出会い・3
《ユーロ・クレセント》
『バラッド』で報酬とミディール行きの荷物を受け取り、帰り道を進む。
ユーロはネヴァンの街の出店で見つけた風車を片手に、意気揚々と歩いていた。
「お師匠」
リエルはじっとそれを見ていたが、しばらく歩いたところでようやく声をかけてくる。
「お、この風車、欲しいか? いや、俺だって子供のおもちゃで遊びたいとかじゃなくてだな。光ってたから仕方なくだな」
「そうじゃ、なくて」
リエルがものすごく言いにくそうな顔をしているので、ユーロは先を促した。
「なんだ。なんでも言ってくれ」
「あの。それ、家にありました」
「……え?」
家にあった。
それはどういうことだ。リエルは一緒の家に住んでいる。つまり、ユーロの収集したたくさんのガラクタを毎日眺めて過ごしている。
そうか、その中に既に風車もあったのか。つまり自分は無駄な買い物をしたわけか。
「な、なんで買うときに言ってくれなかったんだ!!」
リエルがびくっとした。クローネが慌ててその体を支える。
「ちょっと! リエルちゃん驚かせるの禁止!」
「い、いや、でも。ショックだろうよ……大した値段じゃなくても、同じの買うとかショックだろうよ……」
「自分でも把握できてないなら本当にガラクタと変わらないと思うんだけど……」
「ぐふぅっ」
ユーロは大ダメージを受けた。立ち直れない。
「あれっ」
ふと、クローネが前を見て、立ち止まった。
「どうした?」
「静かに。何かいるよ」
見ると、前方の湿地に、何頭かのレムードが固まっているのが見えた。
「水でも飲んでいるのか……?」
「迂回、しますか」
「待って、何か様子が変」
確かに、水を飲んでいる動きではない。全員で何かを見下ろしているような……。
気付かれないように慎重に、ある程度の距離まで近づいてみると、グルル、と唸り声が聞こえた。
息を殺して耳を澄ましていたクローネが、
「人間……?」
そう呟いた。
「あの中に人が倒れてる?」
それを聴いた瞬間、ユーロは魔除けの鈴を持って駆け出した。
「くっ」
鈴を鳴らすと二頭が逃げていくが、三頭が残っている。
牙をぎらつかせ、敵意をむき出しにし、吼えてくる。
「『邪魔をするな』……だめ、やっぱりその子を餌だって認識してる!」
その言葉に、ユーロはようやく、湿地に倒れている「それ」を発見した。
白い、白い少女だった。
腰まである長い白髪。そして、絹でできたような白く輝くワンピース。背格好は15歳ほどに見えた。
仰向けに倒れてはいるが、水溜りに顔が半分浸かっている。
……窒息している?
ユーロは魔除けの鈴を腰に装着し、代わりに、ナイフを抜いた。
一閃。
真一文字にナイフがひらめき、その動きで魔除けの鈴がリン、と鳴る。
そして、少女に最も接近していたレムードの喉笛に傷が走り、血が吹き出した。
その隙にリエルが少女を引きずり上げ、クローネの元へと運ぶ。
残り二頭のレムードがそれを追う。ユーロはその一頭にどうにか追いつき、後ろ足を切り裂く。
もう一頭には……届かなかった。
「まずい……っ」
クローネが少女の背中を叩き、水を吐き出させた。
違う、そんなことをしている場合じゃない。逃げろ、リエル頼む、逃げてくれ――
最後の一頭が、クローネ達に飛び掛かる――
瞬間、
その動きが、空中で静止した。
「なっ?!」
ユーロは驚きながらも飛びついて、背中にナイフを突き刺す。
顔を上げると。
白い少女の目が、赤く爛々と輝いて、絶命したばかりのレムードを見据えていた。
◇
少女は、耗弱していた。
何度か話しかけても答えない。答える元気も無いのかもしれない。
とにかく立ち上がれないほど弱っていたので、水を与え、食料を与え、寝袋を貸して、火を起こしてやった。
しばらくその状態で観察していたが、夜になっても起きないので、ユーロたちも食事を取った。
そのままリエルを寝かせ、二人で観察を続ける。
「大丈夫かな……」
クローネが少女の寝顔を見つめ、心配そうに呟く。
「それよりクローネは大丈夫なのか?」
ユーロが俯いたまま言った。
「え?」
「あんな場面を見せてしまっただろ」
「あ……そのことか」
クローネはユーロの隣にやってくると、無理やりその顔を起こし、額を指でつついた。
「気にかけてくれるのは嬉しいけど、いちいちそういうのはやめてほしいよ、ユーロくん」
「……俺は、見知らぬ人間と、見知らぬレムードを一瞬で天秤にかけて、迷わず見知らぬレムードの方を殺したんだ。恨まないのか」
「いつか言ったでしょ。どうしても、私は魔獣じゃなくて、人間だって。ユーロくんのしたこと、理解できるよ」
クローネは日に照らされた顔をこちらへ向けると、
「それより、私はユーロくんがあんな無茶をしたことの方が怒ってるよ。リエルちゃんだってそう。あれで大怪我したらどうするの」
「あれは……リエルのことは、俺のせいだ。俺が、薄々あの子を引き上げてくれることを望んでしまったんだ。窒息して今にも死ぬんじゃないかと焦ってたから」
「そっか……リエルちゃん、それを読み取って、動いちゃったんだね」
「結局俺一人じゃなく、リエルも、クローネも、全員を危険に遭わせた。ごめむぶっ」
最後まで言わせず、クローネはユーロの口を塞ぐ。
「だから、そういうのをやめてって言ったの、わかってる? 危険なことをしたのは反省して欲しい、けど、謝らないで。私達はそういうのも覚悟で着いてきてるんだから。パーティーなんだから」
ユーロは口を塞がれたまま、コクコクと頷いた。
と、その時。
「レ、ソワ、ソシュエル?」
聞いたことのない、綺麗な声。
見ると、白い少女が起き上がって、赤い瞳でこちらを見ていた。
「え?」
ユーロはその言葉が全く理解できず、聞き返す。
「えっと……なんて言ったかな? 今」
「レ、ケント、クォールファ? ソワソシュエル?」
思わずクローネを見るが、彼女も黙って首を振る。
クローネにもわからないのか。いや、魔獣じゃないのだから当然か?
だとしたら、魔獣でないのになぜ、言葉が通じない?
ケンタウロスの時は、言葉が通じないというより、相手の声を言語として聞き取ることができなかった。
だが、今は違う。それが何かを伝えようとする言語だということは何となく伝わるのに、内容が全く理解できない。
「えーっと、なんだ。腹が減ったか? 食うか?」
ユーロが携帯食料をおずおずと差し出すと、少女はためらいなくそれを受け取った。
そして、数秒間それを手に持ったままじっと見つめたかと思うと、突然パクッと口に入れた。
味を確かめるように、じっくり数回噛むと、顔を大きく上に向けて飲み込む。
その後、ユーロ達の方に向き直ると、
「ラトゥトゥ」
と丁寧に言って、頭を下げた。
「今のは……」
ユーロはクローネと顔を見合わせる。
「礼をしてくれた、のか?」
もしかして、言葉が通じないだけで、常識のようなものは通じるかもしれない。
そう思ったユーロは、
「ユーロ」
自分の胸に手を当てて、ゆっくり自分の名前を述べた。
「ユーロ・クレセント」
そして、クローネの方を見る。彼女も意図を読み取り、同じようにした。
「クローネ。クローネ・アイリス」
すると、少女は二人の顔を何度か見比べた後、
「ユーロ。クローネ」
二人を指差しながら、そう確認した。
「そう!」
二人は言葉が通じたことに喜び、ガッツポーズをする。
すると、白い少女も柔らかな笑みを浮かべると、自分の胸に手をあて、こう言った。
「ミナ」
確かめるように、ゆっくりと。
「ミナ・エル・エトゥ」




