《読心術士》のはじまり
《リエル・サナ》
リエルから見たユーロは、恩人である。今のところ、それ以上の呼び名が見当たらない。
ユーロのことは好きだ。大好き、なのかもしれない。
けれど、それがどのような意味での『好き』なのか、ずっと決めかねている。
リエルは知っていた。
クローネやフランの感情を。二人が、ユーロのことをどれほど想っているかを。自分のはそれに比べると、ちょっと頼りない。
ありていに言えば、向上心がない。今以上の関係を求めるつもりは、さらさらなかった。
◇
「次の船のアイデアがあるの」
フランのその言葉で、彼女とユーロとミナは旅立ち、そして数日をまたいで帰ってきた。
三人がいない間、リエルはパーティーの中で自分にできることについて慎重に考えを巡らせていた。
帰ってきたフランは自分の店にこもり、船の設計に集中すると言う。その間にリエルたち四人がミディールの外で石を回収することになった。
「なんか、久しぶりだな、こういうの」
嬉しそうに石を集めるユーロを隣で見ながら、リエルはあらためて思う。
こんな日常がずっと続けばいい。それだけでいい。
それだけの気持ちだから、もしクローネやフランがユーロを取り合ったら、どうあっても自分は蚊帳の外だ。
けれど、それと同時に思う。
一生懸命考えて、ひとつだけ、これだけは誰にも負けないと密かに確信したことがある。
――お師匠のことを本当に理解しているのは、私だけだ。
簡単な話である。リエルだけが、ユーロの心の中を読むことができるのだ。つまり、彼の真の感情を。
クローネはユーロのことを美化しすぎている。彼女の思うほどユーロは強くない。悩みもするし間違いもする、普通の人間だ。
逆に、フランはユーロの本当の姿が見えているかもしれないが、彼の心中に踏み込もうとしていない。フランの心理はリエルには読めないが、行動を見ていればわかる。彼女は臆病だ。自分が理解されたくないから、不必要に他人を理解しようとすることを恐れている。
となれば、自分しか残っていない。
いつしかリエルの中には、義務感すら生まれていた。パーティーの中で唯一ユーロを理解できる自分が、今以上にその理解を深めなければならないという義務感。
万が一、ユーロが悩み、落ち込んで立ち上がれなくなった時、彼に適切な言葉をかけられるように。
そのために、彼のことを隅々まで知っていなければならない。
そう、リエルの手が届く表層心理だけでなく。深層心理までも。
そして、深層心理を理解するということは、他でも無い、スキルを理解することなのだ。
◇
回収した石はフランが持っているほうがいいのではないかとユーロが言うので、ちょうど考え事が行き詰っていたリエルは気分転換がてらにそれらを届けに行くことにした。
『宿舎』を出て、ふと思いつく。
今まで意識的にも無意識的にも、近寄らないようにしていた道があった。
せっかくの気分転換だ。元々避ける理由なんてないんだし、通るだけでも通ってみよう――。
そんな軽い決心で、リエルはいつもと違う方向に歩を進めた。
その道には、リエルのよく知る大きな建物がある。
専属護衛取引所。通称、孤児院。
リエルが幼少期のほとんどを過ごし、ユーロに初めて出会った場所である。そのユーロにとってもまた、故郷と言える場所だろう。
遠くからぼんやりと眺めていると、そこに珍しく人が入っていくところが見えた。
黒いスカーフを巻いた女性。おそらく冒険者だろうという服装をしている。専属護衛を買いに来たのだろうか?
不思議なことに、リエルはその女性を妙に見たことがあるような気がした。それなのに、どこで会ったという記憶が断片的にも思い出せない。
そうか、と気付く。
あの女性を見たのは、ユーロの心の中だ。ユーロがいつも心に思い描き、自らのあらゆる行動の理想としていた女性だ。
さすがに今のが本人ということはないはずなので、彼女によく似た人物だったのだろう。いや、正確には『ユーロの思い描く彼女の姿』によく似ていた、というべきか。
ユーロの表層心理に浮かぶ彼女は、常に飄々としていて、何もかもがわかっているようで、まさに今のユーロが見せる姿そのものだった。
ただひとつ、『役に立つ物がわかるスキル』なんて使わない点を除いては。
いや。そもそも彼女のスキルなんて――
「っ!」
その時、リエルは突然全てを理解した。
今までに少しずつあった様々な疑問が、少しずつほどけていく。
「……そういうこと、だったの、ですね……」
リエルはひとり呟いて、フランの店へと急ぐ。
風花と石を届けたら、彼女を呼び出して、『宿舎』に全員を集めなければならない。
◇
「お師匠のスキルのこと、です」
『宿舎』にパーティー全員を揃えて、リエルはそう切り出した。
別に全員の前で発表する必要はなかったかもしれない。ユーロだけに伝えれば良かったかもしれない。
彼のことを理解する役目は自分のものなのだ、という、初めてパーティーに入った頃には存在していなかった自負が、必要以上にリエルを大きく駆り立ててしまっていた。
「俺のスキルが、どうしたんだ?」
「お師匠は自分のスキルを、どんな能力だと思っているのですか」
「そりゃ、『役に立つものがわかる』能力だろ?」
何を言っているんだ? という顔で、首をかしげられる。でも、それは正解じゃない。
「では、『笑顔が本物かどうかわかる』能力は? 『相手の声を奪う』能力はどうですか? それらはスキルではないのですか?」
「それは確かに俺も考えていた部分だが……前者は『役に立つもの』のひとつに笑顔が入った。後者は、どう考えても元のスキルとは別物だろう。新たに増えてしまったんだ」
そこまでは、リエルも考えた。だが、
「だとすれば、それは一体どんな深層心理から引き起こされたのですか」
スキルは、深層心理の結晶。望まないスキルは、手に入らない。
「わからないが、スキルはなんでもありだ。何か俺の中の心理が作用して例外的に増えたと考えるしか無い」
「それは明らかに異常な事態です。"説明の付かないところを、何か例外的な理由があると処理してしまえば、どんな仮説も通ってしまう"。これは以前、お師匠自身が言っていたことです」
「……わかったよ。俺のスキルに議論の余地があるのは認める。じゃあ、リエルの考えはどうなんだ?」
ユーロはお手上げのポーズをした。リエルはそれに少し満足して、仮説を言う。
「単純です。スキルは一人につきひとつ、子供の頃に手に入り、後からは増えない。この原則を守るならば、答えはひとつしかないです。――お師匠が子供の頃に手に入れたスキルが、『役に立つ物がわかる』能力でもあり、『笑顔を見抜く』能力にもなり、『声を奪う』能力にもなる、唯一のスキル、なのです」
「――マルチスキル」
黙ってやりとりを見守っていたフランが、口を開いた。
「ちっちゃい頃聞いたことがあるよ。昔のネヴァンに、風を操り、水を凍らせ、相手の視界を歪めることもできる複数のスキル持ちがいて、一瞬だけ話題になったことがあったって。でも蓋を開けてみたら、その人は『温度を変えることができる』っていうただひとつの能力をびっくりするほど精密に操っていただけだったんだ」
「……つまり、俺のスキルもそれと一緒で、ひとつの能力を応用しているだけだって解釈になるのか。じゃあ、その元の能力にあたるのは一体何なんだ?」
ユーロの疑問を受け、リエルはここ最近で考えていたことの全てを話すことにした。
「深層心理を考えれば、わかるはずです。お師匠がスキルを発現したころ、どんな望みを持っていたか。そう考えれば――これだけは、絶対に聞いておかないといけない、です」
一息吸って、ぶつける。ずっと前にも疑問を持って、それから一度も解決していなかった、その質問を。
「お師匠のお師匠は、何のスキルを持っていましたか?」
「参ったな」
ユーロは頭をかく。
「リエルにはもうばれてるだろうけど、実は、師匠のスキルが何なのか、俺は知らないんだ」
「え?!」
クローネが驚きの声を上げた。フランも多少驚いた顔をしていて、変化が無いのは人形のように微笑んでいるミナだけだ。
もちろん、リエルは気付いていた。
ユーロはあれほど毎日、師匠のことを心に描いていたのに、リエルは彼女のスキルを知らない。
それは即ち、ユーロが一度も師匠のスキルのことを心に浮かべていないことを示す。
そうだ。だから本当はこんなこと、直接聞かなくてもわかる。今の質問は、全員に話をわかってもらうためのものに過ぎなかった。
そして、次の質問も同様だ。
「――では、お師匠の視点からは、どんなスキルを持っているように見えましたか?」
「……やっぱ、それを聞いちゃうよな……」
そう言って渋るユーロをリエルはじっと見つめた。やがて、ユーロが根負けして、放り投げるように言う。
「『役に立つものが何でもわかる』能力に、見えたよ、俺には」
「あ」
フランが、わかってしまった、という顔をした。
「そういうことね……それで、ユーロくんもそのスキルを」
「ああ、真似しちまったんだよ、憧れて。師匠って、俺にとっては母親みたいな人でもあったから――それが師匠にべったり依存してるみたいで、恥ずかしくて、嫌だった。でも深層心理はごまかせないんだよな。そんなスキルを手に入れてしまったからには、それだけ心の底から望んでいたんだ。恥ずかしいから言いたくなかったよ、これだけは」
「別に恥ずかしくないと思うけど……」
クローネが呟くが、ユーロは本気で恥ずかしがり、手で顔を覆っている。
「ちょっと待ってください」
リエルがそこでストップをかけた。
「そこが違うんです。お師匠はその時、真似をして『役に立つ物がわかる』能力を手に入れたわけではない、です」
そこで何かに気付いた顔をするフラン。
そして、言っている意味がわからない、という顔のユーロ。
まだ気付かない彼に、リエルは最後の結論を言う。
「お師匠のスキルは『他人の能力の再現』です。その深層心理は、相手への関心や憧憬――」
「リエルちゃん! それはっ」
フランが慌てて何かを叫ぶが、リエルの口は止まらない。
「お師匠のお師匠から『役に立つものがわかる』能力を、私から『本物の笑顔を見抜く』能力を、そして店長さんから『声を奪う』能力を、それぞれ再現した」
「リエルちゃん!!」
フランが大声で制止する。
だが遅かった。
リエルは全てを言ってしまった。言ってしまってから、ようやく気付いた。
「――そっか」
この場には、それを聞かせてはいけない人物がいた、という、当たり前の事実に。
「すごい、そういうことだったんだね!」
その人物は、不自然なほど明るい笑顔を浮かべていた。まるで『そのこと』には少しも気付いていないかのように。
けれど、明らかにそうではなかった。
ずっと聞こえていたはずの彼女の心の声が、聞こえなくなっている。
「リエルちゃん、よくそんなこと気付けたね。私、全然おかしいとも思ってなかった」
言葉とは裏腹に、その笑顔の端から、一筋の雫が零れ落ちた。
それを流していることが嘘であるかのように喋り続けているが、その言葉はほとんど中身がない。
おそらく頭が空白になっているのだろう。
心の声がリエルに聞こえなくなったのは、そのせいだろうか。それとも……。
「クローネさん」
フランが指摘するように声をかけると、ようやく気付いたのか、手で涙を拭い始めた。
「あ、あれ、おかしいな。ちょっと待ってね、目に何か――」
「っ!」
見ていられない、といった顔でフランが立ち上がり、クローネの手を掴んで無理矢理外に連れ出した。
それを見て、ユーロも慌てて立ち上がり、追いかけていく。
ドアが閉まると、『宿舎』にはリエルと、そして一部始終を黙って聞いていたミナだけが残された。
◇
「私は、また間違えてしまったんですね」
三人が出て行ったドアを見つめながら、リエルはぽつりと呟いた。
「リエルのすいりは、かんぺきだったとおもうよ?」
その背後で、ミナが答える。きっといつものように、あの純粋な笑顔で。今は、その笑顔が見られない。
「何も、わかってなかったんです」
よしんばさっきの推理が完璧だったとしても。この結果では、意味が無い。
クローネに心を閉ざされたら、推理になんか何の意味もないのだ。
「ちょっと人の気持ちがわかるからと調子に乗って、余計なことばかり言う。お父さんとお母さんに嫌われた時と同じ。私は、何も変わっていない。一切成長していない」
「ううん、リエルは、かわったよ」
ミナの声がだんだん近づいてくる。背中に手を置かれ、リエルはびくっと震えた。
「コトバはむずかしいの。コトバはこわすこともあるの。けど、直すこともできるんだよ」
いつものミナの話し方ではない気がした。何故か、クローネに諭されたように聴こえた。
リエルちゃんはもう、そのスキルの本当の使い方を知っているよね、と。
それを、敢えて心の声を使わずに伝えたのは、ミナなりの意図があったのだろうか。
「コトバでこわしたものは、コトバで直さなきゃ」
両手でそっと背中を押される。
リエルは決心して、『宿舎』のドアを開けた。
ミナがくれたかすかな速度を維持して、リエルは、ゆっくりと外に出た。




