ロマン武器
狭い工房、その中央にある作業台にはツナギと黒ビニールのエプロンを着た、強面親父が何やら細かい作業を行っていた。
「よく来たな! 坊主!」
タクムが入店したのに気がついたのだろう、親父は顔を上げ、ついでに声を張り上げた。
「相変わらず声でかいな、おっさん」
「うるせえ! 何のようだ! 冷やかしなら帰んな!!」
「誰がむさいおっさんの店なんぞ冷やかすか。可愛い女子のいるファンシーショップ行くわ。で、おっさん、こいつ頼むわ」
タクムは肩掛けにしていた、自動小銃――対生体兵器自動小銃<デイドリーム>を作業台の上に置いた。
「整備ぐらい自分で出来んのか?」
「やってるっての。ちょっと素人じゃどうにもならなくてな。修理してもらいに来た」
「ああん? 修理だと……どれどれ、見せてみな!?」
ドリームは手早く銃を分解すると、作業台の上に広げた。きちんと手間をかけて整備しているのだろう、一見すると壊れた部品は見当たらない。ネジやバネなどの消耗品は新しいものに変えられている。
「こりゃ銃身が折れちまってるな。修復キットで形だけ整えて無理矢理使ってきたんだろう?」
ドリームはぽいぽいぽいと銃身と一部の機関部のパーツを取り出し、群れから外す。
「ああ、ちょっとランスボアの接近を許しちまってな」
ランスボアとは額に長い角槍が生えた猪型の中型最強と謳われる生体兵器の一種である。
生体機関は特徴的な角槍で、内部には成型炸薬がぎっしりと詰まっており、突撃で突き刺ささると同時に爆発する。その一撃は強烈そのもので、戦車ですら一撃の内に葬り去ると言われている。
しかも、爆発した先端はすぐに生えてくるため、命尽きるまで突撃攻撃を繰り返してくる。角内部はロケットエンピツのようになっているらしく、成型炸薬の詰まった先端部分の芯だけが押し出されているのだそうだ。
全長8メートルの巨体は、ケプラー繊維に似た硬い体毛でみっしりと覆われており、分厚い表皮と脂肪と筋肉という三層の壁が続く。装甲自体の硬度ではジャイアントゴーレムの外殻には負けるが、対衝撃性能などを考えると総合的な強度ではランスボアに軍配が上がるとさえいわれている。
戦車すら屠る強力無比な一撃と、対物級の大型ライフル弾でなければダメージを与えることすら出来ないほどの耐久力、中型最強と呼ばれる所以であった。
唯一の弱点は飛び道具を持たないことで、もしもあの角が射出可能であったら大型認定されていたのはまず間違いない。なにせ角猪の亜種にはミサイルボアというのがおり、そちらは大型生体兵器とされているのである。
「まさか、てめぇ! ランスチャージを食らったのか!?」
「ちげえよ、んなもん食らったら死んでるわ! 体当たりは避けたんだけど、近くに岩があってそれが爆発。砕けた石を銃で受けたら銃身が折れ曲がっちまったんだわ。
いやぁ、あの後は大変だったね。残ったのはガバメントだけだったから、弾丸なんて全く通らないんだわ。仕方ないから目玉を撃って、痛がって口を開けたところに手榴弾放り込んで始末したけど、角が誘爆して10メートルも吹き飛ばされた」
「……無茶苦茶だ」
ドリームが呆れたように言う。タクムの膂力(STR)と器用(DEX)を持ってすれば、手榴弾を100メートル先のキャッチャーミットにレーザービームで放り込むことが出来る。誘爆の可能性は考慮していたが、先日手に入れた強化服<デゥラハン>の防御性能は装甲車並みである。タクム的には全く問題ない運用だったと自負している。
「ま、そんなわけでフルメンテナンスをお願いします」
「おう、任せておきな!」
ドリームは答えて、倉庫から生体兵器の角らしき細長い素材を取り出し、中央に穴を開けると研磨機にかけた。見る見るうちに銃身の形を成していく様にタクムはただただ感心するばかりであった。
自動車でも当りエンジン、外れエンジンなどがあるように、銃の中でも当たり外れがある。ドリームの手がける銃器はそのほとんどが当り判定を上げてもよい一級品ばかりである。問題はテーマの選定であり、使用者の体力を考慮しないピーキーさにあった。
しかし、一般兵では使いこなせない兵器であってもタクムのような<人類>の枠を越えた一線級開拓者ともなれば替わってくる。高火力を信奉するこの街の開拓者達は、月に一度は<ドリーム・ガン>の扉を叩くともいわれている。
「ほらよ、次は大事に使いな!」
「さんきゅー。いやー助かったわ」
タクムは言って、バックパックから購入しておいた外付けの光学照準器を取り出し、据付ける。何度かスコープの中を覗き込み、スイッチをカリカリと調整。正しいかどうかは試射してみなければ分からないが、多分問題ないだろうと狙撃手の勘が言う。
「しかし、まあ、コイツに頼り切るのも危険だな。おっさん、何かいいのないか? 手軽に持ち運び可能なサードパーティでありながら、中大型生体兵器にも通用するような武器」
「それは……」
「冗談だって。そんな便利なもんがあったら苦労はしないわな」
「作らなければない!」
「えっ、あんの!?」
「ああ、漠然とイメージしていたものはあった。しかしお前さんのランスボアとの一戦を聞いてそれが今、形になった。普通なら強度の問題で実用に耐えられるものではないが……坊主、お前が素材を提供してくれんなら、出来ないことはなにもない!」
「おお、それは……?」
ドリームは自信満々に言って、タクムにとある素材を持ってくるように指示する。
「女王蟻の鋏持ってきな!!」
三日後、タクムの自宅に巨大なダンボール箱が届けられた。
中に収められていたのは、金属製の鞘に収められた引金のある変わった大鉈と、鞘に貼り付けられたスペック表であった。
-------------------
名称:ドリームリッパー
種別:剣銃
銃弾:20mm×106機関砲(1/1)
状態:最高
前線都市<ガンマ>の甲種銃職人ドリーム ランドが設計・開発した剣銃。
コンセプトは<斬って、叩いて、燃やせる、剣銃>。
鉈のように分厚い刀身をしているが、最上位の生体兵器ジャイアントスローターの中でも特に頑強な鋏牙を加工して作られているため、切れ味は鋭い。ある種の単分子ブレードであり、戦車装甲すら切り裂くほどの切れ味と、刃こぼれ一つ起こさない頑丈さを併せ持っている。
また鋏牙内部にライフリングの施された穴を通すことで20mm×106機関砲弾を放つことが出来るようになっている。推奨弾頭はM56A1焼夷榴弾で、貫通力よりも打撃力と熱量を重視している。
これは剣で装甲を斬りつけながら、発砲することを想定しているためである。
剣銃一体型の兵器であるため、砲身の長さがどうしても短く(80センチ)なってしまい、十分な加速を得る前に銃弾が発射され、強力な20ミリ機関砲を活かしきれないという問題も発生している。
またマガジンなどを持たず、給弾時には一発一発、手で砲弾を入れる必要があるため連射性は皆無。反動も強大で、常人が砲弾を使用すればほぼ間違いなく取り落とす。
剣としての機能に砲身や機関部を有するため、重量は重く10キロを超えている。他の単分子ブレードに比べ3倍近い重量があり、使用者には多大な負担を強いることになる。
つまり、よほどの怪力の持ち主でない限り、使いこなすことは不可能と考えてよい。
性能
剣
殺傷力:C+
貫通:A
打撃:D
熱量:-
精度:-
連射:-
射程:1.2m
銃
殺傷力:B-
貫通:C
打撃:B-
熱量:B
精度:A
連射:F
射程:100m
同時使用
殺傷力:A
貫通:A+
打撃:A+
熱量:B
共通
整備:D-
製作:ドリーム・ランド
販売価格:1,000,000
(素材持込の場合は定価の半分)
-------------------
「また厄介なもんを……」
スペック表を見て、タクムはため息をついた。こんなものをどうやって使いこなせばいいというのか。
一瞬、送り返そうかと思ったが、スペック表の下部にある走り書きを見て、思い留まった。
-------------------
気難しい武器だが、この剣銃を上手く使えば戦車だろうが、大型生体兵器だろうが一太刀で葬り去ることが出来る。
俺の妄想でしかなかったアレを、本物にしてくれたお前さんならば、きっとコイツも使いこなせるはずだ。
お前さんが、また俺の夢を叶えてくれることを楽しみにしている。
ドリーム・ランド
-------------------
タクムは思わず笑ってしまう。いいだろう、叶えてやろうじゃないか、そんな風に思ってしまう。
ドリームが乗せ上手なのもあるだろうが、タクムは大変な乗せられ上手であった。目の前に解決困難な課題を提示されると、とりあえず全力で取り組んでしまうという、厄介な癖だ。
「ん? これは……?」
ふと、走り書きの末尾に目を留め、叫んだ。
-------------------
追伸
なお、お代のほうは既に口座から引き落としているので心配はない
-------------------
「黙ってればいい話なのに……」
相変わらず残念な銃職人なのであった。




