06.噂になりました……
「はぁぁ……朝から申し訳ない」
ため息をつきながら謝罪にやって来たのは、アーネストだった。朝から馬車で、一人の男性と共にやって来た。
「アーネスト様……どうかなさいました?」
「すまない。しばらく研究所を休むことになった」
「はい?」
思わず紅茶をこぼしかけた。
(今、なんて?)
「毎日、騎士団の屈強な男たちが押し寄せて、仕事にならなくなってしまったんだ」
「なぜ?」
「“筋肉”だ」
(……それは、ディエールのせい?)
「いや、別にやましいことはない。ただ、騎士団員に“抱きしめ強度”計測の協力をしてもらっていたら、噂が立ってしまってな。
その、婿探しをしているとは流石に言えないだろ……」
「噂ですか?」
彼は額を押さえた。
「最初は笑っていたのだが、途中から空気が変わった。“筋肉を測る変態”だとか、“筋肉信仰の開祖”だとか……」
妹が尊敬の眼差しを向ける。
「"開祖"だなんて、何だか素敵な響き!」
「こ、こら。ディエール。アーネスト様は困っていらっしゃるのよ」
慌てて妹を制止した。
「……思ったより広まってますね?」
「挙句の果てには、フルネス侯爵家で筋肉コンテストをすると」
(お、面白そう! あ、いけない。私も不謹慎だわ)
態度を改めて、連れの男性について尋ねる。
「で、そちらの男性は?」
「申し遅れました。フランツと申します」
「あ、最初の方?」
「……はい、サンプル①です」
(やっぱり!!)
思わず心の中で叫ぶ。見るからに真面目そうな青年が、なぜか少し誇らしげに胸を張った。
「彼は“筋肉育成会”の代表でもあってな。私に“師匠”として講義をしてほしいと言われた」
「筋肉育成会……」
(いったいどんな会? でも聞いてはいけない気がする……)
「“強靭な肉体を見せ合い、鍛錬を励まし合う会”らしい」
「なんですかその見せ合うとは!?」
妹は、私が心の中に留めた疑問をあっさりと口にした。
アーネストが肩を落とし、首を振る。
「私にもよくわからない」
「……ディエールのせいですね」
「完全に」
(筋肉は裏切らない、って言ってたの誰よ……)
「あの、お話の途中ですが、是非……」
フランツがそう言って、おもむろにシャツを脱ぎ始めた。
「キャッ!」
小さく声を上げ、見えないように手で顔を覆う。
「いやいや、顔を覆ったりせずに、この自慢の筋肉を隅々まで見てくださいよ!」
フランツは、しょんぼりした声で訴えた。
「はぁぁぁ……毎日この調子でな」
「あの、本当に拝見してもよろしいのですか?」
大きなため息を吐くアーネストの横で、ディエールが嬉々としている。
「少しおそばに寄っても?」
「もちろんです。この上腕二頭筋を、そちらの角度から……」
「あの、ちょっとだけ触ってみる……なんて、ダメですよね?」
(ディ、ディエール。何を言ってるの!?)
「もちろん、どうぞ!!」
上目遣いの妹に、フランツが満面の笑みを向ける。
「うふふっ」
満足気な妹。
「アーネスト様も、半年くらいかければ――」
フランツがニコリと笑い、力こぶを作る。
「良い身体になりますよ。ぜひご一緒に鍛錬を!」
(フランツ様、筋肉の輪を広げようとしてる!?)
「この様に、目の前で服を脱ぎ、毎日の様に筋肉の成長を計測してくれと希望者が増えてしまってな……」
「まあ、それでは他の研究をする時間が削られてしまいますね」
「まあそれはいいんだが……」
アーネストが目を伏せた。
(いいの? いや、だめでしょ)
「一番辛いのは、俺にも筋肉の育成を強制してくる面子が現れて……。筋肉の育成と研究の両立を試みたら睡眠時間が足りずに倒れたのだ」
「うふふっ。それは大変でしたね」
失礼ながら笑ってしまった。
(だって、筋肉育成を白い白衣と顰めっ面で続けるアーネスト様を想像したら、そのアンバランスがおかしくて――)
……よし!
「それよりも、筋肉コンテスト、やりましょう!」
フランツ様とディエールは、とっても相性が良さそう。それに、集まった男性の中から、当家の護衛にスカウトできる者もいるかもしれない。
(未来の婿殿がやりたいと言うなら、お父様も反対しないわよね?)
「本当ですか? 基準は如何に?
私の筋肉が優勝する可能性は?」
フランツ様が、矢継ぎ早に囃し立て、筋肉の説明を始めた。
「ここに力を入れると腕に筋が浮かび……さらに背中に力を入れると、肩のラインが翼のように見えるんです!」
私は頭の中で何とか想像してみるが、よくわからず小首を傾げた。
ディエールは、静かに頷いた。でも、彼女もわかっていないに違いない。
そう思ったのに――
「フランツ様、その……こうですか?」
ディエールは、フランツのポーズを真似た。
「お、ディエール嬢も鍛えてみるか?」
フランツが目を輝かせた。
(いや、待って。微笑ましいけど、けど……我が家が筋肉に汚染されていく)
「うふふっ、ディエールが喜んでくれて良かったわ」
私は、焦りを隠して優雅に笑った。




