凱旋
「キャー! スローターサマー!!」
「ありがと――ッ!!」
「ベジーサマー!」
「こっち向いて――!!」
通りの左右からひっきりなしに浴びせられる歓声にベジーは眉を顰めた。
「……五月蝿いな」
「しかし、これも必要なことだ。悪党より英雄として認知されたほうが、何かとやりやすい」
そのあんまりな物言いにタクムはヘルメットの裏で苦笑を浮かべる。
「むぅ……それはそうなのだが……」
二人は鹵獲したT‐64の砲塔に座っていた。小さく手を振りながら会話を続けていた。
いわゆる凱旋パレードである。
ソフィスト軍を代表する新型主力戦車を文字通り、尻に敷いている光景――僅か総員20名という寡兵でもって二個戦車小隊並びに歩兵中隊を全滅せしめたというセンセーショナルなニュースは屈辱に塗れたスター都市国家群の市民の鬱憤を晴らすのにうってつけであった。
最悪の犯罪者から一転、タクムは英雄扱いである。そもそもタクムは犯罪者や手を出してきた相手以外を殺したことはない。<スローター事件>では自分を落としいれようとしてきた相手を治療し、<断罪TV事件>では主犯格である<越後屋>ライムの命乞いを受け入れた。
高名な<肉屋>アインビーキーや<走り屋>タークを始末しただけでなく、史上最強の暗殺者と謳われる<八百屋>ベジーを倒したばかりか、更生せしめた功績はもっと正しく評価されるべきだという旨の記事が新聞各誌に掲載されたからである。
手を出さなければ危険はない。軍籍についたことで今後はガンマ奪還の大きな力となってくれる。そんな認識が広まったことで<スローター>を忌避する風潮は消え、恐怖は畏敬へと変貌を遂げた。かつて悪党としてガンマの街のみならず、スター都市国家群全域を震え上がらせたスローターは追撃部隊殲滅の功が伝えられるやいなや都市国家群期待の星となったのである。
一見すると誤った評価が正されたように見えるが、ここまで人気が沸騰することは有り得ない。当然、これには裏で糸を引いていた者がいる。
ライムである。
彼女はアイドル時代――未だに彼女は現役だと言い張るが――に培った伝手を使い、新聞社や週刊誌の編集部に裏金をばら撒いたのだ。歌いながら狩りをするPVを作ってみたり、暗殺者ギルドの四強入りしてみたりと元々、話題作りは得意中の得意である。彼女の手に掛かれば文化的に未熟な大衆を操るなど造作もないことである。ついでにライムが干される原因となった<断罪TV>の真相も一部で記述されており、ライムはテレビ局の圧力に負けて無理矢理、やらされていたという報道も一部為されていた。
ともあれ今やタクムは時の人である。タクムはヘルメットを外し、素顔を晒すと声援はもはや悲鳴に近いものとなる。
「……これだから大衆は嫌いだ……タクムの表面しか見ていないことが良く分かる……いや、私も理解し切れているとは言うわけではないが」
ベジーは不満げに言う。彼とて、仕えるべき主人が正当な評価を受けられないことには常々不満に思っていた。しかし、こうもあっさりと手のひら返しをされてしまうと素直に喜べないものがあった。
デビュー当時からの見守ってきた生粋のアイドルファンが、ちょっとテレビで取り上げられたぐらいでファンクラブに加入し始めるにわか連中を嫌うのと同じ心理であろうか。俺はもっと前から彼の良さを知っていたんだぞ! と、声高に叫びたい気持ちなのである。
「一々騒ぐなよ。どうせ一過性のものだ。あんな連中、いつ裏切るか分かったもんじゃない。俺が今のところ信頼しているのはワンダーとドリーム、それからお前ぐらいなもんだぞ」
ベジーは主人から不意打ち気味に放たれた一言にしばし呆然とした。ゆっくりと目を閉じて俯き、その意味を噛み締め――プルプルと肩を震え出す。
「――――タクム……私も……私も、タクムをッ――」
「ららら~♪ るるる~♪」
全長五〇〇メートルの大通り、その中ほどにある広間まで来ると突如、聞き慣れた歌声が聞こえてきた。
「れれれ~♪ おろろ~♪」
某人気アイドルのナンバーをパク――もとい、リメイクしてローカライズしたアイドルソング<シックスチェック>――ちなみにタイトルは死角に注意を意味する軍事用語チェックシックスをもじっているらしい――こんな歌を歌うのはこの世界にただ一人しかいない。
「アイツ、何やってんだ……」
「…………リサイタルのようだが?」
「いや、ライブでもリサイタルでも何でもいいけど、なんで街のど真ん中で歌ってるんだ」
ゲリラライブは結構な盛り上がりを見せており、広間には結構な人だかりが出来ている。戦車が通行するにはかなり邪魔であった。
「次が来るまでしーっくーすちぇーっく――ッ!」
『ワァァァァァァ――ッ!!』
歌い終わると同時、巨大な歓声が広間を包んだ。恐らくは凱旋パレードを見に来た連中が、ライムのゲリラライブに集まってきたのだろう。
「分からない。直接聞いてみるのはどうだ?」
「いや、関わりたくない」
言い捨てて戦車のハッチを開く。完全に出番を持っていかれた形だが、街に付いたら出来るだけ目立つよう指示を出したのは他ならぬタクムである。
タクム達に今足りないものは人員である。戦車部隊と護衛部隊という優秀な手駒を手に入れたはいいものの、これだけの数の兵士を運用するには手間と労力が掛かる。戦車や銃器の整備はもちろんのこと、糧食の手配、寝床の確保、戦闘休憩のローテーションを考えなければ最高のパフォーマンスは発揮されない。
どこかに綻びがあればとたんに兵士は消耗する。いざとなれば兵士の出し惜しみをするタクムではないが、準備不足で手駒が失われるのは我慢がならない。
今は裏方の存在が必要不可欠であった。整備士、事務官、衛生兵に糧食班、これらの技能を保持する者を手に入れるには広報活動が必要となってくる。
要するに適材適所である。人前に立つような広報活動はライムに一任したほうがいい。彼女とて<鉄屑兵団>の一因――もとい、一員である。タクムとて自己顕示欲は人並みにあるが、華やかな舞台は性に合わないことくらい分かっている。そもそも表舞台に狂人はいるべき場所ではない。そのくらいの分別はある。
タクムの舞台は戦場だ。血と硝煙が支配する世界で何も考えずに人を殺せばいいだけだ。後はマスコミ連中が勝手に成果を拾って広めてくれる。
タクムはそう考えて身を隠そうとした。
「あーッ! やっと来た!? おーい! べーにゃん、すろーにゃん! って、何を逃げようとしておるかーッ!!」
しかし、そんな気遣いを台無しにされる。他ならぬ味方によって。まるで背後から銃撃を受けたようだ。T-64を指差しながら騒ぐライム。一斉に振り返る人、ヒト、ひと。1000にも届こうかという視線に晒され、二人は頭を抱える。
『ウワァァァァァ――ッ!!』
ライブの興奮覚めやらぬまま、歓声を上げる聴衆達。一昔前までこの後に「逃げろー!」と付いていたはずだが、観客達はむしろ近寄ってくる。
「あれが、スローターサマ!?」
「初めて見た! グラサンがカッコイイ」
「ベジーさんもいるぞ!!」
「オヒゲがダンディ!」
「……うざったい」
ぽつりとこぼしたベジーの呟きに激しく同意するタクム。彼は少しライムを見直した。毎日のようにこんな好奇な視線に晒されるなど彼には耐えられそうにない。
――やっぱり、俺には無理だッ!
戦車は既に取り囲まれ、身動きが取れない。過剰なストレス。このまま轢いてしまっても問題ないかと考えかけ――あるに決まっていた――タクムはすんでのところで戦車部隊への指示を思い留まる。危ないところであった。折角のメディア戦略が台無しになるところであった。
「ヘイ、カァモンッ、ボーウィズ!」
マイクを片手にやたらと流暢な英語で登壇を促してくる腐れアイドル。タクムは彼女の評価をすぐに戻した。そもそもの原因はあいつである。
人々が押し合いへし合い、戦車から広間の中央にあるお立ち台までの道が開かれる。タクムとベジーは肩やら腰やらをベシベシと叩かれながら登壇。殺気の篭った目でライムを睨みつける。
「ほら、好感度好感度。人前でしょ」
「何で俺が……」
「あれ~、すろーにゃんは人気欲しいんじゃにゃかったのかにゃ?」
ライムは小さく顔を動かす。その先を見ればどうやらテレビの取材が来ているようだった。恐らくはパレードから惹きつけられた形であろう。
「仕方ない……ベジー、やるぞ」
「承知!」
ニタァといういつもの笑みを浮かべると、ライムが顔を引きつらせる。ベジーはベジーで表情筋を使い慣れていないのか頬が痙攣、顔中がビクンビクンと跳ね回っている。
「…………やっぱりいいわ、普通にしてて」
とてもじゃないが見せられたものではない。ライムはそう言ってため息をついた。
「くそ、どうしろってんだ」
「私のはともかくタクムのは迫力があっていいと思うぞ……?」
「はぁ? 芸能なめんなよ! 観客びびらせてどうすんの! とにかくあんた等じゃ使い物になんないわ、大人しくあたしの言葉に頷いてて」
ライムはその場で反転し、観衆のほうに向き直る。険しい表情から一転、その顔にはにぱぁっというなんとも愛らしい笑顔が浮かんでおり、今が愛しくて切なくて心は格子柄のようである。
「みんにゃー! 今日はにゃーのライブに来てくれてありがとー!」
「元々はパレードを……」
「ああ”っ!?」
振り返ったライムに睨みつけられ、二人は押し黙る。顔半分、タクム達にしか見えない左側だけがまるで般若のような顔になっていた。再び、朗らかな笑みを浮かべて観客側に向き直る。まるで手品のような変わり身にタクムとベジーは戦々恐々とした。女って怖い。
「今日は、にゃーも所属する<鉄屑兵団>から重大なお知らせがありますにゃん! みんな、聞きたいかなー!?」
『ワァァァァァ――ッ!!』
「じゃあ、教えてあげる☆ この度、<鉄屑兵団>はガンマ奪還に向けて正式に動き出すことにしましたにゃん。でも、にゃー達はたったの三人しかいません。戦局を動かすには少しだけ力が足りません。だから、みんなも一緒に戦って欲しいにゃ~って、そう思ってるにゃん。みんにゃー、手を貸してくれるかにゃ~☆」
『ガンホ、ガンホ、ガンホ――ッ!!』
「ありがとうにゃん。腕に覚えのある方はもちろん、整備士、通信兵、事務官などの後方支援の人たちも大々、大歓迎にゃよ! 他にも同盟を組んでくれるパーティが居たら名乗り出て欲しいにゃん☆ 募集要項はギルドの掲示板を確認してほしいにゃん……それではさらばい!」
ライムはタクムとベジーの手を握り、さっそうと駆け出す。戦車の上に飛び乗ると、その場で大きく手を振り始めた。パレード再開である。
「ライム……たぶん、パンツが丸見えだぞ……」
「大丈夫にゃん。見せパンだから。これも好感度のためにゃん」
ベジーの問いに嫌らしい笑みで答えるライム。
「本音、駄々漏れだな……」
タクムは疲れた風に言って、今度こそ戦車の中に潜り込むのだった。
替え歌ダメらしいので修正しました。




