とりあえず、ゲーム世界だと思うことにする
「なんだ、こりゃ……」
タクムは気が付けば荒野に立っていた。
荒野、そう荒野だ。枯れ木や疎らに雑草が生えただけの荒れ果てた野原なのだから、その表記に間違いはあるまい。
しかし、
「なんで、こんなところにいんだ……俺」
前後関係が不明だった。
タクムはつい先ほどまで自室のPCでゲームに興じていた。
オンラインゲーム『バレット・オブ・フロンティア』。
最近、ネットで話題だというFPSゲームである。友人に誘われ、会員登録を済ませた途端、目の前が真っ白になった。
そして、気が付けばここに立っていた。
呆然と立ち尽くすタクム。そんな彼をあざ笑うように丸くなった枯れ草が風に飛ばされ、足元を掠めていく。
服装は部屋に居たときのままである。寝巻き代わりに使っている一本ラインのプーマのジャージ。なぜか裸足の上から愛用のスニーカを履いているが、それはこの際、どうでもいいだろう。
問題は右手に握られたモノだ。
「これ……鉄砲、だよな……」
ずっしりと重みのある、鉄塊。ひんやりと冷たいそれは圧倒的なリアリティでもって存在感を主張していた。
すると、突然
「おわっ!?」
左手のポケットが震えた。ボリュームマックスの着信音。
タクムはポケットに手を突っ込み、その原因をつかみ出す。
彼の手の平で震え続ける携帯電話。先日購入したばかりのスマートフォンがけたたましい電子音を奏で続ける。
着信である。相手先は不明だった。そもそも『000-0000-0000』なんて電話番号は存在するのだろうか。そもそも<圏外>でどうして着信が鳴るのだ。
不審に思いつつも、タクムには出ないという選択肢はなかった。そもそも手詰まりであったし、このタイミングで電話をかけてくる相手がこの不思議現象を引き起こした首謀者である可能性は高かったからだ。
『はじめまして、ご主人様』
携帯電話を耳に当てると、実に人工的な音声がした。女性なのか男性なのかすら分からない。最近話題のヴォーカロイドのような声であった。
「誰だ、アンタ?」
『誰かと聞かれると困っちゃうね。ボクには名前がないんだ。識別番号はあるんだけどね。それって名前じゃないし。マスター、付けてくれない?』
実にフランクな口調で返してくる<声>。瞬間、頭が沸き立ちそうになるが、それを必死に抑えてタクムは返した。
「アイ」
『いいね、英語変換だとラブだね』
「ちげーよ、iだよ。ケータイの頭文字から取った」
『なるほどね。了解。それでもいいよ、音の響きが気に入ったから。それで先ほどの答えだけど、ボクはアイ。マスターに使える人工知能さ』
「うさんくせぇ」
人工知能のくせして実にフランクなやつだ。本来は淡々としているはずのヴォーカロイド声に微妙な強弱をつけて感情を表現してくるあたりが特に不快だった。
「聞いておいてなんだが、お前が何者か、なんてどうでもいい。俺をこんな所に連れてきたのは何だ?」
『分からないね、ボクがやったわけじゃないし』
「嘘を付くな!! このタイミングで電話をかけてくるやつが関わってないはずがないだろう!!」
タクムは声を荒げたが、それに対する返答は実に淡々としたものだった。
『うん、一応、関係者ではあるよ。けれど、原因を作ったのも、実行したのもボクじゃない」
「じゃあ、誰がやったってんだ!」
『この世界の神様』
「神様?」
『そう。神様。マスターの世界の神様と、この世界の神様が取引をしたんだ。人間一人交換しませんかって』
「はぁ?」
『理由は、詳しくは言えないんだけど……マスターはいずれ、あちらの世界の秩序を乱すことが分かっていた。だから神様はそれを未然に防ぐために、他の世界の神様と取引をしたんんだ。こちらの世界での危険人物と、そちらの世界での危険人物とを交換しませんか? って。そうすればこれからも未来は安泰、世界は平和』
「そんな与太話を信じるとでも?」
神様だの世界だの頭がおかしいとしか思えない。タクムは呆れてしまった。嘘を付くにしてももう少しマシなものがあるだろう、と。
『信じて欲しいな、でも、信じてくれなくても仕方がないと思っている。でも、これだけは信じて欲しい。ボクはマスターに尽くす。誠心誠意に尽くすよ。だからマスター。ボクのアドバイスにだけは耳を傾けてほしいんだ』
ヴォーカロイド声で信じろとか尽くすとか訳が分からないことを喚き続けるアイ。タクムは着信を切る為に携帯電話から耳を離した。
『待って! マスター、カメラ機能を使って! この世界のこと、ボクは色々知っているから! 画像を解析して情報を送るから、きっと役に立つから!!』
通話を終え、タクムは小さく息を吐いた。
「何が世界だよ、馬鹿じゃねえの」
結局、謎の声の主は訳の分からない言動を繰り返すばかりで、タクムの精神力をガリガリと削って去っていっただけだ。
酷い疲労感を覚え、タクムは携帯電話を戻し――
「カメラ……勝手に起動してやがる……」
恐らくは遠隔操作しているのだろう。どこまで人を小馬鹿にすれば済むんだ、とタクムはスマートフォンを地面に叩き付けたくなる衝動にかられた。
購入したばかりのそれを投げ捨てるわけにもいかず――しかも、外部との唯一の通信手段でもある――どうにかして堪えた。
それからタクムは何度もカメラを終了させようと画面を叩いたが、相手は何かしらを写すまでカメラ状態を止める気がないようだ。
人工知能のくせしてどこまでも押しの強い奴である。タクムは苦虫を噛み潰したような顔をした。
このまま意地を張っていても先に進まない。ついでに押しに弱い日本人であるタクムは、手に取った拳銃にフォーカスを当てる。勝手にシャッターが切られ、画像が保存される。
呆れてものが言えなくなるタクム。勝手に動く道具。
気味が悪い、そう思いつつ、画面に目を落とす。
ディスプレイ上では見たことがないアプリケーションが立ち上がっていた。浮かび上がったウィンドウには先ほど撮った画像の下に文字列が並ぶ。
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名称:コルト・ガバメント
種別:ハンドガン(シングルアクション)
弾薬:.45ACP弾(7+1/7)
状態:最良
性能
殺傷力:F+
貫通:F
打撃:E
熱量:-
精度:C
整備:B
連射:-
射程:45m
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「これのことか……何か聞いたことがあるな……?」
コルト・ガバメントという銃の名前に聞き覚えはあった。しかし、彼には有名な拳銃の名前である、ということしか分からない。小説やゲームなどでよく耳にする単語ではあるが、実際どのような特徴があるのかなど素人には分からないのである。
タクムは知らないが、コルト・ガバメントとは、アメリカ軍にて第一次世界大戦からベトナム戦争まで使用されたM1911の民生モデルのハンドガンの名前であった。最強軍隊であるアメリカ軍が長年に渡って愛用しつづけたことを歴史が示す通り、ガバメント(M1911)は二〇世紀を代表する傑作銃のひとつである。
二一世紀に入ってもなお、M1911は命中精度や整備性の高さにおいて高い水準にあり、一部の部隊では未だに同モデルが使用されているほどである。タクムが手にしているモデルも装弾数こそ7発と少ないものの大口径、.45ACP弾を使用しているために打撃力において非常に優れた逸品であった。
「シングルアクションって、あ、ご丁寧にリンクとか張ってあるのか」
タクムが<シングルアクション>の文字の上を叩くと、説明文の記載されたウィンドウが立ち上がった。
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シングルアクション
弾丸を撃つ際に手で撃鉄や遊底を起こす必要がある銃。またはその操作法のこと。
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「便利だな……というより、まるでゲームだ」
タクムはしばらく考え、カメラを起動し、自分自身を撮ってみた。
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氏名:タクム・オオヤマ
年齢:18
性別:男性
職業:丁種 開拓者
兵種:拳銃使い(ガンスリンガー)Lv1
HP:100/100
SP:100/100
能力値
STR:0.80
VIT:0.80
AGI:1.20
DEX:1.30
MND:0.70
技能
なし
スキル
弾道予測
アイテム
コルト・ガバメント(M1911)
ピューマ ジャージ
アデダス スーパースター
アッポー アイホン5
M1911用マガジン(装弾済)×2
.45ACP弾×29
所持金:100$00¢
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「うわぁ、ほんとに出た……」
タクムはげんなりとした。まるでゲーム世界だ。
あたかも先ほど会員登録を済ませた<バレット・オブ・フロンティア>の世界に入り込んでしまったかのようだった。
<バレット・オブ・フロンティア>は銃と剣のファンタジー系オンラインゲームだ。FPSとRPG要素をごちゃ混ぜにし、シュミュレーション要素を追加したものと言えばいいだろうか。
プレイヤーは開拓者――ファンタジー世界における冒険者的な立ち位置――となり、様々な銃器や兵器を用いてクリーチャと呼ばれる生体兵器を倒し、遺跡――つまり、ダンジョンを踏破して生計を立てる。
各地域にはクリーチャを生み出し続けるボスモンスターが存在し、それを倒す。そうすると開拓使団が結成され、小さな開拓村が建設される。
その開拓村で開墾したり、港を作ったり、鉱山を開発したりすると産業を生まれ、人が増え、村が町となり、都市になる。
その都市特有の武器や防具、アイテムなどが生産されるようになり、プレイヤーはそれを使って冒険を有利に進める。とそんな流れのゲームである。
最終目標は人類の生息圏を大陸全土にまで広げることだ。そんな大風呂敷を広げすぎた感のあるBOFだが、サービス開始から僅か半年で二割方も攻略されているという。簡単に言えば、大陸の20%が既に開拓されているのだそうだ。
全世界に百万人以上のユーザを抱える大規模オンラインゲームだから当たり前といえば当たり前の結果ではあった。
「まさか、BOFの世界とか……?」
今のタクムは疲れていた。神様だの異世界だのと散々説明されたが、全く持って信じる気にはなれない。そんな彼であったが、ゲームは好きだった。なのでタクムのゲーム脳は現実逃避の側面もあって、ここをゲーム世界なのだと思い込むことにした。
ちなみにBOFはPC上で遊ぶタイプのオンラインゲームであり、断じてVRゲームではない。そもそもタクムの生きている2013年現在、VR技術は全く手付かずの状態である。
タクムが頷いて自らを納得させると同時、着信があった。
画面にはでかでかと『アイ』の二文字が並んでいる。仕方なしにボタンを押す。
「なんだ?」
『ね、マスター。信じてくれた?』
「信じるわけねえだろうが。ステータスとか、まるでゲームの世界だ」
『その考えはいいね、マスターのストレス、かなり下がっているみたいだよ』
「ストレスの原因の約半分はお前のせいだけどな。なんだ、お前、AIのくせにフランクに喋りくさりやがって」
『モウシワケアリマセン』
すると平坦で強弱のない実にテンプレートな機械音声が返ってきた。
――機械におちょくられてる……。
「…………もう、いい。いつものに戻せ。とりあえず、腹が減った。町に行きたい……マップ的なものはあるか?」
もはや相手にするのも馬鹿らしい、タクムはさっさと話を変えることにした。
『ちょっと待って、今出すよ』
先ほどまでとはうってかわって軽快なトークを開始するアイ。『ふんふんふーん』と鼻歌を歌いながら、奴の操作で新しいウィンドウが開く。
四角く区切られたウィンドウにはマップが表示されていた。山や森などが色分けされ、その中央にある青い点がある。そこから離れた場所に黄色や緑色の光が点滅していた。
青が現在位置、緑色の点が町を表すらしい。
『最も近い町は<アルファ>。現在位置からは直線距離で10キロほど離れているね』
「うわぁ……結構遠いな……」
季節は秋か春なのだろう、肌寒さはそれほど感じられない。靴も動きやすいスニーカーである。しかし、ステータス上、確認できるアイテムの類は衣服と靴、一丁の拳銃と予備のマガジン、弾丸だけであった。
水なしで10キロもの道のりを歩いていくことは困難なように感じられた。しかも現在位置と緑点はあくまで最短距離であり、実際には歩き易い道を選んでいくことになるだろう。となると実際の到達距離は何割り増しかするだろう。
「とやかく言っても始まらないか」
『そうそう、始まらないよ。所詮、人生なんてゲームだよ。気楽に出発!』
アイに促されながら、タクムは緑の点<アルファ>の町へ向けて歩き出すのだった。