アイのある生活 その③ 前編
ドルルルゥとちんまいエンジン音が荒野に響く。赤茶色の大地に一筋の砂煙が上がっている。音の発生源を遠目から一見しただけでは中々発見できないであろう。サブマシンガンの有効射程くらいにまで近づき、よく目を凝らしてようやく視認することができる。
荒野迷彩を施されたミニバンほどのサイズの車輌が四本の脚を巧みに動かしながら、実にスムーズに荒野を駆け抜けている。
個人用多脚戦車<シーサーペント>。一人乗りの戦闘車両にブローニングM2と105ミリバズーカ砲をぶちこんだ出鱈目な戦闘車両である。
現在、この試作機を運用しているのは、タクムとアイ――三ヶ月ほど前からガンマの街を訪れ、新人らしからぬ実力と装備、何より卓越した情報力で次々と依頼をこなし続ける新進気鋭の開拓者である。
特に需要の高い蟻系生体兵器を狩り出すのを得意としており、ギルドへの貢献度も高い。ガンマの街で活動を開始してから僅か2ヶ月で丙種にまで駆け上がっており、乙種にまで格上げされるのも時間の問題だと目されている。
今やギルド切っての成長株と化した彼らを、同業者は嫉妬混じりに<アリクイ>と呼んでいる。
『どう、マスター? 何か見えた?』
「いや、何もないぞ。見渡す限りの荒野だ」
『おかしいなぁ~、そろそろ見つけられてもいい頃だと思うんだけど……』
タクムはハッチから出していた頭を引っ込めると、スマートフォンに向けて言った。
アイは相変わらずのヴォーカロイド声で首を傾げる。無論、携帯電話が本体のアイには首などない。しかし、ディスプレイ上には以下のような顔文字が浮かんでおり、
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(ーヘー;)ウーム
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ついでに斜め45度に傾いているため、他人の機微に疎いタクムでも理解出来たのだ。
――流石は学習型AIだなッ、感情表現まで日に日に成長している……。
タクムは優秀すぎる相棒を密かに絶賛中である。
「なあ、アイ?」
『ん? なあに、マスター』
「そろそろ捜索のほう、止めにしないか? これだけ探してもないんだ、きっと近郊に巣はないんだよ」
普段の狩りに加え、捜索に時間を割くのは思いの他、効率が悪い。タクム達はこの一ヶ月というもの、生体兵器が活発に動き回る朝と夕方に狙撃による狩りを行い、エンカウント率の低い日中帯を蟻の巣捜索に当てていたが、索敵範囲はガンマから200キロメートルにまで広がっており、未探索のポイントにまで足を運ぶだけでかなりの時間を消費させられることになるからだ。
無論、燃料代も馬鹿にならない。リッター18キロという戦闘車両としては異例のTNPを誇る<シーサーペント>であっても、不整地ではタイヤの摩擦が上手く伝わらず、燃費が悪くなるのは当然のことであった。また場所によっては脚部による機動に切り替える必要も発生しており、燃費は更にかさむ。
耐久試験を燃料代だけでやってくれると、開発サイドはほくほく顔のようだが、タクムとしても延々、荒野を偵察し続けるのはいい加減飽きてくる。
成長限界を迎え、更なるステータスアップを狙うために、大型生体兵器討伐を目論むタクムであったが、これならばもっと効率の良い方法があるのではないかと考えてしまうのだ。
『そうだね、捜索は一旦、打ち切りにしようか……ごめんね、マスター……無駄な苦労させちゃって……』
「馬鹿な言うなよ。元々、俺がステータスを上げたいから付き合ってもらったんだ。アイには感謝こそすれ、文句を言うつもりなんてないさ」
『……ありがとう、マスター。マスターは本当に優しいね。ボク、マスターのナビゲーターになれて本当に良かったよ』
「何言ってんだ。それはこっちの台詞だよ。ありがとうな、アイ。いつも感謝してる」
『まっ、ままッ!?』
その時、ガコンッと車体が飛び上がる。
「――ッ」
『ご、ごめんね、マスター。大丈夫、舌、噛まなかった』
どうやら石か何かを踏んづけてしまったらしい。
「いや、大丈夫だけど……珍しいな。アイが運転ミスるなんて……」
『…………そんな、不意打ち……ずるいよ…………』
「ん? 何か言ったか?」
『な、なんでもない! マスターはきっちりいいから外見てて! 帰り道にだって蟻の巣があるかも知れないんだからっ。見逃したら承知しないよ!』
「お、おう、すまん……」
タクムは慌ててハッチから頭を出し、双眼鏡を押し当てる。
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((//∇//))マ,マスター
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そんな訳でスマートフォンのディスプレイがこんな感じに打ち震えていたことには気付かないのであった。
何処までも続く荒野。代わり映えしない景色をタクムは延々と観察していた。昨日までは面倒臭くて仕方なかったそれも、これが最後だと思えば何となく感慨深いものがある。
砂を含んだ風が頬を叩き、タクムの頬を浅黒く染めていく。高性能の双眼鏡を目蓋に押し当て、真剣に偵察を続ける主人の姿にアイはついつい嬉しくなってしまう。
今のタクムは、アイが望んだ理想である。かつての主人は出会った頃から既に壊れていて、彼女は道具というカテゴリを最後の最後まで越えることは出来なかった。
それが今や信頼しあうパートナー。
――夫婦って変換しても間違いじゃないよね!?
アイは密かに自身の辞書ファイルに『パートナー≒夫婦』を登録する。完全な誤変換だが、それを突っ込むものはいない。
「アイ、ちょっと止まってくれないか……」
『うん、どうしたの?』
ガンマから50キロほどの距離に近づいたところでタクムが停止を指示すると、アイがやや緊張した人工音声で尋ねてくる。
「……いや、ちょっとお花を摘みに……」
『……う、うん、変なこと聞いてごめん。ボクは周囲を警戒しているから……ごゆっくり……』
何となく気まずい雰囲気になりつつもタクムはマイクロ戦車から降車すると、岩陰に身を隠した。
「警戒頼んだ。あと、覗くなよ?」
『の、覗かないよっ! し、失礼だな、チミは……アハ、アハハ』
冗談で言えば、ガシャコン、とマイクロ戦車が脚部を踏み外す音が聞こえた。どうやらコントみたくその場でコケてみせたようだ。
――漫才まで理解するなんて、ほんとに優秀な奴なんだな……。
タクムはちょっと間違った方向に解釈しながら下の処理を行った。
「ん?」
岩陰から戻る時、タクムは視界の端に黒光りする何かを見つけた。
「なあ、アイ……蟻の巣ってどんな形なんだっけ?」
『ん? 蟻の巣はね、基本的に洞窟になっているはずだよ』
タクム達が普段、懇意にしている<アントゴーレム>や<ジャイアントゴーレム>の上位種は<ギガアントゴーレム>と言い、地中に穴を掘り、そこを巣として使うことで知られている。
体長15メートルほどもある巨大な生体兵器が出入りする穴となればそれはかなり目立つであろう。タクムやアイは地上に露出した穴を探していたわけである。
この世界での上位種はどうやらフィールドボスといった位置づけになるらしい。大型種と戦いたいのであればガンマ近郊の<獣の森>や<蜥蜴の谷>などと呼ばれる狩場に赴けば発見できるであろう。しかし、それをしないのは安全のためなのであった。
<獣の森>や<蜥蜴の谷>には多くの生体兵器が潜んでおり、一両編成かつ、戦車も持たないタクム達にはかなり危険なのである。
だからこそ<ギガアントゴーレム>にこだわっているのだった。奴の戦闘能力はその名前の割りにそう高くない。むしろ低い。蟻酸を吐かず、移動速度も低いとあっては戦車乗りにとって単なる的。<ジャイアントゴーレム>のほうがよほど脅威的である。
<ギガアントゴーレム>は生産特化した種族と目されており、一日10体前後の<アントゴーレム>の卵を生み出すだけなのだ。初の上位種戦闘にこれほどやり易い相手も他にいない。
「そうか……じゃあ、俺の勘違いかな……」
『ん? 何かあったの? 気がついたことがあったら教えてくれる?』
この世界の常識を知らないタクムが一人悩んでいても意味はない。判断は水先案内人たるアイに任せるに限る。
「いや、あそこに小山があるだろ? あの中から<アントゴーレム>が出たり入ったりしていてな」
タクムが言ってその山を指差すと、アイは『ああッ!?』と珍しく声を荒げた。
『蟻塚だぁ!! そういうことだったんだ!? 道理で見つからないはずだよ……』
「何だ、ちょっと一人で納得しないでくれ」
『ごめんごめん、蟻塚だよ。マスター。この辺の蟻共のボスは<ジャイアントスカイ>だったんだ』
蟻塚の偵察を終え、ガンマの街に帰還する。
飛行能力を有し、強力な蟻酸による砲撃を行う<ジャイアントスカイ>の脅威度は、上位種と呼ばれるものの中でも頭一つ抜けている。下手な最上位生体兵器を超えるであろう強敵を前にマイクロ戦車――実際は小型の自走砲――の一両編成で戦いを挑むなど蛮勇もいいところだ。
蟻塚の存在をギルドに報告すれば、街から近い場所にあるためすぐに討伐部隊を組まれるであろうとのことだ。その中に組み込んで貰うことで安全に成長限界を超えるつもりであった。
「このままギルドに直行か?」
『ううん、報告よりも先にガンショップを回ろう』
「その心は?」
アイの説明を聞いたタクムは、ニタリと若干、黒い笑いを浮かべつつ、二人は弾薬を扱うガンショップや商会を回っていった。
「トッティ、どうだった!?」
「ダメです、ボス! 全部、売り切れてやがる」
淡い水色のジャケットにスカーフを巻いた伊達男がチッと舌打ちをし、長い足を組み直す。白いエナメル靴がきらりと光る。
端正な顔立ちを珍しく顰めたのはデル・ピエロッペン。ガンマ唯一の甲種開拓者兵団<セリエ・アール>の首領であり、この街の住人なら誰もが知っている高名な開拓者であった。
開拓者ギルドに程近い、瀟洒な館が<セリエ・アール>のクランホームである。彼が居るのは豪奢な応接室。隙間なく絨毯が敷かれており、ソファーや執務机も高価なアンティークであった。
開かれた窓から覗く西洋庭園には噴水やバラ園のあり、中々見事な景観を有している。しかし同時に、青々とした芝生に所々に残るキャタピラ痕が来る者を残念な気持ちを誘うと有名な邸宅でもあった。
<セリエ・アール>が求めていたのは12.7ミリ×99弾である。多くの戦車や自走砲の副砲として、あるいは歩兵部隊の支援火器として使用されているブローニングM2重機関銃の弾薬であった。
事の始まりは三日前。ギルドから発行された<ジャイアントスカイ討伐>並びに<蟻の巣壊滅>依頼。その準備として12.7ミリ×99弾を手配したところで問題が発生した。
答えは簡単である。
「原因は……誰かが買占めたんだろうな……」
「噂によると<アリクイ>共がギルドに報告する前に走り回ったらしいっす」
大きな依頼が発行されると一部のクランや武器商人などが値段の吊り上げを狙って、買占めに走ることはよくあることだった。
しかし、依頼発行後にそういった行動を行うことは開拓者ギルドが正式に禁止している。暴走した守銭奴共には制裁が課せられる。牢屋に打ち込まれることはもちろん、ギルドからは強制脱退、都市政府との取引禁止される。ギルドから都市政府にも報告が上がり、ガンマはおろかスター都市国家群内での活動を徹底的に妨害されるのだ。
「<アリクイ>め、上手くやったものだ」
「ボス、何言ってんすか! こんなことが許されるわけ」
デルの感心した様子に、トッティは声を荒げる。
「いや、ギルドに報告する前に買い占めたとなればそれは単なる投資だろう。彼らにはギルドに干渉する力がない」
討伐日が発行から二週間後であったならば他の開拓者や商人達は、他の街から弾薬を買い付けることが出来たであろう。そもそもギルドが討伐依頼を出さなかったら、彼等は大量の12.7ミリ弾の在庫を抱えることになったはずだ
依頼発行日から一週間後に討伐を実施する。この決定はギルドが独自に行ったものであり、
「いや、彼等は賭けに勝ったのだ。そこは素直に認めよう」
「ですが……」
「分かっている。俺とて簡単に引き下がるつもりはないさ」
「ボス……」
「戦車を用意しろ! 他の開拓者団と連携して<アリクイ>のアジトを囲む!!」
デルはそう言い放つと応接間からガレージへと移動するのだった。




