新兵器の威力
予定通りに休暇を消化したタクムは、翌日の早朝5時に目を覚ました。
『おはよう、マスター』
「おう、おはよう、アイ。いつも早いな」
『というか、寝てないしね。ボク』
「そりゃそうか」
そんなどうでもいい会話を交わしつつ、タクムはシャワーを浴び、装甲服RR-Ⅲフルアーマを装着した。
肩には手に入れたばかりの対生体兵器ライフル、デイドリームを担ぎ、腰には愛用のコルトガバメントを差す。腰のポーチに回復薬と各種グレネードがあることを確認し、ガレージへと向かった。
ワンダーの手によってワックス掛けされ綺麗に磨かれたマイクロ戦車のボディがきらりと輝く。
『偽装率下がるからワックスとか止めて欲しいよね』
アイの見も蓋もない台詞に苦笑しつつ、タクムはハッチを開き、戦車に乗り込む。
戦車の操作基盤から伸びたポートを携帯の端子に差し込み、エンジンが起動される。
デイドリームを車内に置いて、ハッチから這い出たタクムは、ドルルルルとちんまいながらもそれなりに迫力のあるエンジン音を響かせるマイクロ戦車の横を通り、ガレージのシャッターを開けた。
戦車がひとりでに動き出し、ガレージを抜けたところでシャッターを下ろす。きちんと施錠されたことを確認すると、砲塔を昇る。
『おかえり、マスター』
「ただいま。寂しかったか?」
『べ、べつに、寂しくなんてなかったんだから。むしろ、清々したくらいだわ』
「よし、出発」
『ちょっと、無視だけは止めてよ!』
先日から借りっぱなしの自走コンテナを引きながら大通りを北にひた走る。
城門を抜け、さらに北へ。先日利用した狩場へと到着したところでタクムは再び車外に出た。
いい景色だな。時刻はちょど午前6時00分。太陽が地平線から顔を出し、赤茶色の荒野を鮮やかな緋色に染めていた。
夜空が赤から紺色へと変わっていく絶妙な朝焼け。地球のそれより一回り大きな太陽が、未だに天空に居座ろうとする一等星や二等星をその膨大な光量で飲み込まんとしている姿が何故かタクムの胸を強く打つ。
さて、タクムが朝一番の景色に見とれている間、アイがワイヤーアームを操作して、タクムとシーサペントが潜るための穴を用意していた。
ついでにコンテナに積んでおいた、袋詰めの犬肉を放り投げる。
弾道計算でもしたのか、撒き餌はちょうど300メートル先に着弾。周囲に大量の血肉を撒き散らして破裂した。
四本の脚をもそもそと動かし、二メートル四方の穴に入り込む戦車。
『じゃあ、シートかけてくれる?』
無線機能のヘッドセットから下された相棒の指示に従い、タクムはその上部を擬装シートで隠し、スコップを使って砂を掛けた。
そのまま西へ100メートル。自身も真新しい穴に飛び込み腹ばいになると擬装シートを使って身を隠した。
『じゃあ、後は敵さんが来るまで待機していて。オーバー』
「おう、了解だ。オーバー」
タクムは答えて、照準器の中を除いた。
――来た……。
餌が良かったのか、それとも時間帯が良かったのか、前回とは違い、ものの30分で変化は訪れた。
現れたのは<ホットドッグ>。犬のような形状に赤茶色の表皮、おなじみリザードッグの亜種である。生体散弾銃を撃ってくるそれとは異なり、体内で生成した生体燃料を使って火炎放射を行ってくるクリーチャである。
生体燃料の詰まった袋は、人間で言うところの喉ぼとけ辺りに位置しているらしく、誤って打ち抜くと大爆発を引き起こす厄介な相手でもある。
『それじゃあマスター、昨日と同じように……って違うね、頭は狙わなくていい。胴体の何処かに当てればそれだけで倒せるから』
「了解。任せておけ」
タクムはふぅっと大きく息を吐き、スコープの中の生体兵器を覗く。
僅かに震える十字線。しかし、甲種銃職人ドリーム・ランド謹製の20倍率高性能スコープのおかげで、枠からはみ出すほどの大きさとなっている。外す理由がない。
『撃て』
観測手の指示に従い、人差し指を弾く。
肩に掛かる強い反動。銃口が跳ね上がり、タクムの体ごと弾き飛ばそうとする。しかし、タクムはじゃじゃ馬の派手な抵抗をステータス値3.50の怪力でもって無理矢理に押さえつける。暴れる女を組み伏せるのを愉しむ強姦魔のような気分である。
スコープの倍率を下げ、再び標的を覗き込む。そこにはひき逃げされた猫のように、腹部をぶち撒けながら横倒しになったホットドッグの姿があった。
『GJ! ほ、褒めてあげてもいいんだからね!』
「さんきゅ。べ、別に嬉しくなんてないんだからね!」
『あはは、この調子で頑張って。前より風が強いからきっとこれから次々に来るよ』
「了解。通信終わる」
『通信終わる』
それから先は例のごとく、確変に突入したパチンコ台のように、コンスタントに生体兵器が姿を見せるようになった。
10分から5分に一度に現れる小型生体兵器を順調に狙い撃つ。死体の数は15体にも及び、狩場に漂う濃密な血の気配がこちらまで届くようになる。
.338 ラプアマグナム弾の威力は絶大で、頭部に当てらずともどこかに着弾すれば敵を確実に殲滅した。当たれば殺せる、その自信が余裕となってタクムのスコアもうなぎ登りだ。
『そろそろ周辺の生体兵器は狩り尽くしたみたいだね、終了しようか』
「ああ、回収頼む」
100メートル先の岩場の土が盛り上がり、マイクロ戦車が姿を現す。ワックス掛けされた輝きも、大量に舞い上がった砂埃でいい感じに掻き消されている。
戦車が獲物を回収し終えるまで、タクムは擬装したまま待機する。
餌が荒野に存在し、かつ、車体を晒しているこの時間こそが最も危険だろう。無論、アイもカメラを回しているだろうが、タクムも警戒を蜜にした。
ほどなく、回収作業は終了し、タクムは戦車へと乗り込んだ。
『どう、マスター。疲れのほうは?』
「問題ないよ。慣れも幾分かあるけど、この銃のおかげでほとんど疲れは感じてない」
有効射程が僅か500メートルの銃で、300メートル先の急所を確実に撃ち抜くのと、有効射程1500メートルの銃でたった300メートル先の的のどこかに当てればいい。この両者の違いは思った以上に大きかった。体力でなく精神的な消耗が桁違いだ。
『緊張から解放された直後っていうのもあるかもよ?』
「そうかもな。でも、今は平気だ」
『うん。マスターはつまらないギャグは言うけど、つまらない嘘を吐く人じゃないってことは重々承知しているよ。でも、念のため、ね。仮眠も取れるなら取っておいたほうがいい』
心には余裕があっても、体はそうとは限らない。狙撃時はとかく神経を消耗する。視神経、反射神経、指先の末端に至るまでを懇切丁寧に制御し、引き金を弾く。
ストレスは感じていなくとも、体は疲れていることは間違いない。今は神経が高ぶりすぎて、疲れを感じられないだけだ。休めるうちに休む、というのは軍人(タクムは開拓者だが)の勤めであり、兵士の体調管理に細心の注意を払うのも事務官の仕事である。
「そうか、そうだな。悪い……しばらく……寝る……」
リクライニングシートを倒したタクムは、アイマスクをかけた。
『ふふっ、まるで子供みたい』
ことんと意識を失うタクムの姿を見て、アイは優しい声でそう言うのだった。




