04.マッチョを所望します
「筋肉のある方がいいです!」
「えっ、筋肉?」
妹のディエールに好みを聞いたところ、予想外の答えが返ってきた。
「巷の小説で、最近マッチョが流行っているんですのよ」
「そう……」
思考が、完全に置いていかれた。
小説よりも図鑑や歴史書を好む私。そのような知識はなく、困惑した。
(私が聞きたかったのは、家格とか、長兄か次兄か……)
こめかみを押さえていると、隣のアーネストも渋い顔をしていた。
「それに、医学的にも筋肉は保温効果が高いのだとか」
妹は大興奮で語る。
(保温効果が高いと何がいいの?)
妹の発言は、ますます混迷する。
彼も話についていけていないようで、眉を顰めている。
「厚い胸板と太い腕で、ぎゅっと抱きしめて、
『君が好きなんだ』なんて囁かれたら……」キャー!! もう心臓が爆発しそう」
妹は、猛スピードで妄想を始めた。
「ディ、ディエール、少し落ち着いて」
「お姉様、落ち着いてなんか居られませんわ!!」
「あのね、私たちが聞きたいのは、家格とかその……」
なかなか言葉が続かない。
「この家を継ぐのはお姉様のお相手なのだから、私の相手は単純な好みでいいでしょ?」
ニヤリと笑うディエール。
(ダメ……。私では乗り物酔いで、社交場に辿り着かない)
「ふふふっ、筋肉は裏切らないって有名な言葉を知りませんの?
"裏切らない"、それだけで十分です」
勝ち誇ったように笑うディエール。
(どこの誰よ? ディエールに適当な言葉を吹き込んだ脳筋は……)
「そうか、筋肉は温かい。筋肉は正義」
妹の思考につられて、ついにアーネストまでおかしなことを呟き始めた。
「裏切らないってことは誠実……。
温かいということは、冬場でも防寒具がいらない? 経済的?
あれ? なんだか……」
アーネストは呟きながら、自分の思考をまとめ始めた。
「よし! 検証だ!!」
(まずい……、彼の変なスイッチが入った気がする)
「確かめるか!」
(確かめるって、何をする気!?)
「まぁ、確かめてくださるのですか?」
「ああ、騎士団へ魔道具の納品に行くことがあるから、抱きしめてもらおう!!」
(やめてーっ!!!)
心は叫び声を上げているのに、2人のおかしなテンションに言葉を発することができない。
「世話になったな。贈り物の準備が整ったら連絡する」
「あのちょっと待って――」
「心配不要だ。必ず結果を出してみせる」
(むしろ、心配しかない……)
アーネストは自信満々にそれだけを言い残し、あっさり自分の屋敷へ転移した。
(ほんとに行っちゃった)
――まさか、翌週から『筋肉報告書』が届くようになるなんて……。
「お姉様、アーネスト様からの手紙には何と?
良い方は見つかったのですか?」
ディエールが期待に瞳を輝かせた。
「ごめんなさい。先に誤っておくわ。
彼、学生時代から思い込むと一直線なの」
そう言って、『筋肉報告書』をディエールの前に広げた。
『ディエール・グラウス伯爵令嬢
君に似合いの男を贈ると約束しながら、
なかなかに難航している。
サンプルはたった二つ。
サンプル① フランツ 香り3 抱きしめ強度3 体温2
サンプル② ターナー 香り4 抱きしめ強度2 体温6
すまない。騎士は簡単に人を抱きしめたりしないようだ……。
備忘:次こそは完璧なサンプルを手に入れてみせる
――アーネスト・フルネス』
(ちょっと待って、本当に抱きしめてくれってお願いしてるの!?)
「お姉様、アーネスト様はどうやって調査したのでしょうか?」
「わ、私に聞かないでよ!」
想像すればするほどおかしな構図だ。
「抱きしめて欲しい」と頼んで、その挙句、相手の匂いを嗅ぐ。詳しい体温が書かれていないということは、体温は彼の感じた温もり?
「大丈夫でしょうか?」
(大丈夫なわけがない……)
「あ、あなたが頼んだのでしょ?」
自分で"お願い"したくせに、不安になっている妹をギロリと睨む。
「でも、痴漢かなにかと……」
「そうね。男色家と勘違いされて、ご本人の婚約に響かなければ良いのだけれど」
私は曖昧に笑った。
数日後、アーネストがサンプルを連れてやって来るなんて、誰が想像できただろう……。




