冒険の準備
当初の予定通り、運転はアイに任せることになった。スマートフォンを接続しただけでエンジンがかかり、アクセルも踏まず、ハンドルも動かしていないのにひとりでに動き出す姿はSF映画のスーパーカーのようだった。
念のためハンドルの上に手を置き、運転している風を装う。
「それにしても狭いな、こりゃ」
シートの座り心地こそ悪くないが、とにかく狭い。
操縦席は車体の中央、やや前方に位置しており、左右に用途不明のレバーが三本ずつ存在している。足元にはフットペダルが三つ、砲塔を回すためのハンドル、窓はないものの車外に取り付けたカメラのおかげで視界だけは確保されているといった状態である。
立ち上がった先には砲塔があり、左側にはブローニングM2重機関銃が据付けられている。反対側には車体よりも長い106ミリ無反動砲の威容。それぞれ使いやすいように最大限の配慮がなされているようで、射撃時には苦労しなくて済む。レバーを押すだけで排莢、給弾までをしてくれる。ただし装弾数は少ないので、弾切れになったら車内の弾薬庫から弾丸を取り出し、取り付ける必要があるが。
『戦闘車両だからね。移住性なんて二の次だよ。これでも結構、楽な方だと思うよ。軽戦車に4名乗ったらそれはもう寿司詰め状態。臭いわ、熱いわで戦いどころじゃないみたいだし』
屈強なアメリカ兵達が(何故か裸で)押し合いへし合いしている姿を想像し、タクムは顔をしかめた。
軽自動車とどっこいどっこいのちんまい戦車が街中をひた走る姿は、人々の笑いを誘うようだ。車外カメラから覗く人々の視線がやけに生暖かい。
「こいつは一人で戦うのが前提なんだろ。もうちょっと楽な姿勢でいられないと持たないと思うぞ」
『そうかもね。あとは砲塔に移動するのもちょっと大変かも。これはいろいろとメンテナンスを加えないとダメかもね』
「そこらへんはおっさんに任せるよう」
『そうだね、マスターも意見があったらまとめておいて。とりあえずはガンショップへゴーゴー』
ドルルルと可愛らしいエンジン音を響かせながら、戦車がガンショップの駐車場へと到着する。
巧みなレバー捌きで駐車を決めるアイ。これだけ混んでたら切り替えしが大変なことになっていただろう。小回りこそ乗用車並みに効くが、いかんせん、車体からはみ出したバズーカが邪魔すぎる。
「ここでは何を?」
『まずは重機銃の弾薬かな。純正の給弾ベルトは110発だからね。それくらいだとすぐに撃ち尽くしちゃうよ。それに砲弾だって在庫がすぐに入ってこないようだったら取り置きしてもらわないと。あとは防弾装備も必要だね、昨日だってきちんとした装備をしていれば怪我を負わずにすんだんだから』
他には信頼性の高い拳銃や自動小銃、そのオプション品があれば購入したほうがいいとのこと。まったくよく出来たAIである。アイがいなければタクムは未だに荒野を彷徨っていたかもしれない。
タクムは戦車の鍵を抜くと、シート裏に仕舞っておいた自動小銃を取り出した。戦車の砲塔の蓋を開き、圧迫空間から抜け出すと大きくひとつ息を吸ってから戦車を降りた。
ガンショップはタクムのイメージするそれと全く同じであった。まず鉄帽に防弾チョッキを羽織ったマネキンが二人を出迎える。店内に視線を向ければ入り口手前からの壁から左右の壁面、はたまたカウンターの裏にまで拳銃、猟銃、散弾銃、機関銃ありとあらゆる銃器が立てかけられていた。ガラス棚には手榴弾、サバイバルナイフが数多く並べられ、テントやコンロ、レーションの類までおよそ兵士が戦場に持って行きそうなものなら全てが揃いそうである。
パリを思わせるアパルトメント風の建物の中にあるとは思えないほどの魔窟っぷりである。
「いらっしゃい、何をお求めだい?」
店員らしき若い男性が声をかけてくる。
「まず銃弾を。12.7ミリを500発ほど。ついでに106ミリ迫撃砲弾があれば購入しておきたい」
「ブローニングかい? 12.7ミリはあるよ、1発3ドル。給弾ベルトも純正と200、300、500と1000発繋げたものを付けられるけどどうする?」
「……」
『300を2つがいいかな。マスターはどう思う』
「そ、それで!!」
「106ミリロケットか……ちょっと注文しないとないね、どれくらい欲しいんだい?」
「とりあえず30発あればいいです」
「一発7500ドルだけど、問題ないかな。前金で1割必要になるけど?」
タクムが頷くと、店主は注文書と弾薬を取りに裏口へ向かった。
『あとは防弾装備だね。ブーツは出来るだけ厚めで丈夫なものを。防弾装備は多少値段が張ってもいいから良い物を買ったほうがいいかな』
タクムはアイの指示に従って、装備品コーナへと向かった。
『あ、これなんていいんじゃない?』
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RR-Ⅲフルアーマー
柔軟で粘り強い<コケートカリス>の表皮と、強固な装甲を持つ<ロールタートル>の甲羅の粉末から作られた外装を要所に仕込んでいる。
軽く、動きやすいだけでなく、衝撃吸収効果の高い素材を裏地に練り込んでいるため、多少の銃弾ではビクともしないNIJ-Ⅲ試験認定アーマーセット。
性能:C+
防御力:C+
貫通:D
打撃:B
熱量:C
重量:B
動き:B
販売価格:31,500$
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鎧というよりも、モトクロス選手が着ているようなライダーススーツのようなシルエットの防具である。先の尖ったフルフェイスヘルメットに、上下一枚のツナギ、肘や膝、肩や胸の裏には薄いプロテクターの入っている。最後に厚手のグローブとブーツまで付いた全身防弾セットであった。
柄は茶と黄色を基調とした荒野・砂漠迷彩であり、カモフラージュ効果も高いだろう。
給弾ベルトの入った箱を片手に戻ってきた店員に、サイズを問い合わせて倉庫にUターンさせる。
手渡された防具はタクムの体にぴったりとフィットした。重さもそれほど感じられず、軽く腕を回したり、その場で足踏みしたりしたが、問題ないようなので購入を決める。
「次は?」
『あとはスタングレネードとスモークグレネード、ブローニングM2とM1918に付けるスコープ、大型生体兵器相手でも確実に傷を負わせられる、ロケットランチャーも一門欲しいところだね』
「じゃあ、買おう」
タクムは、ガラス棚の中から二種類のグレネードを二つずつと取り出し、スコープも無駄に高級品を選んだ。ロケットランチャーはRPG-7しか置いていなかったため、まず購入。合わせて予備弾頭5発も買い揃える。
タクムは知らないことだが、たまたま立ち寄った店で旧式とはいえ、高火力のグレネードランチャーを購入出来たのは奇跡に等しいことだった。この世界は、生体兵器と四六時中戦争状態にあるようなものなので、信頼性や火力の高い銃火器に人気が集っており、どこの店でも品切れ状態なのである。
タクムにはたまたま<シーサペント>の無反動砲や重機関銃による火力支援があるが、通常車両で活動している冒険者にとって持ち運び可能かつ、中型・大型の生体兵器を殲滅できるロケットランチャーやグレネードランチャーは喉から手が出る欲しい代物なのである。
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RPG-7
性能
殺傷力:B-
貫通:C
打撃:C+
熱量:B
精度:B+
連射:-
整備:B
射程:700m
販売価格:
(本体)100,000
(弾薬)5,000
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『最後にレジャーセット。水筒、食料、テントやコンロ、ナイフとかも必要だね。あとはカモフラージュ用のシートも一枚』
「おーらい」
サバイバルコーナーにあるアイテムをアイが選別、良品だけを買い物カゴに投入していく。店員も値札もを見ずに次々と高額商品を買っていく上客の姿にほくほく顔である。
『マスター、何だか楽しそうだね』
「べ、べつに、俺は……」
値札を見ずに買い物するなど初めての経験で少し浮かれていたタクムは、アイの言葉ではっと我に返った。胸に抱くように持っていたRPG-7をカートに置く。
『マスターも男の子だもんね。やっぱり男の子はロケットとか大好きなんです。残念だけど使うのは最悪の場合だけのつもりだよ』
RPG-7は戦車の迫撃砲だけでは対応し切れない場合にのみ使用するつもりだ。つまり、それは出番=危機的状況を意味する。
「別に残念とか思ってないし」
『ふふっ、試し撃ちとかしてみようか。いきなり本番だととっさの時に対応できないでしょう?』
「ほんとか!?」
『うん、とりあえず戦車に戻ろうよ』
アイは学習したのだろう、ここにきてタクムの扱いが格段に上手くなっていた。先ほどまでの拗ねたような表情などどこへやら、今にもスキップしそうにカートを押す。
タクムはいいようにあしらわれているのを自覚しながらも、まあ、いいかと諦める。ギルドカードの預金でカートの中身を購入する。
両手に抱え、戦車に戻った。やはり、その後姿は心なしか楽しげに見えた。