成果報告プレゼンテイション・アリーナ
それから夏が来て、秋が来て、冬が来た。
暗い視聴覚室の白いスクリーンに、僕らが作ったスライドが映し出されている。
「このように、地底人の地底作物であるボテイモは、外見こそ地上のジャガイモと変わりませんが、粘度が高くスパイシーでスモーキーな独特の匂いを放ちます」
スクリーンの斜め前の演台で、僕はマイクを取って台本を読んだ。
背中の後ろでは、大きくボテイモの写真が写っている。四角い吹き出しで、北堀が書いた説明文を差し込まれている。
目の前には、造園生産科の生徒が体育座りで並んでいる。スクリーンを見上げる顔は、揃いも揃ってぽかんとしていた。
「ボテイモは地底人の主食で、発酵させれば保存食にもなります。食用の他、すりおろして床に塗って、滑り止めとしても活用されています」
並ぶ生徒の奥で、壁にもたれかかって立っている南澤先生だけは、妙に訳知り顔で聞いている。
「実験的に地上でも同様の使い方をしたところ、却ってよく滑るようになりました。これは地底と地上で存在する微生物や物質が異なるため、起こる化学反応が変わるためと想定されます」
僕はカチッとキーボードを叩き、次のスライドを映した。ドグーさん提供の、ボテイモ以外の地底作物の写真である。硬そうな殻の豆と、青白いキャベツ状の物体、赤くて丸い毛の生えた粒が並ぶ。
「主な地底作物の一部をご紹介します。こちらはビビマメという、振動豆です。実は食用、皮は振動に共鳴する作用を利用し、来客を知らせるインターホンや、警報システムに利用されます。ただしビビマメの振動は土中の振動経路である響導脈への反応なので、地上では振動しません」
黙って座っていた生徒たちが、徐々にざわつきはじめる。僕は動じずに進めた。
「続いて、発光キノコのホタルタケ。見た目はキャベツですが、菌糸でできているキノコです。青白く光り、群生すると読書灯になります。こちらはモジャフルといい、地上に出ない果実。根の先に甘い実がなります」
淡々と台本を読んでいるが、僕だって訳が分からない。他の班より土づくりにこだわっていて遅れていただけでも、北堀班は浮いていた。それでさらに、発表会で地底作物を紹介しだすなんて、困惑されて当然である。
ここで、発表者交代。僕は引っ込み、控えていた西川にマイクを渡した。バトンタッチされた西川が、普段どおりの明るい声で仕切る。
「そんでー、あたしらは春に男爵とメークイン、秋にボテイモを作ったよ。春に収穫した地上のジャガイモは、冬まで寝かせました!」
ぱっと画面が切り替わり、収穫したジャガイモの写真を映った。
「ジャガイモってね、新ジャガはまだ水分が多いからシャキシャキしてて、収穫してから時間をおいて食べるとホクホクになるんだよ。ボテイモは例外で、水分量が多すぎて、寝かせてると発酵して本来の味と別物になっちゃう。なので、収穫してすぐに調理しました!」
また画面が変わる。ポテトチップスになったイモたちが、皿に盛り付けられている。
「男爵もメークインもボテイモも、ポテチにしたよ。で、昼休みにみんなに食べてもらって、好きな味を投票してもらいました!」
収穫されたジャガイモは、地上のものも地底のものも、どれもおいしく食べてもらえた。
もちろん、ドグーさんにも食べてもらった。地底にはそもそも、芋をスライスして揚げるという文化がないらしく、食べ慣れたボテイモが見知らぬ姿になって驚いていた。
でも、その知らない食べ物であるポテチを、おいしそうに食べていた。
「ふむ、悪くないですねえ。カラッとした味わいの中に、ボテイモの粘り気が残っている。しかしパリパリとした未知の食感が楽しい地上のジャガイモも、癖になります」
なんて言いながら、北堀班の誰よりもたくさんポテチを食べていた。
そんなことを思い出しながらスクリーンを眺める。
西川が台本を読み終え、続いて、北堀と入れ替わった。
演台に立った北堀が、真剣な顔をマイクに近づける。
「この発表のとおり、俺たちは実習を通して、地上と地底の作物の違いを学びました。地底の土が育てる作物のこと、土の中の生活のこと……なんにも分かってなかった」
僕はまた、実習の日常を反芻した。
ドグーさんから貰ったタネイモを植えるために、ボテイモに合わせた土を作っていた、北堀。土の酸度を調整し、土をドロドロに湿らせて、水分が逃げないようにマルチで覆って、彼はふうと息をついた。
「俺は土には人一倍愛があるつもりだったけど、まだまだ知らないことがいっぱいあるんだな。ドグーさんに会わなければ、きっと一生知らなかった」
僕ら北堀班に割り振られた畑は、たまたまドグーさんの家の真上だった。地底人に実習の邪魔をされる、大ハズレの畑だ。
だけれど、今となっては……。
演台に立つ北堀が、発表をまとめる。
「土は共生の世界だ。土に含まれる粒子、生物、状態の全てに至るまでが、互いに干渉し合って調和している。争う者はいない。俺たちも、争うべきではない」
真剣な北堀の横顔を、僕は無言で見ていた。
「たとえ地底人が土づくりの時点から邪魔をしてきても、ちゃんと歩み寄れば、共生の道を見つけることができた。これが俺たちの班のいちばんの研究成果です。以上で、発表を終わります」
北堀が僕らに目配せをした。僕と西川は、彼の横に立つ。三人で並んで、発表を聞いていた生徒と、後方で腕組みをする南澤先生に向かって、深く一礼した。
ぱち、ぱち、ぱちぱち……と、戸惑い混じりの拍手が上がる。
僕の隣では、北堀と西川が満足げに微笑む。僕も釣られて頬を緩めてから、ふと我に返った。
なんでそんな、「やり切った!」みたいな顔ができるんだ。結局、地底人ってなんだったんだ。
「どうやって食うん? みたいな変わった野菜じゃなくて、食べやすいやつ」
……と、最初に西川が言っていた。奇を衒わず、シンプルにおいしいものを作りたいというのが、僕らの総意だったはずだ。
それがなぜ、未知の地底の作物を作っている?
作物栽培実習が地底人に邪魔されて、最終的に地底人と和解して地底作物を作って発表するなんて……冷静に考えると意味が分からない。意味が分からないけれど、成績はどうにかなりそうだから、もういいや。
*
発表会のあと、僕らは実習用の畑にやってきた。
作物を収穫したあとの畑は、来年の生徒のために整地する。弱酸性にしたり強アルカリ性にしたりと土づくりにこだわった僕らの畑は、今は初期値に戻されている。
なにも植わっていない茶色い土に戻った冬の畑が、静かに、そこに広がっている。
西川がしゃがみ、土に向かって呼びかけた。
「ドグーさん」
土は、動かない。
「発表会、無事に終わったよー。みんなドン引きしてた! 超面白かった」
「西川。あいつ、用がなければ出てこねえよ」
北堀が土を眺め、呆れた顔で言う。
「こっちからは地底には行けないけど、地底からは五分で来られる。自分が用事あるときばっかり出てくる。いつもそうだっただろ」
「そっか。ポテチ作ったら出てくるかな?」
「かもなあ」
深く深く遠い地底で暮らす、ヘンテコなあの人へ。もしかしたら、この声も届いているかな。
冬の冷たい空気の中、広い畑は、次の春に向けて静かに眠っていた。




