鉄屑兵団
分厚いタイヤが乾いた大地を蹴り上げる。砂煙を上げながら、街道をひた走るのは一台の戦車運搬車であった。
M25戦車運搬車<ドラゴンワゴン>。トラクタ部分にはブローニングM2重機銃があり、長大なトレーラ部分が連結されている。随分とカッコイイ名前だが、要するに武装したコンテナトラックである。
武器弾薬、その他物資が満載されたコンテナを積み込み、20ミリチェーンガンを持つマイクロ戦車<クラーケン>をちょこんと相乗りさせた状態での移動であった。機械馬<ツヴァイホーン>がコンテナ上部にワイヤーでぐるぐる巻きにされて運ばれているところに、そこはかとない哀愁が感じられる。
ちなみに生体兵器や盗賊の襲撃に備えて車輌はもちろん、コンテナ共に防弾仕様となっているが、それが日の目をみることはないだろう。
ここは天下のルート34。前線都市ガンマと策源都市デルタとを繋ぐ大動脈である。両都市政府もこの街道の治安に気を配っている。生体兵器は軍によって定期的に処理されており、盗賊が出れば即日、討伐部隊が組まれている。
だから、ダレる。
『う~ん、にゃーはつまらにゃいぞー』
ガンマを出て、南に車を走らせること三時間。あまりの退屈さに耐えかねたライムはオープン回線を開いていた。
「くだらない通信してないで、きちんと周囲の索敵をしろよ」
『えーん、めんどくさいにゃ~。そもそもスロータにゃんがいればそんにゃもの必要にゃいじゃにゃい』
タクムの持つスキル<ラウンドサークル>は半径500メートル圏内の生命体を感知する。狙撃手としてのスキルを持たない彼女にそれ以上の範囲を探知することは不可能である。
「にゃーにゃーうるせえぞ、語尾戻せ! いちいちうっとおしいんだよ!」
『そんなことしたらにゃーのキャラが立たなくにゃるだろがー!!』
怒り狂ったライムが、マイクでごんごんとコンテナの屋根を叩き始める。『Hey!』しかも段々とリズミカルに『Hooo!』なっていくのがとてもうざ『Check it out!』ったかった。
「もしよければ配置を変えるが?」
『それは結構ですにゃん』
運転席に座るベジーが口を開くと、すぐさまライムからの返答がくる。ついでに軽快なビートも止まる。
ライムはタクムのことを嫌っている。
当然である。ライムにとって<スローター>は、大切なマネージャや親衛隊を殺害し、順風満帆でだったアイドル生活を崩壊に追い込んだばかりか、人生再スタートで組んだ開拓者パーティーまで解散に追い込んできたいわば敵である。
要はビジネスだ。大量の資金と圧倒的な戦闘能力。庇護者としてこれ以上、都合がいい人物はいない。なので仕方なく付いてきているだけ。彼が少しでも落ちぶれればすぐに切って捨てるつもりだし、あるいはより都合のよい人物が庇護者に名乗り出てくれればすぐさま乗り換える予定である。
また同じ日本人という共感もある。仲間が死に、同業に裏切られた、そのことにも同情はする。しかし、金ヅル以上の感情はない。
とにかく、二人の関係性は、ライムの善性――人を積極的に憎もうとしない高次の精神性――によって成り立っていた。
ガンマからデルタまでは直線距離にして約250キロメートル、街道を使うと300キロほどの道程となる。約3日、こんなくだらないことを続けるのか、とライムはうんざりとした気持ちになるのだった。
夜、街道の路肩に車輌を停めた三人はキャンプの準備を始めた。
キャンプと言ってもそう大したものではない。睡眠はそれぞれ装甲のある戦車運搬車か、マイクロ戦車の中で取ることが決まっていた。パーティーは三人なので、一人を見張りに置けば寝床は二つあればいいことになる。
見張りは夜半から2時間ごとに交代予定。夜明け前に出発するなら6時間もあれば事足りる。明日の昼には策源都市デルタに到着出来るため、多少強行軍には目を瞑ってもらう予定である。
「それじゃあ、頼んだ」
「承知」
ベジーが簡易コンロに火を付け、固形コンソメスープの元を放り込む。キャベツ、玉ねぎ、ベーコンとミックスベジタブルを放り込む。一番最後のは不要のように感じられたが、ベジーの大好物であるらしい。
塩とコショウで味を付けて、鍋にコトコトと煮込むこと約5分。料理は完成した。
名付けてコンソメスープ。そのまんまである。
「すまない……」
ベジーはうな垂れた。自称料理が出来るとは言っても、それは一人暮らしをしていれば最低限覚える程度のものであったらしい。
「いや、十分美味いぞ」
硬めに焼かれたフランスパンを浸しながらタクムは食事を取る。元々、食には頓着しない人間である。無性に味噌汁が飲みたくなる、などという衝動も起きない。
ライムも文句を言うようなことはせず、食事は終了。不寝番はタクム→ベジー→ライムの順で行うことになった。
夜行性の生体兵器が最も活動的になる夜半から丑三つ時くらいまでを単独で中型生体兵器とも戦えるタクムやベジーに任せることで即応性を高めるつもりだ。
「ところでお二人にお話しなければいけないことがありますにゃん」
食事を終え、ライムが真面目な表情で不真面目に言った。カチューシャについた三角耳は――内部に針金でも入っているのだろう――ぴんと立っている。
「作戦会議という奴か」
「会議はいいが、その語尾止めろ。イラついてくる」
「それよりもまず、にゃー達のパーティに足りないものを検討すべきかと思いますにゃん」
サングラスを掛けてからというもの、ライムは全く怯まなくなった。眼力がなければ自分の迫力などこんなものだろう。小娘一人黙らせることが出来ない。
外して脅しかけてやろうかと思うが、そんなド腐れアイドルなんぞのために友情の証たるサングラスを外すのも悔しいのでそのままにしているというのが今の現状である。
「ふぅ……分かった、その議題は?」
「そんなの決まってますにゃ。このパーティにはひとつ、どうしようもなく足りていないものがありますにゃん」
「何だ、ベジー」
「分からん。理性的な行動……あるいは良識ではないか?」
「た、確かに足りてないにゃ……」
ライムが哀れむような目でタクムを見つめた。わざわざ三角耳の先っぽを折り曲げる辺りがうざったい。
「いい歳して痛い格好を続ける奴もいるしな」
「これはにゃーのアイデンティティにゃ!」
「使い古しだかな」
「うるせー!」
ライムが地面をばんばんと叩いた。ばるんぶるんと揺れる柔和な塊にサングラスの奥、タクムの視線が自然と向かう。
「あーやらしー。今見たでしょ? にゃーのここ、ここ見たでしょ?」
女性の観察力というのは存外、侮れないものだ。サングラス越しの視線でも読み取れるのかとタクムは驚愕する。
「ああ、いいものを見た。これはご褒美だ」
タクムは手を叩いて絶賛すると、腰ポーチから100ドル札を数枚取り出し、ライムの谷間に突っ込んだ。
「てめー! あたしは場末のストリッパーじゃねえんだぞ!!」
「そういう意味だったのか」
タクムは先日、イジメを受けているギルドの受付嬢を憐れんで同じ行為をしたが、なるほどまともに働いている人間が、ストリッパーと同じ扱いを受ければ悲しくもなるだろうと理解する。
「あんまちょーしくれてっと挽肉にすんぞ!」
「で、ライム。我等に足りないものとは何だ? 説明してくれ」
ライムが剣呑な雰囲気を放ち始めたところで、ベジーが質問する。抗争が激化する直前の絶妙なタイミングであった。
「ベーにゃんの顔を立てて勘弁してやるにゃ……あーで、にゃー達に足りないもの……それは……」
「それは……」
「ウッ……ち、ちかい……」
ベジーは真面目そのものと言った表情で前のめり。あまりの真剣さに逆にライムのほうが引いてしまう。
「すまない」
「い、いえ、こちらこそ……」
なるほどライムには真面目な雰囲気で迫られるほうが苦手であるらしい。単純に40前のおっさんに迫られて怯えただけの気もするが。
「そんなことはいいから、さっさと議題を上げろ。睡眠時間が削られるぞ」
「おう、そうだったにゃ。にゃー達に足りない物、それは……」
ライムはここで二人にパチンとアイドルウィンクを投げると声を荒げた。
「パーティ名にゃ!!」
「「…………」」
「え、あれ、もうちょっと食いついてもよくにゃい? パーティ名だよ。名は体を洗わすっていうし、大事だよね! そもそも今更かよ! っていうツッコミを期待していたあたし、どうなるの!?」
「知らんがな」
「ふむ、考えたこともなかったな。そもそも、それは必要なのか?」
パーティ名というのは、チームのシンボルであるが、ギルドの上では識別子として使われることが多い。タクムやベジー、ライムの三人は良くも悪くも知名度が高すぎた。この三名がチームを組んだというのはガンマのみならず、スター都市国家群の同業者に知れ渡っていた。
『<スロータ>のパーティ』や『ライムたんのいるパーティ』、あるいは『<八百屋>が所属するパーティ』と言ってしまえば通じてしまうのである。そのため識別子としてのパーティ名は彼等には不要である。
「スローター一味でいいんじゃないか?」
噂によれば、○○のパーティでは言い難い場合、多くの者が『スローター一味』と呼び習わしているらしい。まさしく名は体を現す、であった。
「よくない! なんのかね、その無様な名前は!? 君はこんな世界まで来て、ギャングの親分になるつもりかね、きみぃ~」
「突然、キャラをぶれるの止めろ、しゃべりにくい」
「とーにーかーくー、きちんとした名前で登録すべきにゃん。このままではにゃーが悪党一味の幹部みたいな位置づけになってしまうにゃん」
「お前はそもそも殺し屋だろうに」
「あれは兼業。そもそも殺しとか全部、<寝込みに猫耳団>にやらせていたにゃん」
「そうだったのか……」
ベジーが驚きに目を見開く。
「全ては話題性のためにゃん。四強に入れてもらったのだって裏金ばらまいたからにゃよ?」
自慢げに胸を逸らすライム。パチパチとかがり火がぷるんと揺れる胸部に陰影を形作る。ついつい視線をやってしまったタクムはやれやれと頭を振った。
「自慢にならん。で、言い出したからには部隊の名前を考えてあるんだろうな」
「<ライムと不愉快な猫耳達団>なんてどうかにゃ?」
「…………それはさすがに……」
「むしろ、<ライムが不愉快な猫耳団>ってのはどうだ?」
「…………付き合いきれん」
「待て、それはどういう意味かね!?」
「そのまんまの意味だ。さあ、こんな下らない話は終わりだ。お前等はさっさと休め」
タクムは手を叩いて解散を促す。主人が席を立つと、ベジーも申し訳なさそうな苦笑いを浮かべてながら続いた。
「待つにゃん。それはさすがに冗談にゃん。ちゃんとマトモな候補も考えてあるにゃん」
「はぁ……分かったよ。ベジー、何かいいのあるか?」
「……<鉄屑兵団>などどうでしょう」
「いいな、クズばっかりな感じが出ている。決まりだ。これからこのパーティは<鉄屑兵団>と呼ぶことにする。解散」
タクムはそれ以上の会話を打ち切り、見張り番へと向かうのだった。
「ちょ、待って! にゃーのアイデアは? え、マジで聞いてもくれないの!? え、えッ!? これでもアイドルよ、ねえ!? おい、こら……たまにはちょとちやほやしろよ――ッ!?」
アイドルの豪快な叫び声が街道沿いに響き渡るのだった。




