第23章:鍵と鍵穴の真実
「消えなさいッ!!」
ミスティルテイン・オルタが吼えた。 彼女を中心に、純白の光が球状に膨れ上がる。 施設そのものを飲み込み、原子レベルで分解するほどのエネルギー飽和攻撃。 逃げ場はない。回避も不可能。
「突っ込むぞ、ティナ! ビビるな!」
「うん! マスターと一緒なら、怖くない!」
僕たちは、光の奔流へ正面から突撃した。 熱い。 ティナのスクラップ装甲が融解し、飴細工のように剥がれ落ちていく。 本来なら炉心が焼き切れて停止する熱量だ。 だが、その熱量の余剰分はすべて、突き刺さった左腕を通じて俺の肉体に流し込まれる。
「ぐ、がぁぁぁぁぁッ!!」
俺はティナの背中で絶叫した。 血液が沸騰する。神経が焼き切れる。 だが、俺が耐えれば耐えるほど、ティナの炉心は冷却され、稼働を続けることができる。 俺は人間じゃない。今この瞬間、俺は彼女を動かすためだけの「冷却機関」だ。
「なぜ……なぜ壊れないのですか!」
光の向こうで、オルタが驚愕に目を見開く。
「その機体強度で耐えられるはずがない! 計算外です! ありえない!」
「計算? うるせぇよ優等生!」
俺は血反吐を吐きながら笑った。
「俺たちはガラクタだ! 壊れることなんて、最初から織り込み済みなんだよ!」
壊れたら、また直せばいい。 痛いなら、叫べばいい。 スマートな解決なんていらない。泥と油にまみれて、這いつくばってでも前に進む。 それが、ゴミ捨て場で拾われた俺たちのやり方だ。
「届けぇぇぇッ!」
光の嵐を突破した。 目の前には、動揺に動きを止めたオルタ。
「終わりだ」
俺とティナの意識が重なる。 ティナの左腕――無骨な工業用アームが、オルタの首を鷲掴みにした。 逃がさない。万力のような拘束。
「し、しまっ……」
「全部、食らえ」
ティナの右腕――オリジナルの白銀の腕と、俺の左腕――銀色の義手が、同時に引かれた。 ありったけのエネルギー、廃棄物の熱量、そして俺の命。 全てを一点に込める。
ズドォォォォォン!!
ゼロ距離での杭打ち。 純粋なエネルギーと物理的な質量が、オルタのコアを直撃した。 障壁が紙のように破れ、美しいドレスアーマーが粉砕される。
「カ、ハッ……! リカイ……フノウ……」
オルタの赤い瞳が、最後に俺たちを映した。 そこには、恐怖でも侮蔑でもなく、ただ「分からない」という純粋な疑問が浮かんでいた。
「……こそが……最強……?」
パリンッ。
硬質な音がして、オルタの体が内側から砕け散った。 光の粒子となって霧散していく。 後に残ったのは、静寂と、崩壊を待つ廃墟だけ。
「……勝った、ね」
ティナがガクリと膝をつく。 同時に、俺は左腕を引き抜いた。 プシュウウゥ……と、焼けた肉と金属の煙が上がる。
「あ、あぁ……」
俺はその場に仰向けに倒れ込んだ。 指一本動かせない。 全身の筋肉が断裂し、内臓が焼けている。 寿命の前借りなんて生易しいものじゃない。俺は今、灰になる寸前だ。
「素晴らしいわ……」
瓦礫の山から、拍手の音が聞こえた。 ヒルダだ。 彼女は崩れ落ちる天井を気にも留めず、恍惚とした表情で俺たちを見下ろしていた。
「不確定要素の増幅による、限界突破。……は証明されたわ」
彼女は手元の端末を操作し、データを転送している。
「ありがとう、オージ君。君のおかげで、私の研究は次のステージへ進める」
「……待て……逃がすか……」
俺は這いずろうとしたが、体が言うことを聞かない。
「追わなくていいわ。この施設はあと3分で自壊する」
ヒルダは背を向けた。 その背中には、小型のジェットパックが装着されている。
「また会いましょう、ゴミ捨て場の王様。……世界にはあと11体の『聖女』がいるわ。次はもっと、絶望的なステージを用意して待っている」
シュゴオォォォッ!
ヒルダが噴射音と共に上昇し、崩れた天井の穴から空へと消えていった。 逃げられた。 だが、追う気力は残っていない。 俺は左腕の接続を解除し、その場に仰向けに倒れ込んだ。
「……はぁ、はぁ……」
指一本動かせない。 全身の筋肉が断裂し、内臓が焼けている。 天井が崩れ、瓦礫が降り注ぐが、避ける力もない。
「……マスター」
瓦礫を押しのける音がした。 ティナだ。 彼女は立ち上がっていた。 右腕は美しい白銀。左腕は無骨な鉄屑。 全身の装甲は焼け焦げ、オイルと血にまみれているが、その足は大地を踏みしめていた。 もう、崩れ落ちたりはしない。 彼女は「本体」と「執念」を融合させ、最強の肉体を手に入れたのだから。
「脱出しよう。……僕が、運ぶから」
ティナが異形の左腕(爪)で、優しく俺を抱き上げた。 ゴツゴツした感触。油の匂い。 けれど、そこには確かな体温と、力強い駆動音があった。
「行くよ」
ティナが走り出す。 背中のダクトから、最後の蒸気が噴き出した。 崩落する瓦礫を避け、爆炎を突き抜け、彼女は戦車のような突進力で一直線に出口を目指す。
光が見えた。 砂漠の太陽だ。
「――ッ!!」
ティナが最後の跳躍をする。 背後で、中央塔が轟音と共に崩れ落ちる。 俺たちは砂丘の上に転がり落ちた。
「はぁ、はぁ……」
静かだった。 風の音だけが聞こえる。 俺は砂の上に大の字になって、青い空を見上げていた。 生きてる。 あれだけの無茶をして、まだ息をしている。
「……マスター」
横で、ティナが座り込んでいた。 その姿は、お世辞にも綺麗とは言えなかった。 ツギハギだらけの鉄屑。焼け焦げた装甲。 人間から見れば、それは「怪物」にしか見えないだろう。
けれど。
「……生きてる?」
「ああ。……しぶといな、俺たちは」
「えへへ……。よかった」
ティナが笑った。 油汚れと煤にまみれた顔で、屈託なく。 その笑顔を見た瞬間、俺の胸の奥で、何かが決壊した。
「ティナ」
俺は動かない体を無理やり起こし、彼女に向き合った。 言葉はいらなかった。 今、目の前にいるのは、コアだけの幽霊でも、壊れかけのガラクタでもない。 俺の相棒だ。
「……うん。ただいま、マスター」
ティナが目を細める。 俺は顔を近づけた。 彼女の唇は、オイルと砂で汚れていた。 俺の口元も、血で汚れているだろう。
汚い。最高に汚い。 けれど、世界で一番美しい。
俺たちは唇を重ねた。 エネルギー補給のためじゃない。 冷却のためでもない。 ただ、互いの魂を確かめ合うためだけの、愛の口づけ。
「……ん」
長く、深いキス。 彼女の中のノイズが、俺の中に流れ込んでくる。 それはもう「バグ」なんかじゃない。 彼女が手に入れた、人間としての「心」の音色だ。
唇を離すと、ティナの瞳から涙が溢れていた。
「……あったかいね、オージ」
彼女は初めて、俺の名前を呼んだ。 鍵穴でも、マスターでもなく。 ただの一人の人間として。
「……ああ」
俺は彼女の涙を、銀色の左腕で拭った。
「ぐッ……」
その瞬間、激しい眩暈に襲われ、俺は膝をついた。 視界が明滅する。心臓が早鐘を打ち、今にも止まりそうだ。 当然だ。 内臓はボロボロ、血液も足りない。本来なら、とっくに死んでいる。
だが、左腕が熱い。銀色の左腕が、弱る心臓に合わせて脈打ち、強引に俺の全身へ活力を送り込んでいる。 焼けるような、そして凍えるような感覚。 ナノマシンが俺の生命活動を無理やり維持しているのだ。
「……はは。キツイな」
死なせてくれない。 俺が役目を終えるまで、地獄の底まで生かし続けるつもりらしい。
「大丈夫?」
ティナが俺を支える。 彼女の体もボロボロで、油の臭いがする。 満身創痍の二人。 世界中を敵に回し、泥をすすりながら生きていく未来。
だが、もう虚無ではない。
「行こうぜ、相棒」
「うん。……どこまでもついて行くよ、オージ」
俺たちは支え合い、足を引きずりながら歩き出した。 砂漠の向こう、地平線の彼方へ。 ゴミ捨て場の王と、鉄屑の女神の旅は、ここからが本番だ。




