02.謝罪は受けません
朝の光が差し込む応接間で、私は優雅に紅茶を啜っていた。
「で、いつお帰りに?」
まるで昨日の出来事など無かったかのように、完璧な微笑を浮かべながら呟く。過去の因縁を顔にださないだけありがたいと思って欲しい。
アーネストは額に手を当て、深く息を吐いた。
「……やっぱり、君には棘があるな」
(棘ですって? 私が本気で棘を出したら、こんなものじゃ済ませないわ!!)
「よく仰いますこと。種を蒔いたのはあなたではなくって?」
あくまで冷静なふり。伯爵令嬢が声を荒げてはいけない。
「謝罪を受け入れてはくれないか……」
(正気? 謝罪で馬車酔いが完治するとでも言いたいの?)
本当は、声を大にして叫びたい。でも、格上相手にやらかしたら、我が家は没落。グッと飲み込む。
「そんなに苦い顔をするな……。『謝罪で乗り物酔いが治るか』
って顔に出ているぞ」
(ごめんなさい。隠しきれなかったみたい)
「でしたら、最初から謝礼を申し出てくだされば良いのに」
できるだけゆったり微笑む。
お互い未成年の頃の話。傷ついた私も、乗り物酔いもまだ克服は無理だけれど、少しだけ大人になった今ならわかる。
(傷つけた側にも傷はつく……)
「謝礼でしたら、遠慮なく受け取りますわ」
アーネストが一瞬目を丸くした。けれど、すぐに口角を上げて、嫌な笑い方をする。
「謝礼、ね……。なるほど、合理的だ」
「何か問題でも?」
「いや、むしろ助かる。謝礼を払えば、正式に依頼できるだろう?」
「……依頼?」
「“治療”じゃない。——君で“実験”したい」
「はぁ!?」
私は思わず立ち上がった。
(優しさなんて、一ミリも出すべきじゃなかった!!)
「そう怒るな。覚えているか? 俺の得意な魔術を」
「転移……まさか!?」
(私で実験という言葉だけでも怒りが湧いたのに……)
「――そのまさかだ。転移でも酔うのか、確かめたい」
彼は目を輝かせ、両腕を広げ、空間に魔法陣を描いた。
(待って、待って待って!!!)
「ドサドサドサッ!」
大きな音がして、テーブルの上に、数十冊の本が現れた。
「まぁ、こんなもんだ!!」
得意げな彼の言葉に呆れる。
彼は何もわかっていない。無知はときに"悪"だ。
「うっ……」
私は慌てて口元を押さえた。想像しただけで、胃液が喉まで上がり、口が酸っぱくなる。自分でも、顔が青ざめていくのを感じた。
足元がふらついて、テーブルに手をついた私。
アーネストが心配そうな瞳で、背中を擦ろうと手を伸ばす。
「触らないで!!」
思いの外、鋭く叫んでしまった。
(だって、伯爵令嬢が人前で吐くなんて――死んでも嫌)
私は隙を与えないように叫ぶ。
「笑わせないで……自分より下位の貴族はモルモットだとでも言うの?」
「そんなことは言っていないじゃないか」
「同じよ……。だいたいあなた、どうしてあんなに大きな傷を……」
聞くべきではないのに、口が勝手に動いていた。
「はははっ、言わなきゃダメか?」
(嫌な予感しかしない。しないけど……)
「言わないのであれば、今後一切、あなたの治療はいたしません」
眉を下げ、アーネストが語り出す。
「まあ、魔物にやられたことは、見ればわかるか」
「ええ、聖女をしていた時に何度か治療した経験がございますから」
「庇ったんだ……」
アーネストが小さな声で呟いた。
「はい?」
(いったい何を庇ったの?)
「俺の作った魔道具を庇った」
その声には、誇りよりも悔いが滲んでいた。
「……それで、その傷を? わざわざ魔術師が現場に?」
「ああ。完成していたら、誰も傷つかなかったのにな。
未完成のまま、防御障壁の魔道具を持ち出されたのだ……」
(彼は、持ち出されるまでに完成させられなかった自分を責めているのね)
静まり返った応接間で、カップの中の紅茶が冷めていく。
私は、もう一口飲もうとして――やめた。
(沈黙が重い)
「まさか、学生時代のように名前をつけて愛でていたのですか?」
学生時代、アーネストが本当に自分の作品を愛でていたかどうかなんて知らない。
ただ小さな噂とあだ名があった。
秘笑の公子。自分の作った魔道具の前でのみ、微笑むと。
(実際に彼が作品の前で微笑む姿は何度か見たことがある。
全くの噂ではないはず)
重い空気に耐えられず、軽い皮肉を言ったつもりだった。
なのに――。
「お前は? なぜクビになった?
力は強かったはずだろう?」
アーネスト否定も肯定もぜず、とんでもない爆弾を放り込んできた。
目を釣り上げて、キッと睨む。
(あぁ、無理に謝罪を受け入れなくて良かった……)




