週末アサシン、参上にゃん☆ミ
「スローターはこの街から出て行けー!」
『出て行けー!』
拡声器から放たれる声が寝室中に響いていた。デモ、というより、暴力団にたいする住民運動みたいだなとタクムは思った。
「この街に犯罪者はいらなーい!」
『いらなーい!』
「この街に暴力はいらなーい!」
『いらなーい!』
こういった手合いには無視が一番である。下手に手を出せばこちらが捕まる。彼等は善良な市民であり、武器を持たない者に手を出せば厄介なことになることが目に見えていたからだ。
「ライムちゃんを悲しませるなー!」
『悲しませるなー!』
「ライムちゃんの邪魔をするなー!」
『邪魔するなー!』
「キャラ被ってるんだー!」
『髪染めろー!』
「スローターは死ねー」
『死ねー』
「直接的だな、おい!」
タクムは思わず、突っ込んでしまう。ハッと気付いた頃にはもう遅い。完全に眠気が覚めてしまっていた。
デモ団体は昨晩から延々抗議活動を続けている。主導者の名前は既に割れていた。
――<越後屋>ライム。
確か『狩りに往けるアイドル』だのと巷で騒がれている芸能人である。それと同時、<肉屋>や<走り屋>、<八百屋>ベジーと共に暗殺者ギルドが誇る四強の中に数えられている人物であった。
三人に比べると格段に戦闘能力に劣り、なぜか懸賞金も掛けられていなかったため、タクムは彼女に対する情報収集を積極的に行ってこなかった。
それよりも戦闘能力が高く、懸賞金も付いている<右腕の>マウスや<戦闘狂>ミュウモ、<玩具銃>ウッディなどと言った上位暗殺者のほうに労力を注いでいたのだ。
――地味に効くな……。
タクムは自身の判断を後悔していた。
搦め手を使う相手だとは聞いていたが、ここまで厄介だと思わなかった。まずはこちらの精神をじりじりと削ってくる作戦なのだろう。
少しでも暴力的な手段に訴えてきてくれば楽なのに。タクムは歯噛みした。
昼夜問わず繰り返される抗議の声。彼女のファンクラブ<よいではにゃい会>のメンバーを総動員した人海戦術の前にタクムはなす術もない。
いい加減、抗議にも飽きて終わりにして欲しいものだが、仕事の合間に<越後屋>がファンを労いに来るため、タクムの自宅前はちょっとしたイベント会場と化してしまっている。
抗議者は日増しに増えるばかりで、一向に消える気配を見せない。
そんな時、外から歓声が響いた。
「って、言ってる傍から始めやがった……」
タクムが部屋のカーテンを薄っすらと空けると、<越後屋>ライムと思われる少女が鉄の枠を組んだ即興の舞台――ファンクラブの誰かが作ったのだろう――に登壇する。
「みんにゃー今日も、来てくれて、ありがとにゃん!」
『ライムちゅああぁぁぁぁぁ――!!』
黒髪、大きな瞳にぷるんと塗れた唇。肩が大きくあいた白地にピンクのラインが入ったアイドル衣装は小柄な彼女の大きな胸をよく際立たせた。
「じゃあ、今日はサービスでゲリラライブやっちゃうにゃー」
『サービスライム、サービスライム!』
どこぞより流れる音楽、ライムはマイクを片手にリズムを刻み始めた。
躍動感に溢れるダンス。三層になったフレアスカートが時折めくれ、しかしきわどいところで元に戻――小さな風――深奥にあるデルタゾーン――白と水色の神秘に観客の熱狂する。胸元の大きなリボンが今にも弾け跳びそうなほど、ぷるんぷるんと揺れる胸。観客が祈りを捧げる。
――神よ! 頼む、俺たちに新世界を見せてくれ!
気が付けばタクムは<デイドリーム>についた20倍率の高精度照準器で彼女の下腹部を追っていた。
――くそ、十字線が邪魔だ。
「ハッ……俺は何をやってるんだ……」
タクムは小銃を下ろし、カーテンを閉めるとベッドに戻った。
「…………アイ」
彼女が居たらなんと言っただろうか。馬鹿だな、マスターは、そう言って笑うのだろうか。あんなの見せパンに決まってるのに、と呆れているだろうか。あるいは機嫌を損ねて無言のまましばらく口を利いてくれなかったかもしれない。
アイが居たら、彼女さえ居ればきっとこの騒音も楽しめたに違いない。独りきりの寝室。独りきりの家。スローターの家の付近をうろつく奴などいるはずもない。外に連中がいなければここは静寂に包まれているはずであった。
『ねえ、マスター。この歌、懐かしいねえ?』
そんな幻聴をタクムは聞いた。当然、スマートフォンには何の反応もない。この端末のデータはOSからして吹き飛んでいる。
「ああ……そうだな、アイ。とても懐かしいよ……」
タクムは言うと、おもての狂乱を子守唄に眠りについた。
日中、タクムは狩りに出ることにした。延々同じ発言を繰り返す抗議などに耳を貸しても仕方がないからだ。完全武装でガレージを開き、四輪バギーを立ち乗りしながら機械馬<ツヴァイホーン>の手綱を引く。
「待て! どこへいべびゃ――」
「おい、ちょま、ひでぶ!」
立ち塞がろうと道路に出てきた過激なファンが居たが、タクムはそのまま前進した。あっさりと轢けた。スピードを緩めるようなことはしなかった。40キロぐらいでは死にはしないだろう。多分。
この世界では横断歩道などの一部を除き、車道で人を轢いても、運転手は罪に問われない。当たり屋が多いからだ。なので死のうが死ぬまいが、構わない。むしろ、積極的に死んでもらって経験値となって欲しい。
抗議の声を背中に聞きながら、タクムは狩場へと向かう。
「こんなものか……」
狙撃ポイントをいつもの地獄絵図に変えたタクムは<運び屋>達に連絡を取る。数にして120体。そのうち2体は中型生体兵器である。ぐっすりと眠ったせいか、狙撃スコアは普段の平均を大きく上回り、とんとん拍子に獲物が狩れた。
中々の戦果にタクムは納得の笑みを浮かべる。
が、その表情はすぐに曇ることになる。
「どういうことだ? もういっぺん言ってみな?」
『――す、すまない、申し訳ない。ど、どうしても外せない……そう、仕事の先約があって…………』
こんな調子で<運び屋>達に依頼を断られてしまったのだ。しかも五回連続である。一度や二度ならばともかく、これは何かしらの作為を感じずにはいられない。
――つーか、<越後屋>に決まってるよな……。
職業「アイドル兼アサシン」ということもあって、彼女は表と裏その両方に顔が効く。その交渉力や情報収集能力は中々どうして馬鹿に出来ない。恐らくギルドを通じて<運び屋>連中に話をつけたか、割のいい仕事でも割り当てたかしたのだろう。
タクムが狩りに出てから半日と経っていないのに、だ。
タクムは仕方なく、2体の中型生体兵器――成型炸薬の詰まった角の生した猪系<ランスボア>と、生体機関砲を撃ってくる犬系の<リザードッグ>だけをバギーと機械馬にそれぞれ紐でくくり付けると半ば地面に引き釣りながら街へと戻った。
抗議活動に運搬依頼の受諾妨害、彼らに出来るのはこの程度のものだろう。抗議は日中は家にいなければいいだけだ。
運搬はタクムが大型トレーラーを購入すれば解決する。妨害にはかなりの費用も使ったのではなかろうか。果たして労力に見合うだけの効果があったのか、タクムには甚だ疑問であった。
「それとも何か別の裏があるのか……?」
今後タクムは、面倒だからと避けていた運搬作業を自らの手で行うことになるだろう。トラック購入のための初期投資こそ掛かるものの、長くやるにつれてタクムの儲けは大きくなる。
強いて上げるなら抗議がうざったいぐらいだが、いざとなれば耳栓をして生活すればいいだけだ。
<越後屋>の狙いが分からない。それが一番、怖い。目的さえ分かればそこから問答無用で殲滅してやれるのに――。
リビングにてそんなことを考えていたタクムの耳に、来客を知らせるチャイムが届く。
玄関に取り付けられたカメラが不思議な生命体を映し出す。
黒猫とメイド。ただしそれらは同一個体の中で再現されていた。黒い髪の毛、その頭部についた一対の三角耳、覆いかぶさる白いヘッドドレス。フリルやリボンをふんだんにあしらったゴシック風のドレス。白と黒のコントラストがとてもまぶしい。
あざといまでのミニスカート、お約束のニーハイソックスには白いフリルと小さなリボン。神秘のデルタゾーンからまろび出る黒い棒は尻尾……なのだろうか。
しかし、タクムの戦士としての鑑識眼は膝や肘、肩や胸などの要所に装甲板が入っていることを見逃さなかった。指には不必要なまでの長い爪――間違いなく鋼鉄製。ついでに袖口やスカート裏の不自然な膨らみも見える。恐らくは拳銃や小型のショットガンあたりが収納されているはずだ。
本命は右手に持ったトンプソンマシンガン――ギャング映画で出てくるようなドラムマガジン式の軽機関銃であろう。
ある意味、完全武装。強さよりもロマンを重視した、戦闘猫耳メイドのお出ましである。
その後ろには同じく思い思いの銃火器を手にした30人ほどのファン――恐らくは親衛隊と呼ばれる輩――が並んでいる。
そしてその列から外れるのは大きなカメラを抱えた男とペアの女性。女性は何やら熱心な口調でカメラに向かって離しかけている。恐らくはTVクルーだろう。
「殺し合いなら間に合ってます」
「ち、違うにゃん。スローターさんと、平和的に話し合いにきましたにゃん。どうか、お門を開けてくれませんか……にゃん?」
猫耳メイドは両手をくいっと猫のように曲げてみせた。ここまでうざったいポーズを取られると逆に清清しい思いになるな。タクムは不思議な感慨を覚えた。
「えーっと、でお前は<越後屋>ライムでいいんだな」
「ちがうにゃん。全然ちがうにゃん」
猫耳メイドは首をふりふり、三角耳を大きく揺らすとおもむろにマイクを取り出した。
「我等はー♪ ぱわどるー♪ 週末アサシン、桃(色シザー)クロー♪ でおなじみのライムちゃんにゃん」
「……はぁ?」
桃色どこにもねえじゃん。
タクムはそんなことを思った。




