をした。
そのしばらく後、あかりが根負けして、
俺と彼女は恋人同士になったけどプロポーズはやっぱり断られるままだった。
俺は、大学を卒業するとあかりの住む山の近くの小さな会社に就職をした。
お前ならもっといい所に行けるのにと不思議がる周囲に、
スキーに目覚めたんだと言ってごまかした。
社会人一年目は、思ったよりも仕事が大変で、あかりに会いに行くと心配された。
社会人二年目は、どうにか仕事に慣れてきたとあかりに言うと、幸雄のくせに生意気だと言われた。
社会人三年目は、初めて冬場にまとまった有給を取ることに成功した。
「幸雄はここに来るのを止めないのね。」
そう言った彼女は、なんだか寂しげだった。
「止めないよ。じゃなかったら、100回以上もあかりにプロポーズしない。」
俺は上手く笑えた、と思う。
「貴方って馬鹿よね。」
悲しげに彼女はほほ笑んだ。
「そうだね。」
本当にな。
俺は心の中で深く頷いた。
多分、これ以上彼女に会いに行っても悲しませる。
だから俺は、あれだけ近寄るのが嫌だった実家に帰省し、その倉の中で雪女の伝承を探していた。
恋して闇雲に行動するだけじゃ、駄目だと言うことがやっとわかったのだ。
しかし、幾ら俺の実家が妖怪とかそっち方面に強くても中々実録は見つからない。
なので、この家の生き字引である祖父に尋ねることにした。
「雪女と結婚したいんだが、どうしたらいいと思う?」
単刀直入なのは俺の長所だ。
が、ジジイは死にそうなくらい吃驚した。
「どうしたんだ幸雄。代々の家業である陰陽師も厨二病だと言って否定して、東京に行ってしまってから音沙汰なかったのに。」
そう、俺は普通に生きたかった。
けど、寂しそうなあかりを見た途端、それがくだらないと思えるぐらいの恋をしたんだ。
「いいから、教えてくれ。」
俺が真剣なのが伝わったのだろう、ジジイは重い口を開いた。
「雪女を人間にしてしまえばいい。このお札を相手に付ければ、人間になる。ただし、二度と元には戻れないがの。」
俺は黙って、札を受け取った。
実家から帰る道中、俺は色々なことを考えた。
あかりが長年暮らしている山とそこでの静かな生活を愛していること。
それをすべて奪って、行き場のない彼女を隣におくことは愛情と呼べるのだろうか。
俺は安アパートのわが家に行くと、黙って灰皿の上で札を燃やした。
それから、俺は再びあかりのいる山に行った。
もう何回目かわからない、プロポーズをする為に。
「あかり、俺が雪男になる。貴方の側にいる為になりたいんだ。」
彼女は物凄く驚いた顔をして、泣きだしてしまった。
そうして、訥々と語り始めた。
俺はそもそも遭難した時に、凍死していたら雪男になっていたこと。
咄嗟に助けてしまったが、恋人同士になって俺が雪男だったら、
ずっと傍にいるのにと、時には助けたことを後悔することもあったこと。
それが恥ずかしい考えだと思っても止められなかったこと。
どうせすぐに飽きて来なくなるだろうと思っていた俺が真剣なのが分かって苦しくなったこと。
人は人と暮らすのが一番だと分かっていても、どうしても会いたかったこと。
泣きはらした彼女の冷たい体を一晩中抱きしめて、俺は雪男になった。
とある小さなスキー場のある奥深い山には奇妙な噂がある。
冬場になると、いつまでたっても年の取らない若い夫婦がでると言うのだ。
新手の怪談かと、見向きもされない噂が本当であることを知る者は殆どいない。