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鋼鉄のアイ  作者: 大紀直家@パブロン
スクラップ
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司令官@知性的な獣に恋する乙女

 防衛陣地強襲が行われた翌日より、義勇軍は大した戦果を上げられなくなっていった。


 城壁に向かって砲撃を放ってみたり、単騎でカルマ周辺を動き回ってみるなどの挑発行為を繰り返したのだが、相手にされなかった。


 町から出てくる補給部隊を狙ってみたが、過剰とさえ思えるほどの護衛が付いており、強襲部隊を引き上げざるを得なかった。


 そればかりかこちらを挑発するかのように補給部隊や小規模な偵察部隊を町から放出し、追いかけてみれば囮部隊であったりした。


 安易に手を出していたら多大な被害を被ったであろう。


 蛇のように執念深いタクムもとうとう根を上げた。カルマ駐留軍――むしろ、ニーア・チェルツコア――に対しては余計なちょっかいをかけるだけ無駄である。


 小細工を通じるような相手ではない。


 タクムに従軍経験はないが、<攻略本アイのノート>には地球時代の国家間戦争についての知識が豊富に記述されていた。知識面はニーアの一歩も二歩も先に進んでいるはずだ。異世界知識を用いて先の先を取るのがタクムなら、生まれ持った知性で後の先を取るのがニーアという指揮官なのだろう。


 知性は完全に個人の資質によるもの。ステータスは関係がない。知識というアドバンテージを持ちながら、中々彼女の戦略眼を打ち破ることが出来ないことにタクムは焦っていた。


 指揮官としての資質で劣っている認めたくない現実がそこにはあった。こちらの策は全て見透かされているような、そんな錯覚を得る。小娘一人翻弄できない不甲斐なさ。それを認めたくない荒ぶる感情が、裏切り者がいるのでは、という他者への疑惑に変わってしまいそうだった。


「クソ、クソクソクソッ! 処女め!! ぶち殺した後でケツ穴犯してやる!!」

 タクムは臨時に構築した野戦陣地の司令室で苛立ちをぶち撒ける。蹴り上げられた執務机が壁にぶち当たり、破砕した。


「ふぉふぉふぉ、荒れておるのぅ。お嬢ちゃんの言う通りじゃったな」

「ジジイ! 遅えぞ! 何をちんたらやってやがった!!」

 じっとりとした殺気を出入り口に向けると、禿頭の偉丈夫は「怖い怖い」と思ってもないことを口にする。よっこいせ、と爺むさい言葉と共にソファーに腰掛ける。


 ここ数日のタクムの荒れ方は尋常ではなかった。辛うじて付き従うのはベジーやライム、クリスと言った信頼出来る仲間か、洗脳されているジャンク部隊の隊員くらいのものであったのだ。


「例の女指揮官に言い様にあしらわれたようじゃのう」

「死にたいのか……ジジイ」

 スター都市国家群の大貴族にして、ガンマ領の旧支配者。1000名を超える政府軍の総司令は、老いを知らぬ高ステータスと圧倒的な人生経験からくる老獪さでもって義勇軍の司令官と相対した。


「事実じゃろう。まるで癇癪を起こした子供のようじゃ」

「…………」

 指摘され黙り込むタクム。彼自身、思うところがあったのだろう。


 司令官という立場があり、更には圧倒的な戦闘能力を持つ彼を諌められる人間なぞほとんどいないのだ。例外は幹部達だが、ベジーは狂信者なので全てを肯定し、ライムでは力不足で、クリスは付き合い初めて日が浅く、中隊長の二人は司令官の失脚を待っている状態なのである。


 ――若者の過ちを指摘してやるのも年寄りの仕事じゃろうて。


「情けないかぎりじゃな。それでも天下の<殲滅者スローター>かの?」

 そう思って、カフカは説教を行う。


 スローターからの反応はない。椅子にもたれかかり、大きく息を吐くと老人へと向き直る。


「悪かったな。俺はまだ十九歳こどもだからな」

「ふぉふぉふぉ、ソフィスト最良との呼び声も高いニーア・チェルツコアを相手に堂々渡り合うような子供が居てたまるか。お主の態度には問題はあるが、その行動は誰もが認めるところじゃろうよ」

 事実、タクムの指揮官としての資質は高い。慎重かつ冷徹、好戦的だがリスクも嫌う。そのバランス感覚は絶妙だ。地球で積み上げられた戦争の歴史、その知識によるブーストが下地にはあったが、知識とはそれを生かす知性がなければ意味をなさない。


 理性的な猛獣という言葉が実にしっくりとくる。今回は相手と状況が悪かっただけのことだ。守勢を好む指揮官相手が防衛戦に徹すればそうそう奇策が通るはずもない。


 こういった実績があったからこそ、仲間達は何も言わないのだし、失脚を狙う中隊長も責めることが出来なかったのである。じゃあ、何か策があるのかと問われれば幹部達も口を噤む他にない。


「で、ジジイ。義勇軍・・・の司令室に何のようだ?」

 落としてから持ち上げる、上手いこと手のひらで転がされているなと自覚したタクムは、半ば強引に話を変えた。


 やはり賢い子じゃな、と内心の評価を高めるカフカ。義勇軍と政府軍はあくまで協力関係にある。安易に下るつもりはないという意図がその言動から透けて見える。


「カルマ攻略の参加依頼を正式に申し渡しに来たのじゃよ」

「条件次第だ。報酬と戦闘時の編成を教えてもらおうか」

 義勇軍は政府軍より先に拠点を築き、補給の妨害、敵偵察部隊の殲滅など一定程度の実績を上げている。それ等の活動を中断してまで攻略に参加するのだから、それなりの報酬と勝算のある戦略でなければ手を組むことは出来ない。


「うむ。それをこれから話し合おうと思ってのう」

「話し合う?」

「そうじゃ、ワシは敵指揮官とやりあったことはなかったからのう。お主から見た敵の特徴なぞがあれば参考にさせてもらおうと思ってな……」

 そう言って二人の司令官は戦略会議を開始した。







 突如、轟音がカルマの町に覆い尽くした。


 ――来た!


 浅い眠りを繰り返していたニーアはベッドから飛び上がると、すぐさま士官用の軍服を羽織った。彼女専用に作られたダークグリーンの衣装が銀糸のような髪によく映えていた。


 そのまま駆け足で司令部に飛び込むと、夜勤の事務官が驚いたように彼女を見る。


「状況は!?」

「敵影はありません……砲撃も既に止んでいます。奴の挑発行為では?」

「貴方はいつから部隊の指揮を任されるようになったのです?」

 ニーアのアイスブルーの瞳が一層の冷徹さを帯びた。


「し、失礼しました。すぐに偵察部隊に連絡を取ります」

 慌てて通信機を取り出し始める事務官。本来の職務を全うし始める部下の姿を見て、ニーアはため息を吐く。


 ――今夜は眠れそうにありませんね……このまま司令部に居ましょう。


 緊張が緩んでいる。危険だ。ニーアはそう判断する。


 砲撃が行われ、彼女が司令部に駆け込むまで僅か30秒。しかし、前線ではその30秒が明暗を分けることもある。足の速い戦闘車両は時速60キロ以上で進む。後方部隊がもたついている間に500メートルもの進軍を許してしまうのだ


 その夜、敵部隊の襲撃はなかったが、その後も砲撃は二時間おき、散発的に続いた。


 一ヶ月もの間――。






 夜半から明け方前にかけて続いていた敵部隊の砲撃も、ようやく終わった。目元に深いクマを作りながら、司令席に座るニーアは静かに尋ねる。


「敵本隊の状況は?」

「ありません。静かなものです」

「何かあればすぐに連絡するように。全軍に徹底してください」

「了解しました」

 事務官からの気のない返事に、ニーアは内心の焦りを隠せずにいた。


 一月前、スター政府軍が交戦区域に到着し、陣を張った。すぐさま攻めてくると思ったものの、一向に動き出す気配を見せない。


 陣地を広げ、防衛力を高める作業は既に完了している。数時間置きに行われる敵の迫撃砲による威圧行為で毎回、多少の損害は出しているものの、物的被害にだけに留まっている。


 被害を受けたのが陣地だけであれば修復すれば済むことだ。費用も新調する有刺鉄線代と動員する工作機の燃料代だけで済み、実質的な被害はほとんどゼロと言えた。


 今は偵察部隊を出し、情報を集めている。補給部隊の<偵察兵>持ちまで動員し、どんな小さな情報でも見逃さないよう、確実に司令部まで報告するよう、ニーアは最新の注意を払っている。


 迫撃砲部隊が発見できたため、戦車部隊を派遣する。敵部隊は蜘蛛の子を散らすように逃走したため、すぐに呼び戻した。


 追撃部隊には常に深追いしないよう厳命している。以前に敵部隊の挑発に乗り、命令を無視した味方部隊が本格的な追撃をしたが彼等が帰ってくることはなかった。恐らくは敵部隊の待ち伏せに遭い、壊滅したのだろう。


 脳裏にこびり付いて離れない<殲滅者>の影。


 ――不気味だわ……何を考えているの……。


 ニーアは内心で歯噛みしている。親指の爪をカリカリと前歯で噛む、子供の頃からの癖が知らず知らずの内に再発してしまっていた。大人になってからは恥ずかしいので止めていたのに。


 知性ある獣。

 冷徹な侵略者。


 都市国家軍は毎日、十回前後の頻度で威圧攻撃を行ってくる。大した被害を出せないことは分かっていながら、まるで日々のルーチンワークのように繰り返してくる。


 ニーアは付き合わない。取り合わない。それは敵工作が始まった頃からの一貫した方針だ。そのどれもが分かりやすい罠であり、相当周到な準備が為されていると思われるからだ。


 こちらの被害と、敵が部隊を出動させるのに掛かる費用を考えれば、どう考えても割りに合わない行為だった。やればやるだけ損をするというのにスター軍は構わずそれを繰り返す。


 まさに狂人の所業である。


 得体が知れない。相手の狙いが分からない。それがニーアの精神力をゴリゴリと削ってくる。


 ――貴方は今、一体、何を考えているの……。


 砲撃を無視すればここ一ヶ月、敵に目立った動きはない。しかし、ニーアにはそれが恐ろしかった。嵐の前の静けさというか、自分達が安寧を貪っている間に彼は何らかの策を講じていて、じっくりとねぶるように侵略してきているのではないかと思えてならない。


 酷い寒気に襲われながらニーアは戦域図を眺め続ける。


 今考えれば<殲滅者>が何かしらの策を講じて来ている時のほうがよほど楽だった。暴発しかける味方を押さえ、宥めすかし、囮部隊を放って逆に罠を仕掛けるなどの対処で手一杯となり、不安を感じている暇さえなかった。


 参謀を始め徐々に楽観的になりつつある司令部の中で、ニーアだけは不安を覚えていた。最近では彼の不気味な笑い声が耳から離れず、眠ることさえ出来ない。


 誰かに相談したくともニーアは司令官である。彼女が不安な素振りを見せればそれは部隊に伝播する。じっと耐え忍ぶ他に方法はなかった。


「お願い……早く……攻めにきて……もう、限界よ……」

 真っ白になるほど唇をかみ締め、ニーアはぽつりと呟いた。


 その姿はまるで恋人を待ち望む乙女のようであった。


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