残念じゃない兄弟達
「あー、死ぬ……ほんと、無理……」
「アンタは良いわよ……自分で撒いた種なんだから……付き合わされるあたしの身にもなって……よ」
罵り合いながら二人はソファーへと突っ伏した。
3ヵ月にも及ぶ隠遁生活。その間に溜まりに溜まった生体兵器素材を売りに出したのだ。およそ100枚にも及ぶ生体兵器の素材リスト、その中から該当する未処理の収集依頼を見つけては受諾。ある程度数が溜まったところで大量の<運び屋>を引き連れて連れてフィールドにある基地まで移動。倉庫から目的の品を見つけてガンマの街へトンボ帰りだ。
軍の出動が決まり、素材の不足による物価上昇は頭打ちの状態になりつつあったが、それでも通常では考えられないほどの報酬額が設定されていた。
ついでにギルドの方では持ち込まれた生体兵器カードの換算作業が行われている。データの打ち込みは手作業だ。しかし、相手はかの悪名高いスローター、もしも打ち漏らしでも発生させようものならどんな目に遭わせられるか分かったものではなかった。
全てを素材を売り捌くまでに約一週間もの期限を要した。処理した依頼の件数は実に3万件にも及ぶ。総報酬額は全て合わせて2500万ドル。当初の想定よりも遥かに高い報酬を得ることが出来た。ついでに浴びせ売りのような納品攻撃で物価水準は危険水域を脱すると見られている。
その一週間にも及ぶ事務仕事を終え、心身ともに疲れ果てた状態で自宅へ帰ってきたという具合である。
「二人ともお茶が入った。ここに置いておく」
「サンキュー、ベーやん」
「ありがとうございにゃす、ベーやん」
「その、ベーやんというのは何だ……?」
「ニックネーム。愛称だよ、なんだ嫌だったか?」
「い、いや……そんなことはない。そんな風に呼ばれたことがなかったから……その、少々気恥ずかしくてな……か、勘違いするなよ、嬉しいことは嬉しいのだ」
ベジーは俯くと頬を少しほんの少しだけ赤らめた。
「字面だけ追うと、どこぞのパワドル様よりもアイドル適正があるな」
「そんなことにゃいにゃん。にゃーにょりおにゃにょこっぽいおにゃにょこはいにゃいにゃん☆」
「にゃ行が多すぎて何言っているかさっぱりだ」
もはや恒例となった二人の掛け合いもどことなく元気がない。
「それじゃあ、行きますか……」
「行くってどこにゃん?」
「決まってる。策源地だよ」
策源地。生体兵器の支配域にある地域を差す。大型や特型といった強力な生体兵器がフィールドを闊歩し、<ジャイアントスローター>クラスの最上位生体兵器が各所に巣を張っている。
そんな危険地帯に橋頭堡として建設されたのが、策源都市デルタである。人口は僅か1万人。前線都市ガンマの30分の1しかいないが、人口の約半数以上が開拓者か軍人という戦闘技能者だらけの街であり、単純な戦力値だけなら最盛期のガンマと同等以上と目されている。
この地域には未開拓の遺跡がまだまだ沢山隠されており、現在はスター都市国家群が現在総力を挙げて開拓しているいわば最前線であった。
「ちょ、ちょっと待って! そんな話、あたし聞いてないわ!」
「ああ、そうか。ライムには説明していなかったな。正直、ガンマに居座り続ける理由がないんだ。物価の上昇はもうじき収束するだろうし、最上位種はもとより、大型すらめったに出会えないこの街にいるうまみがないんだ」
暗殺者ギルドに属する殺し屋はあらかた食い散らかしてしまった、もはや<右腕の>マウス程度の小物しか残っていない。そんな小物を狩り出すくらいなら、森の近くで狙撃していたほうがよっぽどましである。
「だからって策源地って馬鹿じゃないの! 死ぬ気!? わざわざ危険なことに手を出すなんて……また、痛い目見るわよ……」
「違う。適正レベルの問題だ。俺達の戦闘能力はもうガンマと見合ってないんだ」
「アンタ、まだこの世界がゲームだなんて言い張るつもり……」
「はぁ? こんな世界、どう考えてもゲームじゃんか」
タクムは自らのカードを取り出すと、くつくつと笑った。乾いた唇、そして開きっぱなしの瞳孔。その者の内面を現すかのように全身から漂う不気味なオーラがリビングを包む。
それは狂信者の瞳だった。
ライムは以前、この類の視線の持ち主に出遭ったことがあった。アイドルという人目を集める職業柄、ファンの中には過激な思想の持ち主もいるのだった。夜道を付け回され、何度か彼女も襲われそうになったことがある。
そこは当然、至上最強のパワドルの名を欲しいままにするライムである。彼女に敵うような兵などそうそういるはずもない。抱きついてきたところを必殺のパワーボムで撃退してきたわけだが、それでも心理的な恐怖心を拭い去ることは出来なかった。
彼等から感じたギラついた欲望や劣情を濃縮したならば、タクムの瞳のようになるのだろう。
「悪いがお前は逃がさんぞ。お前は必要な人材だ」
「瞳孔開いたままそんなこと言われると、恐怖しか感じられないわ」
「ふん、だからなんだ? 恐怖は人を従えるのに最適な感情じゃないか」
「………………アンタ、ほんと最低ね……」
「ハハ、俺はスローターだからな。むしろ褒め言葉だぞ」
「……そうじゃないわよ。分かった、わーかーりましたー! 付き合ってやるわよ、日本人のよしみで」
タクムはにっこり笑うと、ソファーから立ち上がった。
「ではこれより、拠点を移す。いつでも出られるように準備を始めてくれ。荷物は各自でコンテナに。移動開始は明日の早朝とする。問題は?」
「お、横暴だー! まだにゃーを働かせるにょかー!!」
「ない。ライムは休んでいて構わないぞ。私がやっておこう」
「いや、さすがにそれは悪いから……にゃーもやるっすよ……?」
ライムは居心地悪そうにもじもじと答えた。<八百屋>ベジーとしてのイメージが先行しすぎているせいか、中々しっくりこないのかも知れない。
ベジーはワイルドな外見とは裏腹に、家事や事務仕事のような繊細な作業が得意のようだった。この三人の中では唯一の料理スキル持ちである。
「じゃあ、ベジー。俺の分は頼んだ。俺は知り合いに挨拶に行ってくる」
「承知した。道中、気をつけろ」
「あぁー! おま、ベーにゃん、可哀想だろがー!」
ライムの抗議に追い立てられるように、タクムはガレージへと向かった。
むやみやたらに毒々しい、ピンク色の看板をくぐり、タクムは<ワンダー・タンク>を訪ねた。オイルと鉄の混ざり合った工場特有の臭いに小さく笑みを零す。
「「タクム!!」」
四輪バギーを降りると、二人の中年男性が走ってくる。ひとりはクマが作業服を着ているような大男、もうひとりは鷲鼻で黒いビニールエプロンをした神経質そうな男だった。
「おう、元気だったか?」
タクムが女王蟻製のヘルメットを脱ぐと、二人はその場で仰け反った。
過剰なまでの視神経の酷使により、いつの間にか元に戻らなくなってしまった瞳。悪党プレイをするには最適だが、知り合いと話すには少しだけ不便だ。
無様だな、とタクムは変わってしまった自身を哀れんだ。
しかし、
「ったく、なんだ、その目ん玉は。あっぶねー顔しやがってからに」
「まったくだ! ほら、これをやる! 外に出るときは付けておけよ! 俺達のように勘違いされるぞ!」
鷲鼻の銃職人ドリームから差し出されたのは、目元をすっぽりと覆い隠すサングラスであった。日差しの強いガンマでは誰もが鞄に常備しておく割とポピュラーなものであり、開拓者などの戦闘従事者は目線を悟られぬよう夜間でも付けっぱなしにしておくことが多い。
ドリームから渡されたサングラスはクモリ止めはもとより、防弾性能まで付いた高級品である。売りに出せば1000ドルの値が付くであろう。なにせガンマを代表する銃職人謹製の一品だ。
「よしよし、これでちったー見れる顔になったな」
タクムの狂貌はその目つきにのみ集中しており、それが隠されるだけで普通の開拓者のように見えた。
「ああ、あの、なんか……すまん……」
「小さいことを気にするんじゃない!」
「そうだ、お前さんにはこの程度じゃ返しきれないほどの借りがあるんだからな」
軍施設への移動直前、タクムは二人に納品書を送りつけた。自宅の倉庫にある予備の生体兵器素材を丸ごと買い取れという乱暴なものだ。素材不足が面に出始めた頃の話である。
<ジャイアントスローター>や<ジャイアントスカイ>を始めとする高級素材や、十数種類、合計二百トンにも及ぶ小型中型生体兵器の素材のおかげで<ワンダー・タンク>と<ドリーム・ガン>は堅実な経営を続けることが出来たのである。
「それもそうか、下品な工場とオンボロ工房が潰れなかったのは全て俺様のおかげだしな」
「街を混乱させたのもお前さんなんだがなー」
「そうだぞ、なんだあのくさい演技は! テレビで見て笑ったぞ!」
二つの強面が笑みを浮かべる。タクムにとっては馴染みのそれだが、子供であれば泣き出してしまうほど恐ろしいものであった。
――ああ、この懐かしいなぁ……。
アイが居た頃から付き合いのあるこの職人達との関わりは、この世界における原風景の一つであった。殺し屋達との暗闘、その後の雲隠れ、およそ4ヶ月振りに付き合わせた強面は変わらぬ笑みをタクムに向ける。
ガンマ職人界のトップをひた走るランド兄弟にとって、タクムの悪評や変貌した容姿など瑣末事でしかないのだ。
タクムは知らず目から込み上げるものを堪えた。
「おい、どうしたんだ、タクム」
「は、腹痛いのか? 薬あるぞ!」
「大丈夫……なんでも……ないから…………」
タクムは首を振る。しばらく天を仰いだまま、深呼吸を続けた。
自分でも抑えきれない感情の波が収まった頃、タクムとランド兄弟は工場に隣接する休憩所で卓を囲んでいた。
「そうか……行っちまうか……」
ワンダーは紫煙を吐き出し、天井を見つめた。
「出発は!?」
「明日の早朝だな。長々と準備してれば政府に勘付かれる」
まるで夜逃げのような口振りだが、その認識は正しい。
ガンマ軍の出動とタクムの大量受注により、物価の高騰は危険水域を脱している。しかし、未だに予断を許さない状態であり、こんな時に<スローター>のような最上位の開拓者を失うのはかなりの痛手だ。正規の手続きを踏んでいては都市政府やギルドなどの関係組織に勘付かれ、妨害される恐れがあった。
誰にも知られず、いつの間にか居なくなる。それがベストだ。
「そうか、随分と急な話だな」
「もっと早く言ってくれれば色々用意したものを!」
「はは、だから言えねなかったんだよ。あんた等が工場でがちゃがちゃやってたら誰だっておかしいと思うだろ」
そりゃそうだ、と職人達は快活に笑う。
「その、二人とも……ありがとな」
「ふむ……アイちゃんにまた会えたら、いつか帰ってくるんだろ?」
この二人の元を訪れたのも、本来なら褒められた行為ではない。余分で不必要で不用意な行動とさえ言えた。それでもタクムはこの気のいい職人二人にだけは感謝の気持ちを伝えたかった。
「ああ、当然だ。ここが俺のホームタウンだからな」
「なら今生の別れみたいな台詞を吐くんじゃねえ! 一瞬、焦っただろう!?」
「そうだな、早く帰って来い。お前さん達には試してもらいたい新兵器がまだまだあるんだからな」
「ああ、まったくだ! 次は対戦車拳銃を試してもらうからな!?」
「それは人が持てる重さなのか……? まあいいや、それじゃあ、行くな。まだ準備が残ってるからさ」
タクムは言って席を立った。いつの間にか脆くなった心を狂気を滾らせ、引き戻す。
「おう、気ぃ付けろよ。新しい住所が決まったら連絡してくれ」
「銃が出来たら送るからな!」
タクムは二人に背を向け、手だけを振る。
ふと振り返った先、鍛えられた狙撃手の目が、二人の職人の不安そうな表情を捉えてしまった。引かれる後ろ髪を、自慢の高ステータスで振り切ってタクムはバギーに飛び乗った。




