最高指揮官のご命令ですから
車外カメラの映像では、背後では機動力を失った車両から対空砲火が放たれ、降車した戦闘員がロケットランチャーを射出する姿が映っている。
しかし、20メートル近い体躯を持ち、戦車と同等の装甲を持つジャイアントスローターにとって、重機銃など蚊の一刺しにも劣る。簡単に言えば当たっても装甲を削ることすら出来ない。手傷を負わせられるはずのロケットランチャーやグレネードランチャーは低い弾速により躱され、生体兵器を包む風の壁によって射線を逸らされ、弾道を掠らせることも出来なかった。
残留組はほんの僅かな――数分にも満たない時間――で全滅させられてしまう。
『まずいね、もうちょっと粘ってくれると思ったのに』
「どういうことだ?」
『ん? ボクの試算ではこのまま逃げ切ることは不可能だなって思ったの』
アイ曰く、このまま一直線に走りきり、敵の捕捉範囲外に逃れるには300メートルほど距離が足りていないとのことであった。
残留組の抵抗により稼げた距離は約2200メートル。女王蟻が放つ巨大砲弾の有効射程は3キロを誇り、逆を返せば、その圏内の敵を捕捉する能力があるということでもある。
『3000メートルも離れればさすがに相手も諦めるし、2500メートルあれば砲弾から逃れつつ、撤退して、安全圏まで辿り着けるはずなんだけどね』
有効射程とはいえ、砲撃の弾速はそう速いものではない。発射後に方向転換し、爆酸範囲から逃れることは可能である。
しかしながら砲弾が放たれてから有効な回避行動を取るためには1000メートルは離れている必要であり、それ以下の距離となると砲撃のたびに装甲を削られてしまうことになる。
ガンマのような前線都市の城壁には対空砲が存在しており、有効射程である半径5キロ圏内に女王蟻が入れば迎撃を行うだろう。
しかしジャイアントスローターの砲撃を回避しつつ、その5キロ圏内にまで戻るためには――両者の移動速度から換算して――2500メートルの距離が必要となる。
ローラータイヤを失い、マイクロ戦車は最大の武器である移動力を失った。本来のシーサペントの巡航速度であれば2200メートルの距離で十分であったが、四足機動による速度低下の問題があり、いずれ追いつかれるだろうとのことだ。
『ま、やるだけやってみるよ。もしかしたら二手に分かれる必要があるかも知れないから、マスターも準備しておいて』
いざとなれば迎え撃つ、アイはそう言った。そのヴォーカロイド声に普段の人間らしさはなく、ひどく冷たい、機械めいた無機質さが伴っていた。
鋼鉄の意思。
アイはいつだって迷わない、揺るがない、間違わない。そんなとびきり優秀なAIでさえ、持て余すようなこの状況に、タクムは自然と息を呑んだ。
どんよりと思い車内でタクムは必死に考えた。
『放たれた砲弾を空中で狙撃してはどうか』
タクムの提案はすぐさまアイにより却下された。
狙撃に失敗したらどうするのか。狙撃に期待して回避ルートを取らなければタクムとシーサペントは一瞬のうちに溶解液の海に沈む。そして狙撃しながら回避ルートを取るのなら狙撃には意味がない。相手に手の内を晒すだけだ。
道理である。タクムはぐうの音も出ない。
最上位種ともなればそれなりの知性を持ち、戦術や作戦というものを取ってくる。先の奇襲攻撃などまさしく作戦そのものではないか。
20輌という戦闘車両の群れであれば最上位種といえど苦戦は免れない。もしかしたら――多くの犠牲を払えば――開拓者達は女王蟻を討伐せしめたかも知れない。機動防御――つまり、組織的な撤退が行われていれば少なくとも半数以上が撤退に成功していたはずだ。
だから女王蟻は策を労した。
恐らく女王にとって、これまでの全てが布石だったのだろう。
まず空蟻が作るような蟻の巣を構築させ、開拓者達を油断させた。
<ジャイアントスカイ>を群れの長だと錯覚させ、あえて戦闘に参加せず、高高度で待機し、太陽光や雲の中にその身を隠すことで存在を秘匿した。
あえて手を出さずに空蟻を討伐させ、沸き立った開拓者達がハッチを開ける、その油断を狙い撃った。
300体という小型生体兵器、50体という中型生体兵器、そして常ならば群れの長として君臨するような貴重な特型生体兵器をも捨て駒に使い、乾坤一擲の奇襲に賭けたのだ。
果たしてその効果は絶大であった。隊長機を始めとする上位開拓者達を軒並み殲滅し、多くの車両の機動力を奪い、討伐隊は壊走を余儀なくされている。
もう油断など出来ようはずもない。相手は絶対的な戦闘能力を持ちながら、高度な軍事行動まで取ってくるのだ。タクムがハッチを開けた瞬間、奴は新たな戦術の下、確実にふたりを仕留めてくるだろう。
慎重な行動が必要とされる場面だ。
背後、あるいは側面から|砲弾が弾ける音が響く(ブシャァァァ――ッ!!)。
「クッ……好き放題やりやがって」
ストレスに耐えかね、タクムはブローニングM2を乱射したい衝動に駆られた。しかし、慎重に慎重を期すようアイには念を押されている。
タクムにはただ耐えることしか出来ない。酷く揺れる車内でひたすら目を瞑り、愛銃である対生体兵器用自動小銃と、RPG-7とを胸に抱いて集中を整える。
彼は、一介の兵士でしかない。戦術を理解はしても、作戦を考えることはしない。指示はアイが、実行はタクムが、この役割分担で幾度の死線を乗り越えてきた。
タクムは信じて待つ。
アイが、他でもないアイならば必ず何とかしてくれる。
絶対の信頼の下、タクムはひたすらに待ち続け、
『マスター。……お願いがあるんだけど』
「ああ、何でも言ってくれ」
『ありがとう。マスター、ボクの指示で車外に出て欲しいんだ。今のマスターのステータスを考えれば時速40キロの車から飛び降りても全く問題ないと思う』
「了解。それから?」
『マスターは飛び降りたら、開けた場所で擬装待機。RPG-7とスキルを用意して狙撃の準備をお願いね。ボクがすぐさま機銃を撃ちながら回頭して、注意引き付ける。
大きく円を描くように迂回しながら、敵を狙撃ポイントまで誘導する。そこでどかーん。動きが止まったところでボクがバズーカ砲でずどーん。
その間にマスターは別のポイントに移動してね。ボクが再び、機銃で注意を引き付ける。そしたらもう一周して狙撃ポイントまで持ってくる。さすがに一発じゃ落とせないけど3回も繰り返せば、女王蟻だって確実に地面に堕とせるから。
そしたらもうやりたい放題さ』
いつもの飄々とした口ぶりでアイが言う。それだけでタクムの気持ちも楽になる。
アイのことである。これがダメでも第二、第三の対策を打っているはずだ。それなら倒せないはずがない。女王蟻には相手が悪かったと思ってもらうより他にない。
こいつ(アイ)は最高の作戦指揮官なのだから。
「分かった、俺に任せておけ」




