第七章
第七章
魔王が討たれ、平和が訪れた世界。
「っ……う、ああ……!」
「おい! カイル……しっかりしろ!」
魔王に呪われた証は日に日にカイルの全身に広がっていく。
「あ、ぶないから……離れて、ろ……」
苦しみや痛みが増していくのと同時に、カイルの魔力、筋力が、膨れ上がっていく。
何かの間違いでノアを傷付けたくはないと、遠ざけようとするが……。
「バカ野郎!! こんな状態で放っておけるか!!」
「……ノア」
「それに……大丈夫だよ。タフさは勇者様のお墨付きだろ?」
おどけて言うノアがカイルにとっての唯一の救いだった。
苦しくとも、もう時間はないと分かっていても……ノアが最期まで共にいてくれるのならば、大丈夫だと。
根拠の無い確信があった。
数日経っても、カイルの容態は良くはならない。
「お……平気そうだな!」
「ああ。もう治ったかもな……」
回復した、と思っても、身を蝕む呪いは消えてはいない。
「う、ぐ……っ」
「カイル……」
発作のように、カイルの身体を何度も苦しめる呪いに、ノアは何も出来なかった。
そんな日々の中で……国からの公布があった。
「……変貌し、我々に仇なす勇者カイルを……人類の敵、魔王であると断ずる?」
呪いの発作で疲弊したカイルは弱々しい手で、その公布を握りしめる。
「……違う。俺は、俺は……魔王なんかじゃない!」
「分かってるよ……お前は魔王なんかじゃない……」
慟哭するカイルをノアが力強く抱き締める。
落ち着かせるように、そっと背中を撫でる。
「……ずっと、その状態で陛下からの召集も断ってただろ? だから、何か誤解があったんだよ」
「……誤解」
「ああ。お前はこのまま身体を休めて待ってろ!! 俺が陛下に説明してくるよ!!」
ノアの体温が遠ざかっていく。
カイルの身体が冷えていく。
「ま、って……う、あ……!」
「……無理すんな。これはお前とずっと一緒にいる俺の役目だろ?」
再び発作が起こったカイルの手を握り、ノアは安心させるように笑顔を向ける。
「戻ってきたら、もっと空気の良い田舎にでも引っ込んで……今までの分ものんびり暮らそうな!!」
胸が軋む。
身体の奥が焦げ付くように熱い。
……上手く指が動かない。
ノアの手を……掴めない。
扉が閉まり、外の喧騒が遠くの世界へと変わってしまった。
カイルの腕の中でノアが眠っている。
呪いに軋む身体で、カイルは王都の広場に座り込む。
目の前には、流れ出る血がまだ乾ききっていないノアの身体がある。
「ノア……」
カイルが呼び掛けても腕の中のノアの瞳が開くことはない。
「……誰かその魔王を捕らえよ!!」
「違う……」
震えるカイルの嘆きは民衆の声にかき消されて誰にも届かない。
「魔王の手下を迎えに来たんだわ!!」
「違う……ノアは……」
民衆がカイルを指差して、口々に叫ぶ。
「早くそいつを殺せ!!」
「俺の、ために……」
誰かが投げた石がカイルのこめかみにぶつかった。
視界が歪み始める。
手足は冷えて、身体の芯は熱くなっていく。
脳が熱暴走したかのように、思考が霧散していく。
「違うんだ……誰か……」
カイルの声を聞く者はいない。
カイルはただ、腕の中に収まるノアを……抱き締めることしかできない。
「静まれ」
静かな……しかし、存在感のある声が広場を支配する。
「あ……」
肺に溜まった空気が押し出される。
瞳に兵として忠誠を誓った王の姿がはっきりと映った。
「陛下……お、れは……!」
「この者……我らに仇なすためにこの世に産まれた魔王を捕らえよ!!」
高潔な筈の、王の顔が……歪んで見えた。
美しい鎧を身に付けた騎士が、ボロボロのローブに包まれたカイルの腕を掴み、無理矢理引きずり上げる。
その拍子に、カイルの腕に抱えられていたノアが転がり、地面にぶつかる。
「……ノア!!」
地面に落ちたノアを……カイルを引っ立てる騎士が嫌悪感を露に、遠ざけるように足で弾く。
……カイルの届かない場所に行ってしまう。
カイルの世界から声と色が消えた。
身体の芯が冷えていく。
煩い音だけが木霊して……それが煩わしくて、カイルは手を振り上げる。
一際煩い音が聞こえて、静かになる。
……これでいい。
くすんだ色が綺麗な赤に変わる。
苦しかった呼吸が楽になった。
焦げ付くような熱さが引いていく。
「ば、化け物……!!」
……まだ煩い。
最後の煩い音を止めて、静かになった広場。
どこからか、風に飛ばされてきた紙切れがガサガサと音を立てながらカイルの足元を飛んでいく。
「間違ってる……こんな世界は」
「……そうだな。全部間違いだ」
誰かが、立ち尽くすカイルを優しく包み込んだ。




