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【短編集】ななつのげきじょう  作者: 植原翠/新刊・招き猫⑤巻
土づくりフィールド・オペレイション-農業高校と地底人の攻防-
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交渉戦線ソイル・ネゴシエイション

 学校の敷地内の畑は、各班の苗が青々と輝いていた。実習が始まったばかりの頃は、茶色い土が広がるだだっ広い農地だったが、今では美しい緑が眩しい。苗によっては、花が咲いている。春から夏へと少しずつ移ろう青空の下、温かい風に吹かれていた。

 隣の畑のトマトも、背が伸びてきている。テンポよく育つ隣のトマトを、僕はうっとりと眺めていた。

 そんな僕の視線に気づいてか、隣の班がちらっとこちらを見て、くすっと笑った。笑われても仕方ない。僕らの畑は、まだなにも植わっていないただの土だ。


「いい加減タネイモの準備しないと。まだ土づくりしてるの、ウチの班だけだよ」


 僕は北堀と西川に呼びかけた。畑に鍬を入れ、肥料を加えながら、話し合いをする。北堀はうん、と頷いた。


「できれば一ヶ月は作り込みたかったが、今の状態でも充分美しい土になった。明日にでもタネイモを植えよう」


 ここまで土づくりをやり込んでいる班は、他にない。よその班と比べると遅れているが、でもきっと、やり込んだ分良いジャガイモが穫れるはずだ。


「んー、けどさあ。本当にジャガイモでいいのかな?」


 ここまで来て、西川が顔を曇らせた。


「ジャガイモのための土の状態だと、ドグーさんちの茶碗、転がるんだよ」


「そうらしいけど。でも、この段階で中性かアルカリ性の土で作る別の野菜に変える時間の余裕はないぞ」


 北堀が難しい顔で唸る。僕は鍬を杖代わりにして寄りかかった。


「それに、もう先生に『ジャガイモ』で申請しちゃったしね。今更変更できないんじゃないかな」


「それなー」


 西川が気怠げに相槌を打つ。

 そんなやりとりをしていると、害虫駆除剤を持って回る南澤先生が、こちらに巡回してきた。


「北堀班、いい加減タネイモ植えたか?」


「まだー。てか、先生、一回『ジャガイモ』で申請シート出しちゃったけど、やっぱ変えるってアリ?」


 西川がドグーさんを気にしている。先生はあっさりと告げた。


「この実習は作物づくりの計画性も含めて成績をつける。臨機応変な現場対応は評価されるが、最初に決めた作物を急に変えたり、一週間以上かけて作った土をやり直しにするとなると、計画性なしと判断されて評価が下がる」


「うへえ。それはちょっと」


 西川が顔を歪ませ、僕と北堀も同じ顔になった。ドグーさんには悪いが、僕らも成績がかかっている。北堀が畑の縁に座り込む。


「成績うんぬんは差し置いても、やっぱりこの美しい土ができたのに土づくりをやり直すなんて、考えられないんだよな。土への冒涜じゃないか」


 土と向き合う彼に、先生がぼやく。


「北堀は少しは成績の心配もしろよ。お前は他の教科そっちのけでこの実習に全てを注ぎ込んでるんだから。これの評価が落ちたら後々苦しいのはお前だぞ」


 耳が痛いことを言われてますます顔が険しくなる北堀を横目に、僕は先生に尋ねた。


「ドグーさんは、この畑を受け持つ生徒次第で、生活に支障をきたすんですよね。住んでるの分かってるなら、ご迷惑をかけないように、この区画を使用不可にすればいいじゃないですか」


「先生だって考えたさ。班の人数か、ひと班あたりの畑の面積を調整して、この区画以外に全員収めればいいんじゃないかと」


 先生も先生なりに、どうにかしようとはしたらしい。


「でも実習は例年、この人数、この面積でと伝統がある。変えるには職員会議で案を通さなくちゃいけないのに、ドグーさんの事情を話しても、他の先生たちは他の議題を優先するんだ。それにドグーさんが出てくるのは毎年ではないから、優先順位が低くなるってのもある」


「あー……毎年だったら流石に考えないと、ってなるけど、数年おきにしか出てこないなら……ですよね」


 畑の世話をしない、造園生産科以外の科目の先生からすれば、どうでもいいのだろう。僕は妙に納得して、また、先生に聞いた。


「ドグーさん自身は、お引越しは考えないのかな。本人も、ご近所トラブルに例えてたし」


「地底の文化は分からないが、引っ越すという発想自体がないのかもなあ」


 先生は太い腕を組んで、足元の土を見下ろした。


「それに我が校は創立百年ぽっちだが、ドグーさんは同じ場所に紀元前から住んでるんだ。こっちの都合で引っ越せなんて、言える立場じゃない」


「紀元前からか……やっぱ土偶だけに?」


 と、そのとき、またボココッと土が蠢いた。盛り上がった土の山から、ドグーさんが顔を出す。


「ちょっと失礼しますよ。あなたがた、また肥料を増やしましたね」


「あっ、ドグーさん!」


 西川が目を瞠る。ドグーさんは土から這い出てくると、僕ら三人を見回した。


「土の状態を戻していただくようお願いしたはずですよ。それどころかより土が耕されてふんわりし、微生物が増えています。おかげさまで我が家の床はきもち滑りやすくなりました。根気流も乱れて、毎日十五時間も寝てしまいます」


 プンスコ怒るドグーさんに、北堀が言い返した。


「申し訳ねえ。でも、俺たちもこの土に全力かけてんだ。この土で極上のジャガイモを作るんだ」


「たかが授業の実習、販売するジャガイモでもないんですから、そこまで土づくりにこだわらなくていいでしょう。わたくしの生活に響くんですよ」


 ドグーさんも一歩も譲らない。僕もしゃがんで、身長の小さなドグーさんに、顔の高さを近づけた。


「でも僕らも、成績、即ち未来に響くんだ。ドグーさんにはどうか、一年我慢していただきたく……」


「成績は未来の全てではない。それに引きかえ、わたくしは今、現在、日常に! 支障をきたしているのです」


 ドグーさんは譲ってくれる様子はない。僕は北堀と西川の顔を窺い、また、ドグーさんに向き直った。


「僕たちもできる限り、ドグーさんに合わせてあげたいんです。でも茶碗が傾くとか、ぐっすり眠りすぎるくらいなら、我慢してくれてもいい気がする」


「わたくしの生活を軽視しないでいただきたい」


「あ、はい、すみません……」


 しゅんと怖気づく僕に代わり、今度は北堀が強気に出た。


「でもなんと言われようと、この畑は俺たちの場所だ。最高のジャガイモを作ろうと、全力をかけてこの土を作った。その情熱は、認めてくれないのか?」


「ムキー! 全力をかけたらなにをやってもいいと!?」


 ドグーさんがより不機嫌になる。西川がへなへなと座り込んだ。


「ねー、もうジャガイモやめて土も変えようよー。ドグーさんにとって困らない土にしようよ」


「おい西川、ドグーさんは俺たちの努力の結晶を無駄にしようとしてるんだぞ。そいつに肩入れするなよ」


 北堀は一歩も譲らないが、西川は諦め気味である。唇を尖らせて、西川はドグーさんを一瞥した。


「そうだけどさあ。あたしだって土づくり頑張ったから、思い入れはあるけどさあ。ドグーさん、なんかキモかわいくて癖になるんだもん」


「なに!? そいつに愛着がわいた? そんな理由でワガママを聞いてやって、ジャガイモを諦めるのか!?」


 北堀が眉を寄せ、西川は「だってえ」と拗ねる。南澤先生は、見ているだけで僕たちに委ねている。

 僕は頭が痛くなった。情熱と知識の北堀、テンションを上げてくれる西川、やりとりをまとめる僕……僕らの班は良いチームバランス、の、はずだった。しかしドグーさんの出現というイレギュラーのせいで、愛が強すぎる北堀、移り気な西川、押しの弱い僕と、チームはぐちゃぐちゃになってしまった。

 ジャガイモを植えようにもドグーさんが怒るし西川も消極的だし、これでは実習がまともに進まない。


 ドグーさんは大きな目の上に手を翳した。サンバイザー代わりにした手の下で、土色の顔を歪める。


「うっ、やはり地上は乾燥する。わたくしはこれにて。いいですね、皆さん。早く土を良い状態に戻すように」


 ドグーさんはモゾモゾと、土の中へと帰っていった。

 北堀は興奮して、赤い顔で捨て台詞を吐いた。


「くっそー、なんだあいつ! どうしたら分かってくれるんだ! なにがなんでも負けねえからな!」


「困ったね。ドグーさんに我慢してもらうのは難しそうだよ。かといって僕たちも、簡単には折れたくない」


 僕はため息まじりにぼやいた。


「このまま強行突破でジャガイモを作って、ドグーさんになにを言われても無視し続ける……?  そうやって徹底的にぶつかり合うしかないのかな」


 地底と地上の全面戦争。そんな言葉が、脳裏に浮かんだ。

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