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平凡男、見捨てられる

 翌日、僕は仕事を休んだ。各界隈が雇った殺し屋に、常に命を狙われていると思うと、仕事などしていられない。

 ずっと家に閉じこもっておきたいが、そうもいかない。僕は分厚いパーカーを着てフードを深く被り、顔を隠して外に出た。

 こうすれば殺し屋がどこかに張っていたとしても、僕だと気づかれずに済む。……かもしれない。


 道の途中で、ポンとモニが画面を光らせ、通知した。


『脈拍の上昇を検知。佐藤さん、緊張していますか?』


「そりゃ、いつ殺されるか分からないから……」


 と、立ち止まったときだった。

 ヒュッと、僕の鼻先をなにかが通り抜けた。コンッと音がして、真横の民家の塀から銀色の粒が転がり落ちる。細い煙を上げるそれは、銃弾だった。


「うわっ……銃弾!? どこから狙われてるんだ!?」


 顔を隠しているつもりだったが、無駄だったか。モニと話すために立ち止まっていなかったら、弾は頭に直撃しているところだった。

 画面の中のモニが、読み込み中のマークをくるくるさせる。


『カメラにて、銃弾を確認しました。製造社・製造年・型式を分析します。このタイプの銃でしたら、発砲元からの飛距離は一キロ圏内』


「一キロか。ちょっと先に雑居ビルが怪しいな。あそこに銃を持った殺し屋が潜んでるのかも。迂回するか」


『銃撃を避けるためには、建物や街路樹などの遮蔽物を利用しましょう』


 モニが僕をサポートする。


『また大通りなら、ターゲット以外に当てないよう狙撃手が慎重になるため、発砲を制限できます』


「他人に当たっても構わない、って感じで撃ってくるんじゃないのか。じゃあ、他人を盾にするような感じで人の多いところにいたほうが安全なんだな」


 僕はモニに従って、狭い道から大通りへ出た。

 人が多くてドキドキする。この中に僕を殺そうとしている人が紛れているかもしれないと思うと、気が気でない。

 モニが光りながら、告げた。


『佐藤さん。半径四百メートル圏内に、ヒューマナフォージ社製ウェアラブル端末を検知しています。十五分間程、常に同端末が一定範囲内にあります。佐藤さんを尾行している人がいます』


「怖い怖い怖い」


 尾行されているのも怖いが、よく考えると他人の持ち物の自社製品を勝手に検知しているモニも怖い。ヒューマナフォージ社の商品には、全部発信機でもついているのか。


 僕は尾行から逃げるように早足になり、街を抜けた。

 やがて、勇気を出して家を出てきてまで向かいたかった、目的地が見えてきた。早足から駆け足になり、全力疾走になって、僕はその建物へと急いだ。


 街の一角にある、交番である。

 植木鉢で狙われ、車で意図的に突っ込まれ、電車のホームへと落とされかけ、銃を持ち出され、今も何者かに尾行されているのだ。正義の味方に助けを求める他ないではないか。

 モニがカメラで交番を検知した。


『身を守ってくれそうな警察への協力要請! まさに普通の行動。平凡な人間の思考ですね。流石です、佐藤さん』


 引き戸を開けると、カウンターに制服姿の警察官が出てきた。


「どうしました?」


「何者かに付き纏われてるみたいで……。どうも、命を狙われているみたいです」


 状況をありのままに説明する。冷静なせいで、ふざけていると思われてしまいそうだ。警察官は怪訝な顔をしている。


「はあ……そうですか」


「僕も気の所為だと思いたいし、信じられないんですけどね。事情が事情でして」


「ひとまず、身分証見せてくれますか?」


「はい。ええと……」


 僕はポケットから運転免許証を取り出して、警察官に差し出した。

 警察官はしばしぽかんとしていたが、やがて「ああ、はいはい」と妙に納得して頷きはじめた。


「佐藤翔平さんね……」


「あの、おまわりさん。ここまで来る間の道のりでも、発砲されたんです。今にも殺されそうです」


 僕は免許証を引っ込め、カウンター越しの警察官に真顔で訴えた。彼はうーんと唸るだけの鈍い反応のあと、改めて口を開く。


「佐藤さん、特に社会的地位も財産もないですよね? つまり狙われる理由がない」


「いや、それが狙われてるんですって」


「でも狙われる価値がないんですよ。だから事件性なしです」


 どういうことだ? 公務中の警察官がこんな酷いこと言う? さっきまでは、話を聞いてくれそうだったのに。


「警察官に暴言吐かれたって、署にクレーム入れていい?」


「そう言われましても」


 警察官は複雑そうな顔で唸る。


「何者かに殺そうとする、と言いますけど、でも殺されてないし、そもそも殺されかけた証拠もないですよね?」


「なんだ? 屁理屈?」


「仮に誰かが殺意を向けていたとしても、現段階では殺人未遂の未遂ですね。罪には問えません」


 警察官がきっぱりと言い切った。そんなことある?

 呆然とする僕を見て、警察官はだんだん、申し訳なさそうな顔になった。彼はちらちらと周りを窺ってから、カウンターに前のめりになった。俺に顔を近づけ、小声で言う。


「佐藤さんは、ヒューマナ・フォージのAIの学習元でしょう」


「えっ、ご存知なんですか」


「経済ニュースになっていますよ。あなたが死ぬと大金が動く。株価が上がって経済が回り、さらに巨額の死亡保険金も」


 口を半開きにする僕に、警察官は目を泳がせつつ白状した。


「その死亡保険金に、うちの年金基金が投資してましてね……佐藤さんが死ぬと、我々の退職金が増えるんです……」


 衝撃で言葉をなくした。なんてことだ。公的機関すら金に絡め取られている。


「おまわりさんも俺が死んだ方がいいと思ってるってこと?」


 僕が詰め寄ると、警察官は仰け反って目を逸らし、歯切れの悪い返答をした。


「いや、私個人はそんな……ねえ……あなたに恨みがあるわけでもないんですけど……」


「けど……ってつまり、組織的には僕の死を望んでるってことじゃないですか!」


 そうか。僕は本当に、大勢から「金のためにも死んでくれ」と願われているのか。

 警察官は縮こまって苦笑した。


「それに、あなたを追っている殺し屋たちは正式に殺し屋ライセンスを持っている人たちですよ。我々警察にも止めようがないんです。殺し屋は、国家も当たり前に使うものですしね」


「えっ、警察が殺し屋を認めた? なに言ってるの、このおまわりさん」


 では、僕を殺すために雇われたという殺し屋たちは、違法ではないというのか。国家が管理している制度化された暴力だというのか。

 真っ青になる僕を見かねて、警察官は慌てて付け足した。


「あなたを元に開発されるAIは、いわば一般人シュミレーターです。ある商品をプロモーションしたときの一般人の購買行動や、災害時の行動など、『もしもこれをこうしたら、大多数のパンピーはどう行動するか』を、現実に起こる前にある程度想定させてくれる。これは一般人を守る我々警察官にとっても、夢のようなAIでして……!」


「いや今更! あなたも金に目が眩んでるだけなの、もう分かってるから!」


 たしかにちょっと有用そうなAIなのがまた腹立つ。

 僕の手首でぽんと、モニが光った。


『どんまい! 警察も助けてくれませんね。それだけ期待を背負ってるってことですよ』


「こ、こいつ……!」


 最悪だ。平凡なのが僕の価値のはずなのに、この状況は全然平凡ではない。平凡な日常を返してくれ。


 僕はふと、警察官の装備に目をやった。そういえば警察官は、武器を持っているし射撃演習もする。下手したら、この警察官に殺されるかもしれない。

 僕は逃げるように交番の引き戸を開け、外へと駆け出した。

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