風花
《ユーロ・クレセント》
船を造る。それは当然ながら、一大事業である。
生半可な人月を費やして完遂できるものではないし、その上誰も試したことの無い「自ら風を起こして進む船」ともなればなおさらだ。
「まずは、材料と作業スペースの確保だね。どんな船を造るにしても大量の木材と充分な広さは絶対に必要。そんで、当然だけど海辺がいいよね」
と、フランは言った。
だが、そう簡単にいえるほど達成しやすい条件ではない。安全で広大な空き地など知らないし、海辺で唯一関わりがあるネヴァンはあの男の根城であって論外だ。
「私たちが珍しい船を造っていることは、知られないほうがいい、と思います。特に風花は、貴重なアイテムらしい、ので。それに店長さんの父親から妨害があるかもしれないです」
と、リエルは言った。
だが、造船事業はそんな風にこそこそ作業できる案件では明らかにない。理屈はわかるが、無理があるというものだ。
「やっぱり、人が足りないんじゃないかな。私たち、たったの五人だし、男手はユーロくんしかいないなんて」
と、クローネは言った。
だが、それはリエルの発言と矛盾している。外部から作業者を呼ぶほど情報の機密性はなくなっていく。確かに風花のことはそう広めるべきではない。
「ユーロ。かざはな、ぜんぜん風出ないよ?」
と、ミナが言った。
大問題だった。
◇
風花は、ミディールに持って帰ってくるといつの間にか風を発生しなくなっていた。
『宿舎』の外の適当な地面に植えても、変わらない。
相当丁重に摘んで、厳重に持って帰ったはずだが、やはり一度摘んでしまうと駄目なのだろうか。
「……お師匠」
頭をひねっていると、リエルが話しかけてくる。
「どうして、その花が風花だとわかったのですか」
「どうしてって……」
ユーロは風花を発見したときのことを思い返してみる。そうだ、竜巻の中にこの花は大量に生えていた。
「それだけでは、この花が風を起こしていたとは限らないのでは、ないですか」
「いや、そうじゃないんだ。そもそも俺はこの花を知っていたんだよ」
「それがおかしい、です。出発するまで、お師匠は風花のことを、名前しか知りませんでした」
「……ああ、なるほど。そこまで読めるのか。すごいな」
つまり、リエルはユーロが風花の視覚的イメージを持っていなかったことを能力で読み取っていたのだ。
「実は、夢を見たんだよ」
ユーロは説明する。
自分が師匠と一緒に、西の街へ行った時のこと。
そこで、売店にたまたまひとつだけ陳列されていた、高価な花のこと。
「実際に俺は風花を見て、知っていたんだ。でもそのことを完全に忘れていたんだ」
「――それで、私に気付かれる前に、急いで抜け出したのですか」
「鋭いな。全くその通りだ」
「……そんなときくらい、心を閉じればいいのに」
「ん?」
「なんでもないです」
リエルは首を振って、
「では、その時は風が出ていましたか」
「ああ、もちろん。だからこそ思い出せたんだ」
「……変、です」
リエルはユーロの目の奥を見透かすように、じっと見つめてくる。
「何が、変、なんだ?」
「お師匠のイメージが、です。竜巻の強さと、売店の風花が出す風の強さ。違いすぎ、です」
言われてみれば、あの時師匠と共に見た風花は、周囲に被害を及ぼすほどの風は発生させていなかった。
「でも竜巻のほうは、何十輪もの風花が一斉に起こしていたものだった。風の強さが合わさってあれほどの竜巻になったんじゃないか?」
「……」
リエルはまだ悩ましげにしている。
確かに、あの売店の風花を何十輪集めたところで、あの竜巻には及ばない気がする。
「んー……」
その時、しゃがんで風花を見つめ続けていたミナが、
「ユーロ、これ、風出てる!」
先ほどと反対のことを叫んで、突然立ち上がった。
「何?」
ユーロも手をかざして確かめてみる。
言われてみれば微妙な空気の動きを感じるような気もするが、外なのでよくわからない。
「屋内で確かめてみるか」
周りの土ごとくり抜き、器に入れて『宿舎』に連れ帰る。
改めて手をかざすと、確かにそよ風を感じた。確認のために隣に並べた風車もカラカラと軽く回りだす。
「なるほど、風の力を完全に失ったわけではないのか」
しかし、眺めているとすぐに風車は止まってしまった。
時間経過によって風が弱まっていき、ついには無風になってしまったのだ。
「これは……一体どういうことなんだ」
◇
ユーロは、フランも含めた全員を『宿舎』に集めて、状況を整理してみることにした。
「大砂漠で発見した時、風花は周囲に竜巻を巻き起こしていた。そして俺が昔売店で見たときには、それより遥かに弱いが、いちおう感じられるくらいの風を出していた。しかし今は、土に植えてもわずかな風しか起こらなかった上、その風も結局止まってしまった」
まとめてみれば、自然にある疑問が浮かび上がる。
「どうして状況によって、風の強さが変わるんだ?」
「よくわかんないけど、大砂漠から離れるほど、風は弱くなってるみたいだね」
フランが推論を述べた。
それは確かに有力な説だが、しかし回答にはなっていない。
「これ以上はお手上げだって。この花についてこれ以上の情報がぜんぜんないんだもん」
「確かにな。今まで解いてきたアイテムの謎に比べると、推理する材料が出尽くしていない感がある。もう少し風花について調べるべきかな」
「ちょっと待って」
唐突にクローネが手を突き出して、会話に割り込んだ。
「材料が足りないっていうなら……私たちは、それを持ってるかもしれない」
クローネは、リエルとミナの顔を順番に見た。
「私たちだって、ずっと頑張ってたんだから」
「何か、わかるのか」
「何がわかるかはわからない。けど、ユーロくんたちよりは材料を持ってるはずだよ。ね、リエルちゃん」
「……はい」
リエルは考えをまとめるように二、三度うなずくと、
「地脈、です」
いきなりそう切り出した。
「地脈?」
「隣の『宿舎』の人が、教えてくれました。風花は、“地脈のエネルギーを吸い上げてそれを竜巻に変える”」
「そうか! その“地脈”が大砂漠にあるんだな? それであの場所から離れるほど、風の力は弱くなる。途中で風が止まったのは――地面から引き離したからか」
なるほど、それならば起きた現象については納得が行く。
しかし、だとすれば、風花は大砂漠以外の場所では使えないということになってしまう。
「じゃあ――俺たちがこれを手に入れてきたのは、意味がなかったってことなのか」
「いえ」
リエルは首を振る。
「“地脈のエネルギー”にあたるものを与えれば、また風を起こすはず、です。それは、たぶん――」
言いかけて、リエルは目線をミナに向けた。ミナはそれを受けて、
「ソース、だね!」
石ころを掲げて、嬉しそうに言った。
◇
『原理』について、ミナからリエルの通訳を通して教わった。
リエルは一度通訳したことのある内容だったようで、やけに手馴れた様子だった。
「『原理』――一度も聞いたことがない概念だが、実際に『グリム』を使えるミナが言うならそうなんだろうな……」
にわかには信じがたいが、ミナがわざわざ嘘をつくはずもない。
実際、風花が利用しているという“地脈のエネルギー”をそれだと考えても、矛盾はない。
「その説明によると、あたしたちが使ってるスキルもその『原理』とやらを使ってるんだよね?」
フランが聞くと、リエルが「はい。少量、ですが」と答える。「どおりで」とフランは続けた。
「どおりで、あの砂漠ではずっとスキルを使ってても全然疲れないと思ったよ。あそこではどんなスキルでも無限に使えるのかもね」
「ワタシも、ずっと『グリム』が使えた!」
ミナもそれに同意した。
なるほど、どうやらあの大砂漠にスキルや『グリム』の原料となるエネルギーが大量に充満していることは間違いなさそうだ。
「つまり、その石ころ――元はと言えば、俺が集めてきたものだが――そいつを地面に埋めれば、石ころから『原理』が供給されて、風花は風を起こすということだな」
「でも、その石に溜まってた『原理』はミナちゃんが相当使っちゃったんだよね?」
クローネの指摘に、ミナは首を振った。
「ううん。使っちゃったけど、さばくについたら、全部もとにもどったの」
「じゃあこいつらは、『原理』とやらを使い切ってもまた溜め込む力を持ってるんだろうな。大砂漠で『原理』を大量に浴びて、復活したんだ」
さっそく、ユーロは実験に取り掛かった。
念のため外に出てから、風花を植えている器の土の中に、石ころのひとつを埋めてみる。
その瞬間は何も起こらず、何かが間違っていたかと思ったが――
「うおっ?!」
突然、風花の周囲に小さな竜巻が巻き起こった。
ユーロは油断していたのもあって、真っ向から風を受け後ろに転倒してしまう。
自ら体験した風の勢いは、なかなかの強さだ。
「すごい――」
クローネも巻き起こる竜巻を下から上へと眺め、感動した様子で呟く。
そんな中。
「あの、さ」
ひとりフランが、気まずそうな顔でユーロを見る。
「感動してるとこで言いにくいんだけど――こんなに渦巻いてる風じゃ、反動でまっすぐ進ませるなんて無理じゃない?」
「――あ」
再び、大問題だった。




