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鋼鉄のアイ  作者: 大紀直家@パブロン
スタート
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チュートリアル@野盗.co.jp

「ああっ、遠いよ! 足痛いし! 喉乾いた!!」

 三十分ほど歩き、タクムは叫んだ。実に甘ったれた現代人らしい文句であるが、仕方あるまい。彼は現代人なのだ。何もない荒野を黙って歩き続けるなんて経験は味わったことがない。


『あらら、マスターってば貧弱』

「うるせえ! 電源切るぞ!」

『ああ、待って待って! 切らないで! お話しましょう、マスター』

「分かったよ、クソ。あ~、帰りてぇ、水飲みてぇ~、かったるい、ゲームしたい」

 タクムは悪態を付いた。毎年冬場に行われるわずか5キロのマラソンでは、友人とぐちぐち文句を言い合いながら一時間以上かけて完走したほどの現代っ子だ。このような苦行を受けるには精神修養がいささか足りていなかった。


 そんなタクムの足元をひゅーっと乾いた風があざ笑う。タクムはますます顔を不機嫌にし、足元の小石を蹴った。「なんだよ、このクソゲー!」と悪態を付くのも忘れない。


『まあまあ、そう怒らずに……』

 アイは友達ではない。胡散臭いことこの上ない奴だが、延々愚痴を零し続ける相手でも付き合っていられる稀有な精神力の持ち主なのは不幸中の幸いだった。むしろ悪態を付くタクムを見て、楽しそうに笑っている辺り、中々面白おかしい性格をしている。


『あ、マスター人の気配がするよ?』

「ん? なんだって……?」

 飽きたタクムの耳にパンパンと乾いた音が響く。


「なんだ、この音……あ、そうか、チュートリアルな戦闘か」

『そうだね、チュートリアルって感じで向かってみたら?』

「おう、そうする」

 ようやくゲーム開始かとタクムは笑みを浮かべた。傍から見るとかなり無防備な状態で、音のする方角へ向けて駆け出した。



 五分ほど走り続けると、その乾いた音が銃声であることが分かった。その中に怒声のようなものが混じり始める。


 走りながら目を細め、タクムは快哉を上げた。


「チュートリアル、きたー!!」


 ぼんやりと霞む先、何やら一台のトレラーを挟んで銃撃戦を行う二つの集団を見つける。


『タクム、ゲームだと思うのはいいけど、油断だけはしちゃダメだよ。なんたってFPSなんだから。ほら、あそこに身を隠せる場所があるよ』

 アイの指示に従って、タクムは前方の小岩に身を隠した。物陰から顔だけを出して、状況を確認する。


「あれが敵か?」

『多分ね』

 横倒しになったトレーラの向こうには厚手の外套に身を包んだ男達が居た。手にはサブマシンガンやアサルトライフルを持ち、岩の陰から銃口のみを突き出して銃声を奏でている。


 ならばトレーラの手前には奥に隠れているのは被害者だろう、とタクムはあたりを付けた。商人だろうか、泥に塗れてはいるが、白シャツにスラックスといった身奇麗な格好の男性が、トレーラの背後で身を丸めて震えている。


「周りで銃を撃っているのが護衛の開拓者ハンターってところか……」

『うん、その認識で間違いないと思うよ』

 その両隣に外套男達と同様の格好をした男が二人、迎撃のために銃を撃っている。更に後方に一名、仰向けに倒れているが、絶命しているのか身じろぎひとつしない。


 タクムには動かないという選択肢はなかった。そうなると当然、トレーラ側に味方することになる。


「でも、当たるのかな……」

『大丈夫。マスターが転生させられる際、神様にお願いしていいもの貰っておいたから。ほら、マスターそこのスライドを引いて撃鉄起こして。あと隣の安全装置も外してね』

 当たり前の話だが、タクムは銃など操作したこともない。アイの指示がなければ、それがなければタクムは戦うことはおろか、銃を撃つことすら叶わなかったであろう。


 そんな素人が30メートル以上も離れた的に当てることが出来るのだろうか。コルト・ガバメントの射程とは正しく狙った場合に当てられる距離である。銃の扱いに慣れていない者だと10メートル先の的に当てるのも難しい。


 タクムは右手のコルト・ガバメントを見た。鋼鉄の重量感、兵器特有の存在感、圧倒的なリアリティに身が竦む。しかし、このままではゲームは進行しない。


 やるだけやってみるか、と開き直って銃を握った。遊底を引くとカチリ、と予想したよりもずっとあっさりと発射準備が終わった。


 大口径の拳銃を片手で撃つと肩が脱臼すると聞いたことがあったため、無理はせず、両手で構える。正式な構え方など知らない。テレビやネットで見た射撃場の映像では……と、完全に見様見真似である。


 片目を瞑り、銃の先端についた突起――照準アイアンサイトを敵に合わせる。


 すると、突然、薄い白線が浮かび上がった。


「あ、予想線か」

『そう、転生時のボーナススキルだよ』

 BOFのサンプル動画を見た際のことを思い出す。まさにゲーム。しかし、銃素人のタクムにとってこれほどありがたい機能はない。白線は手前から段々と太くなっていくようだった。


 10メートルぐらいまでは細い糸のようであったのに、20メートルあたりで親指程度の太さになり、敵のいる30メートル辺りになると腕や足首くらいになった。更に10メートルほど先を見ると人の頭ほどの大きさとなり、ある一点でぷっつりと途絶える。


「消えたあたりが射程の45メートルなのかな」

 完全な当てずっぽうではあったが、あながち間違いではなかった。BOFでの予測線は自ユニットのものだと銃の射程距離と連動していた。


 ともかく、これで一安心である。タクムはガバメントを動かし、敵の頭部と予測線を合わせた。


 何の気負いもなく、引き金を



 ――弾いたズバァン


「ぐっ……」

 まず閃光マズルフラッシュが網膜を焼いた。その直後に耳を聾するような炸裂音が響き渡る。両肩に強い衝撃を受け、タクムはそのまましりもちをついた。


『マスター! 大丈夫!?』

「いや、大丈夫。くっそ、なんか、尻と腕がいってぇ……」

 予想以上の反動に銃を手離し、捻ったらしい手首をさすりながらタクムは敵のいる岩場を見た。


『でも、当たってるね』

「おお~」

 一番手前に居た男が、岩に倒れこむようにして倒れていた。タクムの狙い通り、頭からはドクドクと血を流し続けている。


『あ、今ので拳銃使い(ガンスリンガー)のレベルが上がったみたい』

「やった。それじゃあ、この調子でやっちまいますか」

 タクムはにんまりとした笑みを浮かべる。男達は未だにタクムの存在には気付いていないようだった。仲間が倒れたことは分かったが、銃撃音の轟く戦場でたった一発の銃声を聞き分けるのは難しい。


 自動拳銃は二発目以降は撃鉄が起きっぱなしとなる。引金に指を掛けながらアイアンサイトを敵の頭部に合わせていく。同じ鉄は踏むまいと、多少肘を曲げ、肩の力を抜いて、衝撃を後ろに受け流せるようにして照準を合わせていく。


 白い予測線が敵の頭部を捉えた瞬間、


 ――ズバァン。


 火薬の爆ぜる炸裂音が耳に響いた。しかし、二度目ともなると多少は慣れる。また姿勢も良かったのだろう、全身を襲う反動はそれほどでもなかった。前回は反射的に全身に力を込めてしまい、反動と真っ向勝負をしようとしたのが悪かったらしい。


 引き金を引ききる瞬間、目を瞑り、うるさいのだって覚悟さえあれば耐えられる。


 予測線に導かれた弾丸は狙いを過たず、敵のこめかみを打ち抜いていた。


 気を良くしたタクムは次なる男に狙いを定め、三度目の銃撃を行う。


 ――ズバァン。


 ――ズバァン。


 ――ズバァン。


 ――ズバァン。


 ――ズバァン。


 ――ズバァン。


 合計八発。タクムは一度のミスを起こすこともなく、敵の頭を打ち抜いた。


『マスター、すごい! 見直したよ!』

「あれ、おかしいな……」

 更に引き金を引いたが、カチリと撃鉄が動いただけで敵は倒れることも、弾丸が放たれることもなかった。


『それは弾切れだよ、マガジン変えないと』

 タクムは予備マガジンの入った左ポケットを探る。


 が、この頃になると敵もタクムの位置に気付いたらしい。


「うぇっ……!?」

『マスター、隠れて!』

 目の前を覆い尽くす、白い予測線。タクムは言われるがままに、岩場に身を隠した。


 ――ダダダッ、ダダダダッ、ダダダダダダダダダ――


「うおぉぉぉ――死ぬっ! 痛っ! 石痛ぇ!」

 フルオートでの銃撃に晒され、目の前の岩の表面がガリガリと削られる。その破片の幾つかがその影に隠れるタクムへと襲い掛かる。


「ちきしょ、モブ! モブの盗賊のくせして! 俺よか、いい装備とかふざけんな!」

 フルオート機能の付いたサブマシンガンやアサルトライフルに比べると、タクムのハンドガンはいささか以上に頼りなかった。


 ――ダダダダッ、ダダダダダッ――


「ひぃ! こえぇ! ゲームでもこえぇ!」

 小石が当たった程度でこの痛みである。もしも音速で飛来する鉛玉を体に受ければ、とタクムは考えぞっとした。


 マガジンを排出し、ポケットから予備のマガジンを取り出して装弾。


「くそが、なめんな! ブッ殺してやる!!」

 タクムは言って岩場から身を出し、


 ――猛烈な反撃を受けダダダダダダダ半泣きでまた身を隠すダダダダダダダダダダ――


「クソゲーだ! クソゲーすぎ!! なんで痛みまで再現すんだよ! くそぅ!!」

 タクムはBOF開発者に悪態を付いていると、銃撃音が止んだことに気付く。


 その代わり――


「弾切れか、これはチャンス……って」

 頭上の岩場をカラコロと何かが転がり、その何かが目の前に落ちる。


 それは取っ手の付いたパイナップルのような形をしていた。その表面は黒く塗りつぶされており、手のひらほどの大きさもしかない。


 ――爆弾!


『マスター! 走って!!』

「うっ、おおおぉぉ――!」

 タクムはすぐに駆け出す。直後に轟音が響き渡り、鼓膜といわず、全身を叩いた。背中が焼けるように熱い。破片の幾つかが突き刺さったのかもしれない。


 爆風はなおもタクムの背中を襲い、地面へと転がさした。


『マスター! 怪我は!?』

「大丈夫、っつーか、もうキれた! やってやる! やってやんよ!!」

 岩場から踊り出し、タクムは敵のいる岩場へ向けて走り出す。


 前後不覚に陥っているタクムは気付いていないが、それは尋常ならざる速度であった。時速60キロは下るまい速度で、草も生えない乾いた荒野を、しかも小石だらけの不整地を飛ぶように疾駆する。


 前方を予測線が覆う、その瞬間、


『マスター!』

「当たるかよおぉぉおおぉぉぉ!!」


 更に右前方へと加速。予測線を追い抜く。彼の後を追うように銃弾が流れていく。


 タクムは片手で銃を構える。しかし、走りながらでは補助線があってもまともな狙いが定まらない。


「ならば!!」

 タクムは近くの岩に足をかけ、そのまま飛翔。空中で狙いを定めた。


 目を見開いてタクムを見る男、その視線と白い予測線がかち合った瞬間、


 ――ズバァン。


 その眉間を打ち抜く。


「そのまま、お前も死ね!」


 ――ズバァン。


 着地と同時に銃を構えて更に一発。


 ひゅんと踊るように浮かび上がる、敵側の予測線。タクムはそのまま横に転がりながら照準を合わせる。


 ――ズバァン。


 男が倒れる。


 起き上がり、更に駆け出す。気が付けば白線の数は3本にまで減っていた。


 タクムは更に加速する。自らの安全のために更に接近する。


 ここまで疾走で、タクムは分かったことがある。


 ――近ければ近いほど、予測線は振り切れる!


 予測線は敵が引き金を弾く直前に浮かび上がる。タクムが動けば敵は狙いを合わせようと銃口を移動させる。しかし僅かな時間での調整には限界がある。引き金を弾く瞬間に動かせる角度が一度だったとする。


 タクムとの距離が100メートルであった場合、その移動距離は円の直径×円周率/360で1メートル60センチにもなる。逆に距離がその半分、50メートルであれば80センチ程度となる。25メートルなら40センチ、さらに半分なら20センチ。近づけば近づくほど調整できる距離は短くなっていく。的こそ大きくなるものの、撃つタイミングが分かっているならば躱すことなど造作もない。


「くそ! こいつ!」

「何で当たらねえんだ!」

「化け物かよ!」


 タクムは浮かび上がる白線を身を逸らして避ける。それと同時に引き金を弾く。その度に、男達の額に風穴が開いた。


「ふぅ……戦闘終了、と」


 ――ズバァン。


 残った三人の男達を倒すのに、10秒と掛からなかった。



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[一言] 「5キロのマラソンでは、友人とぐちぐち文句を言い合いながら一時間以上かけて完走したほどの現代っ子だ。」 若かったら、少し早足で一時間に6キロは歩くよ。つまり、5キロのマラソン全く走らなかっ…
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