第三章
朝日と共に寝室を出て、水桶を一杯にするために井戸から水を組み上げる。
「あ~あ……眠いし、手痛いし最悪……」
母や父は朝からそれぞれの役割がある。
朝一番から火を入れて、家族のご飯を作る母。
村の見回りと家畜の世話がある父。
……弟はまだ幼く、自分の世話すら儘ならない。
必然的にミーシャが水汲み係りになるのは仕方がないことだ。
「私だって……朝くらいゆっくりしたいし……」
分かってはいても、納得できるかどうかは別だ。
水汲みのためのバケツを乱雑に置いて、家に入れば母親が小言を言ってくる。
「ミーシャ! また、貴方シーツを出していなかったでしょう!」
「別にいいでしょ……そのくらい」
「細かなことをそのくらいだと疎かにしていると、日々の暮らし全てが疎かになっていくのよ!」
洗濯する時の手間が増えるんだから……と言ってくる母の小言を流していれば、家畜に餌を与えた父が帰ってくる。
「戻ったぞ……ってミーシャ、また叱られてたのか」
「だって……母さん細かいんだもん……」
「細かいわけあるもんですか!」
「まあまあ……後でで良いじゃないか。折角お前が作ってくれた朝食が冷めたら、台無しだろう?」
小言を続けようとしている母を父が宥めてくれる。
未だに目尻をつり上げる母だが、小言は止めてくれるようで、朝食の準備を始める。
野菜屑の入った薄いスープと硬いパン。
食事前の祈りをする母と父を横目に、神に祈っても現状は変わらないのにと、ありふれた朝食にミーシャは内心うんざりとする。
「ミーシャ……ちゃんと祈りなさい」
「はいはーい……」
父に言われ、形だけでもポーズをとる。そうしないと、また母からの小言が飛んでくるだろうから。
「ミーシャ……今はまだちゃんと分からないのかもしれないが、日々の恵みに与えられた境遇に、神様に感謝するのは大切なことなんだよ」
「……分かってるって」
ミーシャの口だけの返答に苦笑を浮かべつつも父は頷きを返す。
「さて、頂こうか」
味気のない食事を済ませて、父は畑の世話に出かける。
母は弟にお乳をやっている。
ミーシャが友人とお喋りでもしようかと、扉に手をかければ、弟を抱いた母親に呼び止められた。
「ミーシャ……悪いけど、森で薬草を採ってきてちょうだい。そろそろ予備が無くなりそうだったから」
「はーい……」
サボってしまえば、後でどれ程怒られるか分からない。
「それと、貴方のマント……破れてたのちゃんと繕ってるから、羽織っていきなさいね。暖かくなってはきているけど、森の中は寒いから」
大丈夫なのになと思いつつも、拒絶するとまた小言が飛んできて面倒だからと、ミーシャは大人しくマントを羽織る。
「勇者様のお陰で平和にはなっているけど……森に入るんだから気を付けなさいね」
「……分かってるって」
「本当……勇者様には感謝してもしきれないわね……。あら、ランド……もうお腹いっぱいになったの? 沢山飲めてえらいえらい……」
小さいが皆との集合場所になっている村の広場に背を向けて森へと向かう。
勇者様……こんな小さな村には魔王がどうとか、勇者がどうとか関係ないじゃないか。
足を早めながら、村の入り口に掲げられた王が出したらしい張り紙を見つめる。
ミーシャを含めて、村の人間には文字が読めずにこの張り紙の内容すら分からない。
何のためにこんな村にまで貼り出しているのか……よく分からない。
頼まれた薬草はどこにでも生えている、すぐに採れる……が折角両親の目も無いことだし、サボってしまおう。なかなかいい状態のものが見つからなかったと言い訳しよう。
見られてるわけじゃないんだからバレないだろうし、怒られることはないだろう。
森の中は日差しが遮られているせいか、少し肌寒い。
マントで身を包み、ぶるりと身震いする。
指先に母が繕ってくれた跡が引っ掛かり、ミーシャは視線を落とす。
やるべきことも、母を助けるべきだというのも分かっている。
そんな内心を無視して、その場に腰をおろして、木に凭れ休む。
ぼんやりと風に揺れた葉が擦れる音だけがミーシャの耳に入る。
そういえば、今日は鳥の声がしていない。
どうしてだろう、考えるミーシャの思考は夢の中へ落ちていった。
獣の声が聞こえた気がして、ミーシャの意識が持ち上がる。
転た寝し過ぎたのか、獣が近くまで来ていたのかもしれない。
小動物程度なら良いが、狼でもいたらミーシャの身が危ない。
早く村に戻ろうと、ミーシャは身体を起こして村へと駆け出す。
しかし、その足はすぐに止まる。
獣の声が村から聞こえる。
……いや、これは獣の声ではない。
「なに……?」
聞き覚えのある声が、悲鳴が聞こえてミーシャは困惑してしまう。
いったい何が起こっているのか、訳が分からない。
必死に足を動かして村にたどり着けば、見慣れた村は何処にもなかった。
「ひ……っ……」
変な匂い。
嫌な色。
気持ち悪い。怖い。
……壊れたように涙が頬を流れていく。
腹の奥が痙攣し、口までなにか込み上げてくる。
手足から力が抜けて、その場にへたりこんだ。
「……まだ、あったか」
「っ……だ、れ……なに」
涙で機能していない視界で捉えたのは、黒いローブの男だ。
見覚えのない姿にミーシャは怯えたように座ったまま後ずさろうとするが、手足が縺れてその場で転げてしまう。
「や……いや、こ…ないで!!」
それでも必死に逃げようと、四つん這いのまま男に背を向けて逃げようとする……が、強い衝撃が走り、背中が焼けたように熱くなる。
そして、一拍おいて痛みが身体を、思考を支配する。
「ああああああ!!! い、たい……ったいいいいい!!!」
悶えて転げることすらままならずに、絶叫しながらミーシャは前へと手を伸ばす。
誰か、この手を掴んで……助けてほしい。
神様、勇者様……良い子になるからどうか。
もう、サボったりしない。母さんの手伝いもする。弟の面倒も見るから。
ちゃんと祈るから、良い子にするから……だから。
冷えていく身体で、動かない指で必死にマントに触れる。
「……か、え……し……て……」




