↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
15/48

第15話 『トロルですね』――間違えたのは私

「大変だったわね、水野さん」

 帰還整備区間でシャワーを浴びてきた私たちを出迎えてくれたのは、片桐真琴さんだった。

 真琴さんは、以前ギルドのインターンでお世話になった職員だ。

 私にとっては、将来こうなりたいと思える先輩でもある。

 真琴さんの顔を見るとほっとする。

自分の顔の筋肉が緩んでいるのがわかる。


「そうなんですよ。ほんと運が悪いというか、なんというか」

「厄年ってまだ続いてるんだったっけ?」

 日和が言った。

「去年終わってるよ」


「じゃあ何なのよ、この運の悪さ」

 ため息をつきながら大げさなリアクションをする日和。


「強い魔物を引き寄せる疫病神がついているのかもね。ねえ、朔?」

 真琴さんが私たちの後ろに向かって語りかけた。

 なぜかパーカーのフードを頭からかぶって横を向いていた後藤が、おどおどとした態度でフードを下ろした。


「昨日の今日で三階層に入って、階層主と戦うなんてね。どういうことなんだろうね」

 まっすぐ後藤を見つめて、真琴さんが言う。

 腕組みをして、意識的に作ったような硬い笑顔をしている。


「成り行きでちょっと…」

 後藤が言いにくそうにボソボソと答えた。


「知り合いなんですか?」

 私が聞くと、真琴さんはふーっとため息をついて腕組みを解き、「幼馴染なのよ、子どもの頃のお隣さん」と言った。

 真琴さんが私と話した一瞬の隙に、後藤はその視線から逃れ、体を隠すようにカンナの後ろへ移動した。


「まあ、今回はあんたがいてよかったんだろうけどね。みんな、怪我はないの?」

 確かに、後藤がいなければダイアウルフが私たちを狙っていることにすら気づかなかった。そう考えるとゾッとする。


「カンナがちょっと…」

「大丈夫?ちゃんと治療した?」

「大丈夫です。また、妖精さんが治してくれたみたいで」

 そう言って、カンナは後藤の方をちらりと見た。

「へぇ~」

 真琴さんもそう言って、カンナの視線の先をちらりと見た。


「真琴さん」

 カンナが少し考えてから口を開いた。

「ヒーラー系じゃなくても、ヒールを使えることってあるんですか?」


「すごく珍しいけどあるわよ」

 少し考えた後、真琴さんは答えた。


「それでも相性がいいものじゃないわ。クラススキルのように無詠唱では行えないし、職業との相性が悪いから、一発詠唱もできないことが多いの。たいてい長い詠唱が必要になるのよ」


 当然そうなるだろう。そうでなければ、本職の立場がない。

 私の《重圧領域(グラビティ・ゾーン)》も、本来レンジャー向けのスキルではないから詠唱が必要になる。その点、《スネア》なら一発詠唱で済む。


 それを聞くと、カンナは少し考えて「そうですか」とポツリと言った。


「もしかしたら、自己回復のパッシブスキルを覚えたのかもしれないから、測定器で見てみるといいよ」

 真琴さんが笑顔で言うと、カンナも少し嬉しそうに、「それ、そうかもしれませんね」と返した。


 もしそうなら、私たちにとっても喜ばしいことだ。


「あんたたち、換金の受付はした?しないなら早く済ませておきなさいよ。今日は日曜日だから受付が早く閉まるわよ。朔、あんたも昨日の分ちゃんと換金しておきなさいよ」

 そう言って、真琴さんは奥に戻って自分の仕事を始めた。


 私たちはセルフ受付で、ギルドの換金受付の手続きを済ませた。

 オプションメニューの情報提供ボタンを押すのは初めてだったので、少し嬉しかった。

 私たちが提示した情報がギルドのアプリに反映される。それが探索者としてとても意味のある行動に思えたからだ。


 後藤も私の隣で受付を済ませたところだった。画面にはちょうど受付番号が表示されていて、私たちと続き番号になっているのが見えた。


「あの、4階層の発見情報に関しては、後藤さんに全部お渡しします。残りの配分はどうしましょうか?」

 私がそう聞くと、後藤は首を大きく振って言った。

「いいえ、たまたま見つけただけですし、大丈夫ですよ。全部四等分にしましょう。その方がすっきりしますし」


「でも今回、無理やり巻き込んで危険な目に遭わせてしまったわけですし、後藤さんが望むなら、今回の報酬全額を渡しても良いと思っているのですが」

 私は本心から言った。はじめに配分の話をしたのは、これまでの後藤の印象から、いきなり全額渡すと言ったら絶対拒否するだろうと思ったからだ。


 カンナたちにも了解をとってある。みんな同じ意見だ。


「今回は、自分にとっても非常に良い経験になりましたので、全額を受け取ることはできません。全額四等分にしましょう。絶対にです」

 珍しく後藤は強気に言い切った。


「それならお言葉に甘えてそうします。今回は本当にありがとうございました」


 ここで無理やり私たちの意見を通しても、後藤との仲がギクシャクしてしまいそうだ。

 今度、別の形でお礼をしよう。


 自然とそう思った瞬間、自分で抱いたその考えに少し驚いた。

 私は後藤との今後の関係を望んでいる。あれほど初めは嫌悪していたのに。


 まあ、それも自然なことか。ただ私が子供だっただけなんだろう。

 私は後藤とのやりとりを話して、日和とカンナも改めて後藤にお礼を言った。

 みんなすぐにそれに納得した。多分こうなることを予感していたのだろう。


 待ち時間の間は、なんだかんだで皆で後藤を質問攻めにしてしまった。

 みんなというか、殆ど私が質問していたが、お陰で面白い話が聞けた。


 ダイアウルフを足止めした武器は、ボーラというらしい。

 何やら古代からある武器で、ネットで見て装具師に特注で作ってもらったらしい。

 クロスボウに関しても、その装具師に作ってもらったらしい。自動で毒が装填されるもので、よくできている。毒自体にも工夫が施されていて、糸引苔の粘液を混ぜることで、毒をボルトに付着しやすくしている。その分、遅効性にはなるが、効果が切れやすいポイズンフロッグの毒を長く留め、蓄積させることに成功しているようだ。


 そんなことを聞き出している時に、私のスマホが震えた。呼び出しの番号だ。


 今日は日曜日だから混んでて遅くなると思ったんだが、あっという間に時間が過ぎてしまった。

 少し残念だ。


 続けて後藤のスマホも震えた。


「それじゃあ、清算してくるんで後で合流しましょう」

 そう言って私たちは通知された番号の受付に向かった。


 受付は真琴さんだった。

「朔、あんたもこっちよ」


 振り返ると、他の受付に向かったと思っていた後藤がいた。

 うなだれて、残念そうな顔をしている。


「番号違うんじゃないですか?」

「いいの。今日は忙しいから、まとめてやるから」


「……はい」

 後藤は諦めたように、私たちの後ろへ並んだ。


「じゃあ、まず水野さんたちからね。報告内容は確認済み。ダイアウルフの討伐記録も、第四階層への階段も問題なし」

 真琴さんが端末を操作する。

 カウンター横の画面に査定結果が表示された。


 細かい魔石の金額がいくつも並び、その中に目立つ数字がある。

 ダイアウルフ魔石、三万二千円。


 もう少し高いものを想像していた。

 あれだけ苦労して倒した相手なのに、魔石だけを見ると意外とそんなものなのか。


「こっちが階層主の条件の確定情報で三万円。それから第四階層入口の初回発見報奨が四万円」

「入口だけで四万円も出るんですか?」

 思わず聞いてしまった。

「新規ダンジョンだからね。一回場所が正式登録されたら、次から同じ情報を持ってきても出ないけど」


 なるほど。

 私たちが提供した情報そのものに、値段がついている。

 それが何だか嬉しかった。


「分配は四人均等で登録してあるけど、間違いない?」

「はい」

 私が答えると、カンナと日和も頷いた。


 後藤だけは少し居心地悪そうにしている。


「あと、金額とは別に今回の攻略は昇格実績としてかなり大きいからね」

「そうなんですか?」

「階層主討伐と、未確認だった攻略条件の確定。そこは四人全員に付く。第四階層入口の初発見分もつくわ」

 真琴さんはさらりと言った。


「俺にも付くんですか?」

「あんた、何のために臨時パーティー登録したと思ってるの」

「いや、その……途中参加だったので」

「あんたはきちんと、ポイントの計算の仕方を勉強しときなさい。保険の適用に直結する情報なんだから」

 真琴さんがそう言うと、後藤はボソッと「はい」と言った。


 お金だけを見れば、もっと安全な魔物を何体も狩った方が効率がいいのかもしれない。

 でも、強い魔物と戦うことには、それとは別の価値がある。


 情報が形となり、他の探索者に生かされる。

私にとって、それは十分に価値のあることだ。


「じゃあ次、朔。昨日の分出して」

 後藤がギアバッグを開く。

 いくつかの魔石がカウンターに並べられていく。


 見覚えのある大きさのものばかりだった。

 それから最後に、後藤が一つの魔石を取り出した。


 思わず目が止まった。

 大きい。


 今日のダイアウルフほどではない。

 それでも、ケイプボアのものとは明らかに違う。


 真琴さんは特に驚くこともなく、それを査定器へ置いた。

「トロル魔石、一万八千円。昨日報告してもらった第三階層での初出現情報が一万二千円ね」


…………。


「トロル?」

 自分の口から声が漏れた。


「ちょっと待ってください」

 頭の中に引っかかったものがある。


 昨日じゃない。

 今日、第三階層へ入った直後。


 私が後藤に聞いた。

 この階層に出る魔物を把握しているのかと。

 その時、この人は淀みなく答えた。


 最後に、一つ。

『それと、トロルですね』


 私は、間違えたと思った。

 ギルドの公開情報には載っていなかったから。

「あなた達からも言ってくれる?一人でトロルの相手なんかするなって」


 真琴さんが事務処理をしながらさらりと言った。


「一人で倒したんですか?」

 カンナが聞いた。

 後藤は一瞬黙った。

「……はい」


「すごいですね」

 日和が素直に言う。

「……ごめんなさい。トロルは足が遅いので、つい」


 何故謝る。

 それに、ついって……なんなの、この人。

 今日一日で何度そう思ったかわからない。


 でも、今までとは意味が違う。


「どうやって倒したんですか?」

 思わず聞いた。


 後藤の肩がびくっと動く。

「あの、説明すると長くなるんですけど」

「待ち時間ならあります」

「もう査定終わってるから他でやってね」


 真琴さんがさらりと言って、「シッ、シッ」と、あっちへ行けとジェスチャーをする。でも、顔は笑っている。


「あ~あ、お肉食べるのが遅くなっちゃうな」

 日和が笑いながらそう言った。

「食後のデザートを奢ってくれるなら待ってあげるよ」

 カンナも言って笑った。


 後藤だけが困ったように私たちを見ている。


「これ持ってきなさい。昨日話してたやつよ」

 真琴さんが慌てて机の引き出しから、パンフレットのようなものを出して後藤に渡した。

 後藤が近づき、受け取る。


 私の位置からでも表紙の文字は見えた。

 ギルド認定――夜間探索者育成課程。


 あれは確か、仕事をしながら探索者として必要な知識や実技を学べる認定課程だったはずだ。

 そこで、ソロで活動している人同士がパーティーを組むケースも多いと聞く。


 そのパンプレットを受け取った後藤を見ていると、なぜか胸がざわついた。


「後藤さん、また私たちと一緒に潜りませんか?」


 後藤に近づいて私はそんなことを口にしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。