アイのある生活 その③ 後編
デル達<セリエ・アール>とその同盟クランの戦闘車両が、<アリクイ>のアジトに到着した頃、そこには黒山の人だかりが出来ていた。各自バラバラのライフルやサブマシンガンで武装していることから一目で開拓者だと分かる。
「チッ、一足遅かったか……」
デルは<アリクイ>達を武力によって脅し、その分け前を頂くつもりであった。利益を独占し、他の開拓者達から恨みをかった<アリクイ>達を護衛するという名目で護衛料を徴収するのだ。
もちろん、賭けの勝者であった彼らにも十分な利益が出るよう調整はする。利益をごっそり奪い取るような真似をすれば恨みを買うからだ。この辺のバランス感覚の良さは、長年一線級の開拓者として活躍し、今やガンマ開拓者達のまとめ役となっているデルにしか出来ないことであった。
暴力行為に対する抑止力。その役目を担うにはまず、最初に<アリクイ>共のアジトに到着していなければならなかった。
「ボス……」
「ああ、今回はダメだな。俺達は完全に後手に回った」
せめて交渉し、他の部隊よりも安く弾薬を仕入れるだけだ。
敗戦処理も首領の役目。デルはため息を付きながらOF-40を魔改造した多脚戦車<セリエ・アール>から降車する。人ごみを熟練戦車兵特有のオーラで威圧し、騒乱の中心地、ガレージ前にまで足を運ぶ。
その光景はデルの度肝を抜いた。
「何だ、これは……?」
武装した一線級の開拓者達に守られたアリクイ達がいるものと思っていた。
ガレージ前には一人の少年と、小さな自走砲しかいなかったのである。
「よってらっしゃい、見てらっしゃい! 12.7ミリが安いよ、安いよ~!!」
少年のほうは分かる。彼がアリクイだ。黒髪で成人したばかりの――この世界は義務教育の終わる15歳で成人となる――幼い顔立ち。その子供めいた容姿とは裏腹に戦闘経験を積んだ強者特有の雰囲気が感じられる。なるほど才気、俊英という言葉を体現したような少年だ。
少年の隣であくせくと働く小さな戦闘車両は、<ドリーム・タンク>社が独自に開発した試作型の多脚戦車のはずである。試作機は二本のワイヤーアームを巧みに動かしては、ガレージ裏にはうずたかく積み上げられた木箱とドル札を交換している。
『あっ、そこ~、そこのちょい悪な感じのおじさん! 横入りはダメだよ! みんな並んでいるんだから、おじさんもきちんと並んで!』
「あ、ああ……すまん」
マイクロ戦車から発せられる実に人工的な音声。至極真っ当なことを指摘されたデルはついつい開拓者達が作る長蛇の列に並んだ。
「アリクイ、お前達は一体、何やってんだ……?」
30分ほど時間が経って、列の最前列まで来たデルは、机を並べただけの即席カウンターの前に座る、少年へと尋ねた。
「何って鑑定書付きの12.7ミリの販売だけど」
「鑑定書付き……?」
『そうだよ、弾薬の検査工場で一発ずつチェックをしてもらったんだ。長距離狙撃にも使えるようなS級品が一発5ドル、正規分布の±10%以内の高品質な弾薬はA級品で一発4ドル、それ以外のB級品は一発3.5ドルになってます』
「B級品っていっても、品質に問題があるわけなじゃない。使用に問題のある不良品は全て取り除いてあるから。ほら木箱の上に紙が張ってあるだろ? この木箱の弾薬は全てチェックしましたよ、これで弾幕を張っても問題ありませんって証明書」
恐らくはデルと同じような質問をする人がいたのであろう、手馴れた様子で説明をする一人と一輌。
意味は分かった。工場から出荷された弾薬とて全て使えるわけではない。数パーセントの確立で不良品――弾詰まりを起こすような粗悪品が紛れ込んでいることがある。
余裕のある状況ならまだしも、生体兵器に囲まれるような混戦状態で弾詰まりを起こそうものならそれは死に直結する。弾薬のチェックは欠かせない作業となっている。特に<セリエ・アール>のような大規模兵団では弾薬を一発一発、チェックする手間もばかにならないため、外部の弾薬検査工場を利用しているのだ。
「ああ、意味は分かったが……何故、そんなことを……?」
『おじさん、馬鹿なの? お金儲けのために決まっているじゃない』
冷たいヴォーカロイドボイスを叩き付けられる。普段であれば激昂するところだが、混乱状態にあるデルはそれどころではなかった。
「アイ、失礼だろ。あのさ、にほ……いや、俺の故郷の工業製品は高品質なことで知られていて、諸外国にに比べると遥かに高いのに、かなり売れていた。メイド・イン。ジャパンは一種のブランド品だったんだ」
「ブランド?」
『付加価値ってやつだよ。工場から出荷されたばかりの弾丸をおじさんはそのまま使う? もしも全弾チェック済だったら嬉しくない?』
「ああ、それはそうだ……外部に委託するのだって馬鹿にならない費用がかかる」
『そう、だからボク達は12.7ミリを買い占めてまとめて検査してもらうことにしたんだ。工場のラインって作る製品によって仕掛けが変わるからね。ラインを回しっぱなしにするとそれだけ一製品あたりのコストが下がるんだよ』
「適正価格に少し色を付けさせてもらいましたけどね」
そこまで説明されてデルも納得した。
彼等<アリクイ>は12.7ミリの弾丸を買占め、独占した。<蟻の巣壊滅>依頼により、需要が上がり、黙っていても高騰する製品である。本来であれば他者から恨みを買うところだ。しかし、彼等は全弾チェックという付加価値を付けることで納得させるつもりなのだ。
『それじゃあ、おじさんが納得してくれたところで注文してくれる?』
「ああ、分かった……とりあえず、A級品を一万発に、S級品を2000発ほど頼む」
「5万ドルになります。お支払いと引渡しはどうしましょう?」
「ギルドカードの引き落としで頼む。こちらのアジトまで輸送してくれるか?」
『別途輸送費がかかりますよ? この重量なら1000ドル』
「構わん。それで頼む」
「はい、では明日までに納品させてもらいます。お買い上げ、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ感謝する」
なるほど店頭価格の範囲内で検査済みの弾薬が買えるとあれば不満など出ようはずがない。むしろ、そういったビジネスモデルがあってもおかしくはないとさえ言える。海千山千の開拓者であるデルでさえ品質の良い弾薬を卸す武器商人と取引をしている気分にさせられた。明らかにお買い得な商品を大量購入してしまう始末である。
『マスター、おまけ忘れているよ』
「あ、そうだった。こちら一万ドル以上のお買い上げの付録です」
そう言って、少年から手渡された雑誌に目を通す。
「……なんだ、これは<ベスト・オブ・バレットメーカー>?」
『ボクとマスターで発行したオリジナルの情報誌だよ。今回の全弾チェックで分かったことを解析した資料になります」
渡された情報誌を捲り上げると、そこには武器メーカーごとに製作された12.7ミリ弾の価格や不良率、A級品やS級品の発生率が分かりやすく図解されていた。
しかも見開きページにはランキングが乗っており、これを見れば狙撃に使用したい場合、弾幕に使用したい場合、どのメーカーから購入すればいいか一目で分かる形になっていた。
「いいのか!? これほどの情報をタダで譲って……情報屋が金を取るレベルだぞ」
『実はこれ一冊1000ドルもするんです。来週辺り、各種書店に並ぶ予定なんだ』
「何ッ!? いいのか!? 本当にいいのか!?」
「お得意様特典ってやつですね。今後ともよしなにお願いします」
「ああ、今後とも宜しく頼むぞ」
「『ありがとうございましたー!』」
行列から出て行く開拓者達の表情はどれも明るい。デルもその例に漏れず、今にもスキップしそうな表情でガレージを後にするのだった。
噂が噂を呼び、ガレージ一杯に積み込まれていたはずの木箱はもはや一つとして存在していなかった。
「いやー、儲かったなぁ」
一日でがらんとしてしまったガレージ、その中央にぽつねんと立つマイクロ戦車の上に寝転び、タクムが呟く。
『うん、正に濡れ手に粟だね。弾薬一発が倍くらいになって帰って来るんだもん』
タクム達はガンショップだけでなく、武器商人や商会、弾薬問屋からも12.7ミリ弾を買い占めていた。大量買取による交渉の甲斐もあって平均仕入れ値は一発辺り2ドルを切っていた。
開拓者の中で噂が立ったのだろう、情報誌のほうも書店から大量注文を受けており、先ほど印刷工場に重刷をかけてきたところであった。
「<事務官>レベルも大分上がったしなぁ、ほんとにいい商売だった」
『ふふ、それもこれも全てボクがいたからだよ!』
「いや、全くだ。ホント、アイには感謝してもし切れないよ。ありがとうな」
『ま、マスター、そんなにまっすぐ褒められたら、ボク、照れちゃうよ……』
二本のワイヤーアームを砲塔の上に置き、くねくねとマイクロ戦車で身じろぎするアイ。本当に感情表現豊かな人工知能である。
今回のミッションで預金残高は100万ドルの大台を超えた。ここらで一つ、アイにお返しをしてやるべきだろう。
「アイ、今、何か欲しいものはないか? ご褒美に何でもやるぞ?」
『え、あ、はい、ボクはマスターが欲しい――げふんげふん』
「んっ? 俺の何が欲しいんだ?」
『な、何でもないよっ! マスターが欲しいものを買ってくれればいいから!? そうだよ。ボク達はその、ぱ、パートナーだし? 一心同体だからマスターが必要だと思ってくれているものはボクにとっても必要なものだから?』
「それじゃプレゼントにならんだろう……まあ、いいか。それじゃあ、明日辺り、街に遊びに行くか?」
『そ、それっても、もももしかして……で、でででーとでは!?』
「いや、遊びに行くって言ってるじゃん。俺、彼女いないし」
『…………そうだよね。所詮、ボクはAIですしね』
強弱のない実に平坦な機械音声でアイは返す。
「あれ、どうしたんだ?」
『別に。ボク、これから収支報告だすから、とりあえず降りてくれない』
「何かアイ、怒ってないか?」
『全然。所詮ボクなんて物だから、感情とかないし、気にしなくていいんじゃない?』
「そんなわけないだろう、あれ、なんで行っちゃうの? アイさん? あいさーん!?」
しばらく、アイはタクムに対してとても冷たい態度を取るのだった。




