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第22章:泥濘の女神と砕かれた理

 カプセルが砕け、保存液が床に広がる。その中心で、眩い光の奔流が収束していく。


『再構築完了』


 脳内でシステム音が響き、光が晴れる。そこに立っていたのは、白銀の装甲に、無骨な鉄屑のパーツが融合した、歪で美しい姿だった。

 右腕は白銀の流線型。左腕は無骨な工業用アーム。脚部は戦車の装甲板。背中からは黒い排気ダクトが棘のように突き出している。醜く、そして神々しい、鉄屑の女神。


「……おはよう、マスター」


 ティナがカプセルから歩み出た。ズシン、と重い足音が響く。


「な、何よそれ……」


 部屋の向こうで、ヒルダが凍りついていた。彼女の美学において、その姿は許されざる冒涜なのだろう。


「ありえない……! オリジナルの外装と、その辺の産業廃棄物が融合している!? 規格が合うはずがない! すぐにエネルギー循環不全で自壊するわ!」


 ヒルダの指摘は正しかった。ティナの体が、バチバチと不穏なスパークを上げている。オリジナルの高出力に、スクラップの体が耐えきれていないのだ。


「ぐ、ぅ……!」


 ティナが苦しげに膝をつく。排気ダクトから黒煙が噴き出す。


「オルタ! 今よ! その失敗作を破壊しなさい!」


「了解」


 壁際で再起動していたオルタが、瞬時に間合いを詰めてくる。純白の大鎌が閃く。ティナは動けない。熱暴走寸前だ。


「……ちっ」


 俺は走った。ティナを守るため? 違う。「使う」ためだ。


 俺はティナの背後に滑り込み、その灼熱の背中に抱きついた。そして、銀色に変色した左腕を、彼女の背中にある剥き出しの「接続ポート」に、躊躇なく突き刺した。


 ガシュッ!!


「あ、がぁぁぁぁぁッ!!」


 激痛。左腕を通じて、ティナの中で暴れまわる膨大なエネルギーが、俺の肉体に逆流してくる。血管が沸騰するようだ。


「マ、スター……!?」

「一人でカッコつけてんじゃねえ!」


 俺は脂汗を流しながら、ティナの耳元で吼えた。


「お前はガラクタの寄せ集めだ! 制御系が死んでるんだろ!? なら……!」


 俺は左腕をさらに深くねじ込んだ。俺の神経を、ティナの回路に直結させる。


「俺が制御する! 俺の体を『冷却』に使え! 余剰負荷は全部、この『鍵穴』に流し込め!」


「……っ! うん……!」


 ティナの瞳に光が戻る。俺という外部演算装置を得たことで、暴走していたエネルギーが循環を始めたのだ。俺の体は高熱で焼かれている。寿命が削れていくのが分かる。だが、最高に調子がいい。


「来るぞ! 迎撃!」


 オルタの鎌が迫る。俺の思考がティナに伝わるより早く、ティナの左腕(工業用アーム)が動いた。


 ガギィィン!!


 重い金属音。オルタの攻撃を、片手で受け止めた。


「なッ……!?」


 オルタが驚愕する。俺はティナの背中で、ニヤリと笑った。


「軽いな、完成品」


 俺とティナの声が重なる。無線リンクなんて上品なものじゃない。物理的に繋がり、血と油を混ぜ合わせる、泥臭い有線接続。


「行くぞ、ティナ! ぶっ潰せ!」

「了解ッ!!」


 ティナの足元の床が爆ぜた。推進力は凄まじいが、彼女は決して体を大きく揺らさなかった。背中に張り付いているマスターへの負担を最小限にするためだ。まるでレールの上を走る暴走列車のように、一直線にオルタへと突進する。


「消えなさいッ!」


 オルタが光の翼を展開し、最大出力で突っ込んでくる。速い。残像すら残さない神速の機動。彼女は真正面から衝突すると見せかけて、直前で軌道を変えた。狙いはティナの背中――無防備な僕だ。


「させない!」


 ティナは旋回しなかった。旋回すれば、遠心力でマスターが振り落とされる。彼女はただ、左腕の工業用アームを背中側へ強引に回し、展開した。


 ガギィィン!!


 重い金属音。オルタの大鎌を、ティナの無骨な爪が受け止めていた。関節が悲鳴を上げているが、ティナの足は地面に根を張ったように動かない。


「なッ……!? 反応速度が……」

「見えてるんだよ、完成品」


 俺はティナの背中で、脂汗を流しながら笑った。左腕から逆流するエネルギーが、脳を焼き切る寸前でスパークしている。ティナの視覚情報と、俺の予測演算が直結している。死角などない。俺の目が、そのままティナの目だ。


「捕まえた」


 ティナの左爪が、オルタの鎌をガッチリとロックする。逃がさない。この泥臭い密着戦こそが、俺たちの土俵だ。


「放しなさい!」


 オルタが左手で光弾を放つ。至近距離からの爆撃。だが、ティナは微動だにしなかった。


 ドォォォン!!


 爆煙が晴れる。ティナの胸部装甲が焼け焦げているが、彼女は一歩も退いていない。僕を守るための盾になると決めた彼女は、要塞そのものだった。


「軽いね」


 ティナが呟く。そして、空いている右腕――オリジナルの白銀の腕を、オルタの腹部に押し当てた。


「消し飛べ」


 ズドォォォォン!!


 ゼロ距離射撃。純粋な魔力と、廃棄物の熱量が混じり合った濁流が、オルタの体を貫通する。衝撃波が背中へ抜け、玉座の間の壁を粉砕して外の砂漠まで突き抜けた。


「カハッ……エ、ラー……」


 オルタが吹き飛び、瓦礫の山に埋もれる。白い装甲が砕け散り、美しいドレスアーマーはボロボロだ。


「はぁ、はぁ……」


 俺の左腕から煙が上がっている。皮膚が焼け焦げ、感覚がない。だが、まだ繋がっている。まだ戦える。


「……すごい」


 ティナが自分の拳を見つめる。


「マスターの心臓が……僕の泥を燃やしてくれる。……熱いけど、心地いい」


「当たり前だ」


 俺はティナの背中から顔を出し、呆然とするヒルダを見据えた。


「俺は『鍵穴』だ。お前の熱を受け止めるためだけに生きてきた」


 俺は笑った。血の味のする、最高の笑顔で。


「ガラクタ同士、相性がいいだろ?」


 ヒルダが顔を歪め、端末を操作する。


「おのれ……! ただのゴミ風情が!」


 ヒルダが絶叫する。


「オルタ! リミッター解除! この施設ごとそのバケモノを消し去りなさい!」


「命令、受諾。……最大出力、展開」


 瓦礫の中から、オルタがゆらりと立ち上がる。その背中の翼が巨大化し、部屋中のマナを飲み込み始める。空間が震える。施設そのものを崩壊させかねない、自爆覚悟の最大出力。重力制御が狂い、周囲の瓦礫が浮き上がり始める。


「……来るぞ」


 俺は左腕にさらに力を込めた。痛覚など無視だ。魂ごと繋げ。次の一撃で決まる。防御も回避もいらない。俺たちの全てを乗せた、一点突破だ。


「準備はいいか? 相棒」

「いつでもいいよ」


 ティナが応える。背中のダクトから、爆発的な蒸気が噴き出した。まるで、戦いの開始を告げる狼煙のろしのように。


「行くぞッ!!」


 ティナが床を踏み砕く。鉄屑と白銀、そして人間の血が混じり合った翼を広げ、俺たちは最後の激突へと加速した。

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