焦土戦
<走り屋>がスローターに捕まった。そのニュースを聞いたのは、事件から一週間が経ってからだった。
真偽のほどは確かではないが、奴の獲物であった<スローター>が、タークの愛車<暴走車>と思われる車両をスローターの自宅のガレージに引っ張り込まれたという話だ。そして、その日から<走り屋>とは連絡が付かないらしい。
その翌日、スローターは裏社会に顔の利く情報屋に話を付け、その筋では有名な尋問官を雇っていった。<走り屋>のものと思われる口座から資金を大量に引き出し、隠れ家に保管されていた家具やら車両やらを軒並み奪っては換金していった。
スローターは未だに<走り屋>のカードをギルドに提出していないようだが、恐らくは情報を錯綜させようとしているようだ。
――戦ってみたい……。
出先でその話を聞いた<八百屋>ことベジーはそう思った。
<スローター>には200万ドルの懸賞が掛けられていたが、当初はあまり興味をそそられなかった。奴は様々な兵種を浅く広く習得していると聞いていたからだ。近接戦闘、弾幕、狙撃、投擲、運転、様々な技術に手を出している分、一つの技能に対しての理解が低い。そう聞いていた。
――ならば私の敵ではない。
<スローター>は<肉屋>や<走り屋>のように一つの技能に特化しているわけではないと聞いていた。そんな中途半端な輩と戦って何が楽しいのかと本気でそう思っていた。
ある一点に特化された戦闘技能者を相手の領域の上で打倒する。無数の武器、複数のスキルを駆使して叩き潰す。それがベジーの矜持であった。
しかし、聞けば<スローター>は、自分と同じように<肉屋>を狙撃戦で制し、無人の荒野で<走り屋>を捕らえたという。
狙撃と運転、その二つの分野でトップに立つ人間を、相手の領域で叩き潰したのだ。その事実がベジーの心を揺さぶった。堕ちるところまで堕ちたとはいえ、彼とて一端の武芸者だ。強者と聞いて心踊らぬわけがない。その上、相手が自分と同じ戦法を取ると聞けば、食指が伸びないわけがなかった。
明日にでも仕掛けよう。ベジーはそう決める。出先で情報屋ネットワークを使って、ギルドに話を通す。上層部もタークが死んだと思って次の行動に出ているようで、すぐに承認が降りた。
暗殺者ギルドのトップを二人も殺されたのだ。上層部も必死だ。このままおいそれと引き下がればギルドの面子は丸潰れである。どんな手を使ってもいいから必ず殺せと発破を掛けてくる始末である。
――随分と舐められたものだ。
ベジーは憤慨した。<肉屋>や<走り屋>なぞと同格に見られているという事実が、彼にはとても不愉快だった。世間ではあの程度の連中と真の精兵たる自分がひと括りにされてしまっているのだ。
<狙撃屋>、<操縦者>と連中も上級兵に名を連ねてこそいるものの、所詮は上級兵種をひとつしか取得できなかった専門馬鹿、雑兵である。<剣闘士>、<強襲兵>、<狙撃屋>と複数の上級兵種を取得した自分とは格が違う。
複数兵種による高ステータス、複数の戦闘技能、対人特化のきらいはあるものの、ベジーの総合的な戦闘能力は策源都市でも上位に入る。
まさに精兵。
――どちらが本当の最精鋭か、決めようじゃないか。
ベジーは自分でも分かるぐらいにいやらしい笑みを浮かべた。
出先での仕事を終え、ガンマの街に帰ってくる。
案件は亡命した悪徳商人の暗殺だというありふれたものだったが、予想よりも手間取ってしまった。
ガンマが所属するスター自由都市国家群と敵対するエビトソ連合に機密情報を持ち出そうとした疑いがあった。そのための暗殺依頼だったのだが、案の定、商人は連合と繋がっていたらしく、奴は連合から派遣された護衛部隊に守られながら北上していた。規模は小隊クラス――30名からなる兵士共を皆殺しにするのは流石に骨の折れる作業だった。
流石に疲労の残った状態で戦えるような相手ではない。一日、ゆっくりと静養を取り、万全の状態で望まなければ。
本拠地としている大通りのアパルトメントの前まで来た時、彼は違和感を覚えた。当然だ。家の扉のドアノブが消えてしまっていて気が付かないものなどいない。
「ちッ、なんだ、これは……」
銃を取り出し、拠点に踏み入る。部屋には人の気配がなかった。
それどころか何も(・・)なかった。金や貴金属はもちろんのこと、クローゼットの裏に隠しておいた武器弾薬、家具や家電に至るまでがきれいさっぱり失われている。
もぬけの殻。まるで一家総出で夜逃げした後のような状況だった。残っているものといえば備え付けの折りたたみベッドと薄いタオルケットだけである。
誰が、と思ったところで気がつく。
ドア裏の壁、そこには――スプレーによるものだろう――汚い殴り書きのメッセージが残されていた。
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次はお前だ。
スローター
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「なんと、不敵な……」
ベジーは、嗤った。
久方ぶりの強敵の気配に釣られたのだった。
ベジーは本拠地での休息を諦め、そのまま次拠点へと移動した。流石に敵に居場所を知られた場所で休むことは出来ない。そもそも奪われた武器弾薬を補充する必要もあった。
「なッ……!!」
そしてベジーは絶句する。
先ほどの本拠地の焼き回しを見ているかのような錯覚に襲われる。拠点にはチリ一つ残されていなかった。
ベジーは歯噛みした。先の場所とは違い、ここは隠れ家である。
情報屋が情報を流したかと疑いかけたが、有り得ないと思い直す。暗殺者ギルドの構成員の棲家を売るなど、組織に真正面から喧嘩を売るのと同じだ。そんな情報屋はすぐに処理されるであろう。
中々どうして侮れんものだ、ベジーは笑った。敵の情報収集能力を少々甘く見ていたらしい。本拠地だけでなく、セーフハウスを見つけ出すなど相当な調査能力がなければ不可能である。
踵を返し、車へと向かう。
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気分はどう?
スローター
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「くっ、くはは……」
ドア裏の殴り書きを見て嗤ってしまった。一方的に狙うだけだったはずの標的が抵抗ばかりか反撃の構えすら見せている。
これは堪らない。ベジーの闘争心に火が付いた。
車に乗り込み、次の拠点へ。
そして彼は再び言葉を失った。
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ごちそうさまです。
スローター
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「――次だ!」
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大切に使わせてもらいます。
スローター
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「くそ!」
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やっぱり売ります。
スローター
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「野郎!!」
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二束三文にしかなりません。どういうこと?
スローター
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「うおおおおぉぉぉ――!!」
最後の拠点、武器弾薬の保管庫であった貸し倉庫が濛々と黒煙を吐き出しているのを見て、ベジーは声を咆哮した。
――許さん、許さんぞ……スローター……。
休暇の予定を繰り上げ、今すぐに敵のアジトに乗り込むつもりだ。
――今すぐ、ぶち殺してやる!!
ベジーはガンショップに車を走らせた。
各拠点を回っていたということもあり、時刻は深夜を回っていた。この時間でもやっているガンショップの数は少ない。無論、無理矢理、店に押し入り、強奪してやってもいいが、戦闘前に目立つことはしたくなかった。
深夜営業と品揃えから考えれば選択肢は<バレットマート>以外にない。他の店舗に比べて値段は2割ほど高いが、<スローター>さえ殺してしまえば採算は取れる。
「おい、そこのお前!」
「はい、何でしょう?」
入店し、レジ前に立つ店員に言った。
「弾薬を売れ! 12.7ミリを500発、7.62ミリを1000発、手榴弾を4発、M2火炎放射器のタンクが1つ、カールグスタフは榴弾を10発だ! さっさと出せ!」
手持ちの所持金、100ドル札の束をカウンターに叩き付ける。
「え?」
「殺すぞ、クソガキ! 倉庫にある弾薬を全部持ってくればいいんだよ!!」
ベジーは小僧の胸倉を掴んで引き寄せ、
――意識を刈り取られた。




