第21章:鉄屑の巨人vs白き聖女
「排除します」
ミスティルテイン・オルタが、純白の残像を残して跳躍した。速い。音速を超える踏み込みから放たれる大鎌の一撃。それは物理法則を無視した鋭さで、僕の首を刈り取りに来る。
「……遅い」
僕は左腕を前に出した。ガトリングガンの残骸と装甲板を溶接した、無骨な盾。
ガギィィン!!
轟音と共に火花が散る。衝撃が肩の継ぎ目を軋ませるが、それだけだ。僕の体は今、数トンの鉄塊だ。繊細な斬撃など、質量で押し潰せる。
「捕まえた」
鎌が食い込んだ瞬間、僕は左腕の筋肉を強制収縮させ、オルタの刃を挟み込んだ。
「なッ……!?」
オルタが初めて目を見開く。動けない彼女の目前で、僕は右腕を振りかぶった。建設機械のアームを転用した、鉄の杭。
「潰れろぉぉッ!」
ズドォォン!!
杭が射出される。オルタは咄嗟に手を離し、バックステップで回避した。だが、衝撃波までは避けきれない。純白のドレスアーマーの一部が砕け、彼女の体が壁まで吹き飛ばされる。
「ハハハ! すごい! なんてデタラメな出力なの!」
ヒルダが高笑いしながら手を叩く。彼女は戦いの余波で割れたガラスケースの後ろで、目を輝かせていた。
「重心も、空気抵抗も、エネルギー効率も無視! ただ『動け』という命令だけで、物理的に無理のある機体を駆動させている! あぁ、美しいわ。これこそが私の求めていたものよ!」
「黙れ」
僕は排気ダクトから黒煙を吐き出し、一歩踏み出した。床が悲鳴を上げ、ひび割れる。狙いはオルタじゃない。手術台の上にいるマスターだ。
「待ってるよ、マスター。今、君を助けてあげる」
僕が手を伸ばそうとした瞬間、横合いから白閃が走った。
「させません」
僕の関節、装甲の隙間、動力パイプの脆い部分を正確に狙うため、壁から復帰し、再度突っ込んでくる。今度は力押しではない。精密射撃のような連撃。
ザシュッ、ガッ、バチチチッ!
「ぐ、ぅ……!」
右足の油圧パイプが切断される。背中のダクトが斬り飛ばされる。脇腹の装甲が剥がされ、中の配線が露出する。
「学習しました」
オルタが冷淡に告げる。
「貴女はただ硬いだけです。動きは大振りで、隙だらけ。……解体します」
彼女の鎌が、蛇のようにしなり、僕の右腕の付け根に食い込んだ。
ギギギギ……!
「あ、が……ッ!」
「ゴミはゴミらしく、分相応に散りなさい」
オルタが力を込める。バキィッ!鈍い音がして、僕の自慢の右腕――巨大な鉄の杭が、根元からねじ切られた。ズシンッ、と床に落ちる鉄屑。切断面から大量のオイルと、汚れた生体電流が噴き出す。
「ティナ!」
マスターの悲痛な叫び声が聞こえる。大丈夫。まだだ。まだ動ける。僕は残った左腕で、切断された右腕を拾い上げた。
「……え?」
オルタが動きを止める。武器を拾ったのではない。僕は、その鉄屑を自分の口へ運んだのだ。
ガリッ、ゴリッ、バキッ。
「……は?」
ヒルダの笑顔が凍りつく。僕は自分の腕を噛み砕き、飲み込んだ。鉄の味。自分の味。体内のコアに放り込み、無理やりエネルギーに変換する。
「あ、あぁぁぁぁぁッ!!」
熱い。体内が焼けるようだ。だが、出力が戻ってくる。失った右腕の傷口から、不定形のエネルギーが噴出し、新たな「腕」を形成していく。形などどうでもいい。敵を殴れるなら、ただの光の棒でいい。
「共食い……!? 自分のパーツすら燃料にするというの!?」
「勝つためなら……何だって食うよ」
僕は異形の右腕を構え、咆哮した。
「そこをどけぇぇぇッ!」
特攻。防御など考えない。オルタの鎌が僕の胸を貫く。構わない。コアさえ無事なら、肉など飾りだ。
ズプッ。
白刃が背中まで貫通する。だが、僕は止まらない。刃が刺さったまま、距離を詰める。
「なッ……!?」
オルタが驚愕に顔を歪める。至近距離。僕の異形の右腕が、オルタの顔面を掴んだ。
「捕まえた」
僕はそのまま、彼女を地面に叩きつけた。
ズガァァァン!!
床が抜け、下の階層が見える。僕はマウントを取り、左腕で殴りつける。殴る。殴る。殴る。
「返せ! 僕のマスターを返せ! この泥棒猫!」
一発ごとに、僕の腕も壊れていく。指が飛び、手首が砕ける。それでも止まらない。オルタの美しい顔が歪み、白い装甲が剥がれ落ちていく。
「警告……機体損傷率、95%……」
視界が赤い警告色に染まる。限界だ。この急造品のガラクタボディでは、これ以上の出力に耐えられない。コアが融解を始めている。あと数秒で、僕は自壊する。
「……ちっ」
僕は殴るのをやめ、オルタを蹴り飛ばした。彼女は壁に激突し、ぐったりと動かなくなる。いや、一時的な機能停止だ。すぐに再起動するだろう。
その数秒が、勝負だ。
「……マスター」
僕は振り返った。手術台の上、拘束されたままのマスター。彼は泣いていた。僕の醜い姿を見て、ボロボロになっていく様を見て、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「ティナ……もういい……! もういいよ……!」
「よくないよ」
僕は崩れ落ちそうな足を引きずり、マスターの元へ歩み寄る。手が届く。あと少しで、その忌々しい革ベルトを引きちぎれる。
「待ってて。今、そこから出してあげる」
だが。
ガクン。
膝が折れた。支えきれない。関節が熱で溶けて癒着している。僕は無様に床に倒れ込んだ。手を伸ばす。あと数メートル。なのに、遠い。
「あらあら。時間切れね」
ヒルダの声。彼女は余裕の足取りで、僕とマスターの間に割って入った。
「惜しかったわね。その執念は見事だったわ。……でも、物理的な限界は超えられない」
ヒルダは倒れた僕の頭を踏みつけた。
「ガラクタは所詮ガラクタ。奇跡なんて起きないのよ」
彼女は靴底に力を込める。ミシミシと、僕の頭部パーツが悲鳴を上げる。
「やめろ……! やめろォォォッ!」
マスターが叫ぶ。悔しい。こんなところで、終わるのか。あと少しなのに。マスターを助けたいだけなのに。
僕の視界の端に、部屋の奥にあるものが映った。玉座の裏。壁に埋め込まれた巨大な円柱状のカプセル。その中に、厳重に保管されている「それ」。
白銀の流線型。美しい装甲。そして、中心に埋め込まれた、僕と同じ波長を持つクリスタル。
『外装ユニット』。施設が発掘し、僕から剥ぎ取って解析していた、本来の僕の体。
(……あの中にさえ入れば)
あそこに行けば、新しいボディがある。まだ、動ける。戦える。でも、遠い。今の僕には、這って行く力さえ残っていない。
「さようなら、失敗作」
ヒルダが懐から銃を取り出し、僕のコアに狙いを定めた。
「君のデータは有意義だったわ。……次は、そのデータを元にもっと優秀な個体を作ってあげる」
僕という「個」はいらない。データだけ残せという宣告。銃声が響く直前。
「――ティナッ!!」
マスターの絶叫が響いた。彼の手から、銀色の光が溢れ出した。左腕。かつて僕が直してあげた、あの左腕だ。埋め込まれた僕の一部が、マスターの意志に呼応して輝きだしたのだ。
バヂヂヂッ!!
拘束具が、内側から破壊される。マスターの左腕が、形状を変え、鋭利な刃となって革ベルトを紙のように引きちぎった。
「なッ!?」
ヒルダが驚いて振り返る。拘束を解いたマスターが、獣のように飛びかかってきた。
「どけェェェッ!」
マスターのタックルが、ヒルダを吹き飛ばす。銃弾が逸れ、床に火花を散らす。
「マスター……!」
マスターは僕に駆け寄り、瓦礫の中から僕の身体を拾い上げた。ガシャリ、と嫌な音がする。僕の体はもう半分以上崩壊していた。右腕はなく、足は熱で溶けて癒着している。自力で立つことすらできない、ただの鉄屑の塊。
「遅くなってごめん。……まだ生きてるか、ティナ」
「う、うん……でも、体が……もう……」
僕は力なく首を振った。逃げたくても、腕が動かない。足がない。これでは、マスターの足手まといにしかならない。
「逃がさないわよ!」
背後でヒルダが叫ぶ。同時に、壁に叩きつけられていたオルタが、火花を散らしながら再起動する音がした。「ターゲット再捕捉。……殲滅します」
時間がない。コンマ1秒が惜しい。ベルトを探す暇も、担ぎ上げる時間もない。
「掴まってろ!」
マスターは僕の体を、生身の右腕で強引に抱きかかえた。僕を自らの胸に押し付け、片腕でしっかりとホールドする。
「ぐ、ぅ……ッ!」
マスターが苦悶の声を漏らす。当然だ。今の僕は、高熱を発する鉄屑の塊だ。オイルと冷却液が沸騰し、表面温度は人間が触れられる限界を超えている。マスターの胸と右腕の皮膚が、ジウッ、と焼ける音がした。
「マスター! 熱いよ! 離して!」
「うるせえ!」
マスターは更に強く、僕を裸の胸に押し付けた。肉が焼ける臭いが鼻を突く。けれど、彼は決して右腕を緩めなかった。
「熱いな……。だが、これが『お前』だろ」
彼は脂汗を流しながら、ニヤリと笑った。
「この熱さが、お前が生きてる証拠だ。……全部、俺によこせ」
「……っ、うん……!」
マスターは僕の熱ごと、痛みごと、全てを受け入れた。右腕で僕をしっかりと守り、自由になった左腕(銀色の義手)を前に突き出す。
「行くぞッ!」
マスターが走り出す。僕は彼の右腕の中で、高鳴る鼓動を聞いていた。
「来るぞ! ティナ、後ろだ!」
「了解……!」
僕は残ったエネルギーをコアで燃焼させる。手は使えない。だから、剥き出しになった背中の排気口から――コアから直接、エネルギーを放出する。
ヴンッ!
僕たちの後方に、蒼い光の膜が展開される。
ダダダダッ!
銃声。そしてオルタの鎌が迫る。障壁はあまりに脆かった。弾丸を弾くことさえできず、軌道をわずかに逸らすのが精一杯だ。
「ぐっ!」
逸れた弾丸がマスターの頬を掠め、足を貫く。血飛沫が舞う。それでもマスターは止まらない。右腕に食い込んだ僕の重みを支えながら、床を蹴る。
「届けぇぇぇッ!」
マスターがさらに加速した。目の前には、玉座の裏に鎮座する巨大な円柱状のカプセル。分厚い防弾ガラスの向こうに、僕の本体が眠っている。
左腕のナノマシンが軋みを上げ、瞬時に形状を変える。指先が融合し、一本の鋭利な「杭」へと変貌する。準備は整った。あとは、撃ち抜くだけ。
マスターは床を靴底が焦げ付くほど踏みしめ、腰を落とした。全身のバネを、左腕の一点に集中させる。
「貫けッ!!」
ズドォォォォン!!
激突。全体重と走ってきた運動エネルギーを乗せた、渾身の刺突。生身の肩関節が外れるような衝撃がマスターを襲う。だが、一点に集中した圧力は、防弾ガラスの許容限界を超えた。
ピキッ……パリーンッ!
分厚いガラスが中心から砕け散り、保存液が瀑布のように溢れ出す。
「い、けぇッ……!」
マスターは右腕を振り抜き、砕けたガラスの隙間――溢れ出る液体の流れに逆らうように、僕の体を中へと押し込む。
「ティナ! 入れッ!」
マスター自身はガラスの破片で全身を切り裂かれながら、その場に膝をついた。
「が、はッ……!」
大量の血。だが、僕は届いた。美しい本体が待つ、カプセルの中へと。僕の崩壊した体と、美しい本体が接触する。冷たい。そして、懐かしい感覚。
『認証コード・ミスティルテイン・オリジナル。……アクセス承認』
システムの声が響く。光が溢れた。僕のガラクタボディが分解され、粒子となり、本体へと吸い込まれていく。捨てない。この泥も、油も、傷も、すべて僕の記憶だ。マスターと歩んだ旅の証だ。だから、全部持って行く。
光の中で、僕は再構築される。綺麗で、無機質な兵器としてではない。傷を知り、痛みを知り、愛を知った、泥だらけの女神として。
『再起動完了』
光が晴れる。そこに立っていたのは、白銀の装甲に、無骨な鉄屑のパーツが融合した、歪で美しい姿だった。
「お待たせ、マスター」
僕は目を開けた。星空のような瞳で、マスターを見つめる。
「……ああ。おかえり、ティナ」
マスターが笑った。さあ、続きを始めよう。ここからは、僕たちの時間だ。




