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鋼鉄のアイ  作者: 大紀直家@パブロン
スクラップ
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いわゆる犯罪奴隷制度

 三ヶ月振りの街。タクムとベジーを乗せた軍用ジープは、ガンマの目抜き通りを走っていた。


「大分、活気がなくなったな」

 タクムがぽつりと零す。軍による共同作戦――タクムを軍が匿い、死んだように見せかける――により、街の物価指数は驚くほど上がっていた。

 今までタクムが支えていた分の素材がなくなり、金はあるけど物がないという状況に陥った街はスタグフレーションを起こしていた。


 戦闘車両や銃火器は、生体兵器から獲れる生体機関や金属組織を流用して作られることが多い。価格は当初の3倍にまで値上げされ、生体兵器とはほとんど関係ないはずの食品類まで2倍近く跳ね上がった。


「ああ、驚くほど車が少ない」

 助手席のベジーが淡々とした口調で言った。説得の結果、条件こそあるものの、タクムの配下となることを承諾した。ベジー曰く、尋常な立会いで敗北した上、命まで助けられたのだから当然とのことであった。


 ――歩みを止めるな。


 ベジーが配下となるための条件として提示してきた内容である。全く意味不明である。武人の感覚はよく分からない。


 きちんと働いてくれるならそれで構わないので、彼の言葉の意味を放置している。タクムは日本に居た頃から他人に無関心なところがあったが、アイを失ってからというもの、その兆候が顕著に現れつつあった。


 全てのことがどうでもよい。交友のある職人兄弟を除いて、ガンマの街の住人は全て死んでしまっていいと思う程度には無関心であった。


「運転している分には楽だけどな」

 なのでこの不景気の当事者というよりも、ほとんど直接原因にあたる<スローター>は平然と言う。


 ベジーには既に街の状態について説明してある。彼を捕らえた後、<越後屋>ライム率いるテレビクルーを撃滅し、軍と共謀し、街の経済を混乱せしめるために動いたことなどを包み隠さず。


 三ヶ月もの間、基地に引き篭もり、他者とのコミュニケーションを一切取らなかったタクムは聞かれもしないのにぺらぺらと喋ってしまった。言う必要などない事柄であったことは自覚していた。孤独という痛みはいかな狂信者であっても辛いものであるらしい。


 この三ヶ月、タクムは狩りと演習を繰り返し、休養日は基地の宿舎に引き篭もっていた。素材の回収や解体を任せている軍人達は、<スローター>の名を恐れて喋りかけてくることはなかった。平然と人体実験をするような男と積極的にコミュニケーションを取りたいと思う人間などいないだろう。


 タクムは<殲滅者>の二つ名を冠するようになってから名実共に悪党となっていった。『看守と囚人実験』のように、与えられた役柄をこなしていく内に、知らず畜生にも劣る悪辣な行為も平然と行えるようになった。<走り屋>タークには拷問を指示し、街の経済を破綻させ多くの失業者を生み、<越後屋>ライムの配下を殲滅、<八百屋>ベジーには訓練という名の人体実験を繰り返した。


 アイを取り戻すという大義名分の前では全てが霞む。タクムは本気でそう信じている。


 しかし元々は善良な市民であった彼に人道にもとる行為は合っていなかったようだ。狩りにおける負荷ストレス、人体実験による負荷ストレス、孤独による負荷ストレス。それが澱のように精神を蝕んでいく。そして、この孤独は誰かに背負わせることが出来ない。


 アイを取り戻す。この覚悟だけは誰にも譲れないのだった。


「ごめん」

 タクムは口にしてから後悔する。弱気になっているな、と冷静に判断する。今更謝ってもどうにかなるものではない。しかし、ベジーとの一戦で暴虐の限りを尽くしたことでストレスがある程度発散されたことで、タクムは僅かな理性を取り戻した。


 切り捨てたはずの倫理観。しかし、タクムの根っこには今なお、優しい少年であった頃の名残が残っていたのだ。


「よい。思えば私のような殺人鬼が武人としての最後を迎えようなどと思ったことが間違いだったのだ」

 ベジーが返す。髪はぼさぼさ、髭は伸び放題の浮浪者めいた姿であったが、その表情は殺し屋時代とは比べ物にならないほど晴れやかであった。


 死の恐怖を味わい、武人としての矜持を叩き壊された、そのことが良い薬になったのかも知れない。驕りは消え、目にはかつて最強の武人を目指していたころの精悍な光を取り戻していた。


「で、ガンマに舞い戻ったということは……」

「ああ、政府から軍に出動命令が下った」

 すれ違う灰色迷彩の装甲車の列を見ながらタクムは答えた。砲塔の横に付いているシンボルはガンマ都市軍を表す<倒れ臥す氷狼>をイメージしていた。このトレードマークはかつての街、ガンマ迷宮を支配していた最上位生体兵器<フェザーフェンリル>を倒したことに由来するそうだ。


 ギルドの前に横付けし、内部に入る。瀟洒なカフェテラス風の建物の内部が、一瞬にして凍りつく。


「あれは……スローター……」

「馬鹿な、やつは死んだんじゃ……」

「……しかも、隣にいるのはベジーじゃないか……」

「スローターにやられたんじゃ……」

「一体、どうなってるんだ」


「ハハッ、俺が留守してる間に随分、小さな声で喋るようになったんだな。誰が死んだって? あ? ほら、今言ってみたらいいんじゃねえか? 今なら格安で聞いてやるぞ?」

 タクムに集まっていた無数の視線が一斉に逸らされる。彼の手がそろそろと懐に伸びると、何人かその場で土下座した。


「すいませんでした!」

「あれは冗談で……」

「命だけは、命だけは……」

 悪党たるもの、適度な威圧感は必要である。恨みを買っている分、少しでも隙を見せれば食われてしまう。それくらいの心積りでいなければどうにもならない。


「まあいい、次に俺の耳に入ったら、適切に処理させてもらうぞ」

 赤い眼を光らせ、<スローター>が不敵に嗤えば、開拓者達が恐れおののく。


 これでいい、とタクムは思う。今更、いい人ぶったところでもう遅い。全てはアイを取り戻してから考える。開き直ったタクムは懐から取り出したココアシガレットを口に咥え、ぽりぽりと先っちょから齧る。


 そのままカウンターへと歩き出すと、受付嬢達が一斉に涙目になった。


「おい」

「はひッ」

「名前は?」

「み、フィレオです! フィレオ・ティンキー」

「美味そうな名前だな。覚えておく」

「いや、ひぃ、こ、光栄ですッ」

「そうか、なら今晩、どうだ?」

「わわわたわたわたしには、ここここころここころころころにきめたひとが……あ、ひぃー! 殺さないでー!」

 どもり過ぎて何を言っているのか分からないが、この女性、意外にも純情なようだ。彼氏がいるらしいので無理強いはするまい。というより、タクムに女は不要だ。既にして心に決めた女性がいる。二次元にしか興味がない世捨て人なのである。


「冗談だ。ところで犯罪者を連れてきた。更生登録をしたい」

「はひッ、承知しました! こ、ここ更生者のカードをご提示ください」

「いいのか? ほんとうに」

 ベジーが尋ねてくるので、タクムは「当たり前だ」と頷いた。


 この世界では犯罪者は、その場で殺して後日カードだけをギルドに引き渡すのが良しとされている。それは犯罪者を処刑する手間や、処刑日まで拘留する手間を省くためだ。


 政府も市民も、罪を犯した相手に貴重な税金を使う気などない。そんな余裕なぞあるはずがない。三食飯付き、出所後に賃金が支払われる日本の刑務所が異常なのである。しかし、不慮の事故などで人を殺してしまった犯罪者までいちいち処刑していたら、今度は人材が枯渇する。


 そこで生まれたのが、更生登録システムである。犯罪歴に応じた日数分だけ奉仕活動を行うことで、罪を相殺するというものだ。


 条件は、身元のはっきりした保証人がいること。保証人は犯罪者の犯罪歴に応じた金銭をギルドに支払い、その人物の監視下において社会奉仕活動を行わせる義務が発生する。必要日数分だけ労働することで晴れて無罪に身となるのだ。


 通常は犯罪者の親兄弟が保証人となる場合が多く、頼れる親戚がいない者の場合、軍が保証人を買って出る。従軍させるためだ。あるいは裕福な家庭が労働力目当てに保証人を名乗ることもある。


 保証人が親戚以外の場合には、ほとんどが強制労働のような扱いを受ける。要は犯罪者更生の名の下に生まれた奴隷制度である。犯罪者の頭部には爆弾が埋め込まれ、保証人や政府、ギルドの責任者などが任意のタイミングで爆発させることが出来る。

 生殺与奪権を握ることで更なる犯罪防止と、絶対命令権を得るのだ。


「えっと、殺人罪46件で……奉仕日数1680年……保証金は2300万ドルになりますが……」

「分かった。口座から引き落としておいてくれ」

 タクムは迷いなく告げた。殺人罪1件で保証金50万ドルが必要となる。最新式の主力戦車2輌分にも及ぶ大金。しかし<ジャイアントスローター>を討伐して得た大金と、<肉屋>や<走り屋>など殺し屋達の懸賞金を手に入れ、更に<八百屋>ベジーの所有資産も奪い取ったことで資金にはかなりの余裕があった。


 その上、ガンマは現在、ハイパーインフレ状態だ。素材や生体兵器のカードの買い取り額が馬鹿みたいに上昇している。3ヵ月にも及ぶ潜伏生活で得た生体兵器素材は一万体にも及ぶ。安い金ではないが、払えない額ではない。


「……本当にいいんだな……」

「ハッ、奴隷は主人の顔色だけ窺っていればいいんだよ」

 タクムは開きっぱなしの瞳孔でベジーに笑いかける。


「……正気なのか、その貌ではいまいち判別が付かんな」

 ベジーもふっと小さく笑った。


 今後、タクムは、アイのデータ復旧アイテムを手に入れるために未開拓の遺跡や迷宮に潜ることになるだろう。その事態を考えれば、信頼出来る戦闘技能者なかまはなくてはならないものである。


 <スローター>たるタクムと組んでくれる戦闘技能者などいるはずもない。

 彼の評判は最悪で、ガンマのみならずスター都市国家群全体に広がっているという。


 タクムがアイテム捜索に乗り出さなかったのはひとえに実力不足が原因であった。一人で遺跡を探索するならそれこそ一騎当千の実力が必要であった。大型生体兵器に加えて中型や小型などの取り巻きを同時に相手に出来るだけの圧倒的な戦闘能力である。


 そのための人体実験――演習なのであった。手数を増やすために戦闘人形<ドッペルゲンガー>や戦闘車両による遠隔操作技能を習熟させたのだし、<竜騎兵ドラグーン>や<撃墜王エース>といった最上位兵種の取得にも拘った。


 仮想敵は世界システムに大型生体兵器並みと公式・・に認められた経験豊富な犯罪者。これ以上ないという最高の披検体を用いて、効率の良い経験値を稼ぐ。対人戦闘において有効な戦術を学び、有効な武装を発見し、有効な装備の組み合わせを確認する。


 これがタクムの考え出した<最強>へ至る道だった。


 実験動物への新薬の投薬実験など比較にならない。ナチスドイツの毒ガス実験に比肩するほど酷い、被験者への苦痛を繰り返させることを考えればある意味、それ以上に残酷な行為であった。


 <リモート>と<コントロール>のスキル併用で今や単独で戦車を運用可能となったタクムだが、24時間延々戦い続けることは難しい。SPは栄養ドリンクをガブ飲みすれば問題ないが、集中力が持たない。思考が分裂するような状態を維持し続けるのは精神に多大な負荷を強いるのだ。


 特に遠隔操作での戦闘は、ストレス量を増大させる可能性が高かった。イラク戦争では、MQ-1プレデターなどの無人戦闘機が投入されたが、その操縦手は実際に戦地に展開された兵士よりも高い確率でPTSD――心的外傷後ストレス障害を発症したという。

 敵兵を『殺す』シーンを、モニタ越しや赤外線映像として鮮明に見ることで受けるストレスは想像を絶する。人を殺したその後、自宅に戻って普段と変わらぬ日常を過ごす。翌朝には再び戦場に戻って人を殺すのだ。


 <リモート>と<コントロール>を併用することで得られたリアルな感覚フィードバックは、カメラや赤外線映像の比ではない。


 これまでタクムが発狂しなかったことが奇跡のようなものなのだった。高ステータスに裏打ちされたタクムの精神力とていつまで耐えられるか分からない。


 しかし、ここに来てベジーを仲間に出来るチャンスを得た。しかも、生殺与奪権を握った上で仲間に出来るのならこれほど信用できる存在もない。


 振って沸いたチャンスを逃すつもりはない。ベジーの能力は本物である。対人特化のきらいはあるものの、この3ヶ月の演習の中で、彼の優れた戦闘技術を幾度となく目の当たりにしたし、古参ならではの判断力はタクムにはない長所といえた。

 更に転送スキルは圧巻の一言だ。圧倒的なステータス差を覆し、スローターたるタクムと同等の戦闘を行えたのは、このスキルがあったからに他ならない。


 これほどの実力者を、戦車二台分の代金で購入できるなら安いものである。


「金のことはいい。代わりにきりきり働けよ」

「承知した。誠心誠意、努めよう」

「そ、それでは、犯罪防止用の処理を行いますので……更生者の方はこちらへ」

「行け」

 タクムは処置室を顎で差し、係員に連れられていくベジーの姿を見送った。


ちなみに受付嬢フィレオ・ティンキーの想い人の名前はマーク・ドナルドと言います。覚える必要は全くありません。


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