03.現物支給でお願いします
(なぜ聖女をクビになったか……)
その言葉が胸に刺さって、身体が固まった。
ロボットのようにぎこちなく、ゆっくりと顔を背ける。
「巡礼を断ったのか?」
直球で振りかぶるアーネスト。
(あのとき、思いとどまっていれば……)
学園の二年生でおこなわれた魔力測定結果で、断れない空気のまま聖職者コースに入った。そこでの優秀な成績を褒められ、学園から歩いて10分の距離に釣られ、よく考えずに聖女になってしまった私。
(これが一つ目の失敗。後悔しても、後の祭りってやつね)
最初に与えられた仕事は、そんなに難しくなかった。聞いていたのとほぼ同じ。神殿で民を癒す。それだけ。
今まで乗り物酔いで周りを困らせるばかりだった私は、癒しの力を喜んでくれる民に気をよくして、どんどん力を使った。
(これも後から考えれば失敗。二つ目を積み重ねた)
――1年後、大神官から「地方巡礼に同行してもらう」と告げられ、拒否。
「む、無理です! 私にはできません!」と必死に抵抗したのに、「謙遜せんでもいい」と笑われ、まともに取り合ってもらえなかった。
(地方巡礼は、大聖女への登竜門。
きっと、今まで断る人なんていなかったのよね……)
「……そんなことが――できたら良かったですよね」
結局、強制連行されて、あとは真っ暗。
周囲の期待なんて気にする余裕はなく、ただ暗闇の中で藻掻いていた。
「馬車酔いで力が使えなかったんです」
「……そういうことか」
彼の声は淡々としていた。
けれど、わずかに視線を逸らしたのを私は見逃さなかった。
(本当にわかっているの?
たった一言で終わらせる?
私はねぇ、たった一人巡礼地に置き去りにされて、別の馬車で倍の時間かけてやっと戻ったのよ!!)
思い出しただけで、神殿の対応や、あのとき何もできなかった自分に腹が立つ。
「でも良かったんですよ。将来の大聖女だと祀り上げられて、既のところで止まったんですから」
何とか冷静に答える。
「自分を卑下するな」
「いえ、私はひっそり領地の民を治療するくらいが気楽ですから」
「そ、そうか」
アーネストが足元を見つめ、必死に言葉を選んでいる。
(アーネスト様ったら、困った顔をして案外可愛いのね。癖になりそうだわ)
「あの時ばかりは、教会の祝福の鐘が"悪魔の呪い"に聞こえましたわ」
私が微笑むと、アーネストがおそるおそる言葉を続けた。
「で、どうだろう。実験の被験者にならないか?」
「まだおわかりにならないのですね!」
語気を強める。
「何がだ?」
「ふっ、何がと仰いました?」
アーネストでもわかるように例を上げてやる。
「……アーネスト様は、お酒を嗜まれますか?」
「ああ、強くはないがな」
「それでは、二日酔いのご経験は?」
「そんな毒にしかならないような飲み方はしない!」
「あはっ、あははははっ!」
予想通りの反応。貴族令嬢がはしたないとわかっていても、声を上げて笑ってしまった。
「失礼しました。――それがずっと続くのです」
「では、謝礼は出来上がった薬……とはいかないか」
「ええ、私にとっては拷問。
いくら謝礼があっても、自ら拷問を受ける人はおりませんわ」
そう言いながら、私は少しだけ柔らかく笑った。だって彼にまた辛い顔をされるのは、心外だもの。
「そ、それでは、今回の治療の謝礼だけでも受け取ってくれ」
「何でもよろしいのですか?」
上目遣いで、見上げる。
「学生時代の無礼もあるし、命の恩人だからな……」
アーネストが、ニヤリと笑った。
「それでは、妹に良い縁談を!」
「君にじゃなくてか?」
「まあ……私のように馬車に酔って動けない娘など、誰が好んで娶りますの?」
一瞬考えるようにアーネストが息を飲んだ。
「……さあ? 案外、物好きがいるかもしれない」
「あらあら、そんな言い方をされては、気があるのではと女性を勘違いさせてしまいますよ?」
「なっ……!!」
アーネストが耳を真っ赤に染めた。
(あら? 恋愛話は苦手なのかしら? 可愛い人)
「あとで妹の好みを伝えさせます。
お願いしますね? 現物支給で娶ってくださる男性を」
そう告げると、アーネストが何か言いかけて——結局、口をつぐんだ。
ぱち、と暖炉の火が弾ける。
まるでそれが、彼の鼓動を映したようで――少しだけ、胸が温かくなった。




