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鋼鉄のアイ  作者: 大紀直家@パブロン
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アイのある生活

『コケコッコー!』

「……ウッ」


『コココ、コケッー!! マスター、コケー! コケコッコー!!』

「……頼む、アイ。普通におこしてくれ……」

 普通の起こし方じゃ起きないじゃないか、アイが憤懣やるかたないといった口調で言う。


 時刻は午前7:00。太陽はとっくに東の空に顔を出している。狩りの日であればあと3時間は早く起こされるのだが、休日なのでゆっくりめである。


 タクムは寝転んだままジャージを脱ぎ、トランクス一丁で伸びをする。ヨガでいう猫のポーズである。日々の狩りや訓練によってタクムの体はまるで大型肉食獣のように鍛えられ、極限まで引き締められている。

 黒髪黒目、日本人特有の童顔。この世界に来た当初は、まだまだ幼さの残る少年といった雰囲気があった。しかし、19歳を迎えた頃から精悍な体つきとなり、ふっくらとした頬はすっと締まり、瞳には兵特有の強い光が宿るようになった。良く出来た彫刻のようだと評してもいいだろう。


『………た、たまんない………』

「ん、どうした、アイ? 何かいったか」

『い、いや、何でもないよ。ところでマスター、シャワーでも浴びてきたら?』

「おう、そうだな。行ってくる」

 ガシガシと頭を振りながらバスルームへと向かうタクム。


『はぁ、はぁ、いいよぉ、マスター、その無防備な表情……いいよぉ、いいよぉ……』

 背後からぱしゃーぱしゃーと、人工的なスチール音が聞こえたような気がしたが、未だに半分以上夢の世界にいたタクムは気にもしなかった。




 寝癖を直し、身なりを整えたところで普段着に着替えたタクムは、姿見の前でひとつ頷く。

 あまり服に興味のないタクムは、基本的にアイに勧められるままに着ていることが多い。今日もその例にもれず、フード付きの赤いレザージャケットと黒の長袖シャツ、ブルージーンズを身に纏い、足首まで包む革ブーツはすべて相棒のコーディネイトだ。


 これらには簡易ながら防弾防刃性能が付いている。人類は生体兵器とある意味で恒常的な戦争状態にあり、アメリカなど比較にならないほど銃が浸透していた。小学4年生になると銃の操作や戦闘車両の整備、サバイバル技術などがカリキュラムが組み込まれるようになる。


 誰もが銃を扱えるため、誰もがいざという時のために銃で武装している。この世界での衣服の重要項目は機能性、ファッション性、防弾性とか言われているあたり、筋金入りの銃社会である。

 流石にライフル弾を防ぐようなものになると専門店に行かなければ売っていないがNIJ-Ⅱ、9ミリパラベラム弾を防ぐ程度のものであればウォルマートでも売っている。


 防弾加工はそう難しいことではない。生体兵器の革ならその時点で低位の防弾性能があるし、生地に生体兵器の体毛を混ぜることで防弾処理が施せる。


 ガンホルダーのコルトガバメントを抜き、装弾を確認。腰ポーチを開き、財布、そして予備のマガジンが入っていることを確認してタクムはリビングを出た。


『マスター! 忘れないでー!! ボク、テーブルの上に置きっぱなしだよー!!』

「おう、すまんすまん」

『まったく、このボクを忘れるなんてどんな了見だい!』

「ごめんってば、ついうっかり」

 携帯を握り締め、タクムはガレージへと向かう。




『マスター、準備おーけー?』

「おーけーだ」

 ヘッドセットから流れてくるアイのヴォーカロイド声、付属のマイクを位置を調整し、口元にまで寄せるとタクムは返答した。


 ガレージにはマイクロ戦車<シーサペント>と四輪バギーが並んでいる。フィールドに出る際には前者を、街中を移動するだけの場合には後者を使う。今日は四輪バギーである。


「アイ、今日の予定は?」

『とりあえずギルドに顔を出してくれる? マスターがご飯食べている間に、新着依頼の確認をしておくから。その後はガンショップ巡りと、ウォルマートで日用品の買出しかな』

「なるほど、いつものコースだな」

『代わり映えしない毎日でごめんね。マスターにはエンターテイメントに溢れる非日常ってやつを提供したいんだけど』

「いや、もう十分ですから」

 既にしてゲーム世界ひにちじょうだからな、タクムはそう続けると四輪バギーをガレージから出し、シャッターを閉めた。


『そっか、楽しんでくれているならよかった。出発しんこー!』

「おう、しっかり掴まってろよ」

『手足のないボクにどうしろと!?』

 タクムはハンドルを回し、四輪バギーで公道に乗り上げる。最近では車両はタクムが運転することが多い。四輪バギーは基本的にタクムが運転しているし、マイクロ戦車も行きはタクムで、帰りはアイが運転するという役割分担となっている。


『ふふ、なんだかデートみたい……』

「あ、なんだって?」

 アイが有能すぎるため、頼りすぎてしまいがちなのをタクムは理解していた。少しでも負担を減らそうという見えない努力がそこにはあった。


『なんでもなーい』

 19歳となり、少しだけ大人びてきたのは見た目だけではない。心のほうも日々成長しているのだ。平和な日本に生まれ育ってきたということもあり、精神的に弱いところは多々見受けられたが、それは優しさの現れでもあるのだ。


 大通りを四輪バギーがひた走る。生体兵器が支配していた古代文明の遺跡を、かつての開拓者達が切り開いて出来たのがガンマの街だ。瀟洒な漆喰のアパルトメント、一部がはがれ、むき出しになったレンガが歴史を思わせる。壁に弾痕が刻まれたまま放置されているのは銃社会のご愛嬌といったところか。


 日の光に照らされ、真っ白にそまった石畳の道をヘッドセットに接続されたカメラを介して眺めながら、アイはこんな風に思ってしまう。


 機械の自分ボクなど使い倒してしまえばいいのに、と。


 アイは、タクムに奉仕するために開発そうぞうされ、運用されている。もっと頼って欲しい、もっと使って欲しい、自分なしでは生きられないようになって欲しい、そんな破滅的な本能を根本に抱えている。


『マスター、ドライブ楽しいね』

「そうか、いつものことだろ」

 ロボとしてダメな思考を論理演算プログラムの冷徹さで切り捨てつつ、アイは束の間のドライブ(デート)を楽しんだ。




「到着!」

『ありがとう。安全運転、ごくろーさまです』

「うむうむ、よきに計らえ」

『アハハ、それはボクの言う台詞でしょー』

「え……」

『……と、とりあえず、席に着こう。何か注文しててよ』

 気まずい空気が二人を包むが、しかし、よく出来た人工知能たるアイがすかさずフォローを入れる。

 タクムはギルドの受付カウンター奥にあるカフェテリアに移動し、ヘッドセットを取り外す。腰ポーチからアイを取り出し、スピーカホン状態にする。


 注文を取りに来た、ギルド受付嬢を兼任する店員――スタイルのよい金髪美女だ――タクムは愛想笑いを浮かべて、モーニングセットをお願いした。


『……マスター、ぼやっとしてないで端子を挿入してくれない?』

「おう、そうだった。ちょっと待ってな」

 スマートフォン(アイ)から伸びた端子にケーブルを接続し、テーブル上のイントラネットに繋げるようにする。


「お待たせしました」

 アイが新着確認を終え、依頼の受諾を始めた頃、大きな銀皿プレートが運ばれてくる。

 ベーグルが二つ。スモークミートとチーズ、フレッシュトマトをはさんだものと、スモークフィッシュとモッツァレラ、オニオンスライスをはさんだものである。これにシーザサラダ、ポタージュスープ、日替わりのデザートとコーヒーが付いて5ドル50セント。サラダとスープはお変わり自由という大変お得なセットである。肉と魚の原材料は不明だが、深く考えないほうがいいだろう。


 生体兵器素材は軍事転用されるだけではない。皮や毛皮、体毛、甲殻などは戦闘車両や衣服、建材として使用され、生体機関は武器弾薬の原料としても取引される。


 しかし、<スカトロベンジャー>を始めとする一部の生体兵器は食用としても利用されているのだ。バッタによく似た形状の<トーピドゥグラスパー>の肉もジューシーで美味しいとされているし、赤色に黒の斑点模様の蜥蜴と犬の合いの子のような<ホットドッグ>の生体燃料――火炎放射に使用される――はある薬剤を混ぜるとなぜかチーズによく似た物質になり、栄養価も似通うとのこと。


 一般に見た目がグロい、あるいはキモいもののほうが美味しかったりする傾向にある。


「考えるな、感じるんだ……」

 タクムはむりやりベーグルを詰め込むと、サラダとスープで口内を洗い流す。

 この世界――少なくとも前線都市ガンマの属するスター自由都市国家群の食文化は、アメリカのそれに近い。ピザ、ホットドック、ハンバーグにTボーンステーキとボリューム重視、カロリーは膨大なものになる。それでいて肥満率が低いのは、皆が日々過酷な労働に勤しんでいるからだ。


 この世界では農業や鉱業などの1次産業、製造業や建設業などの2次産業が盛んであり、対するサービス業や小売業などの3次産業はあまり発展していない。机上で作業を主とするホワイトカラーの数が少ないことが、肥満率の抑止に繋がっていると考えられる。


 大都市であるガンマでさえアミューズメント施設といえば都市軍所属のラッパ隊によるコンサートと、射撃場やトレーニング器具、演習場などが使い放題のバレットワンなる訓練場くらいなものである。


「コーヒーのお代わり、いかがですか?」

「あ、はい、お願いします」

 タクムは会釈して、マグカップを渡す。男女に関わらずよく食べ、よく動く者が多い。それはつまり、見目のよい者が多いということでもある。


「ごゆっくりどうぞ」

 にこやかな笑みを浮かべて立ち去るパツ金ゴージャス美女。小麦色に焼けた肌、第三ボタンまで開かれた白シャツからまろびでそうな肉感的なそれ――タクムは我知らずその後姿を目で追いかけてしまう。


『はぁ……』

「ん? どうした?」

『マスターってあれだよね。気になる女子から少し優しい言葉をかけられただけで好きになっちゃうタイプでしょ?』

「いや、それは……事実だけど、ちょっと辛らつ過ぎやしねえか」

『別に……思ったことを言っただけだから。それよりも早く出よ、依頼の受託は終わったから』

「分かった、分かった。ったく、少しはゆっくりさせてくれよ」

 突然、不機嫌になってしまった相方に困り果てるタクムであった。



 その後、スーパーへ買出しを行い、帰宅してからもアイの機嫌は直らなかった。タクムも試行錯誤しながら何とかご機嫌取りを行ったのだが、その結果は芳しいものではなかった。


 冷凍ピザとコークで夕食を取り、風呂に入ってベッドインしたタクムは、枕元のアイに充電器を挿入する。


「おやすみ、アイ……なんかすまんかった」

『別に、マスターが何か悪いことしたってわけじゃないし。ボクが自分勝手にむくれているだけだもん……むしろ、こっちが全面的に悪いんだ』

「それでもすまん。不愉快な思いをさせたのに違いはない」

『ううん、こっちこそほんとにごめんね。でも、理由を言ってしまうとマスターは困ってしまうから。あれ、むしろマスターの困り果てた顔を見るのも一興かな……ねえ、マスター』

「やめろー! 言うんじゃねえー!!」

 すぐさまスピーカーフォンモードを解除し、防衛策に出るタクム。しかし、それは有効な手段ではない。彼のスマートフォンは人工知能の支配下にあり、アイの気持ち次第でどうとでもなる。


 どうしても聞きたくないのなら部屋を出て行けばいい。タクムもアイもそのことは分かっている。だからこれはじゃれ合い、仲直りのための儀式のようなものである。


 タクムはアイに文句があるなら、きちんと言うように指示している。ふたりの関係は主従ではなく、異世界に飛ばされてしまった同志、仲間、あるいは戦友――親友――に近いものである。


『……マスター……だ……す……あい……るよ……』

 タクムは眉をひそめた。通話モードから漏れ聞こえてくる音量では聞き取れないのは当然であった。


「あ、なんだって?」

 再びスピーカフォンボタンを押す。


『ふふ、ナイショ』

「なんだよ、言えよ。気になるだろ」

『でも、聞いたらマスター困っちゃうよ』

「いいよ、いつも俺が困らせてばっかりだからな。お前に困らされるっていうなら大歓迎だよ……」

『……マスター』

 アイのせき止めていた感情が漏れ出しそうになる。あと一言。もう一言優しい言葉をかけられたら、強力な電子制御のプロテクトさえ突破してしまうだろう。


「いや、むしろ、ばっちこいだ!」

『え、いま何でダサいほうに言い直したの!?』

「俺の胸に飛び込んで来い感を出したくってな」

『はぁ、雰囲気台無し。言う気失せた』

「えーっ、何でだよ。いいから早くYeah Yo!」

『いや! ぜーったいにいーや!! 絶対言わない!! 死んでも教えてあげないから!!』

 言い合いながらいつしかタクムは眠りについた。


『ふふ、お休み、マスター。大好きだよ』

 通話モードの小さな声でアイはそう呟くと、自らもスリープモードに移行した。


 それは、ふたりが蟻の巣を見つける一週間ほど前の日常であった。


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