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鋼鉄のアイ  作者: 大紀直家@パブロン
スキルアップ
10/90

狙撃

 乾いた荒野。見渡す限りにひび割れた赤茶色の大地が続いている。草木のひとつも生えないその土地は、ただでさえ実りの少ないこの世界でも殊更、異質なものだった。


 そんな不毛の地に異質なものがひとつだけある。


 肉だ。


 血も滴るような赤々とした肉塊が地べたにでんと放置されている。


 無論、自然に生えてきたわけではない。誰かが運んできたものだ。


 犯人は、肉塊から南に300メートルほど離れた岩場にいる。遠目から彼を認識できるものはいないだろう。岩場あるのはやはり大小の岩だけだ。それはいつまで経っても何の変化はない。しかし、じっくりととある一転だけに目を凝らして見続けると、さらさらに乾いた砂や豆粒ほどの小石が僅かに動いていることを確認出来るようになる。


 タクムだ。彼は現在、不毛の大地に寝そべっていた。その上からカムフラージュ用のシートを被せ、砂をかければ彼を認識できるものはいなくなる。


 完璧な隠蔽。アイの的確な指導の下、幾度となく潜る被る砂を掻けるを繰り返した結果、彼はプロの軍人さえ目を剥くようなカムフラージュに成功していた。


 そんな彼は現在、自ら放置した肉塊を熱心に見つめている。照準器の向こう側から。


「こちらタクム。アイ、何も来ないぞ? オーバー」

『こちらアイ。そんなことないよ。今は周囲を警戒して来ないだけ。もうすぐ出てくるはずだからもう少し待って。おーばー』

 最後の一言だけやけにやる気なさげに返答してくる相棒。


 タクムは、はぁと息を吐いた。地べたに潜伏を開始して1時間近く経っている。時刻は12時を回り、太陽は頂点をやや通り過ぎたところ。気温はぐんぐん上昇し、35度を超えていた。


「あつい……」


 暑いというより、熱い。地面に直接触れている前面はそれほどでもないが、とにかく背中側がどうしようもなく暑い。シートを被せ、更に砂で覆ったとはいえ、この気温に加えてこの天気である。憎々しいほどに晴れ上がった空から灼熱の太陽光線が燦々と降り注いでいる。その熱量は膨大で、薄い防壁シートなど容易く貫き、内部に熱を届けてくる。


 ――58:33


 乾季――ガンマ周辺には雨季と乾季しかなく、つまり梅雨と夏で今は夏――とはいえ、この暑さはどうなんだと言いたくなる。タクムはあの時、言い放った一言を早くも後悔していた。


『働かせてくれ』


 預金額の低下ぶりに驚愕し、つい言ってしまった言葉。それさえなければこんなクソ暑い場所に居なくて済んだかもしれないのだ。


 アイの提供した仕事は簡単。見やすい場所に餌を置いて、生体兵器えものを誘き寄せよう、という分かり易いものだった。


 隠蔽の練習を繰り返し、いざという時の秘密兵器、RPG-7の使用方法の伝授と試射を行い(おかげでミサイル兵Lv1の兵種を獲得した)、いざ本番。荒野の中央に肉塊を置いて、生体兵器がくるのを待っているという寸法である。


 ――59:03


 不毛の大地とはいえ、生体兵器は存在しているものらしく、餌の少ないこんな場所だからこそ逆に、臭いを嗅ぎつければ警戒心もなく飛び込んでくるだろうとのこと。


 ――59:46


 装填状態のRPG-7の隣に横たわり、盗賊から奪った自動小銃ブローニング1918を構えたまま、かれこれ1時間も経つというのに、生体兵器はおろか、虫の一匹も姿を見せない。


 極限に近い暑さに加え、代わり映えのしない景色を延々監視し続けるなど精神力の低めのタクムでなくても辛い作業である。むしろ一時間もよく持ったと考えるべきかも知れない。


 ――ケータイ触りたい……。


 アプリがやりたい、ネットが見たい、録画したアニメが見たい、お気に入りのマンガを読み、本棚に積んだ小説を消化したい。こんなところは自分の居るべき場所ではない。そんな思いが次第に強くなっていく。


 戦車はここから南に100メートルのところにある。ワイヤーアームで穴を掘って沈めてある。肉を挟んで十字砲火が形成できるようにしたのだ。


 そろそろ一旦、休憩してもいいだろうとタクムが立ち上がりかけた時、


 ――59:59


「……あれ、」

 それまでの辛さが嘘のように消えた。


『マスター、そろそろ戻る? 辛いんじゃない?』

「いや、だい、じょうぶ……」

 タクムは首を傾げた。さて、なぜこんなにも気持ちが楽になったのか分からなかった。楽というよりはむしろ、余裕あるいは簡単。待ち続けることがそんなに苦ではない、そんな感じ。


 しかし、なぜ楽になったのかまでは分からない。嫌いだった食べ物が何かの拍子で好きになったり、マラソンの終盤で急に呼吸が楽になったり、何かがすっと自分の中に入り込んできたような言い様のない感情が湧き上がる。


「まあ、いいか……」

 とにかく楽になったなら問題ない。あと2、3時間は余裕で潜っていられる、そんな確信と共にタクムは獲物を待ち続けた。


 夕方。完全に日が落ち、辺りが赤く染まった頃、タクムは言った。


「来た……」

 照準器の隅に蠢くものを発見し、タクムはレンズの倍率を上げた。


『スカトロベンジャー……よかったね、当たりだよ』

 タクムは、事前にアイから出没が予想される生体兵器の一覧を見せられていた。その中の一つに同じ名前があったことを思い出したのだ。


-------------------------------------

スカトロベンジャー

体長2メートルほどのイモ虫型の生体兵器。動きはこそ素早くないが強い生命力を持つ。

頭部の角から強固な有刺鉄線を飛ばして敵の動きを絡めとり、無数の牙による噛み付き攻撃と、額の角による突進攻撃を行ってくる。

その肉は非常に美味で知られており、多くの美食家から愛されている。

名前の由来だが、一見、スカにしか見えない茶黒い表皮とイモ虫の形を、美味だ珍味だと好んで食す金持ちを嘲笑うために開拓者が付けたと言われている。


脅威度:E

生命力:C

近/中/遠攻撃力:E/G/-

装甲:E

俊敏性:F

-------------------------------------


『弱点は目玉の上にある30センチぐらいの黒い斑紋だよ。そこが脳みそ』

 ついでに脳部分は肉部分よりも更に美味とされており、高値で取引される部位である。開拓者はスカトロのゲリPーミソと非常にお下品な名前で呼ばれている。


 そんな悲惨な名前で呼ばれているとは知る由もない生体兵器が、肉塊に向かって突進する。大きな体の先についた丸い口ではむはむと肉塊に口を付けようとしている。


「ピアシングショット」

 スコープの中の十字線レティクルを斑紋の中心に動かしながら、タクムは言った。


 瞬間、キィンと脳内で何かが結合するようなイメージが迸る。体内にあった名状しがたい何かが銃身へと集まり、凝り固まって一つの明確な力に変わっていくことをタクムは感じた。


 <貫通>という魔弾が完成したことを悟ると、タクムは小銃の引き金に指を掛けた。


『はい、まずは深呼吸』

「ふぅ……すぅ、ふぅ……すぅ……」

 アイの言葉に従い、鼻で吸って口で吐くを繰り返す。


 揺れる指先。それを一瞬の集中力でもって押さえつける。試射は10発以上も行ったし、今は狙撃に適したふく射姿勢である。


 しかし、前回狙撃に使用したブローニングM2に比べて、ブローニングM1918の使う.30-06スプリングフィールド弾は軽く、銃身自体も短く、命中精度も荒い。そのため300メートルと距離こそ短いが、決して油断してはいけない。難易度は前回よりも上がっていると考えたほうがいいだろう。


 さすがに奇跡の1000メートル狙撃とは比べるべくもないが、かなりの集中が必要なことには違いはない。


『鼓動に合わせて指先は動くよ。だから平常心。気持ちを穏やかにして心拍数を下げるんだ』

 今回は位置を知られれば用意に詰められてしまうような距離だからだ。失敗は許されない。もちろん、アイの遠隔操作によって戦車からの補助は期待出来るが、それだって絶対ではない。


 プレッシャーを押さえつける。大きな呼吸で脳に大量の酸素を送り込む。平常心は無理だが、少しでも成功率を上げる必要がある。


『そう、それでいいよ。心臓の動きに合わせて引き金を弾くんだ。タイミングはボクがやるよ。いいかい?』

 タクムは頷く。みじろぎの音が聞こえたのだろう、『大丈夫。マスターなら出来るよ』とひどく楽観的な励ましを受ける。


 まったく根拠のない、身びいきとしか思えない言葉である。けれどそれで幾分か楽になったのは確かだ。


 タクムは揺れ動く銃口を押さえつけ、大きく息を吐いた。


『呼吸を止めて――撃て』


 パシュ、と空気の抜けるような音がした。普段は飛び散る火の粉もない。

 タクムはスコープから目が離せなかった。本当に当たったのか、俺はきちんと撃てたのか、消音器によってかき消された銃声はタクムに酷い不安感を与えた。


 ――シュパッ、


 レンズの上に浮かぶ斑紋。その一部にさらに黒い、斑点のようなものが見えた。そこから一筋、赤黒何かがこぼれ出している。


「――ッ!?」

 次の瞬間、穴が弾けた。


 抑え付けられたホースの口から水が噴出すように、何かが飛び出した。それは血液だったり、脳の一部だったりするのかも知れない。


 ――違う。


 しかし、タクムは確信した。


 あそこから流れ出たものは、そんな物理的なものじゃない。


 ――命だ。


 タクムは直感的に理解する。


「殺した……」


 レンズから目を離す。300メートルの彼方で、魂を打ち抜かれた生体兵器の体が横倒しになっていくのが見えた。ドウっという音がここまで聞こえてきそうであった。


「殺した…………ッ」

 タクムは言う。


 俺がお前を殺したのだと。

 正面から挑みかかるでもなく、背後から襲い掛かったに過ぎない。


『おめでとう、マスター。さすがだね』

 アイの賛辞。


 タクムは首を横に振る。


「なんだか、全然、誇らしくないな」


 思えば能動的に生き物を殺したのはこれが初めてだった。誰かを助けるためでもなく、自らを守るためでもなく、ただ自分の利益のために他の命を奪う。この行為はとても罪深いように感じられたのだ。


 今欲しい言葉はきっと罵声なのだろう。自分の都合で生き物を殺してしまうような自分を詰って欲しかったのだろう。


「なあ、俺、酷く身勝手だと思わないか」

『ふふ、肯定されたらへこむくせに』

「ですよねー」


 婉曲に身勝手であることを肯定されて、タクムはしばらくその場でへたり込んだ。


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