アイのある生活 その②
「はぁ……何だかなぁ……」
『ん? マスターどったの?』
タクムのこれ見よがしなため息に、従順にして優秀な人工知能が反応しないわけがなかった。
「いや、別に……大したことじゃないんだ」
そう言いつつもその実、タクム的には大したことであったのだが、それを従者たるアイに言えるはずがなかった。
しかもその理由が、
――誕生日、誰か祝ってくれかな……。
なんてくだらないものであったのだから。
アイに言えばあるいは祝ってくれるかもしれない。ワンダーやドリームなど、この世界で知り合った人々に話を付け、盛大なパーティのひとつやふたつ、簡単に用意してくれるだろう。アイのタクムへの献身は言うまでもない。右も左も分からないような異世界に放り出されたタクムが、今日まで生きてこられたのは99%ぐらいアイの助言によるものだった。
ただでさえ甘えっぱなしなのに、これ以上甘えられるか。タクムはつまらないプライドを捨てきれないでいるのだ。
『ふぅん……ま、いいけど。それよりもマスター、早く出かけないと。生体兵器が逃げちゃうよ?』
今日は三日に一度の狩りの日である。
「あ、ああ、そうだな……分かった、準備する」
タクムは言って、装甲服に着替え始める。
――今日ぐらい休ませてくれたっていいじゃないか……。
そんな苦々しい思いを抱えながら。
プシュ、と空気の抜けるような発砲音がした。
狙撃を始めて二ヶ月とちょっと、狙撃手としてそれなりに成熟してきたタクムは、撃った瞬間、弾道が外れているかどうかなんとはなしに分かるようになっていた。
タクムの感覚によれば、先ほどの一発は中途半端に狙いを外れており――
「キシュー!」
対物ライフル弾が、小型生体兵器<アントゴーレム>の前脚の一つを吹き飛ばす。
急所攻撃による一撃死であればともかく、流石に体を打ち抜かれて気付かない生物はいない。衝撃の方向から敵が一斉にタクムのほうを向いた。
――やばッ!
居場所を見抜かれた。狙撃位置を見抜かれた狙撃屋ほど脆いものはない。映画やマンガなどでそのことを知っていたタクムは焦り出す。
――逃げなきゃ!!
『マスター! そこから動かないで!!』
そう思い立ち上がろうとするタクムを、ヘッドセットから流れる大音量と、が制した。
――|蟻の群れを打ち据える一条の火線が制した(ダガガガガガガガガガガガガガガ)。
「「キシャー!」」
タクムの位置を探ろうとしていた動かされていた無数の複眼、30体からなる視線が火線の出元に一斉に向き直った。
『マスターはそのまま動かないでねー。でも、隙があったら何匹か仕留めてくれると嬉しいかな』
彼らの視線の先には擬装シートを捲り上げながら塹壕を飛び出すマイクロ戦車の姿があった。
言ってアイは砲塔から機銃を一斉射。襲撃を受けたアントゴーレムが怒り狂い、マイクロ戦車に臀部の射出口を向けた。
――巨大な太鼓が一斉に|打ち鳴らされたような音がする(ドッドッドッドッドッドッドッドッ)。
「アイ!」
蟻酸砲弾がマイクロ戦車に殺到する。着弾――タクムは最悪の光景を幻視する――小さな車体を包み込んだ濃硫酸の霧が、
――|無数の爆裂音で切り裂かれた(ダララララララララララッ)!!
『アハハ、マスター心配しすぎだよ』
一条の火線を棚引かせながら、マイクロ戦車が硫酸霧から姿を現す。
12.7ミリ砲弾が強固な兵隊蟻の装甲を切り裂いていく。舞い散る節足、紫色の体液、毎分800発という光の帯を前に、アントゴーレム達は次々に屠られていった。
「大丈夫なのか……アイ」
蟻の群れを殲滅した後、ドルルルルとちんまいエンジン音を響かせながら元いた巣穴へと戻っていく戦闘車両に尋ねる。
『もちろんだよ。っていうか、最近、マイクロ戦車の素材を大蟻のに換装したじゃない。蟻酸攻撃なんてもう怖くないよ』
「……なんだよ、それ……」
あっけらかんと言い放つアイに、タクムは反発を抱いた。
『なに、マスター?』
「なんでもねえよ……ほら、塹壕に戻れよ。俺も狙撃、続けるから」
『マスター……分かったよ。でも無理はしないでね』
ヘッドセットから流れるヴォーカロイド声は心なしか元気がないように思えた。
そこからの狩りは最悪だった。
サイレンサーを介した銃口から空気の抜けるような音がする。飛び出した.338ラプア弾がリザードッグの足元を穿つ。
――ああ、くそッ……。
再び狙いをつけようとスコープを除くが、単独行動していた獲物は突然の銃撃にすぐさま逃げ出していた。500メートル、600メートル、700メートルを超えたところでタクムは狙撃を諦めた。
『マスター』
「大丈夫だ、次は決める……」
『いや、今日はもう終わりにしよう』
「はぁ? 何言ってんだ、まだ二時間も経ってないじゃんか」
狩りは朝夕それぞれ4時間を目安に行われる。
『うん。今日は二時間が限界。午後の狩りも中止しよう』
マイクロ戦車が土を盛り上げながら姿を現し、コンテナを引きながら素材の回収に向かっていく。
「アイ、どういうことだ」
『大丈夫。気にしないで。誰だってそういう日はあるから』
アイは言いながら戦車のワイヤーアームを動かして、生体兵器の死骸を回収していく。
「なんだよ、それ! そんなの納得できねえよ!」
『じゃあ、はっきり言うよ。マスターの今日の狙撃スコア低いよ。記録見る? 的中率70%。急所は20%を切っているよ。正直、酷いスコアだよ。悪いけどそんな状態で戦線に立たせるわけにはいかない』
「……そんな言い方しなくたって……」
具体的な数値を出されればタクムは何も言えない。ここ一ヶ月の狙撃成功率は95%を超えており、クリティカル率も50%近くあった。これには狙撃手の存在に敵に気付かれてからのスコアも含まれており、初撃ならそのクリティカル率は90%を超えている。ついでにいえば500メートル圏内の中距離狙撃で、タクムが初弾を外したのは今日が初めてのことであった。
このような状況を作戦参謀たるアイが見過ごすはずがなかった。むしろ、もっと早く言い出すべきであったと後悔しているくらいである。
『マスター、誰だって調子の悪い時はあるよ。そんな時にはきちんと休養を取るのが一番。さあ、おうちに帰ろう』
「まだやれる! 俺はホントはまだやれるんだ!」
『うん、知ってる。……けど、今日はもう帰ろう。大丈夫。なに、一日二日働かないくらいでどうにかなる状態じゃないから』
「何を言ってんだ……そういう、ことじゃ……」
通信が切れる。マイクロ戦車はタクムの擬装ポイントに横付けすると、砲塔部分のハッチを開いた。
その強引な態度にタクムは一瞬、頭が沸き立ちそうになった。
「くそッ! どいつもコイツも!!」
タクムはヘッドセットを地面に叩き付けた。
解体工場に手に入れた生体兵器の死骸を渡し――今日は量が少なく、時間帯も早かったために本日中に仕上がるとのことだった。
血とオイルの饐えた臭いのする工場を後にして、タクムは自宅へと戻っていった。
『マスター、ちょっくらワンダーさんのところに車出しに行きたいんだけど』
マイクロ戦車の装甲表面に付着した蟻酸を洗い流してもらうつもりのようだ。念には念を、というのがアイの方針であり、生存競争の厳しいこちらの世界ではこのくらいの慎重さがなければとてもじゃないが生き残れない。
目下、ふてくされ中のタクムは勝手にしろと言い、マイクロ戦車から降りた。
『マスター……』
さびしげなヴォーカロイド声が、タクムの胸にちくりと棘を残していった。
マイクロ戦車がガレージから走り出すのを見て、タクムはベッドに倒れこんだ。
――俺は、一体何様なんだよ……。
猛烈な自己嫌悪に襲われる。素直になれず、誕生日を祝って欲しいと言えなかった。戦闘に集中出来ず、狙撃スコアを落とした。上手くやりたいのに出来ない。その苛立ちによって、ますます精度が下がっていく。
あのアイにも役立たず呼ばわりするのも当たり前の話だった。タクムとアイは単なる主従の関係ではない。気の合う友人なんてうすっぺらい関係でもない。少なくともタクムにとってアイは相棒であり、掛け替えのない戦友であるのだ。
認められない悔しさに憤り、強がり、無駄にいきがって、下手くそなプライドを振りかざした。終いには逆ギレして、戦車屋への同行まで拒否してしまった。
――何てことしてくれてんだ、俺ッ!
救いようがない。放っておいて欲しい。どうしようもない自分を罵って欲しい。もう死んでしまったほうがマシだ。もうすべてがどうでもいい。
言い様のない感情が渦巻いて、もはや自分ではどうにもならない状態に陥っていた。
タクムはベッドの奥にまでもぐりこむと、頭から布団を被った。
『マスター、起きて』
「ぬ、あ、おっ……アイか……?」
『ふふっ、ボク以外に誰がいるのさ』
「いや、でもお前どこから」
少し昼寝をするつもりが、爆寝してしまったらしい。太陽は地平線に飲み込まれており、部屋の中は薄暗い。ディスプレイ特有の輝きは観測できない。タクムは首を振ってスマートフォンの姿を探す。
『外だよ、そーと。マスターちょっと窓開けてくれるかな?』
それはそうであろう。手足など移動手段を持たないアイが自力でこの家に入り込むことは出来ない。恐らくはマイクロ戦車に乗り、部屋の窓側に横付けしたのだろう。
正直、気が重い。どんな顔でアイと言葉を交わせばいいのか分からなかった。一寝入りしたおかげで、感情の波は収まってきたものの、逆に冷静になった分だけ先ほどの晒した醜態が恥ずかしいのだ。
しかし、このままでは埒が明かないのも事実である。タクムは窓際に向かい、カーテンとガラス戸を一気に開いた。
それと同時、
「ちょ、アイ、なに……!?」
ぬっと飛び出してきたワイヤーアームがタクムの体に巻きついた。
『被疑者確保ー』
砲塔のハッチが開き、ワイヤーアームはそのままタクムを車内に放り込んだ。がちゃんとハッチが締まり、ご丁寧にロックまで掛けれる。
「アイ、ちょっとなん……いや、なんでもない」
乱暴に扱われたせいか、思わず反発しそうになってしまう。何とか理性が働いたため、同じ轍は踏まずに済んだが、成長のない自分にタクムはますます自己嫌悪を抱いた。
「あの……アイ、あのな……」
『じゃあ、出発しんこー!』
「ちょ、聞いてくれよ!」
『むっしー。今のマスターの話なんて聞いてもつまんないからね。ちゃっちゃと正気に戻さしてもらうよ』
どるるるるとマイクロ戦車が走り出す。
「一体なんなんだよ」
『むっしー』
アイは答えない。黙ってシーサペントを運転している。現在位置がどこにあるかさえタクムには分からない。普段は点灯しているはずの車外カメラの映像も、今はオフにされている。
タクムの苛立ちが募っていく。悪いことにどうやらマイクロ戦車は不整地を走っているようで、やたらと揺れる。
「なあ、アイ……いい加減に……」
『着いたぁ!』
ガクンと車体が傾き、シーサペントが停車した。
『マスター、外に出て』
ハッチのロックが開く。
「何なんだよ……」
タクムは不承不承、ハッチから顔を出した。
肌寒く感じるほどの高所の山。どうやら<シーサペント>は多脚戦車の登攀能力を活かして山を登っていたようだ。
この世界には地球のような光源がない。それは光を遮るものがないということで――
「うわ、すげえ……」
紺色の夜空には満天の星々が瞬いていた。まるで振ってくるようだ、と月並みな表現しかできない貧弱な語彙にタクムは悲しくなった。
『どう、マスター』
「ああ、綺麗だ……」
タクムは口を開けたまま夜空を見つめた。地球ならばそれこそ途上国にある人の手の一切入らないような山を上らなければ見られない光景であった。
『ふふ。でも、この程度で驚いてもらっちゃ困るよ』
アイが言うのを待っていたかのようにすっと地平線から光り出す。
オーロラ。濃紺の夜空にエメラルドグリーンの帯が掛かっている。光のカーテンは次第に大きくなっていく。
「あぁ……あぁぁ…………」
空が近い。
極光がタクムの視界に迫ってくる。穏やかな光のコントラスト。ついにオーロラが彼の可視領域を覆い尽くす。
『マスター』
オーロラの光に勝るとも劣らないような穏やかな口調で、アイがタクムに語りかける。
『お誕生日、おめでとう。掛け替えのないあなたに、ボクからのせめてもの贈り物。気に入ってくれたかな』
「アイ、お前……」
『ふふ、あたかもボクが作りました見たいな言い方しちゃったけど、マスターにおめでとうっていう気持ちだけは本物だからね』
アイはワイヤーアームを動かして、タクムの体をそっと抱きしめる。
『ハッピバースデー、トゥーユー!』




