番外編2:海辺のデートは秘密です―ディエール視点―
「お義兄さま〜」
「どうした、ディエール嬢」
私は、姉の婚約者へ甘えるように声をかけた。
「秘密作戦に、興味はありませんか?」
「なに!?」
アーネストが眉を顰めた。
「研究とは、世界の秘密を開示していくことだ。
秘密など、あってはならん!」
(ああ……この人、ダメだった)
義兄の好奇心をくすぐろうとしたのに、言葉選びを間違った。
義兄はとても優秀で、誠実で、姉を溺愛している。
――しているのだけれど。
(ユーモアが足りないのよね)
「冗談ですわ」
私はにっこり微笑んだ。
「魔術学会を見学したいのです」
「……君が?」
よし、興味を持ったみたいね!
「三日目の魔道具コンテスト。
魔道具の即興制作が大人気と聞きましたわ」
「ああ……」
(よし、釣れた)
「私、お姉様と見てみたいんです!」
私は畳みかけた。
「では決まりです。
もちろん、お姉様の移動は、寝ている間に転移。
寝顔、可愛いですよぉ!」
真っ赤な顔で、考え込む義兄。
「許可もなく、連れて行くつもりか?」
「……未来の妻が、夫の活躍を知らないなんて、
そんなこと許されませんわ。
それに――」
私は少しだけ、声を落とした。
「今年の開催場所は海辺のハレッタの街。
お姉様の水着姿、見たいですよね?」
「なっ……!」
義兄が咳き込み、視線を泳がせた。
「そ、それはだな……」
(ふふ、ドドメよ)
「お義兄さまが、自信がないと仰るなら、やめますわ」
「――そんなわけあるか。 今年も優勝だ!!」
義兄が"中途半端に"鍛えた胸を張った。
「あら? 今年もって、昨年までのことを思い出したのですか?」
俯く義兄。
「トロフィーを見つけただけだ」
「まあ! それでは、未だに記憶は迷子ですの?」
「それがどうした」
義兄は腕を組み、難しい顔をする。
「婚約者とはいえ、家族の許可なく連れ出すのは……」
「私が許可します。」
私は即答した。
「神殿から馬車で帰った後、本当に大変でしたの……」
「なぜだ?」
「それを聞きますか?」
「聖女の私室は男子禁制。夜間は誰であっても立ち入り禁止。
前日眠らずに耐えたのに、馬車の中でも緊張で眠れずに酔ったそうですよ……」
「俺のせいだと言いたいのか?」
義兄が怯んだ。
「いいえ、単なる事実です。
そして、海辺でお姉様が喜ぶのもね」
私は、片目を瞑ってにっこりと微笑んだ。
「そ、そうか……」
義兄の頬が緩む。
「それでは、作戦会議です!」
私の言葉に、義兄が目を輝かせた。
「……海辺か?」
「ええ。静かな入り江ですわ。
ウォーターチェアもあるそうですよ」
「本当に酔わないのだな?」
私は、少しだけ真顔になった。
「学園へ入学する際に、実証済みです」
義兄は、何も言わずに頷いた。
「お義兄様」
私は小さく息を吸う。
「お義兄様が、楽しむことを教えて差し上げてください」
「……楽しむ?」
「はい。
理屈も、順序も、予定もいりません」
私は満面の笑みを浮かべた。
「転移事故という名の、強制デートです」
長い沈黙のあと、義兄は深く息を吐いた。
「……一度きりだぞ」
「お姉様がせがんでも?」
(きっと、お姉様は願うはず)
こうして――
姉の知らないところで、
最も危険で、最も甘い作戦が始まった。
「ど、どういうことですか!!!」
目を覚ましたお姉様は、大声をあげた。
それでも、その目が穏やかに見えたのは、
気のせいじゃないはずよ。




