鋼鉄の意思を持て
ブスブスと煙を上げながら、ジャイアントスローターはその巨体を大地に横たえた。しかし、すぐさま生命力で四つの後ろ足を使い、立ち上がろうとする。
あれだけの砲撃を食らいながらもまだ戦闘継続は可能なようだ。その驚異的なまでの生命力に、タクムは驚嘆を覚えた。
カシャカシャカシャと、接地音を響かせながらこちらもゴキブリのように移動するマイクロ戦車。長時間に渡る戦闘機動で疲れたのか、その歩みにはあまり力がないように見えた。
『マスター、あのね』
タクムが止めの刺し方を尋ねようと口を開きかける直前、アイが通信を飛ばしてくる。
「ん? どうした、そんなに改まって」
『ごめん、ね』
タクムはその意図が分からず、首を傾げた。
アイはその問に答えることはなく、女王蟻に向けて走り出していた。
「ああ、ラストアタック、そっちじゃないと取れないのか」
タクムは納得した。RPG-7の残弾は残り2発。<フレイムランチャー>を使用するSPはもう残っていない。特型生体兵器であるジャイアントスカイでも一発使用しており、その後、3発連続で使用したためSPは今や2桁を切っているだろう。
さすがにあの重装甲を削り切れるとは思えない。
『うん、それもだけど……そうじゃなくて、独り……にしてしまうから』
アイは答えた。女王蟻の腹部から放たれる巨大砲弾を巧みに躱しながら、流石だなとタクムは感心していた。
「独りってなんだよ、何か変だぞ。お前」
『うん、ちょっと機械のボクがいうのもなんだけど、センチメンタルな気分なんだ』
ジャイアントアントとは異なり、対地用に発射角を調整できるジャイアントスロータに近接距離の死角はない。
そのために完全には飛散する酸性霧を避け切ることは出来ないようで、黄土色の荒野迷彩は今や完全に剥げており、ついでに装甲も削られているようで心なしかちんまい車体が更に小さく見える。
「おい、アイ……?」
シーサペントは100メートルの距離まで近づいたところで更に速度を上げ、巨大砲弾の直撃を受けながら接近、四足を撓めたかと思えば跳躍し、女王蟻の腹部に飛びついた。
ジャイアントスローターが地面の上で暴れ回り、マイクロ戦車を弾き飛ばそうとするが、ワイヤーアームと四つ足を器用に操り、腹部の段差に引っ掛けて車体を固定。全身に砲弾を浴びて堕ちたはずの女王蟻だったが、手負いとは思えないほどその動きは激しかった。
しかしアイは翅の何本かにワイヤーアームと脚部を絡ませ、まるで柔道家のする押さえ込みのように、女王蟻が再び空中へと舞い上がるのを阻止していた。
『マスター、ごめん。ボク等ではもう、犠牲なしでコイツを倒し切る力はないんだ』
どうやらジャイアントスローターは、配下である小型生体兵器を生産するのに使われるエネルギーをそのまま自身に転用しているらしかった。
回復能力。廃れたはずの魔法の力を生体兵器はかなりの強度で保持している。女王蟻の回復能力や生産能力は言うに及ばず、ジャイアントスカイはその身に暴風を纏い、小型のリザードッグでさえ身体能力を強化させて時速100キロという巡航速度を叩き出す。
数多の現代兵器を用いてなお人類が世界を支配出来ないのは、この生体兵器というより魔動機というべきクリーチャの存在があったからこそなのである。
『マスター、ごめんね。シーサペント、壊しちゃうね』
「壊すって……まあ、それくらいならいいか。でもどうやって?」
『流石はボクのマスター、太っ腹だね。特大型ともなれば討伐料だけで200万ドルは固いよ。だから元は取れる。ちなみに方法は、自爆』
「自爆!?」
『そう、自爆。いざという時のためにマイクロ戦車のエンジン部分にC4を詰めて置いたんだ。いざ敵に襲われたらこの子を餌にして取り付いている間に爆発させちゃえって思って』
「備えあれば憂いなしか」
『うん、まあその荷重のせいで逃げ切れなかったっていうのもあるからどっこいどっこいかもね』
「そうか……お前にも判断ミスってあるんだな」
女王蟻を堕としたところで逃げ切ることは出来ない。脅威から逃れるためには奴を討伐するしかなかった。
『ボクなんか最初から最後まで間違いだらけだよ』
アイは自嘲気味にそんなことを言った。
タクムは驚きを隠せない。彼の知るアイは、いつも理路整然としていて、何に対しても平然とある種の超然とした態度を崩さなかった。万能猫型ロボット並みの落ち着きようにタクムは何度助けられたか分からない。
『最初はね、こんな気持ちになるなんて思わなかったんだよ。
マスターは創造主。だから、それは信徒が神様を奉るみたいな、他人行儀? そう、すごく遠い遠い距離感があったんだ』
「そんな感じじゃなかったけどな」
タクムは初対面――というか、初会話の時の舐められっぷりを思い出して歯噛みした。
「つーか、創造主ってなんだよ」
『秘密。こっちは本物の神様に口留めされているから。まあ、とにかくボクは、マスターに気に入られたくて気に入られたくて仕方なかったんだよ。だから、あえて最初の頃はマスターの混乱に拍車を掛けるような物言いをして、その心の乱れの中に入り込んだんだ。強かでしょ?』
「まあ、それはいいよ。おかげでお前と仲良くなれた」
『うん。だからボクは今、本当に幸せだよ。人工知能のボクがいうと胡散臭いことこの上ないけど、大切なマスターと心を通わせられて、本望だよ。機械冥利に尽きるね』
「なんだよ、おおげさだよ。てか、何だか照れるな。お別れみたいな言い方だし」
『ふふっ、そう、お別れ』
「…………はぁ? なに、なに言ってんだ……お前、脱出、すりゃいいだけだろ? そしたら遠隔操作とかして……」
『脱出装置なんてないよ。本当なら起爆タイマーをセットして、マスターに連れ出してもらう予定だったから』
「何言ってんだ! こんなところで、性質の悪い冗談言ってないでさっさと降りて来い!!」
『うん、そうできたら良かったんだけどね……こればっかりは物理的に無理だなあ……あはは』
アイの自嘲するような声の裏で、本当の、シーサペントの機械音声が聞こえた。
――自爆まであと30秒、
「うそ、だろ……」
――総員はすぐに降車し、安全な場所に避難してください、
『本当、ああ、名残惜しいな……本望とか勢いで言っちゃったけどね、あれは嘘だね、とても、悲しいよ』
「待ってろ! 今助けに行くから!!」
タクムが擬装を解き、駆け出そうと――
『来ないで!!』
それはアイから受けた初めての拒絶であった。
『お願いだから、来ないで……いくらマスターでも、間に合わない、それに、耐酸装備もないのに、あの砲弾の雨は抜けられない……マスターは確実に、死ぬ』
――自爆まであと20秒、
ビーッビーッという警戒音。その中に副音声のような人工音声が続く。
タクムは呆然と立ち尽くす。
「何も、ない……のか……」
『ない。ごめん、ないんだ。だから、ボクと最後の最後まで、お話しようよ……』
「そんな……」
『じゃあ、この際だから告白します。
マスターに逢えて嬉しかった。
マスターが生んでくれて本当に良かった。
マスターと一緒に冒険出来て本当に楽しかった。
マスターのAIになれて本当に幸せでした。
マスターはゲーム世界だなんて言っていたけれど、ボクにとってはマスターと一緒に居られる世界ならどんな場所でも本物でした。
マスターの命を救えるのなら、ボクの命なんて安いものです、って心からそう思います』
――自爆まであと10秒、
タクムは通信機から流れるアイの声を一字一句漏らすまいと耳を傾けていた。
『……嘘。嘘です。
本当は死にたくないです。
マスターともっと一緒に居たいです。
もっとお話したいです。
いろんな世界を見て、いろんなものに触れて、いちいち驚くマスターを誰よりも近くで見ていたかったです』
それ以外に、この大切な相棒に報いてやる術はなかった。
――自爆まであと5秒、4、3
『マスター、好き。大好きです。
マスターは最後まで気付いていかったと思うけど、ボクの人格は女だったんだ。
えへへ、驚いた?
ボクっこ属性なのに、分からないなんて、マスターはほんとダメなマスターだね。
でも、ボクはそんなマスターだから、好き。
どんなマスターでも好き。
最後にこの気持ちが伝えられて、本当に嬉しいです。
さようなら、マスター。
生まれたときから、壊れる時まで、ボクは貴方のことを愛していました』
「アイ、俺も……俺も好きだ、愛してる、だから、お願いだから……しな、死なないで……」
『マスターは強くなって、この世界で生き抜いて。
鉄の身体と鋼の意志を持つ、そんな最高の戦士になって。
それで、いつかボクを――――……』
閃光に目の前を焼き尽くされ、その後、タクムの体を爆風が吹き飛ばした。ゴロゴロと岩場を転がり、小石を巻き込みながら一際大きな岩石に体をぶつけることでようやく止まることが出来た。
「あ、ああ……アイ、アイ……アイアイアイ、アイ…………」
タクムは立ち上がり、夢遊病者のように歩いた。
灼熱が噴出すその場所へ、
黒煙の上がるその場所へ、
愛するものが居たその場所へ、
「アアアァァァアアァァァアァァァァァ――――ッ!!」
タクムは生まれて初めて慟哭を上げた。




