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鋼鉄のアイ  作者: 大紀直家@パブロン
スクラップ
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銀の雫

 <銀の雫>を筆頭とした300名からなる大部隊が、カルマの町に到着したのはスター政府軍が交戦区域に入る一週間前のことであった。


 ソフィスト軍の象徴ともいえるニーア・チェルツコア大尉の登場に、義勇軍との戦いで傷つき、疲れ、更に1000名からなる政府軍の脅威に晒されていた駐留軍は諸手を上げて喜ぶと同時、これでひとまずは安心だと胸を撫で下ろしていた。


 駐留軍の戦闘員の数は約200名、援軍と合わせて500名ほどの戦力しかいない。頭数だけ見ればやや不安を覚えるはずだが、そんなものは次々と入城する戦闘車両の群れを前にかき消された。


 T-62を含む主力戦車6輌、最新鋭の自走砲である<2S3アカーツィヤ>に至っては何と20輌も配備されていた。特に<2S3アカーツィヤ>の主砲である152ミリ榴弾砲の射程は17キロにも及ぶ。戦車砲装甲の分厚さこそ戦車とは比べるべくもないが、拠点拠って戦う防衛線においては戦車以上に頼りがいのある存在であった。


 駐留軍が元々保有していた戦車や自走砲を合わせれば大型の戦闘車両は40輌を超える。1000名の兵員を有する政府軍とてそう易々と破れるものではない。


 都市軍がカルマを攻略しようにも、町の前には高く、分厚い防壁が立ち塞がっている。高さ5メートル、厚さ10メートルを誇る鉄筋コンクリートの壁であった。元々生体兵器用に設けられたそれはかなり頑健な造りとなっている。


 更に防壁に至るまでの道程すら遠く険しい。塹壕はもちろん、土嚢を積み上げた防壁、また浸透防止用にと至る所に有刺鉄線が張り巡らされている。


 ほとんど要塞と化したカルマを攻略しようというのなら、この倍は戦力がなければ不可能だ。


 冷静に考えればソフィスト軍の象徴ともいえる<銀の雫>を本部が見捨てるはずがない。準備が整い次第、援軍が駆けつける予定となっており、攻略は日増しに難易度が上がっていくことであろう。


 駐留軍に見守られるように大通りを走る車輌群。ふいに隊列の先頭を走っていたT-62のハッチが開いた。


 軍帽を被った銀髪の女性が姿を現す。ソフィスト人特有の白い手が額に掛かる。


『うぉおおぉぉぉぉぉ――!!』

 銀色の指揮官が敬礼を取った瞬間、破裂するような熱狂が辺りを包んだ。


 アイスブルーの大きな瞳に通った目鼻立ち、陶器のように白く透明感のある肌。およそ戦場には似合わない美貌。何事かと通りの窺うカルマ住民も、女性指揮官の美しさに視線を釘付けにされてしまう。怜悧かつ、華やかな美女をいかめしい軍服で包めばそこには何とも言えない神秘性が生まれる。


「周囲が騒がしくなってきました。急ぎましょう」

 まるで凱旋パレードのような歓声の中、ニーアは顔色一つ変えず、指揮する部隊は元町役場を接収して作られた臨時の基地へと移動するのだった。





 役場の町長室は今や司令室となっている。三階のそこに着くと、前任の中隊長アレクサンドル中尉が司令席を立つ。


「ニーア・チェルツコアです。本日より、あなた方の指揮を取ることとなりました。以降は我等<銀の雫>隷下に付くように」

「承知しました、チェルツコア司令。早速引き継ぎをさせていただきます」

 敬礼を交わし、あくまで事務的な言葉を交える。とはいえ、時折、アレクサンドル中尉の視線が自らの胸や足に向かうのにニーアは気が付いていた。女性の感性は他人からの視線に対して非常に敏感だ。


 不愉快な感情を極力表に出さないよう気をつけながら引継ぎ作業を終えていく。


「了解しました。何か懸念事項はありますか?」

「ええ、弾薬の数が不足しています。ここ二週間、ほとんど補給が入ってない」


 ――ならばガンマまで取りに来ればいいだろう!?


 そんな感情が口から飛び出しそうになるのをニーアは辛うじて堪えた。


 ここで彼を叱責しても意味はない。これはソフィスト軍全体の問題であった。中隊や小隊規模の部隊を指揮する尉官クラスの指揮官は補給の重要性というものを認識していない。


 これまで国レベルでの大規模な戦争は行われたことがない。この世界での軍の主な活動は危険な生体兵器を退治したり、重要拠点や街道の安全を確保したりすることがほとんどであった。


 短期間の戦闘であれば補給など不要である。そのため銃弾などあって当然、ないのは補給部隊の責任だと仕官連中は本気でそう思っている。


 ――弾がないなら何故、補給部隊を迎えにいかない!!


 元々、その容姿を買われ、司令部付きの事務官であった彼女からすれば叱責したくなるような状況認識の甘さであった。事務畑のニーアは補給の重要性というものを強く認識していた。銃など弾がなければただの鉄の棒である。家にある包丁や、畑にある農具のほうがよっほど役に立つというのを知っているのだ。


「問題ありません。私のほうで補給部隊を連れて来ました。ついでに各街道に散っていた小規模な補給部隊を吸収しています。一週間程度の戦いなら十分な数の武器弾薬を確保しています」

「おおっ! さすがは<銀の雫>と呼ばれるだけのことはある。全く、補給部隊の連中はこの町の重要性というものを全く理解していない。嘆かわしいものです」

 補給部隊を軽んじるような発言にニーアは眉根を寄せたが、不出来な部下を嘆いても始まらない。そもそも今の指揮官は彼女である。この時を持って、補給部隊の待遇を変えてやればいいことだ。


「では、我々はしばらく作戦会議に入ります。何かあれば司令部付きの事務官がいますので、それを通すように」

 中隊長はニーアの発言の意図が分からず、小さく首を傾げた。


「分かりませんか? 貴方はこの場に不要です。早く戻って、ご自分の部隊の補給を終えてください。敵の部隊は後、二日というところまで迫っているのです」

 冷たい、それこそ氷のような表情で彼女はアレクサンドルを退け、司令部のソファーに深く腰をかけるのだった。




「状況は!? 何があったのです!?」

 ニーアは司令部に入るなり、声を荒げた。


 夜半時、突如として爆音が轟き、驚いて目を覚ました。部屋の窓から外を見れば城壁から立ち上る赤々とした炎。


「敵部隊の奇襲のようです。中隊規模の迫撃部隊からの襲撃で……夜間であったために工作部隊への被害はありませんでしたが、構築していた陣地に多大な被害がありました」

 参謀が答えた。


「馬鹿な、偵察部隊は何をしていた!」

 ニーアは着任するなり、町外への偵察を強化させていた。防衛戦を前に、陣地構築を妨害してくることは当然、考えていた。


 高所からの見張りはもちろん、偵察車輌による巡回、擬装した上で待ち伏せをさせるなど最新の注意を払ってきたつもりである。


 すべては城壁を囲むようにして作られた防御陣地を守るためであった。


「連絡が取れません……恐らくは全て死んでいるかと」

 馬鹿な、と再びニーアの形の良い唇が同じ言葉をつむぐ。しかし、意図しているところは全く異なる。最初のは味方部隊の怠慢を疑うもの、今のは敵部隊の練度に驚愕したものである。


 偵察のプロ集団である彼らに気付かれることなく、その全てを殺害するなど正気の沙汰ではない。尋常ならざる力量がなければとてもではないが実現不可能である。


「まさか……」

 ふと、ニーアの脳裏に<殲滅者スローター>という言葉が過ぎる。最上位兵種を複数取得し、その他にも希少度の高い上位兵種を幾つも有するという正真正銘の化け物である。


「その襲撃を加えてきたという迫撃砲部隊は?」

「撤退を始めたようです。今、機械化された歩兵部隊に追撃させています。いずれ、遭遇するかと……」

「深追いはさせないで。追い払ったらすぐに戻るよう伝えなさい。あと、彼らに迎えを。今動ける戦車を全て出しなさい」

「はぁ……? 戦車を出動させるので?」

「いいから、早くしなさい! 状況は一刻を争います」

 スローターは単騎で戦車部隊を含む中隊を殲滅せしめ、かつては一輌編成ソロで<街陥し>と呼ばれる<ジャイアントスローター>を討伐したこともあるという。戦意向上のための誇大広告プロパガンダかも知れないが、少なくとも尋常ならざる戦闘能力を持つことは間違いない。


「ハッ、戦車隊に連絡を。追撃部隊に帰還命令を出せ」

 それでいいとニーアは頷く。神話に出てくる勇者や英傑相手に一般歩兵が相手になるはずがない。遠目から迫撃砲で狙い撃つか、戦車で囲んで叩き潰すしか――同じ人外で迎え撃つしか、方法はない。


 何よりも彼女の本能が訴えかけるのだ。アレは手を出してはいけない代物であると。


「知性的なけだもの……これほど厄介な相手もいないわね」

 ニーアは額に滲む汗をハンカチーフで拭った。






『敵部隊は退却を始めたようだ。カルマの町に進路を変えている……殺すか?』

 ベジーからの通信が入る。彼と彼の指揮するジャンク部隊には防衛陣地に程近いポイントで敵の動向を窺ってもらっている。


 タクムはそこから更に5キロほど離れた所にいる。追撃部隊が通るであろうルートで待ち伏せをしていたのだ。


「こんなつまらないところで戦端を開く必要はない」

『承知した。敵部隊は放置する……チッ、戦車部隊が出張ってきた』

 恐らくは追撃部隊の迎えが入るだろうという、タクムの予想は的中した。


『<銀の雫>か……厄介だな』

「そうだな。待ち伏せは終了。基地に帰還する。ベジーもタイミングを見て帰ってきてくれ」

 クリスからの通信に、タクムは同意すると帰還命令を出した。土の中から這い出すと同時、最新型主力戦車であるM1エイブラムスも姿を現す。


『これだけ準備をしたってのに、釣果は敵防衛陣地を半壊程度か』

「敵部隊に被害なし。塹壕は穴を掘りなおせばいいし、有刺鉄線は張りなおせばいい。一日で取り戻せる範囲だ」

 完全な赤字だ。戦車部隊や迫撃砲、更に貴重なジャンク部隊まで投入して上げられた戦果は、対戦車地雷を幾つか潰したぐらいである。


 タクムは小さく舌打ちをしながらエイブラムスに上ると、プシュっとハッチが開いたのでそのまま乗車する。


「亀のように慎重な女だ。きっとアイツは処女だ」

「ガハハハ、違いねえんだわな」

 豪快な笑い声が車内に響き渡る。


 クリスの駆る戦車<M1エイブラムス>は本来4名で運用するものであるが、彼は通信兵の兵種を持っており、すべての制御を操縦席に集約することで一人で運用している。死にスキルで知られる<コントロール>の有効利用方法である。


 戦車を一人で操縦できると聞けばかなり有用なスキルに感じられるが、実際には四人分の操作を一人で行える処理能力がなければ戦車の戦闘能力を活かしきれないため、上級兵種の複数持ちぐらいでなければ意味がない。


「まるで隙がない。防衛線の指揮官という己の役割をきっちりと理解しているんだろう。多分、安い挑発なんざ屁でもないんだろうな」

 タクムはニーアの評価を改めていた。容姿の力で担ぎ上げられた御輿だと思っていたが、中々どうして慎重な指揮官であった。


 あのまま追撃部隊に追わせてくれれば、迫撃砲部隊とタクム達で挟み撃ちにすることが可能だった。労せずして完全機械化された一線級部隊を潰すことが出来たのである。


 わざわざ貴重な戦車部隊で出迎えてくる大胆さも併せ持っている。撤退したと見せかけてこちらがちょっかいを出したところで増援だ。こちらの準備が整っていなかったところで、無理矢理、戦端を開かせるつもりだったのだろう。


 こちらは奇襲部隊とあって質こそ高いが、規模は小さい。もしもあの時、ベジーを止めなければ相当な被害が出たに違いなかった。


「愚痴なら他所でやって欲しいんだわな」

「アンタも指揮官だろうに。一緒に考えてくれ」

「ガハハ、やなこった。こちとら<パイルバンカー>の連中を押さえ込むので手一杯だし」

 先日、潰したローグ元中隊長の部隊は、そのままクリス率いる義勇軍本体に吸収させている。彼は反発する部隊を従わせるのに相当、苦労しているようだ。もしかしたら司令官よりも忙しいかもしれない。これ以上のタスクを抱え込ませることは不可能である。今日の奇襲とて無理を言った自覚がある。


「ああ、人手が足りん。参謀が欲しい……大局を見られるような逸材はどこぞに転がっていないものか……」

「そんなのがゴロゴロ転がっているわけねえわな」

「単なる愚痴なんだから黙ってろよ!」

 クリスの冷静な突っ込みに、タクムは声を荒げるのだった。

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