うちのAIが有能すぎる件
『マスター、起きて。街に着いたよ』
「うっ……」
タクムが目を覚ました頃には、既に<ガンマ>の街を走っていた。車内に貼り付けられたディスプレイからマップで位置を確認すると、どうやら今は大通りを外れ、街の東側に向かっていることが分かった。
「どこへ向かってるんだ?」
『解体工場だよ』
解体工場とは、手に入れた生体兵器を文字通り<解体>してくれる施設である。開拓者ギルドが運営している施設なため、手数料こそ掛かるがギルド会員なら割引される。
料金は小型は一律一体50ドルぽっきりと、手作業で解体する手間を考えると任せてしまったほうがずっと楽なのである。
また開拓者ギルドに張り出されている依頼は、大抵が<スカトロベンジャーのミソを10キログラム獲ってきて>とか、<リザードッグの一枚皮を5体分持って来い>とか部位を指定してくるため、必要以外の部位はギルドや知り合いの商売人に販売するのが普通なのである。
解体工場はクリーニングに似ている。解体する生体兵器とその数を受付に言い、受け取り用コンテナに乗せる。すると工場内の作業員が確認し、タッチパネルに○○がxx体、△△が□□体といった確認画面が表示される。
承諾し、料金を支払うと引換券が発行され、後日受け取りにくると部位ごとに解体された上、袋詰めにされて冷凍保存までされた素材のパックを手渡されるという寸法だ。
特急解体や指定部位解体、解体部位の配送などなど別途、オプションをつけることが出来、解体中の事故やミスなど工場側の過失によって被害を被った場合には損害賠償とギルドへの証明書を発行してくれる。
タクムはさして急ぎでもなかったため、通常の翌日解体を選択して引換券を受け取った。
ギルドで生体兵器討伐の報奨金を受け取るだとか、ワンダーのところで戦車の整備を依頼してもらう、貸しコンテナの返却――等々、やることは山ほどあったが、全てを後回しにしてタクム達は家に帰った。
貸しコンテナを連結したまま、マイクロ戦車が大通りを走り抜ける。実はコンテナのほうがサイズが大きい。自走式なので問題ないが、昼間よりも更に衆目を集めている。
借家のアパートとはいえ、ガレージ付きのそれは結構な面積がある。というよりも、ガレージが半端じゃなくでかい。戦車や大型の軍用車両が入ることを見越して設計されているため、コンテナ付きのマイクロ戦車でも楽々入り込むことが出来る。
使用した銃器は弾丸を抜き出して地下の弾薬庫へ仕舞うものだが、ワイヤーアームが何も言わずとも片付けてくれた。出来た嫁(AI)である。
家に入り、タクムは一日にして泥だらけの汗まみれで大分くたびれた感のある装甲服を脱ぎ捨てた。
風呂も食事も洗濯も、終いには下着を替えることすら後回しにして、辛うじて携帯を充電器に差し込んだところでベッドへダイブ。
『マスタ、せめて下着だけでも替えない?』
「もう無理……動けない……」
アイの苦言さえも無視したところで彼の意識は途絶えた。
目覚めは最悪だった。
変な夢でも見たのだろう、内容こそ覚えてはいないが、大量の寝汗を掻いており、喉も少しいがらっぽい。乾いた汗と泥が交じり合い、乾ききって大変な臭いを発しているし、全身もだるい。
「調子……悪い……」
『お風呂に入らず、食事も取らず、お布団だってきちんと被ってない。調子悪くなるに決まってるよ』
アイから至極真っ当な指摘を受ける。
自業自得と言われればそれまでなのだが、せめて今日くらいは優しくして欲しかった。
『仕方ないな……冷蔵庫にある栄養ドリンクを飲んで。それでもダメだったら、もう一眠りして』
タクムは言われるがまま、キッチンへと向かい、瓶詰めの栄養ドリンクを取り出す。
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リペアビタンD
D級指定の栄養ドリンク。<ローラータートル>や<バズーカベア>の肝など滋養強壮成分が含まれており、個人差にもよるが気力(SP)を200程度回復する効果がある。
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「またナノマシン……しかも生体兵器入りか……」
アイの説明を読んだのは蓋を開けてしまってからであった。今更戻すわけにもいかず、タクムは意を決して栄養ドリンクを飲んだ。
「う、……ふ、普通だ」
味は多少ケミカル感が増しているものの、日本人がイメージする栄養ドリンクそのものである。
それと同時、ふつふつと湧き上がるナニカ。琥珀色の液体が喉を通り、胃袋に収まった瞬間に体中がポカポカと暖かくなり、先ほどまで感じていた疲れが流されていくような感覚を得る。
『元気になった?』
「ああ、これなら今すぐにでもフィールドに出られそうだ……」
やる気は十分。あのくそ暑い中の擬装待機とて、何時間でも耐えられそうである。
『それはよかった。でも、その前にお風呂入ってね。マスター、ちょっと臭うよ』
「……はい」
アイにそう言われ、タクムはすごすごとバスルームに向かった。
風呂――今日はきちんと湯船に浸かった――から出て、昨日買ったばかりの服に着替える。カーキー色のカーゴパンツにVネックの半袖黒シャツ、グレーアッシュのロングコート。アイセレクトのそれは普段着のジャージよりも遥かに見栄えがよい。
『うん、これで小銃でも担げば立派な開拓者だね』
ロングコートの裏地にはおなじみの<リザードッグ>の皮が縫い付けられており、若干の防弾性能を有しているから驚きだ。
アメリカなど比較にならないほど銃が浸透しているこの世界では、この程度の防弾性能など別段目新しいものではない。
スーパーでも普通の上着に混じって防弾ジャケットが陳列されていることにタクムは驚きを隠せなかった。生体兵器の皮を貼り付ければなんでも防弾になるとはいえ、文化の違いにはびっくりだ。
ゴワゴワとして固いジャケットの着心地はあまり良ろしいものではなく、ジャケットは出かける時にだけ着ればいいかだろうと、タクムはすぐにハンガーに戻した。
「アイ、今日の予定は?」
『まずは素材の受け取って、それからギルドへ行ってカードと素材の換金。<シーサペント>をワンダーさんのところに点検に出して、その間に銃の整備をしようかな』
「それからは?」
『ないよ。あとはお休み。念のため、明日も休暇にしようか』
「そんなんでいいのか……?」
全部合わせても三時間も掛からない工程だ。それから明後日まで休みというのは、勤勉な日本人たるタクムには違和感を感じさせる。昨日だって狩りは半日と掛かっていない。実質の稼働時間は6時間もないだろう。
『マスターはまだ実感が沸かないかも知れないけれど、戦場っていうのはものすごく精神的負荷がかかるんだよ。ストレスなんてレベルじゃない。毎日毎日命がけで戦おうなんて馬鹿のすること。そんなことしたらいずれミスを起こして死ぬか、PTSDになるかだよ』
「そうなのか……」
『そもそも戦場では一回のミスや判断遅れが死に直結するんだから、常に万全な状態で挑まなきゃ。ボク達は軍人じゃないから自分の都合で動けばいいんだよ。
疲れていたら外には出ない。疲れを感じる前に街に帰る。疲れが完全に消えるまでお休みをする。
そういうローテーションでいこうと思っているんだ。疲れで体が動かなくて死んじゃいました、なんて笑えないでしょう?』
「確かに。人事を尽くして天命を待つみたいな感じか?」
『まあ、似たような感じ。ベストを尽くしても死んじゃう時は死んじゃうけど、その時はしょうがないよね』
「しょうがなくないよね、それは!?」
『大丈夫、ボクが守ってあげるから』
どれだけ丁寧にやっても、死ぬときには死ぬ。それはもう仕方のないことだ。
この世界では街中とて安全とは言い切れない。生体兵器の群れに襲われて街が壊滅するなんてことも日常茶飯事だし、犯罪者に襲われるなんて日常茶飯事だ。
常に最悪の場合を想定し、それに備えた行動を取り続けるしかない。アイが戦車を買い、銃器を買い揃え、タクムを戦場にやるのだって、自力を上げさせるためなのだ。
逆に強ければ大抵のことは何とかなる。
強ければ生体兵器の群れでも返り討ちに出来るし、犯罪者如きに遅れを取ることもない。最低でも逃げるくらいのことは出来るだろう。
アイはきちんと自分のことを考えてくれている。言葉には出さないものの、タクムはこの捉えどころのない人工知能には全幅の信頼を置いている。
「うん、頼りにしてる」
『マスター、デレるの早すぎ!』
「うるせえ! 黙ってろ!!」
タクムは、携帯電話をポケットに突っ込んで黙らせてから、朝食のピザを温めた。
解体工場から解体された生体兵器の部位を受け取る。一メートル四方の大きなダンボール箱だったが、その数は20個にも及んだ。
段ボール箱を満載にしたコンテナをマイクロ戦車で牽引しつつ、その足で開拓者ギルドへ向かう。
まずは生体兵器カードの換金。これはすぐに終わった。脅威度に応じてレートが異なるだけで、受付にてカードを提出し、ギルドカードに即時振り込まれるだけである。
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リザードッグ(脅威度D-):100$×5
ホットドッグ(脅威度D-):100$×2
スカトロベンジャー(脅威度E):50$×2
合計:800$
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一日の稼ぎとしてはそう大したものではない――古参の開拓者であれば一月に10万ドルぐらいは簡単に稼ぎ出す――出撃が三日に一度と考えると一ヶ月ベースでは8000ドルにしかならない。日本円ベースで80万円。命がけの戦闘をこなした対価としてはいささか物足りない額である。
それどころか戦闘では銃弾を始めとした消耗品の補充や怪我の治療、銃や車両の修理点検などの諸費用を考えるととても割りに合わない。タクムは狙撃という最も効率のよい戦闘方法で無駄弾や消耗などを最小限に抑えたが、それ以外の開拓者では最悪トントンになってしまう。
当然、その点はギルドでも考えられている。カードの換金だけではなく、ギルド窓口で生体兵器の部位も買い取りも行っているのだ。カード+素材の販売、それで開拓者へ利益を還元するような仕組みになっているのだった。
「オオヤマ様は現在、依頼を受けられておりませんが……解体された素材は全て買い取りでよろしいでしょうか」
受付嬢が尋ねる。
ちなみに買取額は、高級食材の一つに数えられるイモ虫一体が1000ドル。辛うじて皮や牙爪が衣服や日用品になる犬系が300ドルとなっている。
つまりこの時点でタクムが得られる収益は800ドル+イモムシ2000ドル+犬2100ドル。合計4950ドル。月ベースで5万ドルほどになる。
しかし、そこで納得するようなアイではない。
『FD1202398、FD1206344、FD1218492、FD1247861、ED1201945、ED1204378、DD1200124、DD1200878、DD1201591の依頼を受けたいんだけど?』
「えっ?」
聞き取り切れなかったのか、それとも携帯電話のスピーカから発せられる無機質な声に驚いたのか、受付嬢が尋ね返してくる。
『だから依頼番号のFD1202398、FD1206344、FD1218492、FD1247861、ED1201945、ED1204378、DD1200124、DD1200878、DD1201591だよ?』
「あ、あっ、はい、大丈夫です。少々、お待ちください……」
女性はキーボードを叩く。何度か聞き直していたため、面倒になったのか、アイは依頼番号をディスプレイに表示させる。
「このご依頼でよろしかったでしょうか」
『いいよ、間違いない。早速納品するから、係りの人を呼んでくれる』
タクム達のいる開拓者席に向いたタッチパネル端末に表示されるが、数秒と掛からず照合を終えたアイが答えた。
タクムが<承諾>ボタンを押すと、依頼表がプリンタに印字される。
タクムにそれを受け取らせると、アイは駐車場に戻り、戦車に乗り込むように言った。
「受付の人、困ってたじゃないか」
『いいのいいの、連中は何にも知らない無知な開拓者相手に中々アコギな商売してるから、使い倒してやるくらいでちょうどいいんだよ。さてと、来たね』
駐車場に係員が来たところで、アイはワイヤーアームを動かし、ダンボールを開いた。
『これがFD1202398のリザードッグの牙と爪と皮3体分とFD1247861で同じのが2本分。ED1201945でリザードッグの生体散弾の銃身が3丁とその弾薬。
こっちはFD1206344とFD1218492でホットドッグの牙爪皮がそれぞれ1体分ずつ。ED1204378で2体分の生体火炎放射器とその燃料。
DD1200124でスカトロベンジャーの足肉300キログラム、DD1200878でミソが5キロ、DD1201591で腹肉が500キロ』
部位ごとにパック詰めされた生体兵器の素材を取り出し、依頼ごとに仕分けする。20個ほどもあったダンボールが僅か5個ほどになったところでワイヤーアームの操作が終わる。
『確認して』
「は、はい!」
その所要時間は僅か5分。アイの巧みなワイヤーアーム捌きに圧倒されていた係員が確認のために動き出す。
「全て確認致しました、問題ありません」
係員は依頼表に受け取り印を押す。アイはそれをワイヤーアームで受け取った。
30キロはあろうかという鉄腕を近づけられ、顔を引きつらせる係員。
『それじゃあ、ボク達、他に行くところがあるから』
「はい、ご利用ありがとうございました」
ワイヤーアームを器用にふりふり、マイクロ戦車は走り出した。
『あはは、楽しかったねぇ』
「なんだったんだ、一体……」
『うん。今ある素材から報酬のいい依頼だけを抜き出して納品しただけだよ』
「ん? 丸ごと買い取ってもらえばいいんじゃないのか?」
『そう、生体兵器を丸ごと売ってしまえばそれなりの金額になる。だから、普通の開拓者は何にも考えずにギルドの言われるがまま死体を売っちゃう。
けどね、それって実はかなり損なんだ。今だってたった9体の生体兵器の死体だけで9件の依頼を完遂できたでしょう。その内、3件はD級、丙種 開拓者が受けるような割のいい仕事だったんだ。収支、見てみる?』
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FD1202398 400$
FD1206344 100$
FD1218492 100$
FD1247861 250$
ED1201945 800$
ED1204378 750$
DD1200124 1200$
DD1200878 1000$
DD1201591 1500$
合計:6550$
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『これにカードの収益を加えれば7350ドル。月ベースで考えると7万ドルとちょっとだね』
「一気に2000ドルも増えたな……」
『それだけじゃないよ。まだダンボールには素材が残っているからね。残りをギルドに売るだけで500ドルになるし、更に保管しておいてマッチする依頼があったら納品してもいい。それにスカトロベンジャーの肉はまだ余っているし、犬の肉だって家畜の餌になるから、生肉を扱う商人とかお店とかに卸してやれば1000ドルはいける』
「なんだかギルドに騙された気分になるよ」
『言ったでしょ? アコギな仕事しているって』
「ああ、小型生命体とはいえ、少し売り方を替えただけで月3万ドルもの稼ぎになるんだな」
3万ドルともなれば車一台は買える額だ。
『そう。だからある程度の規模の傭兵団になると専門の事務官がいて、こういったことをやって利益を増やしていくんだ。ま、ボクがいるからそこら辺は心配しないで』
戦闘補助に車両の運転、それから事務官の仕事までこなしてくれるアイに、ますます頭の上がらなくなりそうである。
とはいえ、今後の生活の目処は立った。
タクムは、アイに気付かれぬようそっと胸を撫で下ろすのだった。
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残高: 36,252$
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