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鋼鉄のアイ  作者: 大紀直家@パブロン
スクラップ
49/90

完成品

 この3日間、ベジーはまともに寝ることが出来なかった。


 緊張であった。これまでも不利な戦いを強いられてきた。<スローター>にはお抱えの銃職人でもいるのか、<スローター>は次から次へ演習に新兵器をつぎ込んで来る。どれも気難しい――常人には決して使いこなせないような高火力、高反動、高重量――ピーキーな武装ばかりであったが、それは対人武器としては有効なものばかりであった。


 情報でも劣っている。この三ヶ月という長い演習期間の間に、べジーの戦術は研究し尽くされてしまっている。一方のべジーは未だに<スローター>の顔すら拝んだことがなかった。


 能力ステータス的には同等と思われる。情報屋の話では<スローター>は2から3つの上級兵種を保持しているだろうとのことだった。実戦経験の差により、レベルはベジーのほうが上回っているはずだが、そもそも取得した兵種というのは戦略上、最も重要な情報となり得る。あれほど頭の切れる男が情報を漏らすとは限らない。結局、彼は判断を保留にした。


 武装、情報、身体能力。勝敗を決める最も重要な三つのファクターにおいて、自信を持って勝てると言い切れるものがない。


 これがベジーの不安を煽った。


 ――あとはコレ頼みか……。


 ベジーは手の平をじっと見つめた。




 最終演習の当日、彼は朝から好物の三色ピザを頼んだ。特別なころしの日にだけ食べると決めているお気に入りの一品である。コーンとニンジン、グリーンピースのたっぷりと入ったそれを1ピース、1ピース、ゆっくりと腹に収めた。口の中で蕩けるチーズ、三色野菜の甘みとパリッと香ばしいピザの生地が口の中で交じり合う。不味いレーションばかりを食べてきたからか、その味わいはひとしおであった。


 これが最後の食事だと思うと感慨深いものがある。


 何と幸せな人生か。べジーはそう思った。人非人ひとでなしとして生きていくことを決めたその日から、マトモな死に方は出来ないだろうと思っていた。


 現に今ではほとんど訓練道具や実験動物のような扱いを受けている。


 ――それでも最後は、武人として死ねる。


 <スローター>は悪党だ。しかし、本物・・という頭文字が付く。頭は切れ、資金も豊富、何名もの上級兵を従わせ、演習などで使い捨てる胆力、剛毅さ、今更彼を疑う通りはない。


 殺人鬼であるベジーは今更誰かに看取ってもらおうとは思わない。望んでも叶わない。しかし、自分以上の誰かに屠ってもらうことが出来る。


 武芸者として生まれ、殺人者として死ぬ。彼の望みはここに叶えられる。


 ガチャン、と鉄格子が開く。12:00。最終演習の開始時刻となる。


 べジーは小さく息を吐くと、倉庫へと向かう。


 ――必要なのは大量の銃器、弾薬、回復薬。


 特別支給の100万ドルを全て使い、大量に仕入れたそれを貨物車の荷台に乗せていく。100万ドル――約一億円――分の武器弾薬となればかなりの量となる。それこそガンショップ並みの品揃えである。



 戦闘開始は一時間後、狙撃に怯える必要はない。武器を満載にしたトラックは演習場のど真ん中、広場のように広がったスペースで停車した。


 積み込んだ荷物を広場の壁に立てかけていく。種類別、用途別、壁一面に広がった銃火器からは彼の几帳面さが滲み出ていた。



 ベジーは装甲服に袖を通し、使い慣れた右手に大鉈マチェットを握り、左手にU.S.AS12――アサルトショットガン――を握る。



「覚悟しろ、<殲滅者スローター>。私はそう簡単に殺せんぞ……」


 ベジーはそう言うと目を閉じ、徐々に集中を高めていった。





「あれ、罠がない……?」

 <ブービーチェック>を発動させたタクムは、首を傾げた。その名の通り、罠の存在を視覚的に発見するためのスキルである。


 スキルといっても絶対ではなく、狩猟兵や罠職人といった高位の工作兵が巧妙に作ったものだと見つけられないことがある。しかし、<八百屋>ことべジーに罠設置の技能はないはずだった。


「じゃあ、ほんとに作ってないのか」

 <サークルレーダー>を発動させると、演習場の中央、広間のような場所に敵の存在を確認する。べジーだ。彼は身を隠すでも銃を構えるでもなく、ただそこに突っ立っているようだった。


「諦めちゃったのかな……折角用意してきたのに……まあいいや、とりあえず、行ってみますか」

 タクムは独りごちて、北側1番ゲートを南に走った。


 一辺500メートルほどの広い演習場であったが、ど真ん中にいるならどこから発進しても5分と掛からず到着する。案の定、べジーの姿は見つかった。


 無数の武器や弾薬が広間の壁面に並べられている。黒々とした不吉な光を放つそれは、広場の雰囲気をそれこそ墓場にような陰鬱な雰囲気に変えていた。


 両手に武器を握り、不吉な景色に溶け込むように立つ男。


 ベジーも足音などからタクムの存在に気が付いているようで、体や視線をこちらに向けていた。


「貴様が<スローター>か……」

「ああ、そっか。アンタは俺の顔を見るの始めてか」

 演習中、べジーの相手をしてきたのはタクムが<リモート>と<コントロール>による遠隔操作で操っていた戦闘人形<ドッペルゲンガー>達であった。


 戦闘人形による戦闘は困難を極めた。


 耐久値を除いた<ドッペルゲンガー>のステータスは人間換算でいうところの5.00前後である。10.00超えのベジー相手ではかなり荷が重い。遠隔操作を介してスキル発動は効率が悪く、通常の倍近いSPを消費する。既に遠隔操作でかなりの負荷を強いられているため、演習時のスキル使用にはかなりの制限がかかっていた。唯一の例外はパッシブスキルである<弾道予測>だけである。


 その上、慣れないスキル使用のために操作から機動までに若干のタイムラグ――脳と電子情報の変換に手間取るのだ――も発生していた。近頃では操作にもすっかり慣れ、タイムラグは短くなったし、装備も更新することで不利を補うことが出来たが、当初は<弾道予測>から得られる情報から相手の行動を先読みすることでカバーするしかなかった。


 平和な日本で生まれ育ったタクムは戦闘に関しては全くの素人である。これまではアイのサポートと、転生ボーナスである<弾道予測>、多数の兵種取得による高ステータスによって生き残ってこられたが、所詮は生兵法、紛い物である。命の心配のなく実戦訓練を積めるというだけで大量の資金を投じる価値があった。


 一番の幸運は、模擬戦がシステム的に正式・・な戦闘行為だと認められたことだった。ガンマでも指折りの実力者であるベジーは大型生体兵器と同等の扱いであるらしく、倒せば莫大な経験値が手に入ると分かった。


 そこからは熱が入った。


 人形を介して戦闘実績を積むことで、タクムの実力は加速度的に高まっていった。戦闘データを録画することで追学習を行い、元々は武芸者であったベジーの正式な戦術を真似る、あるいは学んでいくことで状況判断は早く鋭く的確になった。


 戦闘映像はそれこそテープが擦り切れるまで見返した。一挙手一投足に至るまで覚えた。食事中はもちろん、風呂の中でも、排泄中も、夢の中でさえ、ベジーの動きを目で追った。


 演習場での戦闘訓練、フィールドでの狩り、日常生活に至るまで緊張状態が続いた。


 アイをこの手に取り戻す、ただその一念で――。




 


「おぞましい眼だ……」


 鈍い光を放つ<スローター>の瞳を見て、ベジーは言う。三ヶ月に及び酷使し続けた眼球には毛細血管が浮き出し、白目は夕焼けのように赤みがかかって見えた。まるで死人、あるいは亡者の如く見開かれた瞳孔は何も映さない深い闇色。


 ――<狂信者ファナティック>。


 タクムの新たな兵種は、彼に多大なステータスを与えた代わりに、それを引き換えに穏やかで優しげな容姿を奪っていった。


 ちなみに現在のステータスはこうだ。


-------------------------------------

氏名:タクム・オオヤマ

別名:殲滅者(スローター)

  :不死者(グール)

年齢:19

性別:男性

職業:乙種 開拓者

兵種:撃墜王エースLv2

  :竜騎兵ドラグーンLv3

  :狂信者ファナティックLv10

  :参謀ロジスティックLv10


HP:2500/2500

SP:3650/3650


能力値

STR:17.35(+3.50)

VIT:17.55(+3.50)

AGI:19.50(+3.50)

DEX:18.89(+1.50)

MND:30.25(+1.50)

-------------------------------------


 最上位兵種である<撃墜王>と<竜騎兵>を取得し、<ドッペルゲンガー>の操縦で上がりに上がった<通信兵シグナル>と<情報屋ハッカー>を組み合わせた上位兵種<参謀>、MNDに強い補正のかかる<狂信者>においても|レベル10(MAX)に到達している。



 人外。



 そう呼ぶに相応しい異形であった。戦闘能力は元より、思考、容姿、それ等全てが人の域から大きく逸脱している。


 三ヶ月――あるいは彼女が死んだその日から、膨らみ続け、醸成され、執念から執着へ妄執へと変貌し、ひたすら真っ直ぐに歪んでいった彼の心の在りようは、ことここに至ってついに完成した。


 そんな人外タクムは微笑み、まるで想い人を呼ぶような優しい声音で尋ねる。


「ベジー、来ないのか?」

「――――ッ!!」


 知らず、ベジーは後退していた。


「なあ、早くやろうぜ……こっちはもうやりたくてやりたくて堪らないんだ……」


 <スローター>が一歩前に踏み出す度、ベジーも下がった。


 近づけないのだ。


 濃密な死の気配、どこからともなく漂ってくる血と硝煙の強い臭い。一歩でも、この10メートルの境界を越えた瞬間、この獣は襲い掛かってくるだろう。


 カタン、と足元で何かが倒れる音がした。それはベジーが先ほどまで壁に立てかけていたAK-47――アサルトライフルであった。


「何だ……来ないのか……」

 タクムは悲しげにそう呟いた。まるで恋人に約束をすっぽかされてしまった少女のような甘く切ない表情であった。


「クッ、」

 これ以上の後退は出来ない。ベジーは意を決し、大鉈を構えた。


 しかし、切っ先が自然と揺らいだ。

 膝が震えた。

 奥歯が知らずにカタカタと鳴る。


「アアアアァァアアァァァ――ッ!!」

 ベジーは咆哮した。大上段に鉈を構え、境界線を踏み込んでいく。


 目の前の少女のように嬉しげに微笑む、<スローター>の貌を見ながら――



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