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証言を集めて

「そーそー! 初めて会ったときのビクター、たまたま機嫌が悪くって超怖かったぞ!」


 リックはビクター本人に聞こえそうな声で、俺たちに語った。


「いきなり引っ叩かれて、いちばん高いところから突き落とされたんだよ! でもな、やり返してやったんだ! 負けんらんねえってな」


 ユーリが現れた翌日の朝、俺はこの場所に「連れてこられた」同僚たちに当たって回った。彼らから話を聞いて、外の世界の情報を集めるのだ。


「お互いボコボコに殴り合ってさ。そしたら飯の配給係が駆けつけてきて、俺たちを引き離したんだ」


 リックの話を、ユーリも一緒に聞いている。


「リックさんもここに来るときは、狭い部屋に閉じ込められてきたんですか?」


「そうだった気がする。たしか、食事の配給係に連行されて……もうあんまり覚えてないけど」


 リックは三年ほど前に、この場所にやってきた。今となっては「いつもの顔ぶれ」のひとりだが、彼もまた、どこかから連れてこられた存在だった。


「じゃ、俺、もう行くから」


 俺たちとの話が中途半端だというのに、彼は急かされるように駆け出していき、水の中へとダイブした。目的があるわけでもないのに、突き動かされるように、その業務を優先する。この現場にいると、それが当たり前になる。



 次に会いに行ったのは、リックが来た頃とほぼ同時期にトラブルがあった、レイチェルだ。彼女は日当たりのいい場所に座って、ひと休みしていた。


「休憩中にすまん。レイチェル、ヴィノのこと、聞かせてくれねえか」


 俺が声を掛けると、レイチェルは閉じていた目を薄く開いた。


「知りませんわ、あんな人」


「あんたがあいつを嫌ってんのは分かってる。たしかに最低な男だったし……。ただ、あのときなにがあったのか知りたいだけだ。俺、関わらないようにしてたから詳しくねえんだよ。あんたがいちばん近くで見てただろ」


「昔のことを蒸し返したくないのだけど……。でも、そう言っても引かなそうですわね」


 渋々とだが、レイチェルは話しはじめた。


「ヴィノは私にしつこく交際を迫ってきました。私は断り続けていたけれど、あまりにしつこいから、こっ酷く振ってしまったのです。それでヴィノはプライドが傷ついたみたいで、仕事もしないで引きこもるようになったわ……気づいたら、食事の配給係に連れられて、ここからいなくなってしまった」


「う……なんかしんどいっす」


 ユーリが気まずそうに下を向くも、レイチェルは呆れ顔で肩を竦めた。


「でもあの人、私に近づいてくる前はカリーナにもサラにも言い寄っていましたのよ。今もどこかで私を忘れて、別の人を追いかけてるんじゃないかしら。いい人を見つけて、幸せになっててほしいですわ」


 皮肉っぽく言う彼女に、俺は尋ねる。


「どこかって、どこ? ここじゃないどこかがあるのか。なにか知ってるのか?」



「知らない。でも、ここにいないなら、他のどこかなんじゃないかしら?」


 レイチェルは少し、遠くを見た。彼女も、この現場の外には、興味がない様子だった。



 続いて幼馴染みのケイジと、その妻ミリィ。


「覚えてるさ。ミリィは食事の配給係に連れられてここに来た。俺は飯だと思って真っ先に行ったから、よく覚えてるよ」


 ケイジが自信ありげに語る。


「突然の知らない景色に戸惑ってたミリィに、俺が付き添ってたんだ」


「狭い部屋に閉じ込められて、やっと出られたと思ったら知らない場所でね。とっても不安だったときに、最初に出会ったのがケイジくんだったの。ケイジくんのおかげで安心して、すぐにここでの生活に馴染んだの」


 ミリィは幸せそうに微笑み、ケイジに寄り添った。俺はミリィに問う。


「ここに来る前は、どんなところにいたか覚えてるか?」


「もう忘れちゃった」


「どうして連れてこられたか、分かるか?」


「知らない。他にも同僚はいたけど、なぜか私が選ばれた。それだけ」


 ミリィは小首を傾げて、それからまた愛おしそうにケイジにぴっとりとくっついた。


「なんでも良くない? いずれにしても、私はここに来られて良かった。ここにいればケイジくんがいるし、それまでと変わらず水の中を散策して、平和に生活できるもの」


 ミリィはここで生まれた存在ではない。どこかから、連れてこられている。

 でもここでの暮らしに満足していて、なにも不満を感じていない。まるで誰かに、そう感じるようにとコントロールされているみたいに。



「分からない……連れ出されてる理由も、きっかけも」


 俺は青く透き通る水面を見つめて、呟いた。こんなに真剣になにかを追い求めたのは、初めてだ。いつも理由もなく、なにをしているのかも分からず、水底を目指していたから。

 ユーリが隣に座っている。


「カイ先輩、そんなに外の世界が気になるんですか?」


「今まで疑問に思わなかったことが不思議なくらいだ。考えてみたら、俺たちの観察者は、現れてはどこかへ消えていく。世界の果ては、水底じゃなかったんだ」


 素の性格が、あまり周りのことを気にしないタイプだ。だからこれまで気にしてこなかったけれど、ユーリの話を聞いてからは別だ。

 この世は、一体どこに果てがあるのだろう。俺たちがいる「現場」のような場所は、他に一体いくつ存在し、同じ制服の者たちは何人いるのだろう。


 俺は、なにも知らない。なにも知らずに、ここで水底を漂っている。


 サワッと、風の音がした。振り向くと、背の高い女が立っていた。黒髪に、色素の薄い瞳の、あの謎の女である。俺は彼女を見るなり、小さくため息をつく。


「またあんたか」


「なんすかこの人。よく来るんですか?」


 ユーリが怪訝な顔をする。俺は肩を竦めた。


「ああ。なにしに来てんだが分かんねえけど、とりあえず部外者だ。特に害はないから、皆ほっといてるけど」


 謎の女の瞳が、俺を見ている。彼女はまばたきひとつせず、言った。


「ようやく気づきはじめたようね。この世界の仕組みに」


「……なんだ? あんたはなにか知ってるのか?」


 そうだ。思えばこいつは、どこからともなく現れて、追いかけられないほど遠くへいなくなる。それに、統率された同じ白黒を着る俺たちとは違い、こいつだけは青みがかったグレーを身に纏っている。

 こいつも、現場の外を知る者なのではないか。

 しかし女は、細い首を傾げてとぼける。


「さあ、私も全ては知らない。少なくとも、あなたよりは広い視野を持っているけれど」


「知ってること、教えろ。俺も知らない世界を知りたい」


「知らなくていいこともあるのよ。あなたはここで平和に暮らせてる。なにも困ってないんだから、危険を冒す必要なんてないわ」


 可笑しそうにそう言って、女はまた、どこかへ消えた。追いかけようにも、素早すぎてすぐに見失ってしまう。


「くそ、なんなんだよ、あいつ」


「今の人……どこかで会ったことがあるような……」


 ユーリがぼそっと呟く。俺が振り向くと、彼は首を横に振った。


「いや、単なる他人の空似かも。なんか、変わった人でしたね。ちょっと不気味です」


 彼は身震いして、それから声のトーンを上げた。


「でも、僕らが知らないことを知ってそうでしたね! 次にまた来たら、もっと話を聞いてみましょうよ」


「そうだな、今は情報を集めることがなにより重要だ。変な女だとしても、有力な情報を持ってるなら話す価値がある」


 独特な奴だから、まともに会話が成立するかどうかも怪しいが……。それでも、無視できない存在である。


「ひとまず、現時点で分かってることはひとつ。新たに来た奴も出ていった奴にも共通してるのは、皆、食事の配給係に連行されてる点だ」


「たしかにそうですね」


「配給係は、俺たちとは明らかになにかが違う。現場に現れるけど、いつもいるわけじゃない。食事を配る側であって、対等ではない。あいつが鍵だ」

 

 俺は毎日来る配給係の顔を思い浮かべた。


「今日も時間になったら来るはずだ。俺、尾行してみる。なにか分かるかもしれねえ」


「すっげー! 応援します! 危なくなったら僕が助けに行きますね」


 ユーリが俺の好奇心をますます煽り立てる。


「よし。そうと決まれば、配給係が来る時間までに作戦を練るぞ。あいつの尾行は、ひと筋縄じゃいかねえだろうからな」


 俺とユーリは、配給係が現れるそのときまで、真剣に、慎重に、作戦を考えた。

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