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鋼鉄のアイ  作者: 大紀直家@パブロン
スタート
5/90

単独行動

 トレーラに揺られ続けること6時間。やはり20分ほどで飽きたタクムはアイを呼び出し、暇を潰した。


 リバーシや将棋、チェスなどのボードゲームだったが、まったく勝てなかった。いや、最初の一回はボロ勝ちして、調子に乗って『へいへい、人工知能さんよ、お前の本気はそんなもんかい』と挑発したらそれ以降、全く歯が立たなくなった。


 本気を出されたのだ。アイ曰く、リバーシは先手を取れば必ず勝てるのだそうだ。将棋やチェスにおいても高度な演算能力を持つため、プロ並みの実力を持っているそうだ。


 正直、反則である。勝てるわけがない。


「そろそろ着くのか?」

『あと五分くらいかな。早く着いて欲しいね、夜だとカメラが効かなくて警備が難しいよ』

 カメラの解像度やレンズの性能の関係で、昼であれば半径一キロまで伸ばせる警戒域も、照明のない夜間では300メートルが限度とのこと。


 逆を言えば機材もなにもない状態で300メートルもの広範囲をカバー出来るアイの性能はやはりずばぬけている。さすが機械。AI様々である。


「悪いな、任せ切りにしちまって」

『いいよ、だってボクはマスターのお役に立つために存在しているんだから』

 無償の奉仕。そんな言葉がしっくりくる。人間に奉仕するためだけに作られた人工知能とはいえ、少しばかり居心地が悪い。


「すまんな」

『ごめんね、言い方が悪かった。ボクがマスターに尽くしたいと思うのはそれはもう性分なんだよ。生きがいと言ってもいいかな。だから、そんなに気にしないで欲しいな。ボクはボクなりに楽しんでやっているんだから、気にしないで』

 飄々としているかと思えば、こういうところで優しい言葉をかけてくる辺り、本当に人の気持ちが分かるかのようだった。

 幾ら高度な人工知能とはいえ、出来すぎじゃないのか?


 そんなことを思ったタクムだったが、それを確認する術はない。それにアイが人間だったら、それはそれで世話になりすぎで申し訳なかった。


「なんか困ったことがあったら言ってくれ。出来るだけ努力する」

 主人である以上、部下の働きに応えるのは当然のことだ。


『そうだね、じゃあ……町に着いたらお願いしたいことがあるよ』

「おう、言ってくれ」

『充電して? あと10分くらいしか持たなそう……』

「まじかよ!」

『あと、これから低電力状態に移るから、しばらくお話出来ないかも。ごめんね……警戒、お願い……』

「うおい! そういうことはもっと早く言ってくれよ! ちょっ、アイ、アイさん!?」

『……』

「マジかよ、俺夜目利かねえのに……くそ! やるしかねえ!」

 タクムは目を皿のようにして周囲の警戒に当たるのだった。



 <ガンマ>の町に到着した時、タクムは情けなくも銃座のなかでへたり込んでしまった。


 リトライは効かない。


 初めて手にした銃器の重み、手榴弾の爆風を背に受けた時の痛み、風の冷たさ、地面の固さ、どれをとってもゲームでは有り得ないほどの現実感リアリティがあった。


 これはゲーム。ゲームなんだとどれだけ自分に言い聞かせても、不安を拭い去ることはできなかった。アイが言うように、もしもこれが異世界転生であれば、この世界での死は本物となる。


 死んだら終わり。


 この世界に来てから初めて感じた死の恐怖。ストレス過多な5分間。どれだけ周囲を見渡し、全力で警戒しても、どこかで見落としがあったかも知れない、そう思って瞬きさえろくに出来なかった。


 トレーラが街の城壁をくぐり、荷物の卸し先らしい商会の駐車場で停車したところで緊張の糸が切れ、タクムは十分ほど休んでからタクムは荷台から降りた。


 運転席の横にはローランが立っており、タクムの姿を見つけると駆け寄り、深々と頭を下げてきた。


「タクムさん、ありがとうございました。おかげさまで生きて<ガンマ>に辿り着くことができました」

「あ、え、こんなに……」

 分厚い札束を2つ手渡され、タクムは目を見開く。札束=100万円というイメージがあるタクムにとってそれは大金以外の何物でもなかった。

 実際、大金である。タクムは知らないが、お札は100ドル札で、100枚1組で纏められているのだ。

 合計で2万ドル。この世界での1ドルは現実世界にほんの100円と大体同価値であるため、200万円程度の金額となる。


 幸いにもタクムの受け取った時に感じた感覚は、札束の価値に見合ったものだったため、礼を逸するものではなかったのだった。ちなみに、<アルファ>から<ガンマ>までの護衛任務の報酬は1000ドルから2000ドルが相場である。


「これは今回の護衛の報酬と、命を救って頂いたお礼です。どうぞお納めください」

「ありがとうございます、こちらも荷物を運んでいただいて、感謝してます」

 タクムも礼を返し、札束を受け取る。腰にかけた貴重品のみを入れたポーチへと収納し、ファスナーを閉める。ちなみにこのポーチも盗賊から頂いたものである。


「ところでタクムさんは今夜のお宿はお決まりですか?」

「いえ、特に決まってません。どこか良い所紹介していただけませんか? 多少高くてもいいので安全で綺麗な場所で……」

 こんな緊張はこりごりだ、と割と甘やかされて育ってきたタクムは言う。


「それでしたら私が宿泊する予定の宿などいかがでしょう。セキュリティは保証しますよ。荷物を商会に卸し終えてからになってしまいますが」

「ええ、構いません。あとこいつを充電できる場所、ありますか?」

 報酬など問題ではない。アイを復活させることが、今のタクムとっての至上命題であった。


「ほう、変わった携帯端末ですね……。ええ、この端子であれば宿で出来るはずですよ?」

「じゃあ、お願いしても?」

「ええ、もちろんです。それでは取引を急がせますね、少々お待ちを」

 ローランが商会へと消える。


 それからしばらくの待機時間。タクムはまだ帰って来ないのかと終始忙しない様子だった。


 荷卸しと取引を終えたらしいローランが帰ってくる。いい商売が出来たのだろう、他人のよさそうな丸顔にほくほくとした笑みを浮かべている。


「お待たせしました、タクムさん。それではご案内いたしますね」

 商会から貸し出された乗用車に盗賊達から奪った戦利品を詰め込み、助手席に乗る。


 ローランの運転で宿泊する宿へと向かう。

 当初イメージしていたファンタジー世界のそれとは異なり、5階建てパリのアパルトメント風の建物であった。普通の・・・ホテルだそうだが、無駄にお洒落だ。

 城壁が石を積み上げてつくったそれであったり、道路が石畳だったり、商会がレンガ造りの瀟洒な建物だったりしていただけに、期待通りの結果ではあったが、充電器を目の前にぶらさげられたタクムはそれを楽しむ余裕がなかった。


 そんな内情を知る由もないローランは、地下の駐車場に車を停めるとのんびりとした歩調でホテル内に入る。


 よく磨かれた樫のテーブル、受付のあるラウンジには絨毯が敷かれ、天井には小さいながらシャンデリアまで吊り下げられている。

 革張りのソファーが2組あり、宿泊者なのでろう中年の夫婦が談笑していた。


「本日予約していたローランです」

 ローランはひとり受付に向かい、慣れた様子で手続きを済ませた。ついでにタクムの分の個室を用意し、充電器の貸し出しまでを依頼してくれた。


「我々の部屋は4階のようです」

 部屋のキーと充電器を借受け、二人は階段をのぼる。エレベータはないようだが、この程度の上り下りはレベルアップしたタクムには大したことはなかった。のんびりとした歩調を崩さないローランに多少、苛立ってしまったくらいだ。


「それでは、よい夜を」

「はい、ありがとうございました」

 挨拶もそこそこに部屋に入ったタクムは、すぐにコンセントを探した。充電器を差し込み、スマートフォンに取り付ける。



『ボク、ふーっかつ!』

 能天気なヴォーカロイド声のアイが通信を開始する。


「はぁ……」

 安堵すると同時、力が抜けたタクムは、ベッドへと飛び込んだ。スプリングがぎしりと歪む音が響く。


『マスター、マスター?』

「あっ?」

『あれ、マスター怒ってる? あれ、予想と違うな。マスターはボクがいなくて寂しくなかった? 不安じゃなかった?』

 アイに尋ねられ、タクムは思わず「ああ、超、寂しかった、死にそうだったわ」と本音をぽろり。


『きゃー、本格的にデレたー』

 さすがにこればっかりは反論のしようがなかった。機械相手にデレるというのもおかしな話だが(そもそもツンデレは美少女専用の兵種クラスである)、タクムはこの世界に来てどれだけアイに助けられてきたか、支えられてきたかを理解してしまった。


 もうアイなしでは生きていけない、ちょっと愛の告白チックな感じ聞こえてしまうが、これは紛れもないタクムの真実であった。


 そもそもお喋りな彼の相手をする気力も残っていなかった。


『マスター、無視は止めようよ、ごめんよ、からかってごめんよ、マスター?』

「いい、もう、寝る……あとは、任せた」

『えーっ!? ごめんね、マスター。反省するから。だからお話しようよ、マスター、ね、ねっ!?』

 無駄に軽快なヴォーカロイド声に安堵を覚えながら、タクムは眠りにつくのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 充電をしなくてもよい、特別製かと思っていたら、そうではなかったんだ。
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